第13話

「風紀委員だが何だか知らねぇけど、邪魔すんじゃねぇ!」


「――注意はしました。恨まないでください」


 男子生徒は怒声を張り上げて、武輝である剣を握り、セラに向けて振り下ろす。


 セラは最小限の動きでその一撃を回避すると同時に、彼の鳩尾に膝をめり込ませる。


 男子生徒は鳩尾の一撃に苦悶の表情を浮かべ、力なく膝をついた。


 輝石の力を使っていないのにもかかわらず、多少のダメージではビクともしない輝石使いでさえも、怯ませるほどの重いセラの一撃。


 しかし、さすがは輝石使い。人体急所を突かれてもまだ戦意は喪失していない。


 立ち上がろうとする男子生徒だが、いつの間にか握っていたセラの武輝である剣の切先を向けられ、男子生徒は武輝を輝石に戻して両手を挙げて降参する。


「こちらも終わりましたわ」


 セラは麗華の声のする方へ視線を向けると、麗華の前に膝をついて両手を挙げている男子生徒がいた。


 二人の男子生徒が戦意を喪失しているのを確認したセラは武輝を輝石に戻した。


 セラと麗華、二人の鮮やかな活躍を見ていた野次馬たちは一斉に拍手を送る。


「オーッホッホッホッホッホッ! 私たちは風紀委員! 皆様、以後お見知り置きを」


 多くの野次馬たちの拍手喝采に、麗華は胸を張って満足そうに、そして気持ちが良さそうに高笑いをしていたが、セラは二人の男子生徒たちがまた暴れないように見張っていた。


 こうなったのは数分前に、イーストエリアにある噴水広場で喧嘩騒ぎが起きているということだった。


 アミューズメント施設が多く立ち並び、放課後になるとアカデミー帰りの生徒たちに沸くイーストエリア、それも待ち合わせ場所として使われる噴水広場。


 そんな場所での喧嘩の仲裁に入れば、絶大な宣伝効果になると、麗華は興奮した面持ちでそう言って、輝動隊や輝士団よりも早く仲裁に入った。


 仲裁に入るや否や、頭に血が上っている男子生徒たちは怒りの矛先をこちらに向けてくる。


 セラと麗華はそれを、周囲に圧倒的な力の差を見せつけて鮮やかに処理した、


 その結果、麗華の言う通り、多くの野次馬たちが風紀委員の活躍に拍手を送っていた。


 騒ぎを聞いて遅れて登場する、輝動隊の印である黒いジャケットを着た隊員たち。


 輝動隊の隊員たちは、複雑そうな表情をしながらもセラと麗華に礼を言って、喧嘩をしていた男子生徒たちを連行した。


「あーあ、先にお株を取られちまったみたいだな」


 男子生徒たちを連行して足早に立ち去る輝動隊たちだが、一人だけ立ち去らないでセラと麗華に近づく隊員がいた。その人物は、相変わらず派手な服装をした刈谷祥だった。


 へらへらと笑っている刈谷の登場に、野次馬たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げた。


 遅れて登場した刈谷に、麗華は得意気な笑みを浮かべる。


「あらあら、随分と遅い登場ですわね? 刈谷さん」


「悪い悪い。お嬢たちと違って、俺らは色々しがらみがあるからな」


「周囲を考えないで上の都合で実績を得るために、手をこまねいているあなたたちとは違うのですわ」


「そいつは耳が痛てぇ。俺もまったくそう思うよ――でも……」


 嫌味たっぷりな麗華の言葉に、刈谷は反論せずに苦笑を浮かべることしかできない。


 しかし、へらへらした刈谷は鋭い眼光を麗華に一瞬だけ向けた。雰囲気が一瞬変わった刈谷に、セラは警戒心を強めるが、麗華は特に気にしていない様子だった。


「風紀委員が目立ちすぎるのは難点かもしれないぞ?」


「ほう、私たちに対して一丁前に忠告をしますの? 聞いてあげましょう」


「そいつは嬉しいね。是非とも真面目に聞いてもらいたかったんだ」


 ずっとへらへらしていた刈谷だったが、急に真顔になって麗華を見つめる。


 そんな刈谷に、麗華も嫌味たっぷりな顔から真顔になった。


「ウチの連中は血の気が多いんだ。手柄を横取りされていい気分じゃない奴らもいるぞ」


「相変わらず野蛮ですわね」


「ハハッ! 否定はしねぇ! でも、お前らが目立つほど、ボロが出たら輝動隊は喜んで風紀委員を潰しにかかる。輝士団みたいに陰険な真似はしない、直接潰しにかかる」


「肝に銘じておくことにしますわ。まあ、心配するだけ損ですが」


 相変わらず自信たっぷりな麗華の返答を聞いて、刈谷は満足そうに微笑んだ。


「そいつを聞いて安心したよ、お嬢。……そういえば、アンタ、セラだっけか?」


「こうして話すのははじめてですね、刈谷さん。私はセラ・ヴァイスハルトと申します」


「あー、こりゃ丁寧にどうも。俺はセクスィー・刈谷祥。歳は十八のアダルトだ」


 ウインクをして自己紹介をする刈谷祥に、セラは戸惑いながらも「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。


