第31話
特区内部にある殺風景な薄暗い面会室に刈谷と大道は入った。
そんな二人を、両手両足に枷のようなものがつけられた簡素な服を着ている、椅子に座ったままの嵯峨隼士が「やあ」と明るい挨拶で出迎えた。
怒りに溢れた険しい目で睨んだまま、何も言わずにそれを無視して、刈谷と大道は嵯峨と向かう合うようにしてポツンと置いてある二つの椅子に座った。
嵯峨と向かい合うようにして座っている二人だが、その間には分厚い透明の壁が存在しており、嵯峨との距離は近くて遠い位置に存在していた。
「二人とも無事退院したようだね。結婚前の大切な身体を傷モノにしなくてよかった」
「特区遅れにされて一週間……あんまり堪えてる様子はねぇな」
相変わらずの嵯峨の態度に、刈谷は呆れたようにため息を漏らした。
「そうでもないよ? まだ友達も話し相手もいなくてこの一週間結構暇だったんだ」
「あのなぁ、特区は呑気にお喋りする場所じゃないっての」
「それもそうだ。それにしても、囚人服って太い横縞模様だと思ってたんだけど、違うんだね。ちょっと期待してたから少しショック」
「……元気そうで何よりだよ」
特区送りにされても相変わらずマイペースで呑気な態度を崩さない嵯峨に、刈谷は脱力してしまった。
「それで今日は二人揃ってどうしたの? 取調べの時もいなくて、それが一段落してからも二人とも会いに来てくれなかったのに」
いたずらっぽく微笑みながら不満を口にする嵯峨に、刈谷は言葉が詰まってしまい、こんな時に何も言えなくなった自分自身に情けなさに忌々しく小さく舌打ちをして嵯峨から視線を外してしまった。
「今日は我々の責任を果たしに来た」
「責任? キョウさんは相変わらず堅苦しいな。もっと僕にわかるように言ってよ」
溢れ出す感情のあまり言葉を詰まらせて、何も言えなくなってしまった刈谷に代わって、今まで黙ったまま嵯峨と刈谷の会話を見ていた大道が話しはじめる。
厳しい視線を送ったままの大道の重苦しい雰囲気で放たれた言葉に、嵯峨は心底億劫そうだった。
「私たちは今回の事件を引き起こしたお前に処分を言い渡すためにここに来た」
「そんなことでわざわざ二人が来なくてもいいのに」
「今回の事件、はじめからお前が犯人であると言っていれば、ここまで被害が広まることなく、被害者の数も抑えることができた……これは私たちの責任であり、罰でもある」
「相変わらずキョウさんは自分に厳しいね。それで、僕はどうなるの?」
「数年特区に収容された後永久追放となる」
無表情でハッキリとした口調で嵯峨の処分を冷たく言い渡す大道だったが、処分を言う瞬間、一瞬だけ逡巡していた。
永久追放という自身の処分を聞いて、一瞬の間を置いて嵯峨は「あー、そうなんだ」と、特にその処分に異議を唱えることもしないで呑気に納得していた。
「まあ、仕方がないよね」
特に気にしている様子なく呑気にそう言い放つ嵯峨。
厳しい処分が言い渡されても相変わらず呑気で人の気持ちも理解していなさそうな嵯峨に、刈谷と大道は深々と呆れたようにため息をついたが、二人の目は依然として嵯峨を厳しい目で睨んでいた。
「どうしてこんなことをしたのか、四年前にアカデミーから急に消えて今まで何をしていたのか、聞きたいがきっとお前は真面目に答えねぇだろうな」
諦めている刈谷の言葉に、肯定だというように嵯峨は意味深な笑みを浮かべていた。
「まあ、ほら……強くなろうとしたんだって」
「……それでお前は強くなれたのかよ」
刈谷の質問に、嵯峨はフフンと鼻を得意気に鳴らして胸を張った。
