第11話

 イーストエリアにあるファミレスの中――ドレイクは再び北崎に呼び出されていた。


「おーい、こっちだよ、こっち」


 ファミレスに入ってきたドレイクを、コーヒーを片手に北崎は大きな声で呼び出した。


 予定があったのに、急遽北崎に呼び出されたドレイクは不機嫌そうだった。


 そんなドレイクを、北崎は飛び切りの笑顔で出迎えた。


「いやぁ、突然呼び出してごめんね」


「……問題ない。手短に話してくれ」


「ああ、ありがとう。それでは、さっそくこれを見てよ」


 北崎は嬉々とした表情で一枚のチラシをテーブルの上に置いた。


 チラシには『風紀委員をよろしく』という文字がでかでかと書かれ、金髪のロングヘアーの少女と、ショートヘアーの少女がメイド服を着てあざといポーズを取っていた。


 最近の女子生徒の過激さに世も末だと感じるドレイクだったが、金髪のロングヘアーの少女には見覚えがあった。


 チラシに書いてある風紀委員のメンバーを確認すると、セラ・ヴァイスハルト、鳳麗華、そして見えにくいほど小さな文字で七瀬幸太郎と書いてあった。


 鳳麗華という名前を確認して、ドレイクは見覚えのある少女のことを思い出した。


 鳳麗華……最後に見たのは五年前くらいだったか……


「チラシなのにすごい人気があって、手に入れるのは大変だったよ。あ、ちなみに彼女たちの来ているコスチュームは、メイド服の他に、スーツや体操服とか数種類あるようだよ。個人的には体操服かな」


「風紀委員に、鳳グループの御令嬢……なんだ、これは」


「今朝、駅前でボーっとした顔の少年が配っていたんだ。どうやら、鳳グループの御令嬢が、輝動隊、輝士団に代わる新たな治安維持部隊を設立しようとしているようだよ」


 嫌らしく笑う北崎に、ドレイクは不本意ながら同感だった。


 輝動隊、輝士団――二つの治安維持部隊には大きなバックがある。にも関わらず、大きなバックがなく風紀委員という新たな治安維持部隊を作るのは並大抵の努力ではないことを、ドレイクは知っていた。


