第30話

 事件から一週間後――ここのところ曇りがちでジメジメしていた空気を一転させるほどの、気持ちのいいくらいのきれいな青空が広がっていた。


 そんな気持ちのいい梅雨晴れの中、イーストエリア内にあるステーキハウスに幸太郎と刈谷はいた。


 大きな事件を解決した時刈谷が必ず訪れる店であり、値段は少し高いが上質で大きな肉を使っているため、値段に見合った満足感と満腹感を得られる刈谷お気に入りの店である。


 そんなステーキハウスで、幸太郎はこの店のステーキの中で最大のサイズと値段の5ポンドステーキを美味しそうに食べており、そんな彼と向かい合うようにして座っている刈谷は自分の財布の中身を確認して深々とため息をついていた。


 幸太郎はステーキを食べながら、事件が終わって一週間のことを思い返していた。


 あの時、意識を失った嵯峨さんは病院で手当てを受けて、次の日には回復した。

 そして、すぐに嵯峨さんは特区送りとなった。

 嵯峨さんに奪われた輝石はすべて被害者に戻り、事件は取り敢えず一段落した。

 意識を取り戻した刈谷さんも、大道さんも事件が終わってすぐに退院した。


 嵯峨さんの取調べは逃げられるという危険性があって、特区に送り込んだ後に輝動隊、輝士団、そして一応事件の功労者である風紀委員と共同して行われた。

 僕は嵯峨さんと捕えた時に無茶なことをしたのでセラさんと鳳さんにまた大目玉を食らってしまい、しばらくの間風紀委員の活動の停止処分を受けてしまったので取調べに同席することはできなかったが、ティアさんに詳しい内容を教えてもらった。


 嵯峨さんは取調べには素直に応じて、自身の目的である賢者の石のことを話したけど、賢者の石は空想上の存在とみんな思っているから、誰も信じないで軽くスルーした。

 目的を話したまではいいが、嵯峨さんは自身の目的以外――どうして今になって急にアカデミー都市に戻ってきて事件を起こしたのか、どこで爆弾等を仕入れたのか、協力者はいないのかという質問は適当にはぐらかして真面目に答えなかった。

 治安維持部隊としてもう少し突っ込みたかったらしいが、それぞれの上層部の組織である鳳グループ、教皇庁から不自然な圧力がかかって有耶無耶にされた。

 結局、嵯峨さんは愉快犯であると判断され、事件は無理矢理解決されてティアさんは不満そうだった。


 慌ただしかった一週間の回想をしながら、肉厚のステーキの半分以上を幸太郎は平らげるが、食べるスピードはまったく衰える気配はなかった。


 食欲旺盛な幸太郎を対面に座っている刈谷は驚いたように、そして、呆れたように眺めていた。


「人の金で、遠慮なくこの店で一番高い肉食えて嬉しいか? 美味しいか?」


「はい! すごく美味しいです!」


「あっそ……良い性格してるよ、お前……財布が……」


 皮肉たっぷりの刈谷の一言だったが、幸太郎は気にも留めることなくステーキを食べる手を止めない。そんな幸太郎に刈谷は自分の財布の中身を見てガクリと肩を落とした。


 今回、嵯峨は事件解決祝いと、その他諸々の借りを返すために幸太郎を自身の行きつけのステーキハウスに案内して、自分の奢りで好きなものを頼めと言った。


 しかし、それが刈谷にとって仇となった――……遠慮というものを知らない幸太郎は、この店で一番高いステーキを刈谷の制止を無視して注文した。


 刈谷も注文しようとしたが、自身の経済状況を鑑みて飲み物だけを頼んだ。


 遠慮というものを知らない無神経な幸太郎をずっと恨みがましい目で睨んでいた刈谷だったが、あまりにも良い食べっぷりを見ていたらすっかり毒気も削がれて、諦めたように深々とため息をついた。


