第13話

「昼食の後、しばらくしたら出られるそうだ。すまないが、もうしばらく我慢してくれ」


「意外と快適だから大丈夫です。でも、オニギリの具がないのがちょっと不満です」


「それはすまなかった……怪我の具合はどうだ?」


「少しひりひりするけど、大丈夫です」


 輝士団本部地下にある拘留施設の中で、顔に多くの絆創膏が貼られている幸太郎は固く閉ざされた扉を背にして昼食として差し出されたオニギリを食べながら、扉越しにいる人物と話していた。


 扉越しで幸太郎に話しかけているのは輝士団の大道共慈であり、昨日から空いた時間に拘留施設に赴き、幸太郎の話し相手になっていた。


 昨日から幸太郎は簡素なベッドとトイレがあるだけの狭い室内に拘留されているが、空調もそれなりに効いているので特にストレスを感じている様子はなく、大道に差し出された昼食のオニギリを勢いよく食べていて食欲旺盛だった。


「ここから出たら何食べようかな……大道さん、ここから出た人って最初に何を食べに行くか知ってますか?」


「……すまない、そんなデータはない」


「それじゃあ出された食事が淡白なものが多かったから、脂っこいものを食べよう――でもその前にセラさんを探さないと……」


 食べることだけを考えている幸太郎だったが、セラのことを思い出し、優先順位を変えて、すぐにセラを探すことに決めた。


 あっという間に優先順位を変え、その決心に迷いがまったくない幸太郎に扉越しにいる大道は呆れたように、羨ましそうに微笑んだ。


「昨日から輝士団と輝動隊の小競り合いを治めるついでに、セラさんのことを探しているが、結局見つけることができなかった。探しに行くのは結構だが気をつけた方がいい……現在のアカデミー都市内の状況は昨日や一昨日に比べ物にならないくらい殺伐としている」


「もしかしてセラさんが暴れたんですか?」


「いや……それは心配ない。昨日のあの事件から、セラさんは身を隠したまま行動は何も起こしていない。……問題は我々治安維持部隊だ」


 疲れ果てた様子で扉越しの大道は深々とため息をついているが、そんな彼とは対照的に幸太郎はオニギリと黙々と食べていた。


「昨日、優輝が事態を収拾させるため、アカデミー都市内のシステムを使用して、教皇庁の意向を無視して独断で今回の一件について説明する会見を行った」


「優輝さん、全国デビューしたんですか?」


「いや、アカデミー都市内のみ会見は放送されただけだ。まあ、あっという間にアカデミーの外にも広まったという意味でそれは間違っていないか……しかし、結局この状況を治めることはできなかった」


 最後のオニギリを食べ終えて、幸太郎は大道の話に耳を傾けるのに集中する。


「会見ではティアリナと戦ったことを正式に優輝は認め、ティアリナが自分に襲いかかったのではなく呼び出した上で私闘を行ったと説明し、優輝は自分の非を認めた」


「何だか一件落着っぽく聞こえるんですけど」


「優輝も、私もそうなると信じていた――だが、輝動隊にとって優輝がティアリナと戦って敗北させたのは変わらず、私闘を受けた優輝も同罪だとして輝士団団長を捕えようとする動きが出はじめた。輝士団の面々は自分を立場を犠牲にして優輝がティアリナを庇っているとして、優輝を支持する声が高くなり、優輝を守るために動きはじめた」


 泥沼化になりはじめている治安維持部隊同士の抗争に、先行きが見えない不安に大道は暗い面持ちで今のアカデミーの状況を説明を説明していた。


「結果、二つの組織の抗争はさらに激化した。今まで小競り合い程度で怪我人が出なかったにもかかわらず、会見が終えてから何件もの争いが連続して発生し、怪我人も出る事態に発展してしまった。中には何者かに襲撃されて重傷を負い、意識不明の者までいる」


 仲が悪くとも一線は超えなかった二つの治安維持部隊がついに超えてはならない一線を越え、お互い火がついた状態になり、いよいよアカデミー都市内で本格的に輝士団と輝動隊の大きな争いがはじまってしまった。