「運は僕たちに向いてきたようだ。面白いことになってきたよ」


「……このチラシを見せてきたと言うことは、風紀委員を利用するつもりか?」


「もちろんさ。設立したばかり、そして、今は三人? いや、実質二人しかいない。それに、彼女たちはおそらく設立のために実績を求めている。利用するにはピッタリだ」


 嬉々とした表情で、他人を利用すると決めた北崎に、ドレイクは嫌悪感を覚える。


「これから風紀委員のメンバーについて調べたいからしばらく時間が欲しいね。メンバーを調べた後、実行に移すつもりかな」


「……風紀委員を利用する場合、成功する見込みはどれくらいだ」


「半々かな? 運が良ければそれ以上。今思い描いている計画が順調に成功すれば、輝動隊と輝士団のどちらかを相手にしないで済むから、かなり成功率が高くなる」


「鳳グループの御令嬢を利用するというのに、随分と高くなったな」


 ゼロに近い成功率から、だいぶ上がった成功率にドレイクは明らかに怪訝に思い、不安を覚えた。そんなドレイクとは対照的に、北崎は心底愉快そうな笑みを浮かべている。


「まあ、色々と策は練っているから大丈夫。今はそれよりも、君は昔の仕事柄、鳳麗華さんに一度会ったことがあるんじゃないのかな?」


「会ったのは一度きりで、五年も前だ……正確に言えば、遠目から見ただけだ」


「十分さ。彼女を見た君の感想を教えてくれないかな? 色々と参考にしたいんだ」


 ドレイクは北崎の言葉に従って、五年前に出会った麗華のことを思い出した。


 あれは、アカデミーの創立記念日――鳳グループの重役、教皇庁のトップの連中が一堂に揃って内輪だけでパーティを行う数少ない一日。


 様々な思惑が飛び交う大人たちに紛れて、一際目立っている少女がいた。


 取り繕った笑みを浮かべながらも、周囲にいる利己的で、利益だけを追っている大人たちを小馬鹿にしているような態度が印象的な少女だった。


 まだ小学生くらいの少女なのに、その少女は一人、作られた笑みを浮かべながらも、憂鬱そうな顔を一瞬だけ浮かべ、静かに野心の炎を燃やしていた。


 その少女の名前は――鳳麗華、あの場にいた大人たちよりも、ずっと大人びていた彼女の態度は忘れようにも忘れられない。


「一度だけ鳳麗華を見たことがあるが……油断のできない相手だ」


「ほう? 君が子供相手にそんなことを言うなんて思いもしなかったよ」


「事実だ。創立記念日のパーティーの時、一人静かに野心の炎をたぎらせていた。あのまま成長したと考えれば、風紀委員設立も何か理由があってだろう。油断はできない」


「ほう、それは……相手にとって不足はないね。それに、僕と気が合いそうだ」


 過大に麗華を評価するドレイクの話を聞いて、北崎は心底楽しそうだった。


 毛色はまったく異なるが、計算高いという意味では、こいつと似ているのかもしれない。

 だが、おそらく――いや、確実に彼女はこいつを嫌うだろう。


 そんな様子の北崎を見て、ドレイクはそう思った。


「もう少し詳しく調べて掘り下げたいところだけど、話を聞く限り、中々気が強そうなお嬢様だね、利用するのは簡単そうだ」


「……そう願いたいところだ」


 鳳麗華という人間の本性を垣間見たドレイクとしては、北崎の妙な自信は不安だった。


「……これからどうするつもりだ?」


「後もう少し時間が必要かな。残りのメンバーについて詳しく調べる必要があるからね。これで僕の話は終わりだけど、何か質問はあるかな?」


「了解した……帰らせてもらうぞ」


「相変わらず淡白だなぁ」


 北崎が話を終えると、ドレイクは無駄話をせず、帰ろうとする。


 さっさとこの場から、いや、北崎からドレイクは離れたかった。


 帰ろうとするドレイクを北崎は「ああ、ちょっと待って!」と、慌てて呼び止めた。


「これから行う調査が終われば――計画を実行するつもりだけど、覚悟はできてるかい?」


「……問題ない」


 一瞬躊躇いを見せながらも、すぐに自身の感情を押し殺して問題ないと答えるドレイクを見て、北崎は満足そうに微笑む。


「それなら安心だね。……お大事に」


 北崎の別れの言葉を無視して、ドレイクはさっさとファミレスを出た。


 これは仕方がないことなんだ――ドレイクは自分にそう心の中で言い聞かせ、芽生えそうになった感情とともに迷いを討ち払った。



―――――――――――




 翌朝、鞄とセラの服が入った紙袋を抱えた幸太郎は何度も眠そうに大きく欠伸をして、のそのそとした歩調で学校に向かっていた。


 まだ眠い……昨日立ちっぱなしだったせいで足も筋肉痛だし……


 二日連続で麗華に付き合い、昨日は半日外で立ちっぱなしだったので、休みの間幸太郎は疲れが取れず、逆にたまっていた。


 甘いものでも食べて、頭を覚醒させようと思い、途中幸太郎はコンビニに寄ってクリームパンとメロンパン、苺牛乳を買って学校へと向かった。


 教室へ到着して、幸太郎は自分の席でクリームパンをモソモソと食べていた。


 クリームパンを食べながら、幸太郎は教室を見回して、セラの姿を探していた。


 教室には、まだセラはいなかった。


 幸太郎は鞄とともに持ってきた紙袋に入っている、昨日家に忘れたセラの服を眺めた。


 洗濯して干したんだけど……部屋干しだったから変なにおいはついてないかな?


 おもむろに、幸太郎は紙袋の中にある、きれいに畳んでおいたセラの服のにおいを嗅ぐと、洗剤と漂白剤のにおいに混じって、微かにセラのにおいがした。


 大丈夫かな?

