第10話
ペペロンチーノを食べた後、食後のデザートとして大盛り苺パフェを堪能した幸太郎は、ファミレスを出ると、さっきまで強めに降っていた雨が少し弱まっていた。
傘を買うのももったいないと思っていたので、走ってイーストエリアの駅に向かって、寮にあるノースエリアまで電車で向かった。
ノースエリアに到着すると、再び雨が強くなってきたので夕食を買うついでに、幸太郎はコンビニで傘と夕食の弁当とカップラーメンを買った。
今日は半日立ちっぱなしだったから、帰って一眠りしよう。
そう思いながら帰っていると、見覚えのある人物が傘も差さずに、ずぶ濡れの状態で歩いていた。
「もしかして……セラさん?」
すぐにセラだとわかった幸太郎は、小走りで彼女に近づいて傘を差し出す。
突然誰かに傘を差し出されて一瞬驚いた顔をするセラだったが、その人物が幸太郎であることを気づくと、すぐに笑みを浮かべて「ありがとうございます」とお礼を述べた。
普段と変わらず優しい笑みを浮かべているが、その笑みは力ないものであり、それ以上に幸太郎が気になっていたのは顔と足に擦り傷があって、血が滲んでいたことだった。
「どうしたの? 怪我しているみたいだけど。痛くない?」
「あ……こ、これは別に大したことではありません」
怪我のことを指摘され、セラは慌てたようにそれを隠すよう背を向けて、帰ろうとする。
帰ろうとするセラの細い手を掴んで幸太郎は引き止めた。
掴んだセラの手は雨に打たれているせいでとても冷たかった。
「怪我の手当てをするからついて来て」
「え? ちょ、ちょっと待ってください! このくらいの怪我なら大丈夫です」
「ここから僕の寮まで近いから、取り敢えずついて来て」
幸太郎はセラの手を強引に引っ張って自分の寮へと案内する。
セラの手を引っ張ったまま、五分ほど小走りで歩くと、寮の自室の前へと到着した。
突然の事態に呆気に取られて玄関の前で立っているセラをそのままに、幸太郎はドタドタと急ぎ足で居間に向かった。
タンスから運動着用に買って、まだ一度も着ていないジャージを出して、セラに渡した。
「ずっと雨に打たれて身体が冷え切ってるみたいだから、シャワーでも浴びてよ」
「あ、あの……べ、別にそんなことをしなくても大丈夫ですから」
「風邪引いちゃうから、ゆっくり温まって。着ている服は脱衣所の洗濯カゴの中に入れて。身体を拭くタオルは洗濯機の上にあるから」
いまだに玄関の前に立っているセラを強引に自室に連れ出し、バスルームに向かわせた。
セラをバスルームに向かわせた後、幸太郎は毛布を用意して、救急箱を出した。
消毒液、ガーゼ、絆創膏――これで大丈夫かな?
救急箱の中身が一通り揃っていることを確認した幸太郎は一安心した。
一安心すると、慌てていた幸太郎に徐々に冷静さが戻ってくる。
「仕方がないけど、不用意に女の子を連れ出していいのかな」
強引に女の子を、それも美少女を連れ出して、不安を覚えた幸太郎は風紀委員の活動をする上で決められた通り、一日中ずっと持っていた学生手帳を開いて、学則を確認する。
『男女との交際は節度を持つべし』
「……大丈夫かな? うん、大丈夫だ……大丈夫だよね?」
間違いなど決して起きないだろうと思い、大丈夫だろうと判断した。
ソファに寝そべりながら、幸太郎はテレビを見ていた。テレビに集中しているが、やはり思春期真っ盛りの健康優良高校生男児――つい耳を澄ませてしまう。
脱衣所から聞こえてきたのは、セラの呆れたような、そして疲れているようなため息――そして、遅れて衣擦れの音がすると、衣服を洗濯機の中に放り込む音がした。
その後に再び聞こえてくるのは、最後の防壁が床に落ちた音。
浴室の扉の開閉音聞こえ、ザアアとシャワーが流れる音が聞こえはじめた。
セラの一糸纏わぬ姿を想像しながらも、幸太郎は邪な考えを捨てるため、身体が冷え切っている彼女のために温かい飲み物を用意することにした。
台所に向かい、棚からこの間ふいに飲みたくなって買ったコーンスープの素を出して、お湯を沸かす。
お湯が沸き、コーヒーカップを使ってコーンスープを作り終えると同時に、セラがバスルームから出てきた。
安物のジャージを着ているが、美少女のセラが着ると違ったものに見えた。
