第32話

 矢継ぎ早に飛んでくるコインを、クロノは回避し、自身の武輝である剣で防ぎ、武輝を振って弾き飛ばしていた。


 もう何も遠慮はいらなかった――自分の戦闘を邪魔する輝石使いはノエルに任せ、クロノは完全にレイズの相手に集中することができた。


 クロノの眼中には、自棄気味でありながらも狂気を含んだ笑みを浮かべて自身に向けて武輝であるコインを指で弾き飛ばしているレイズしか映っていなかった。


 恐れることなくコインを回避し、防ぎながら一直線にクロノはレイズに向かう。


 そして、間合いに入った瞬間、クロノはきつく握り締めた武輝を勢いよく振り抜いた。


 避けきれない速度で放たれるクロノの攻撃を、レイズは輝石の力で大量に複製したコインを重ね合わせて盾の形にして防いだ。


 甲高い金属音とともにクロノはレイズのコインでできた盾を一撃で破壊する。


 周囲にコインが散らばると、クロノは即座にバックステップでレイズから離れる。


 レイズから離れた瞬間、周囲に散らばったコインは一斉に爆発する。


 爆発に紛れて隠れようとするレイズだが、クロノは逃がさない。


 爆発と同時に隠れて相手の死角を突く――クロノはレイズのトリッキーな行動パターンをほとんど読んでいた。


 隠れようとするレイズに向かってクロノは疾走して、武輝を持っていない方の手をきつく握ってニヤニヤした笑みを浮かべている彼の顔面を殴り、吹き飛ばした。


 たまっていたフラストレーションが一気に晴れた気がしたクロノだが、まだレイズが倒していないため気は抜かない。


「感情が込められた良いパンチだよ、クロノ君――口の中を切っちゃったじゃないか」


 嫌らしく笑いながら、口の端についた血を指で拭ったレイズは立ち上がった。


「さあ、もっと見せてくれよ、クロノ君。君の感情を!」


 嬉々とした声でそう叫びながら、自身の周囲に輝石の力で大量に複製したコインを浮かび上がらせるレイズ。浮かび上がった大量のコインは意思を持っているかのような動きで、一つ一つが不規則な動きでクロノに向かった。


 しかし、一目でコインの動きを見切ったクロノは、自身に襲いかかるコインを回避、死角から襲いかかるコインも回避する。


 そんなクロノに向かって、コインを重ねて作り出した剣を持ったレイズが飛びかかる。


 接近戦を挑むレイズを迎え撃っている間にも、彼が放った大量のコインはクロノを襲っていた。


 襲いかかるコインを避けながらも、クロノはレイズと激しい剣戟を繰り広げていた。


 コインで作ったレイズの剣と、クロノの武輝である剣がぶつかり合う度に、クロノの攻撃の衝撃でコインの剣からコインが周囲に散らばっていた。


 散らばったコインはそのまま意思を持つかのようにクロノに襲いかかってくるので、一旦クロノはレイズの攻撃を避けることに専念する。


 レイズはコインの剣を薙ぎ払うと、クロノは屈んで回避すると同時に彼の足を払った。


 足を払われてバランスを崩して後ろのめりに倒れそうになるレイズに向けて、屈んだ状態のままクロノは勢いよく飛びあがって武輝を振り上げるが、バランスを崩しながらもレイズは後方に身を翻して回避する。


 飛び上がったクロノは空を蹴ってレイズに向けて剣を振り下ろした。


 自身に攻撃を仕掛けるクロノをレイズは指差すと、レイズの意思を読み取ったかのように周囲に散らばったコインは一斉にクロノに襲いかかった。


 空中に逃げ場はないクロノだが、空中で大きく身体を回転させると同時に光を纏わせた武輝を勢いよく振って生み出した衝撃波で、自身に迫るコインを一気に撃ち落とした。


 着地と同時にクロノは力強く踏み出し、レイズの懐に潜り込んで向けて突きを放つ。


 半身になって紙一重でレイズはクロノの鋭い突きを回避した。


 回避されて即座にクロノは次の攻撃を仕掛けようとするが、武輝を持っている手をレイズに掴まれてしまって動けなかった。


「……やっぱり、よかったと思うよ」


 身動きが取れないクロノに向けて、レイズは安堵の息を漏らしていた。


「知っているかな? 普段君は感情を表に出していないけど、実は感情的だって」


 興味がないクロノはレイズを引き離そうと武輝を持っていない方の手でレイズを殴りつけ、蹴りつけてもいるが、レイズは特に効いてはいなかった。


「クロノ君……君はどうしてリクト君に罪悪感を抱いているのかな」


「……何のことだ」


 すべてを見透かしたような嫌味な笑みを浮かべたレイズの一言に、レイズを引き離そうとしていたクロノの動きが止まり、反応してしまった。


 クロノから確かな感情の揺らぎを感じ取り、レイズは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「そう――それだよ、クロノ君。その反応が見たかったんだ。君は今、無表情だけど、心では明らかに動揺しているんだ」