 におい嗅いで、幸太郎はそう判断した。


 再びクリームパンを食べることに集中して、一気に頬張って食べ終えると同時にセラが教室に入ってきた。そして、セラは小走りで幸太郎の元へと向かった。


 幸太郎の近くに来て、セラは丁寧に「おはようございます」と挨拶をしてくれたので、幸太郎も「おはよう、セラさん」と挨拶を返した。


「昨日は色々とありがとうございました。これ……昨日お借りした服です」


 恥ずかしそうに、セラは昨日幸太郎に借りたジャージが入った紙袋を渡した。


「すみません、昨日このまま寝てしまい、すぐに返そうと思って夜に洗濯をはじめたんですが……部屋干しをしたので、においが気になるかもしれません」


「むしろご褒美――じゃなくて、僕もセラさんの服を部屋干ししたから、お互い様だね」


「そう言ってもらえると幸いです。ありがとうございました」


 幸太郎とセラはお互いの服を手渡した。


「だけど、自分の服を忘れるなんて、セラさんも抜けてるところあるんだね」


「本当にすみません。自分が忘れたというのに、わざわざ洗濯してもらうという手間までかけていただいて」


「昨日セラさんはあれだけ濡れてたから、あのままにしていたら服に悪いにおいがつくと思って、こっちが勝手にやったことだから気にしないで」


 昨日あれだけ濡れて――……幸太郎の言葉に、思春期真っ盛りのクラスメイト(特に男子)がピクリと反応した。


「あれだけ濡れてたけど、身体の具合は大丈夫?」


「はい。逆にスッキリしています」


「セラさんって見かけよりもだいぶタフだよね。昨日、あんなことがあったのに」


 楽しそうに談笑している二人の会話に、聞き耳を立てるクラスメイトたち。


 幸太郎はセラの頬に貼ってある絆創膏を心配そうに見つめる。


「昨日、あれから血とか出てない?」


 何気ない幸太郎の一言に、クラスメイトたちが色めき立つ。


「昨日までは痛みが残っていましたが、今は大丈夫です」


「血が滲んでいて痛そうだったから心配したけど、大丈夫そうだね」


「あれくらいの痛みなら慣れていますから」


「だから、平気そうな顔をしてたんだ」


 昨日のことでだいぶ打ち解けあった二人は、お互いにリラックスした様子で笑い合う。


 クラスメイトたちは二人の会話をドキドキしながら聞いていたが、一人の女子生徒は怒りで身をワナワナと震わせていた。


「ストーップですわ! あなたたち! 朝っぱらかなんて会話をしていますの?」


 和気藹々としている二人の雰囲気の間に、顔を紅潮させている麗華が割って入った。


 突然現れた麗華に、セラと幸太郎は怪訝な顔で見つめ、聞き耳を立てていたクラスメイトたちは安堵する者もいれば、もっと聞きたそうな顔をしている者もいた。


「鳳さん、突然どうしたんですか?」


 突然間に入ってきた、肩で息をしている麗華にセラは声をかける。


「朝っぱらから発情したような会話をして、風紀委員が風紀を乱してどうするのですか!」


「発情って……鳳さん、恥ずかしくないの?」


 朝っぱらから変なことを言った麗華を冷たい目で幸太郎は見つめた。


「ち、違いますわ! あなたたちが変な会話をするから止めようとしたのですわ」


「変な会話? 何を勘違いしているのかわかりませんが、昨日、怪我を彼に治療してもらった時の話をしていただけですが……」


 セラの言葉を聞いて、自分の早とちりに瞬時に気づいた麗華の顔は真っ赤になっていた。


 そんな麗華の顔を見て、幸太郎はようやく得心したように頷いた。


「なるほど、濡れたとか血が出ているとか言ったから、もしかして鳳さん――」


「シャーラップですわ! その先を言ったら今すぐあなたを滅しますわ!」


「お、鳳さん落ち着いてください! 武輝を出そうとしないでください! 私たちは風紀委員でしょう!」


 怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら、輝石を取り出そうとする麗華をセラは羽交い絞めにして必死に制止していた。


 そんな二人を尻目に、幸太郎は苺牛乳を飲みながらメロンパンを食べはじめた。

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