「これ、出来上がったばかりで熱いから気をつけて飲んで」
「あ、ありがとうございます……」
「さっそくだけど居間にあるソファに座って、傷に消毒液塗るから。寒かったらそこに置いてある毛布でも羽織ってて」
幸太郎に言われるがまま、セラは居間にあるソファに座り、毛布を羽織る。
「顔と足以外に他にどこか怪我しているところはない?」
「えっと……目立った外傷はそれくらいです」
「わかった――それじゃあ、ちょっと染みるからね」
てきぱきとした手つきで、幸太郎はピンセットで摘んだガーゼを消毒液に浸して、優しくセラの顔の擦り傷へと押し当てる。
「こんなことまでしてもらって、ありがとうございます」
「別に気にしないで。怪我している友達を放ってはおけないから」
「友達……ですか……」
「それに――あ、ズボンの裾を上げるよ」
自分のことを「友達」と言った幸太郎の言葉を聞いて、セラの表情は暗くなる。
そんな彼女の表情よりも、傷の方が気になる幸太郎は顔の擦り傷に絆創膏を貼り、ジャージのズボンの裾を上げて、擦りむいている膝に消毒液を塗る。
「それに、セラさんみたいな美人に傷跡が残ったらそれこそ一大事だから」
「か、からかわないでください……もう……」
何気ない一言に、セラは頬を赤らめる。
幸太郎は黙々と膝に消毒液を塗ってから、絆創膏を貼り、治療を終えた。
「はい、終わり。今からセラさんの服を洗濯するから、ちょっと待っててね」
「そ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です」
「あ、そうか……やっぱり下着とかあるから?」
「ち、違います! 下着はちゃんと――って、何を言わせるんですか!」
デリカシーのない幸太郎の言葉に、顔を真っ赤にして一人でセラは盛り上がっていた。
「濡れた服にまた着替えるのもなんだし、それを着て帰ってもいいから」
「そんなことまでしてもらって、いいのですか?」
「気にしないで。後で返してもらえればいいから」
「ありがとうございます。ちゃんと洗ってお返しします」
丁寧に頭を下げるセラ。だいぶ打ち解けてくれたのか、素直に言うことを聞いてくれるようになって幸太郎は嬉しかった。
「それよりも、その怪我はどうしたの? 派手に転んだようには見えないけど」
もっともな幸太郎の質問に、セラは言い淀んでしまう。
そんなセラの態度を見て首を傾げる幸太郎だったが、ティアに話をしてからファミレスを出たことを思い出し、すぐに得心したように頷いた。
「ああ、そうか、ティアさんと喧嘩したんだ」
勘が良いだけではなく、思ったことをすぐに口にする幸太郎に、セラは諦めたようにため息を漏らし、力のない笑みを浮かべた。
「よく……わかりましたね」
「セラさんとティアさんの関係を鳳さんから聞いたから、何となく」
「そうですか……それなら、私がティアと一緒に修行をしてきたことも?」
「勝手にセラさんのことを聞いて、気を悪くしたらごめんね」
「別に気にしていませんよ。調べればすぐにわかることですから」
素直に謝ってくる幸太郎に、セラは優しい笑みを浮かべて安心させる。
しかし、その笑みは自嘲するような、そして、寂しそうなものだった。
「よろしければ、また愚痴になると思いますが、話を聞いてくれませんか?」
「僕が何をできるかわからないけど、セラさんが話して満足するなら。それに、セラさんのこともっと知りたいし」
愚痴を聞くことに、嫌な顔をすることなく二つ返事で了承してくれた幸太郎に、セラは「ありがとうございます」と小さい声でお礼を言った。
「……昔から頑固なところがあるけど、話し合えばどうにかなるって思っていたんです」
セラは静かな口調で話しはじめる。幸太郎は黙ってセラの話に耳を傾けた。
「四年前、とあることがあって私の前から姿を消し、すぐに彼女がアカデミーにいると知りました。すぐに会いたかったのですが、師匠の言いつけ通り、私は会いたいのを我慢して四年間修行をして力をつけました」
悲痛な面持ちで自身のことを説明するセラから、四年間親友であるティアのことを思いながら、血の滲む思いで修行をしてきたことが幸太郎に痛いほど伝わってきた。