 自分のすべてを知った気になって、勝ち誇ったように嬉々とした表情を浮かべるレイズに、クロノは胸の中から熱いものが込み上げてきた。


 それを一気に爆発させようとするが、それを表に出す方法がわからないクロノは、もどかしさを感じて苛立っていた。


「対照的に、君のお姉さんは感情がない。そう、まるで機械だ……感情を読めない機械の相手は苦手でね。だから、感情的な君を相手にできて、最後の最後で運が良かったよ」


 嫌味な笑みをレイズは浮かべると、レイズの周囲に大量のコインが浮かぶ。


 浮かんだコインはレイズの全身に鎧のように纏わりつくと――


 クロノの周囲に浮かんでいたコインは一瞬の光とともに、一斉に爆発する。


 爆発に巻き込まれたクロノは大きく吹き飛ばされ、勢いよく地面に叩きつけられた。


 クロノに遅れて、全身にコインを鎧のように身に纏わせたレイズも地面に叩きつけられ、鎧として見に纏っていたコインが周囲に散らばるが、コインの鎧のおかげでほとんどダメージがない様子だった。


「無表情ながらも実は胸に熱い感情を秘めている。本人は気づいていないようだが時折目の奥に感情の揺らぎが存在するので、行動は読みやすい。しかし、その感情を上手く表に出すことができない中途半端な人形――白葉クロノ君、それが君という存在だ」


 大の字になって倒れたまま起き上がらないクロノに、戦闘中に服についた埃を手で払いながらレイズは軽快な足取りで近づいた。


「感情的になる人間ほど先が読みやすい。だから、クロノ君、君は俺よりも圧倒的な実力を持ちながらも、実に先が読みやすい相手だったよ。それに、自分の感情を理解していないせいなのか、君は動揺に弱い――動揺してしまえば、こっちが有利だ」


 すべてを見透かしたように、クロノの弱点をつらつらとレイズは述べていた。


 倒れているクロノに一歩ずつ近づく度に、周囲に散らばっているコインがレイズの周囲に浮かび上がった。


 倒れたまま動かないクロノだが、武輝をきつく握り締めており、溢れんばかりの戦意が倒れている彼から放たれているので気絶しているわけではなかった。


「わからないことは、君がどうしてリクト君に罪悪感を抱いているのかだ。君は一体リクト君に何をしたのかな? ――いや、?」


 意地の悪い笑みを浮かべたレイズの言葉に、クロノは何も反応しなかった――いや、反応できなかった。


 どうしたんだ、一体……

 どうして爆発から避けなかったんだ。

 避けることができたはずなのに……


 リクトに罪悪感を抱いていると言ったレイズの言葉に、クロノは無表情だが心の中では大きく反応しており、今までにないほど胸の中が息苦しいほどにざわついていた。


 本当はレイズの攻撃を避けようと思えばクロノは避けることはできた――だが、ざわついている自分自身に気を取られてしまい、攻撃を回避することができなかった。


「君は何を迷っているのかな?」


「……オレに迷いはない」


 自分に言い聞かせるようにレイズの言葉を否定したクロノはゆっくりと立ち上がる。


 爆発の直撃を受けてダメージは負ってしまったが、戦闘には支障がなく、戦闘の続行は可能だとクロノは判断する。


「オマエの戯言はもう聞き飽きた」


「それは残念。もっと掘り下げた話をしたかったのにね」


 自身をざわつかせるレイズの話はもうクロノはウンザリしていた。


 そして――もうこれ以上聞きたくはなかった。


「オマエを倒すことに、オレはいっさいの迷いはない」


「それじゃあ何に対して迷いを抱いているのかな?」


「言ったはずだ。オマエの話は聞き飽きた」


 もうレイズの話を耳に入れないことに決めたクロノは、レイズに向けて疾走する。


 余計なことを何も考えずに、レイズを倒すことだけを集中する。


「問答無用というわけか――面白いねぇ! ここで俺が君を倒すか、俺が君に倒されるか! 最高にスリリングな賭けのはじまりだ!」


 自分に向けて疾走するクロノから圧倒的な威圧感を感じ取り、レイズは気圧されてしまうが、すぐにスリリングな今の状況に酔った様子の嬉々とした表情を浮かべて自身の周囲に浮かんだコインを一斉にクロノに向けて発射する。