「それにしても……今回は悪かったな、巻き込んじまって」


「ああ――……別に……気にしてません、よ……」


 ステーキを次々と口に運びながら、気にしていないと答えた幸太郎は明らかに話を聞いていなさそうな態度だったが、刈谷にとってはこれくらいがちょうどよかった。


「もしもの場合は嵯峨の興味をそらすことが重要だと思ったんだけど、いざその時になったらどうしたらいいのかわからなくなってな」


 人を巻き込んでおいて、おどけた様子で刈谷は説明していたが、幸太郎は気にすることなくステーキを食べ続ける。


「だから、咄嗟に嵯峨に似てるお前の名前を出したんだが……効果は想像以上みてぇだ。まさに計算通りってやつよ」


「嵯峨さん、大道さんの反応を見て確信したらしいですが、それも計算してたんですか?」


「あー、まあ……そうだな、うん、そうだ! すべては俺の計算通りって奴だ!」


 気分良さそうに嵯峨は高笑いを浮かべているが、明らかに計算通りではないようだった。


 そんなことを疑うことなく、ステーキを食べる手を止めて幸太郎は拍手を送り、素直に感嘆の声を漏らした。


「そういえば、刈谷さんから見て僕って嵯峨さんに似てるんですが」


「第一印象は違ったぞ? あっちの方が整った顔立ちをしてるし身長も違うしな。……でも、お前の性格を理解したら、段々アイツと重ねて見えるようなっちまった」


「そうなんですか?」


 刈谷の答えを聞いて、あまり納得していない様子の幸太郎。


 そんな幸太郎の反応を見て、刈谷はニッと力強く笑った後「だけど――」と付け加えた。


「どうやら、俺の思い違いだったみてぇだ」


「そうですか……でも、根本は同じです」


 自分と嵯峨が違うと刈谷が気づいた様子で言って、幸太郎は複雑そうな顔を浮かべながらも、取り敢えずは満足した。


「……嵯峨さんの処分はどうなるんでしょうか」


「嵯峨は数年特区にぶち込まれた後、アカデミーからされることになった」


「永久追放……? なんですか、それ」


 聞き慣れない単語を聞いて、幸太郎のステーキを口に運ぶ手のスピードが若干落ちた。


 特区――アカデミー都市のはずれのどこかにある、重大な罪を犯した輝石使いたち専用の監獄であることは幸太郎でも知っていたが、永久追放というのがよくわからなかった。


 幸太郎の質問に、刈谷は淡々とした調子で説明をはじめる。


「永久追放ってのは、輝石を持つことも、アカデミーに関係する人間や組織に接触すること、アカデミー都市に入ることも禁止される。そいつら関係・接触しようとすると、特区から出た時に身体の中に埋め込まれる微小な機械が反応して電流が身体中に流れちまう。知り合ったばかりの奴の家族や友人に輝石使いやそれに関係する奴がいても同じことになる」


 淡々と説明している刈谷だが、自分の感情を押し殺しているのは幸太郎でも理解できた。


 しかし、幸太郎は何も言わずにステーキを口運びながら刈谷の話を黙って、真剣に聞いていた。


 嵯峨と微妙に似ている部分がある自分を戒める意味でも、ここは真剣に聞かなければならないと幸太郎は判断したからだ。


「それだけじゃねぇ。ありとあらゆる組織や、各国のブラックリストに名前が載っちまって、何をするにも許可を取らなければならねぇ。もちろん、それを怠ると電流が流れる」


「人付き合いと行動を制限されて、いつも監視がいるって感じですか?」


「まあ、そういうことだ……世界っていう広い監獄にほっぽり出されちまうんだ」


 自分がそうなった場合を想像した幸太郎は、正直恐ろしいと思った。


 身体にどの程度の電流が流れるのかはわからないが、自分の行動に一々機械が反応して電流が流れて、人付き合いをしても同じことが起きるかもしれない。


 結局、ずっとその電流に恐れてずっと生きていかなければならないということは、電流を恐れて自ら行動する意志を奪い、人付き合いも恐れるようになって孤独になる。


 それを想像したら、幸太郎は思わずゾッとしてしまい、自分なら耐えられないと思った。


 永久追放のことを「世界という広い監獄にほっぽり出される」と、刈谷は表現して、言い得て妙だと幸太郎は思い、思わず感心してしまった。


 感心してしまうとともに、幸太郎はあることに気がつき、悲しそうな表情を浮かべて申し訳なさそうな目で嵯峨を見つめた。


「……嵯峨さんとはもう会えなくなるんですか?」


「特区にいる間は面会しに行けば会えるが……いずれはそうなるだろうな」


 淡々として、突き放すような短い言葉で刈谷は肯定した。


 先程と同様、感情を押し殺しているが明らかに我慢していた。


 それも、さっきよりも必死になって自分の感情を押し殺していた。


 そんな刈谷の様子に幸太郎の表情は若干暗くなるが、幸太郎の表情の変化に気づいた刈谷は安心させるように柔和な笑みを浮かべる――だが、それはほとんど無意味だった。


 その笑みは幸太郎を安心させるというよりも、溢れ出しそうになる自分の感情を押し殺すのに精一杯な笑顔だからだ。


「ほら、冷めないうちにさっさと食え。俺が他人に奢るなんてそうそうないんだから、味わって食えよ! ……だから、お前が気にするな」


 一瞬暗い雰囲気が流れるが、それを刈谷の恩着せがましい一言が打ち破った。


 明らかに無理している刈谷だったが、幸太郎はもう気にしないことにした。


 刈谷さんが一番辛いんだ……だから、これ以上刈谷さんに気遣われないにしよう。


 そう思い、幸太郎は最後の一切れを口の中に入れ、メニューを再び開いた。


「あ、それじゃあ次これ頼んでいいですか?」


「……いい加減にしろ」


 5ポンドステーキを食って、デザートであるパフェを頼もうとしている幸太郎に、刈谷は呆れた――だが、その顔は晴々としていた。


 そんな刈谷の表情を見て安堵する幸太郎だが――


 自分の中に何か消えない靄のようなものが現れて、それが胸を締めつけていた。


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