「ちゃんと話がしたい、それだけなんです! 本当は喧嘩なんてしたくないのに、また昔のような関係に戻りたいのに……! でも、そんな私をティアは拒絶するんです……」
変わってしまった親友のことを思い、セラは悔しそうな表情を浮かべ、拳をきつく握る。
これ以上話すと、堪えてきた感情が抑えきれなくなりそうになり、セラは口をつぐんだ。
溢れそうになる感情を必死に堪えるセラの切なそうな顔を見て、幸太郎は今自分が何をできるのかを考えてみた。
しかし、足りない頭で必死に考えてみたが答えが出ない――セラとティアのことを全然知らない幸太郎は何も答えが出すことができなかった。
麗華の言う通り、二人の間に入ることはできないと幸太郎は改めて思ったが、話を聞いてみて、わかることもあった。それは――
「友達のセラさんを拒絶するってことは、ティアさんも相当な覚悟をしてるんだろうね」
セラの話を聞いて、幸太郎は素直な感想を述べた。
ティアさんとセラさんの二人はかなり仲が良かったんだと思う。楽しい思い出もいっぱいあったんだと思う。
でも、そんな思い出を共有している友達を拒絶するなんて、並大抵の覚悟じゃない。
「そんな人と中途半端な覚悟で接しようとしても、無理があるよね」
「……私の覚悟では、ティアには敵わないということでしょうか」
幸太郎の言葉を聞いて、不安そうだが、納得できないという表情になるセラ。
「それは僕にはわからない。セラさん自身が考えることなんじゃないの?」
「私は……自分の覚悟を中途半端だとは感じたことはありません」
「そうだよね、四年間会いたいのを我慢して修行してきたんだから。セラさんの覚悟が中途半端なわけがないか……何かごめんね。こんな時はかっこよく上手い言葉を言ってセラさんを励ますべきなんだけど、何も浮かばなくて」
ちょっとカッコつけて上手い言葉がないか探ってみたが、足りない頭で考えても何も出てこなかった幸太郎は、自身の情けなさに深々とため息を漏らした。
気落ちしている幸太郎を見て、セラは慌ててしまう。
「あ、謝らないでください! 私が愚痴を話したせいであなたを悩ませてしまい、本来は私が謝るべきなんです! ……だから、すみません、私のことに巻き込んでしまって」
「セラさんの方こそ気にしないで。僕としては頼りにされてるって気がして嬉しいから」
「頼りに――そうですか……確かに、あなたのことを私は頼っていました。すみません、また甘えてしまって」
「ずっと気を張り詰めてるみたいだし、少しは他人に甘えてもいいと思うけど」
「い、いえ……これ以上は私自身が解決しなければならない問題なので、これ以上関係のないあなたを巻き込むことはできません……ありがとうございます、話を聞いてくれて」
無意識に自分が幸太郎に頼っていることに気づいたセラは、照れたように頬を赤く染め、嬉しそうなそれでいて、話を聞いてもらってスッキリしたような明るい笑みを浮かべた。
セラのその笑みに呼応するかのように、外の雨が止んだ。
上手い言葉はかけられなかったけど、気晴らしにはなれたかな?
幸太郎はスッキリとしたセラの笑みを見て、嬉しく思った。
セラは立ち上がり、羽織っていた毛布を丁寧に畳んで幸太郎に渡した。
「今日は色々とお世話をしていただいて、ありがとうございました」
「あんまり役に立ってないような気がするけど、どういたしまして」
お互いに頭を下げて、再び笑い合う。
「雨も止んだようなので、私はこれで失礼します。また明日学校で会いましょう」
「気をつけて帰ってね。また雨降るかもしれないから、傘持ってく?」
「ここから私が暮らしている寮まで走ってすぐなので大丈夫です……その、上手い言葉が見当たらないと言っていましたが、あなたのおかげで自分を見つめ直すことができそうです――そ、それでは、また学校で!」
頬を赤く染めて、そう言い残してセラは足早に幸太郎の部屋から出て行った。
照れたように言ったセラの最後の言葉を聞いて、上手い言葉が出なくて自分が情けないと思っていた幸太郎は、彼女のために何かできたことが素直に嬉しかった。
高揚していた気分が落ち着くと、女子生徒を、それも実力と容姿を兼ね備えた美人を部屋に連れ込んだことを思い出し、幸太郎は小躍りしたい気分になった。
――……ん?
