第12話

「この大きなボディパーツ、邪魔なんですけど……片付けないんですか? 博士」


「モルモット君、君は何を言っている! これは現在開発中の新型ガードロボットのボディパーツなんだぞ! 君にはわからないのか!」


「ああ、そんなことを前に言っていましたね」


 放課後、幸太郎は地下にあるヴィクターの研究所で掃除の手伝いをしていた。


 一時間近く、捨てるガラクタをダンボールの中にまとめて入れているが、幸太郎の目にはガラクタに見えても、ヴィクターの目から見ると違うので一向に進んでいない。


 一日の授業が終わり、風紀委員の実績を得るために行動を開始したセラと麗華の二人は別れ、幸太郎はファミレスで何か食べながら情報収集しようと思っていた。


 そんな幸太郎の前に突然ヴィクターが現れ、研究所内の掃除を頼まれた。


 風紀委員の情報収集があるので断ろうと思っていた幸太郎だが、無理矢理連れられてしまい、掃除を手伝う羽目になってしまった。


 風紀委員の仕事をしなければ、麗華に怒られそうで後が怖かったが、ヴィクターの手伝いをすれば納得してくれるだろうと幸太郎は判断して、手伝うことにした。


 だが、それは建前であり、本音は何か珍しいものないか調べたいがための好奇心だった。


「これは捨てても大丈夫ですか?」


「それはまだ使えそうだからそこの辺りに置いといてくれ」


 用途がまったく意味不明な装置だが、明らかに形が何かの衝撃で歪んでいるので、捨てるのかと思いきや、まだ取っておくとのことだった。


 このやり取りは、掃除がはじまってもう七度目――幸太郎もいい加減ウンザリしてきた。


「博士って、もっと豪快な人だと思っていたんですけど、そうじゃないんですね」


「ムッ! それは聞き捨てならないな」


 ウンザリしている幸太郎の正直な感想に、ヴィクターは不機嫌になる。


 しかし、すぐに自分に落ち着かせるように小さくため息をついて、椅子に座り、蛍光色の飲み物をグイッと飲んで、一気に飲み干した。


「確かに……君の言う通り、私は思いきりが足りなかったようだ。過去の遺物より、これからのことを考えた方が良さそうだな」


「やっとわかってくれて嬉しいですが……手を動かしてください」


「ハーッハッハッハッハッハッ! 休憩だよ、休憩。人間には休憩が必要だぞ」


「確かに、一時間掃除したから、そろそろ休憩にしましょうか」


「ほら、手伝ってくれたお礼に現在開発中の栄養ドリンクだ、遠慮せずに飲みたまえ」


 そう言って、ヴィクターは微かに発光する蛍光色の液体が入った小瓶を投げ渡した。


 突然投げ渡されて焦ったが、どうにかして幸太郎はキャッチした。


「何か光ってて美味しそうですね。本当に飲んじゃっていいんですか?」


「それを飲み干したら味の感想と、身体の変調について教えてくれたまえ」


 深く考えず、幸太郎はヴィクターに渡された怪しい栄養ドリンクを飲み干した。


 味は普通の栄養ドリンクと変わらず、身体には何も変化はなかったので、特殊な効能を期待していた幸太郎は思いきり肩透かしを食らう。

 