 アカデミー都市内の状況を説明する大道は、解決の糸口が見つからない不安から暗い表情を浮かべ、その表情には若干の迷いと後悔のようなものが見え隠れしていた。


 しかし、扉越しで大道の表情を確認できず、彼の気持ちなど知る由もない幸太郎は大きく身体を伸ばしながら、口を大きく開いて呑気に欠伸をしていた。


「優輝の判断は今まで間違いはなかった……だからこそ、私は何も言わずに信じて見守ったが、果たしてあれは正しかったのか――いや、すまない、君にする話ではなかったな」


 扉越しで黙って話を聞いてくれる幸太郎に大道は思わず自分が抱く漠然としない迷いと後悔を口に出してしまい、慌てて話を中断させた。


「暗い雰囲気にしてしまってすまない……話題を替えようか」


「それじゃあ、夏休みの話でもしましょうよ」


 話しの雰囲気をガラリと一変させて、夏休みの話題をはじめようとする幸太郎に、思わず大道は脱力してしまうが、幸太郎らしさを感じてしまい微笑んでしまう。


「大道さん、夏休みはどう過ごすつもりですか?」


「帰省しようと思っているが、いつ収束するかもわからない今の状況では予定通りになるかどうか……それに、事態が収束しても事後処理に追われ、休める暇はないだろう」


「それなら夏休み中ずっとアカデミーにいるってことですよね? それじゃあ、セラさんと鳳さん、リクト君と刈谷さん……それと、ティアさんも、一応優輝さんも呼んでイーストエリアにあるプールに行こうと思ってるんですが、大道さんも行きませんか? 刈谷さんなんて、新しいカメラを買うって言ってるほど行く気満々みたいなんですよ」


「刈谷から純粋な邪念を感じ取った。了解した、保護者役として私も向かおう」


「……大道さんの水着って褌じゃないですよね」


「なぜそうなる」


「イメージです」


「どんなイメージだ、まったく……」


 自分に勝手なイメージを抱いている失礼な幸太郎に大道は深々とため息を漏らす。


 深々とため息を漏らしながらも、今の大道の顔は若干だが気が晴れていた。


 夏休みの話題をしている今だけ、大道は殺伐としているアカデミーの状況と、打開策が見つからず、先行きが見えない不安を忘れることができた。


 そして、抱いている後悔や迷いも今だけは忘れることができた。




―――――――――――




 昼食を食べた数時間後、幸太郎は輝士団内にある拘留施設からようやく解放された。


 そして、殺伐とした雰囲気を身に纏って殺気と警戒心を幸太郎にぶつけてくる輝士団団員たちに見送られ、輝士団本部を出て自由の身になった幸太郎は照りつける真夏の太陽を仰ぎながら、大きく欠伸と身体を伸ばして軽いストレッチをしていた。