部屋の中で小躍りしていた幸太郎は何か引っかかるものを感じて、脱衣所に向かった。
洗濯機の近くにある洗濯カゴの中に、丁寧に折り畳まれたセラの服が入っていた。
「……まあいいか。洗濯して明日返そう」
そう決めた幸太郎は、さっそくセラの服を洗濯機に放り込んで回しはじめた。
下着がないことに少し悔やむ幸太郎だが、お菓子でも食べて忘れることにした。
―――――――――――
……もうすっかり暗くなってる……あれからかなり眠ってしまったみたいだ。
幸太郎が暮らしている寮を出て、自分の暮らしている寮の部屋に到着したセラは、疲れていたのか、ベッドの上で数時間ぐっすりと眠ってしまった。
時刻を見ると、もう夜の十時で電気のつけていない部屋はすっかり暗くなっていた。
身体をベッドに預けたまま、セラは枕を抱きかかえ、大きくため息を漏らした。
セラはティアとの戦いを回想する――
圧倒的な力で、手も足も出せずに負けてしまった。
そして、ティアは私に向かって中途半端な覚悟と言った……
「私は中途半端なんかじゃない……」
ティアのことを思い浮かべ、彼女に対して文句を言うようにセラは呟いた。
私は四年間、ずっと会いたい気持ちを抑えて修行をしてきた……そんな私の覚悟は中途半端なんかじゃ決してない……でも――
幸太郎の言った通り、ティアの強さは強い覚悟から来るものだとセラは理解していた。
生半可な覚悟ではティアとまともに戦うことなんてできない――今のままではティアに勝てないということはセラには十分理解していた。
それでも、セラは退くことはできないし、退くつもりは毛頭ない。
四年間、ずっと友達に会いたいという思いだけで、修行をしてきた。
ティアの覚悟も相当なものだとセラは感じていたが、自分の覚悟も相当なものだと自負していた。しかし、それでもティアには遠く及ばないものだった。
それでも私は中途半端な覚悟なんかじゃない、でも――
「もう一度、冷静になって考えてみた方がいいのかもしれない」
焦っている自分に言い聞かせるように、セラはそう呟いた。
四年間、ティアとは会っていなかったんだ……四年間、ティアが何をしていたのか、私はまだ何も知らない。いや、焦ってばかりで何も知ろうともしなかった。
ティアとちゃんと話すためには、今のティアを知ることが必要だとセラは決める。
「明日、鳳さんにでも聞いてみよう」
そうと決まったら、さっそくセラは麗華にティアのことを聞くことにした。
身体を起こし、セラは小腹が空いたので夕食と、お風呂の支度をしようと思っていると、今自分が着ている服が、幸太郎から借りたジャージだと言うことに気づいた。
ジャージを見ながら、セラは幸太郎のことを思い返していた。
出会ってまだ数えるくらいしか経っていない人物だが、セラは彼のことを麗華以上に信用に足り、頼れる人物だと思っていた。――少しエッチだとも思っている。
友達、か……久しぶりに友達ができたような気がする……
自分のことを友達だと言ってくれた幸太郎を思い出し、思わずセラは微笑んだ。
まだ出会って間もない人物だが、幸太郎に対してセラは不思議な魅力を感じていた。
隠し事をしないでハッキリと言ってくれる正直過ぎる性格が玉に瑕なところもあるが、裏を返せばその場凌ぎの薄っぺらな言葉ではなく、嘘のない本心からの言葉を言ってくれるという美点がある――少し、エッチで無神経なところもあるが、セラはそう思っていた。
幸太郎について考えているセラだったが、ある違和感に気づいた。
「あれ……? もしかして、私、彼の家に服を……」
彼の家に服を忘れたことを思い出し、取りに行こうと考えたが、時間が時間なので諦めることにして、明日返すために、今自分が着ているジャージを洗濯することにした。
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