 疑うことなく、一気に飲み干した幸太郎を見て、ヴィクターは小さく笑っていたが、やがて堪えきれずに大きな声で笑いはじめた。


「ハーッハッハッハッハッハッハッ! 本当に面白い生徒だな、君は。それは開発中の栄養ドリンクではなく、市販で販売されている普通の栄養ドリンクだ」


「少し期待していたのにちょっと残念ですが、疲れていたのでありがとうございます」


 騙されて少しムッとする幸太郎。しかし、疲れていたので栄養ドリンクをもらったのは素直に嬉しかったので、ちゃんとお礼を言った。


「しかし、風紀委員は中々頑張っているようじゃないか。昨日から評判になっているぞ」


「学内ネットの掲示板で結構騒がれていましたからね」


 昨夜、寝る前に幸太郎は風紀委員が騒がれているかどうか気になったので、学内ネットの掲示板を確認すると、掲示板では風紀委員についてかなり騒がれていたのを思い出した。


 騒がれているのはネットの世界だけではない。


 今日になって風紀委員に入りたいと麗華に申し出る生徒が多数いた。


 しかし、麗華はまだ人員を増やすべき時期ではないとして、すべての生徒の申し出を断った。


 だが、それは建前で、麗華としては実力のない、評判だけを聞いて入りたいと申し出る有象無象は必要ないとのことだった。


「この調子ならたくさん活躍できて、無事風紀委員が設立できるかもしれないです」


 呑気な様子の幸太郎を見て、ヴィクターは鼻で笑う。


「だが、今のままでは得る実績はすべて小さいものだ。それでは認められないだろう」


「それなら、どうしたら博士は風紀委員を認めてくれるんですか?」


「風紀委員の存在は私が認めるのではない。私はあくまで推薦するだけ。推薦ならいつでもしよう、しかし、相応の実績がなければ教皇庁と鳳グループが納得しないだろう」


「……大変そうですね、風紀委員を認めさせるのって」


 ヴィクターの説明を聞いて、幸太郎はすべてを理解することはできなかったが、風紀委員の設立は簡単に認められないということだけは十分に理解できた。


 そして、こんなに設立するのが大変なのに、なぜ麗華は風紀委員を設立するのだろうという純粋な疑問を抱いた。


「鳳さんはどうして風紀委員の設立を目指しているんだろう。博士は何か知ってます?」


「まったく……騒ぎの渦中にいながらここまで無知だと、ある意味君は大物だよ」


 事態をよくわかっていなさそうな幸太郎に、呆れた様子のヴィクターは仰々しくため息を漏らした。


「彼女の目的を理解するためには、鳳グループと教皇庁の関係を理解しなければならない」


「確か、前に共同経営者だって言っていましたね」


「その通り。この二つの巨大な組織はアカデミーの共同経営者……は、だが」


 含みのあるヴィクターの言葉に、幸太郎は首を傾げた。


「外面って……仲が悪いんですか?」


「正確にはお互いの利害が一致して、お互いを利用し合っているだけなのだよ」


 ため息交じりのヴィクターの言葉を聞いて、アカデミーに対して、ドロドロしたものとは程遠いクリーンなイメージを抱いていた幸太郎は少しショックを受けた。


「それが顕著になったのは、十年前のあの忌まわしき事件――君も被害者の一人なんだから知っているだろう? あの忌まわしき『』を」


「もちろん知っています……というか、知らない人の方が珍しいと思いますよ」


 祝福の日――輝石の素質を持つ人間が爆発的に増えた日のことである。


 輝石に対する科学的な調査を鳳グループと教皇庁が共同で行っていた時、輝石の力を制御できずに大気中に輝石の力が散布されてしまった。


 その結果、当時の子供たちを中心として爆発的に輝石使いが増えた。


 輝石を神聖視する教皇庁は、輝石使いたちが爆発的に増えたこの事件を『祝福の日』と名付け、輝石という存在が世界中に深く広まった。


「その事件を機に、輝石のことに詳しいレイディアントラストは教皇庁と名前を変え、鳳グループとともに世界中から輝石使いを集め、管理をするため、街一つ買い取ってアカデミーを設立し、それを中心に都市を形成したのだ」


「まだ小さかったからよくわかっていなかったけど、あの時はすごい騒がれてたっけ」


「当然だ、あれは後世に残る大きな事件だ。世界が変わったと言っても過言ではない」


 研究所内で発生した爆発事故のせいで、輝石使いという存在が増えたというニュースを連日連夜、何度もニュースで見たことを幸太郎はおぼろげだが覚えていた。


 二つの組織は事故を起こしながらも、責任を持ってお互いに協力して輝石使いを保護し、何も知らない子供たちのために輝石の正しい扱い方を教え、モラル等を教育すると宣言した。