「アンタだろ? 姐さんと昔からの知り合いってのは」


「……ティアのことなら、確かにそうですけど」


 そんなに親しくない相手には触れてもらいたくない話題に、セラは眉をひそめる。


 そんなセラの気持ちなどお構いなしに、刈谷は値踏みするような目で、頭からつま先まで彼女を無遠慮に見つめていた。


「男性がそんなに女性をジロジロと見るのは、マナーとしてどうかと思いますわ!」


 ジロジロとセラを見つめる刈谷を麗華は一喝すると、刈谷はへらへらと笑いながらすぐにセラに頭を下げた。


「ああ、悪い悪い。どうにも姐さんと知り合いに見えなくてな。姐さんと知り合いなら、もっと強そうかと思ってたんだけど……あんまりそうは見えねぇな」


 ストレートだが、意地が悪そうな笑みを浮かべながらの刈谷の言葉に、軽いショックを受けるセラ。すると、不機嫌そうな顔をした麗華が「失礼ですわよ!」と声を荒げた。


「何を言うかと思えば……セラさんは私を下しましたわ。そんな彼女にあなたが勝てるわけがないでしょう?」


「そいつはわかってるよ。でも、期待外れっていうかなんというか……」


「フン! セラさんを輝動隊に入隊させることを拒んだあなたたちの負け惜しみにしか聞こえませんわ! 話しは以上ですわ! 行きますわよ、セラさん」


「わ、わかりましたから、手を引っ張らないでください」


 ニタニタと嫌らしく笑っている刈谷に、麗華の怒りが頂点に達し、無理矢理セラの手を引いて刈谷から離れた。離れた二人に向かって、刈谷は嫌味たっぷりに手を振った。


 噴水広場から離れても、麗華は肩を震わせて怒りを露わにしていた。そんな彼女を見て、セラは申し訳ない気持ちになる。


「すみません、鳳さん……気を遣っていただいて」


「別にあなたのためではありませんわ! あなたは風紀委員の主戦力。そんなあなたがバカにされたら、私の風紀委員をバカにされたようで我慢がならなかっただけですわ!」


「そうですか……でも、ありがとうございます」


 セラのためではないと言い張る麗華だが、そうだとしてもセラは嬉しかった。


 でも……確かに刈谷さんの言っていることは正しいのかもしれない。


 刈谷の言葉に、セラは昨日ティアに力の差を見せつけられたことを思い出す。


 いつもと元気がなさそうなセラに、麗華は落胆したように肩を落とした。


「それで? ……ティアさんと戦って敗北したという話は本当なんですの?」


「相変わらず耳が早いですね……そうです」


 言い訳もせず、苦笑を浮かべて肯定するセラに、麗華は深々と嘆息する。


「すみません、勝手に行動した挙句、風紀委員の評価を下げるようなことをしてしまって」


「まったく、その通りですわ! 少しは風紀委員として自覚を持っていただきたいですわ」


 怒り心頭の様子に、セラはただ「すみません」と謝ることしかできなかった。


 何度も謝るセラを見て毒気が削がれたのか、麗華は再び深々とため息を漏らした。


「まあ、普通の隊員に負けるよりも、輝動隊トップの実力を持つティアさんに負けたことはまあ、特別に許してあげましょう」


 一応許してもらえたが、セラは納得できなかった。


 自分も本気で戦い、ティアもおそらく本気で戦った――その結果、あの体たらく……

 自分は覚悟を決めてアカデミーに来た。

 それなのに、ティアの覚悟に負けてしまったのは納得できない。


 焦り出しそうな気持ちを抑え、セラは麗華に聞きたかったことを尋ねることにした。


「鳳さん……よろしければ、ティアのことを教えてくれませんか?」


「ティアさんの? わ、わかりましたわ」


 突然の質問に戸惑う麗華だったが、鬼気迫る様子のセラに頷くしかできなかった。


