第29話


 訓練場の床の上で、仰向けで大の字になって倒れ込んでいる嵯峨。


 嵯峨は激しく咳き込みながら、朦朧としている意識の中、自分の身に起きた状況を整理していた。


 何が起きたかわからなかったけど、取り敢えず幸太郎君が持ってるショックガンから放たれた衝撃波が直撃したみたいだ……

 ……ダメだ、もう動けない……

 武輝……あ、輝石は?


 今までのダメージの蓄積で限界を迎えていた嵯峨の身体が、ショックガンから放たれた衝撃波の直撃を食らい、ピクリとも身体を動かすことができなかった。


 そのため、攻撃を受けた衝撃で手放してしまい、自分の手から離れた武輝を取れずに、弱々しい光とともに武輝が輝石に戻るのを見ていることしかできなかった。


 輝石も取れないほどのダメージを負っている嵯峨だが、それでも嵯峨は諦めようとしないで身体を動かそうとしていた。


 全身が燃えるような痛みに襲われながらも、それを気にも留めることなく、動けと身体に命令し続けるが、嵯峨の身体はもう自分の命令を受け付けなかった。


 しかし、それでも何度も何度も動かそうとし続ける。


 イタタタッ……身体を動かそうとすると痛みが……あー、明日筋肉痛かな?

まだ目的が達成されないのに……このままじゃ終われない……

 それにしても、どうして幸太郎君の一撃が僕に直撃したんだ?

 それよりも早く僕の攻撃が当たると確信していたのに……


「大丈夫ですか?」


 たとえ相打ち覚悟で放ったショックガンの衝撃波が運良く自身に直撃しても、確実に届くはずだった幸太郎への攻撃が掠りもしなかったことに、不思議に思っている嵯峨。


 痛みから気を紛らせるために、自分の身に起きたことを必死に整理している嵯峨に、呑気な声で幸太郎が心配そうに話しかけてきた。


 幸太郎は目立った怪我をしている様子はなかったが、右肩を押さえていた。


「ど、どうして……僕の攻撃が掠ったのかな」


 話す体力もない嵯峨だが、それでも力強い笑みを浮かべて幸太郎に尋ねた。


「ショックガンって反動がすごいんですよ。だから、両手じゃなくて片手で撃つとその反動で後ろに向かって吹き飛ぶんです……そのせいで肩をちょっと痛めました」


「……でも、僕が見た時は両手で持ってたと思うんだけど……」


「はい。でも、嵯峨さんが真っ直ぐ僕に向かってくると確信してたんで、すぐに片手に持ち替えました。想像通り、僕の前に現れて攻撃を仕掛けたから、そのまま撃ちました」


「……ギリギリまで僕の攻撃を引きつけて怖くなかったの?」


「嵯峨さんが真っ直ぐに向かって来たら、絶対に勝てると思ってたので怖くなかったです」


「失敗しようと思わなかったの?」


「嵯峨さんなら必ず一直線に来ると思ってたので特に心配はしませんでした」


 嫌味のように聞こえるくらいハッキリと言ってくれる幸太郎に、嵯峨は悔しそうでありながらもスッキリとした表情で自嘲気味に笑っていた。


 なるほど……僕の動きは読まれてたんだ……

 やっぱり、僕と幸太郎君って似てるんじゃないのかな……

 でも、そしたら……


 認めてしまいそうになる認めたくない事実から必死に目を背けようとする嵯峨。


 そんな嵯峨に向けて、幸太郎は手を差し伸べた。


「ここから出ましょう、嵯峨さん」


「そうだね……考えるのは後に――」


 自嘲的な笑みを浮かべて、差し伸べられた幸太郎の手を掴もうとした時、今まで微弱に揺れていた建物内が突然大きく揺れはじめた。


「あれ? これってもしかして……やばい? と、とにかく早く逃げましょう、嵯峨さん」


 急に大きくなった揺れに危険を感じた幸太郎は、慌てて嵯峨を立ち上がらせて建物から脱出しようとした。


 だが、その瞬間、大きな破壊音が頭上に響き渡る。


 その音が自分たちのちょうど頭上に響いたので、ふいに幸太郎と嵯峨は同時に天井を仰いだ――目前に天井が迫ってきていた。


 激しい揺れで天井のパネルがちょうど幸太郎と嵯峨の頭上に落下したのだった。


「……あ」


 一瞬、目の前の物体が何かわからなかった二人だが、二人は同時にそれが天井からの落下物であると気づき、気づくと同時に二人揃って素っ頓狂な声を上げた。


 蓄積されたダメージのせいでまともに自分では動けない嵯峨。


 そんな嵯峨の近くで、呆然とした様子で自身に迫る落下物を見つめている幸太郎。


 二人はそのまま落下物の下敷きになる――と、思いきや――

 落下物はバラバラに細かく切り裂かれて、その破片が雨のように幸太郎と嵯峨に降り注いだ。


「何ボーっとしてんだ! さっさとここから脱出するぞ!」


 意識が朦朧として、今にも気絶しそうになってきた嵯峨の耳に聞き慣れた声が響いた。


 あれ……この声、もしかしてショウ?


 耳に響いた声が刈谷祥であるといことに嵯峨は気がついた。


 ボンヤリとしてきた視界で周囲を見ると、病衣を身に纏い、身体中に包帯を巻かれた刈谷祥が自身の武輝であるナイフを手にして立っていた。


「刈谷さん、目が覚めたんですね――……おはようございます?」


「こんな状況で相変わらず呑気な奴だ……ほら、嵯峨は俺に任せろ」


 幸太郎に代わって、刈谷は嵯峨の腕を自身の方に回した。


「ショウ……おはよう?」


「お前もか! ……行くぞ」


 幸太郎と同じ反応をした嵯峨に呆れながらも、刈谷は嵯峨を抱えて急ぎ足で訓練場の出口へと向かう。


 さらに揺れが激しくなってくる建物は今にも崩れそうだった。


 しかし、完全には崩れることはなく、三人は無事に脱出することができた。


 刈谷は嵯峨に多くを語ることなかった。


 嵯峨もまた刈谷に何も言うことはなかった。


 そのまま何も言わないまま脱出しても二人は話すことはなく、外に出た瞬間気が抜けた嵯峨は気絶してしまった。


「……バカ野郎」


 意識が闇に堕ちる寸前、嵯峨の耳には刈谷の声が響いた。


 怒っているような、呆れているような、悲しんでいるような――そんな声だった。


 ……ごめん。


 心の中で謝罪をして、完全に嵯峨の意識は途切れた。


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