 はじめは非難されたが、バッシングを受けても、宣言通りのことを真面目に続けた真摯な対応に徐々に信用を取り戻した。


「あの事件以来――……いや、そんなこと今はどうでもいいか」


 一瞬、物憂げな遠い目をしたヴィクターだが、すぐに話を元に戻した。


「アカデミーを設立すると、本格的にアカデミーの実権を握るため、醜い権力争いがはじまったのだ」


「共同経営者なのに、どうして権力争いがはじまるんですか?」


「アカデミーは二つの組織が経営しているため、私欲のための行動が不用意にできない。純粋な利潤を得るための鳳グループ、信者を獲得するための教皇庁――二つの組織の目的は根本的に違うのだ」


 何となく、アカデミーの裏側を理解できたような気がする幸太郎。


「もしかして、治安維持部隊もその争いの一つなんですか?」


「素晴らしい解答だ。その通り、お互いの組織は生徒や外部の評価を上げ、支持を集めるために輝動隊と輝士団と呼ばれる二つの治安維持部隊を設立した。生徒や外部からの評価や支持が高いほど、影響力が高くなり、自ずと発言力も高くなるだろうと考えてな」


「そのためだけに、同じ役割を持ってる治安維持部隊を作ったんだ」


「そうだ。そして、やがて二つの部隊は少しでも実績を上げるため、いち早く事件を解決しようと躍起になるが、同じ性質を持った二つの部隊はお互いに邪魔と思いはじめ、結果、初動が遅れたり、手柄を得るために無意味な諍いを起こしたりするようになったのだ」


「面倒ですね、鳳グループも教皇庁も、輝士団も輝動隊も全部。協力すればいいのに」


「確かに、君の言う通り協力すればいいだけなのだ。しかし、現状はしがらみがあって自由に動けない、足の引っ張り合いをしている治安維持部隊……これだけ言えば、あのお嬢様が何を考えているのか大体把握できるだろう」


 ヴィクターのわかりやすい説明を聞いて、幸太郎はやっと麗華の目的が見えてきた。


「なんとなくわかった。鳳さんはしがらみがなくて、自由に動ける治安維持部隊を作ろうとしてるんだ」


「そうだろうな。だから、彼女は鳳グループの御令嬢という権力を使わずに設立しようとしているのだ。使ってしまえば、鳳グループに大きな借りを作ってしまい、周囲に鳳グループの後押しがあったという印象を与えてしまう」


「そうすると、自由に動けなくなるから、ですね」


「そういうことだ。これが彼女の目的か……まあ、真の目的は他にあるだろうが」


「真の目的? ……確か、アカデミーのトップに君臨することだって言ってました」


 はじめて出会った時、風紀委員を設立する目的は、自身がアカデミーのトップに君臨するための第一歩だということを言っていたことを幸太郎は思い出した。


 それを聞いて、それを言っている麗華が容易に想像できたヴィクターは気分よく笑う。


「ハーッハッハッハッハッ! 彼女は昔から何も変わっていないな――モルモット君、私は立場上完全に諸君らを協力はできないが、応援はしているぞ」


 応援をしていると言ってくれたヴィクターに、何気なく幸太郎は質問する。


「周囲が風紀委員を認めてもらうために、何かいいアイデアがありますか?」


 ストレートすぎる幸太郎の質問に、一瞬の沈黙の後、ヴィクターは愉快そうに笑った。


「ハーッハッハッハッハッハッ! 残念だが、そんな都合のいいものはない!」


「確かにそうですよね。それじゃあ、何かアドバイスをお願いします」


「大きな実績を得るのは運、運も実力の一つと考えるのだ!ハーッハッハッハッハッ! しかし、青臭いかもしれないが、努力は裏切らないということは覚えておくのだ」


 具体的な解決策は出てこないのが残念だったが、最後のヴィクターの言葉を聞いて、幸太郎は納得できたのでそれでいいことにした。


 もう少し自分も頑張ろう、幸太郎は改めて決意を固める。


「さて、話も一段落したことだし、掃除を再開しようじゃないか!」


「それじゃあ再開しますか。今度こそ、ちゃんと使えないものは捨ててくださいね」


「善処しよう! ハーッハッハッハッハッハッ!」


 話が一段落して、研究所内の掃除を再開する二人。


 結局、片付け終えるのに二時間以上かかってしまった。

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