「ティアさんが高等部に入学したのは四年前。入学式の適性検査で飛び抜けた結果を出して、あなたと同じくティアさんは注目されていましたわ。まあ、旧育成プログラムを受けた方ですので当然と言えば、当然の結果でしょうが。その後、実力を買われて輝動隊に入隊し、輝動隊の隊員として多くの事件を解決した人物ですわ」


 ……やっぱり、ティアはすごい。


 麗華の話に、容易に当時のティアの活躍が想像できたセラは、思わず微笑んでしまう。


「何度かお会いしたことはありますが、同性の私が見ても素敵な方でしたわ……」


「鳳さんはティアと何度か出会ったことがあるのですか?」


「鳳グループが輝動隊を設立したので、何度か会う機会はありましたわ」


 ティアと出会った時を思い出しているのか、麗華は恋する乙女のようにウットリとした表情になり、頬を赤く染めていた。


「多くの事件を解決しましたので、教皇庁からは輝士の称号の授与が認められ、鳳グループお抱えのボディガードに誘われるという誉れ高い名誉をすべて蹴った人でしたわ」


「昔から、ティアは名誉とかには興味がありませんでしたから。そんなことよりも、自分を鍛えることを優先していました……その部分は変わっていないんだ」


「同性から見ても、ティアさんは素敵ですわ……『お姉様』と呼び慕いたいですわ」


 頬を赤く染め、遠い目をしている麗華を放って、セラは安堵した。


 話を聞いていたら、ティアが昔から変わっていないような気がしたからだ。


 自分の世界にイッていた麗華だったが、我に返ってわざとらしく咳払いをする。


「ティアさんはあなたと同じく、何か目的があってアカデミーに入学していますわ……それも、目的を遂行するための覚悟はセラさん、あなたよりも強いものですわ」


「わかっています……でも、私も退くことはできません」


 麗華から見てもティアが強い覚悟を持っていることを理解できたことに、改めてセラはティアの覚悟が相当強いものだと感じる。


 しかし、それでもセラは諦めようとはしない。


 萎えるどころか逆に闘志を漲らせるセラを、麗華は呆れたように見つめていた。


「まったく……中途半端な覚悟ではティアさんには勝てませんわ」


「私の覚悟は中途半端ではありません!」


 自身の覚悟を証明するように、セラは強い覚悟を宿している目を麗華に向け、強い口調でそう言った。そんな彼女に気圧されながらも、麗華は一瞬逡巡した後、口を開く。


「私には、あなたとティアさんの間に何があったのかは知りません。でも――……」


 その先を口に出そうとするが、セラは恥ずかしそうに顔を紅潮させて躊躇う。


 しかし、やがて小さく深呼吸をして話しはじめた。


「あ、あなたはこの私が選びに選び抜いた逸材で、私はティアさんよりもあなたを選んだということを忘れないでいただきたいですわ! 今度は負けることは許しませんわよ!」


 顔を紅潮させながら、麗華は叫ぶようにしてそう言い放った。


 一瞬麗華の言っている意味が理解できなかったセラだったが、やがてそれが麗華なりの励ましだと理解して、思わず微笑んでしまう。


 ……勝手な解釈かもしれないけど、きっと鳳さんは私にこう言いたかったんだろう。

 ティアではなく私を選んだのだから、ティアに負けるなと。


「ありがとうございます」


「わ、わかったのなら、さっさと巡回に行きますわよ!」


 お礼を言うセラから逃げるようにして、麗華は小走りでセラから離れる。


 明らかに気恥ずかしさを隠している麗華の態度にセラは微笑み、彼女の後を追う。


 ……私はティアのためだけにアカデミーに入学した。

 他のことなんて目もくれないつもりで、風紀委員も自分の目的のための手段だった。

 だけど、私は鳳さんたちに出会えて本当に良かったと思う。


 新しい友と呼べる存在に出会えたことを、セラはとても嬉しく思っていた。

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