 時刻は三時を過ぎた頃、一旦三時のおやつでも買ってからセラのことを探そうと幸太郎は呑気に思っていると――

「フン! お勤めご苦労様とでも言っておくべきかしら?」


「やっぱり、シャバの空気は美味しい」


 腕を組んで仁王立ちしている不機嫌な顔をした麗華が幸太郎を出迎えた。


 不機嫌な顔のまま麗華は幸太郎に近づき、目立つ傷には絆創膏が貼られているが、それでも痣が残っている彼の顔を冷ややかな目でジッと見つめた。


「……随分手ひどくやられたようですわね。良い気味ですわ」


「わざわざ迎えに来てくれてありがとう、鳳さん」


「勘違いしないでいただけます? これからのことを話すついでですわ、つ・い・で!」


「イデデデデッ……い、痛いよ、鳳さん」


 おもむろに麗華は幸太郎の顔に貼ってある絆創膏をピンポイントに狙って抓って、すぐに放した。


 抓った力は弱いものだったが幸太郎には十分に効いており、抓られた頬を涙目の幸太郎は優しく摩る。そんな彼の様子に麗華は幾分スッキリして安堵したような表情を浮かべた。


「自分の身の丈に合わない無茶な行動をした結果、輝士団に捕えられて拘留施設で一泊という無様な醜態を晒すとは、呆れて怒る気もありませんわ」


「ごめんね、鳳さん」


「無茶な行動をしてからのあなたの謝罪ももう聞き飽きましたわ! どうせ、謝罪をしてもその無茶な行動をする性格を改めるつもりはないのでしょう! まったく……」


 声を荒げている麗華だが不思議と言葉の端々に柔らかいものがあった。


 素直に幸太郎が謝罪すると、麗華はすっかり落ち着いた様子で深々とため息を漏らした。


 自分の身を顧みない無茶をしたので、もっと怒られると思って覚悟をしていた幸太郎だったが、あまり怒られなかったことに肩透かしを食らいながらもさっそく本題に入る。


「セラさん、どこにいるのか鳳さんは知ってる?」


「さっそくセラさんの話題をしますのね、まあいいですけど……」


 自分の怒りが消えたことに気づくや否や、さっそくセラの話をはじめた幸太郎に麗華は呆れたような視線を向けた。


「セラさんのことは問題ありませんわ。あなたの機転――いいえ、あなたの後先考えない行動が功を成して、ヴィクターさんの秘密研究所に匿われていますわ」


「そこにいるとは思わなかった。でも、確かにあそこなら誰も知らないから隠れるのにはぴったりだね」


「フン! やはりただの偶然が運の良い方向へと向かっただけでしたわね。まあ、もとより思慮深くないあなたには期待していませんでしたが!」


「博士から連絡が来るってわかってたから、携帯を渡せば博士から連絡が来て、セラさんを助けてくれるかもしれないって思ってたけど、大成功だったみたいだね」


 自分の想像以上の大成功に得意気に胸を張る幸太郎にイラッとした麗華は「調子に乗らないでいただけます?」と、若干強めに幸太郎の顔にある痣を人差し指で小突いた。


 小突かれて幸太郎は「イダッ」と声を上げて悶絶し、恨みがましく麗華を見つめ

ると、彼女は気分良さそうに「オーッホッホッホッホッホッホッ!」と高笑いをした。


「取り敢えず、セラさんが無事逃げてるみたいでよかった」


「全然無事ではありませんわ! リクト様と逃げたせいで当初セラさんはリクト様を人質に逃亡している凶悪犯になっていたのですわ! 今でこそ戻ってきたリクト様がセラさんの身の潔白を証明したからいいものを、輝士団団長を襲った罪は消えずに今でもセラさんは輝動隊にその身を狙われていますわ! 幸運にも、今の輝動隊は輝士団と争うことしか考えていないようなので、セラさんを探していませんが」


「それならよかった」


「だから全然よくありませんわ! セラさんの行動、そして、昨日の優輝さんの会見で、アカデミー都市内は混乱を極めている状況ですわ! まったく! 切迫した状況であなたと話していると、本当にイライラして無駄に疲れますわ!」


「コンビニで甘いものでも買う?」


「シャラーップ! いい加減になさい!」


 事態の重大性を全く理解していない幸太郎に、落ち着いていた麗華に沸々と苛立ちと怒りが沸いてくるが、幸太郎は特に気にすることなく呑気な態度を崩すことはなかった。


「落ちこぼれのあなたでも、一応、ギリギリ、不本意ながらにもアカデミーの生徒! 少しは通わせてもらっているアカデミーのことを考えなさい!」


「この状況をどうにかするって鳳さん言ってたから考えなかったんだけど……鳳さんの方はどう?」


 おそらく、悪気がない幸太郎の質問に痛いところを突かれてしまった麗華はバツが悪そうな顔をして言い淀んでしまう。


 だが、すぐに麗華は「そ、そんなことよりも!」と、話をすり替えた。


「あなたには引き続きセラさんのことをお願いしますわ! 今日も私は大和と行動します――いいですこと? 今のセラさんが再び不用意な行動をしてしまえば、取り返しのつかない事態に発展しますわ! あなたがセラさんの傍について、彼女を監視すること!」


「ドンと任せて」


「……色々と言いたいことはありますが、取り敢えずこれで私は失礼しますわ! まったく! 手続きに時間がかかるとはいえ無駄な時間を過ごしましたわ!」


 頷く幸太郎を見て不安感が拭えない麗華だが、これ以上彼と話していると疲れるので無理矢理自分を納得させて、振り返ることなく彼の前から走り去ろうとするが――

「セラさんがいる秘密研究所の場所ってどこ?」


「あなたに説明しているほど時間に余裕はありませんわ! 後ほどメールで伝えますわ!」


 幸太郎に呼び止められても、少しでも時間が惜しい麗華はさっさと走り去った。


 離れる麗華の姿を眺めながら、幸太郎は軽食とセラのために甘いものでも買って、連絡が来るのを待とうと思い、コンビニに向かうことにした。


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