「まあ、それなりに? 四年前、死神――ファントムは言ってたんだ。生温いアカデミーの訓練じゃ強くなれないって。旧育成プログラムのように実戦形式の訓練の方が強くなれるって。だから、危ない橋を渡った方が強くなれるかなって思って、アカデミーから出たんだ。そのつてを使って今回の爆弾とかもそこで仕入れたんだ」
「それで無様に捕まっちまったってわけか?」
四肢を拘束されている今の嵯峨の状態を見て嘲るようにして刈谷そう吐き捨てたが、嵯峨は特に気にしていないと言った様子で苦笑を浮かべていた。
「これは僕も予想外。捕まるとは思ってなかったし、捕まるかもしれない状態になっても、僕は捕まらないように爆弾をファントムと同じで用意してたからね……まあ、後悔はしてないよ。自分が決めた行動の結果だからね――……でも……」
ここで、今まで呑気な顔をしていた嵯峨の表情は困惑しきっているものに変化した。
「僕が幸太郎君に負けて、ショウに助けられた時……意識を失う寸前僕は心の中で君に謝っちゃったんだ。何に対しての謝罪かわからない、ただ無意識にそう思ったんだ。どうしてそんなことを思ったんだろうって、ここに入ってからずっと考えてたんだけど――……」
ウンザリした様子で嵯峨はそう言って、大きく眠そうに欠伸をした。
自分自身に失望した様子で、嵯峨は深々とため息をついて肩を落とした。
そんな嵯峨を見て、刈谷と大道は大きく目を見開いて驚いている。
「どうしてそんなことを言ったのか、今になってようやくわかった」
泣き笑いの表情を浮かべる嵯峨を、刈谷と大道はただ黙って見ていることしかできない。
自分たちが変えられなかった友人の変化に、二人は見守ることしかできなかった。
友人の変化に嬉しそうでありながらも、すべてが遅すぎたと言っているような悲しそうな目で。
「……認めたくないんだけどね、どうも僕は『後悔』しているみたいなんだ」
ため息交じりの嵯峨の言葉。
今、嵯峨はこの一週間自分の頭からずっと離れることなく頭の中に焼き付いていた、幸太郎に対峙した時に言われた言葉を思い返していた。
『嵯峨さんは本当に後悔していないんですか? 刈谷さんと大道さんを襲って』
その言葉がこの一週間ずっと嵯峨の頭から離れず、何度も何度も反芻していた。
まるで自分を洗脳するかのようにずっと頭の中で響き続けて、最初の三日間は眠れなかったが、ようやくそれが治まった頃には胸の中に説明できない靄のようなものが生まれて、それが痛みとなって胸の中を蹂躙していた。
説明できない痛みに悩んでいた嵯峨だったが、ここに来てそれがようやく理解できた。
自分が永久追放であると知った時――それが、後悔であることに気がついた。
「……ショウとキョウさんに二度と会えなくなるのは嫌だな」
淡々とした調子で放たれた嵯峨の心からの一言。
表情は相変わらず呑気で締まりのない顔をしていた。
しかし、刈谷と大道の耳にはその言葉が上擦っているように聞こえた。
――まるで、泣いているかのように上擦った声に。
何もかもすべて気づくのが遅すぎた嵯峨に、刈谷と大道は見ていられなくなってしまい、目の前の友人から堪えきれずに一瞬目を離してしまった。
そして、すぐに視線を嵯峨に向けた。
その視線はさっきまでの厳しい視線ではなく、悲しさで溢れているものだった。
「……バカ野郎」
震えた声で嵯峨を――自分自身を罵倒する刈谷。
大道は何も言わないまま、透明の分厚い壁の向こう側にいる友人に何もできない自分を忌々しく、そして、不甲斐なく思って悔しそうな顔を浮かべて、拳をきつく握った。
「……ごめん」
そんな二人に、嵯峨は小さな声で謝罪した。
嵯峨の小さな謝罪の言葉が、三人しかいない面会室内にむなしく響き渡った。
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