 自身を襲うコインを避け、武輝で防ぎながらクロノは怯まず一直線にレイズに向かう。


 単純なコインの連射から、今度はクロノに接近させたコインを爆発させるレイズ。


 目の前で爆発が起きるクロノだが、構わずに疾走する。


 目の前でコインが爆発して傷だらけになりながらも、爆発の衝撃で吹き飛ばされそうになりながらも、それを堪えてクロノはレイズに向かう。


 自分の身を顧みないで迫ってくる鬼気迫る表情のクロノに、レイズは自身を包むように大量のコインを重ねて壁を作り上げて彼の攻撃を防ごうとする。


 そして、作り上げたコインの壁を壊された時に備え、レイズは自身にもコインを鎧のように纏わせる。


 今度は先程の倍以上のコインが散らばるとレイズは考えていたので、それを一気に爆発させるつもりでいた。


 レイズが何を考えて自分を迎え撃とうとしているのかクロノは大体理解していたが、余計なことを考えずに真っ向から彼に立ち向かう。


 武輝に変化した輝石から力を絞り出し、搾り出した力は眩いほどの光となってクロノの武輝を包むと、片手で持っていた武輝を両手に持ち替える。


 勢いよく一歩を踏み込むと同時に、両手で持った武輝である剣を勢いよく振り下ろす。


 胸の中にたまっていた熱いものを一気に吐き出すように。


 レイズが作りだしたコインの壁とクロノの一撃がぶつかり合い、周囲に甲高い金属音が響き渡ると――


 レイズが作り出したコインの壁はクロノの一撃によって真っ二つに両断される。


 同時に、クロノの武輝から光の刃が撃ち出され、レイズの身に纏っていたコインの鎧も両断し、レイズ自身に大きなダメージを与えた。


 クロノの強烈な一撃を受け、短い悲鳴を上げた後にレイズは崩れ落ちるように膝立ちになる。


「……あーあ……今週の運勢はよかったのになぁ……」


 ため息交じりにそう嘆くと、レイズは気絶して前のめりになって倒れた。倒れると同時に、周囲に散らばっていたレイズの武輝であるコインが一瞬の光とともに消滅する。


 プラスチックの結束バンド状の手錠で、クロノは倒れたレイズを後ろ手に拘束した。


 これで、今回の騒動の発端であり、多くの輝石使いたちを指揮していた、聖輝士レイズ・ディローズを拘束して騒動も収束を向かえるハズだった。


 そんな状況で、無表情だがクロノは難しい表情を浮かべて落ち着かない様子だった。


 今、クロノの中では異変が起きていた。


 胸の鼓動が早鐘を打ち、僅かに身体が震え、疲れてもいないのに気を抜けば呼吸が荒くなってしまいそうで、寒いくらいの気温なのに熱い自身の身体の異変が起きて、クロノは戸惑っていた。


 ……一体何なんだ。

 どうして、身体がこんなにもおかしいんだ?


 今まで感じたことのない熱気が身体を支配して、クロノは困惑していた。


「終わったようですね」


「……ああ」


 自身の身体の異変に戸惑っていたクロノだったが、姉であるノエルの声を聞いて熱が残っていた身体が一気に冷めて震えが治まり、早くなっていた胸の鼓動も治まり、荒くなりそうだった息が整い、調子が元に戻った。


 ノエルの言葉に一瞬遅れて反応したクロノは、振り返って姉に視線を向ける。


 クロノの視線の先にいるノエルは、戦闘を行ったとは思えないほどの涼しげな表情を浮かべていた。


「……あなたにしては珍しく苦戦したようですね」


「問題ない」


 レイズの攻撃を受けて傷だらけになっているクロノを、ノエルはジッと見つめていた。


 しかし、実際は数か所の擦り傷と打ち身があるだけで、クロノはほとんどダメージを負っていなかった。


「そっちの輝石使いは?」


「爆発しました」


「……何が起きた」


「爆発した後に炎上しました」


 ノエルの言葉に、彼女の後方に炎に包まれた二つの物体があることにクロノは気づいた。


 平然とした様子で「爆発した」と言い放つ姉に戸惑いながらも、炎に包まれて地面に倒れている二つの物体が、ノエルと戦闘を行った黒衣の輝石使いであるとクロノは判断した。


「あの輝石使いたちは一体何者だ」


「『何者』ではありません……あれは『人形』です」


「……そうか」


 ノエルの説明に黒衣の輝石使いの正体を何となくクロノは察すると、頭の中で声が響く。


『クロノ君、君はどうしてリクト君に罪悪感を抱いているのかな?』――クロノの頭の中では、レイズの言葉が反芻していた。


「ノエル」


「何でしょう」


「……いや、何でもない」


 胸の中に抱いた漠然としない正体不明の何かをクロノはノエルに向けて口に出そうとするが、それを上手く言葉に出すことができなかったのでやめた。


 クロノが言いかけた言葉をノエルは少し気にしていたが、すぐに気にするのをやめた。


「アカデミー都市に向かったリクトはどうする」


「このままセラさんたちに任せましょう。我々はこの場を治めることに集中します」


「了解した。拘束したレイズを制輝軍がいる場所へと運ぼう」


「お願いします」


 短いやり取りで、自分たちの役割を決めるノエルとクロノ。


 姉弟らしい会話は何一つなく、まるでビジネスパートナーのような関係の二人だったが、僅かにも二人の間に気遣いがあり、溝のようなものも確かに存在していた。


 さっそく自分の役割を果たそうと動きはじめると――「クロノ」と、ふいにノエルはクロノを呼んだ。


「どうした」


「長期に渡る任務、お疲れ様です」


「ああ」


「あなたはこのままリクト様と一緒にいて、自分の任務を果たしてください」


「……了解した」


 変わらない自分の任務を言い渡され、クロノは一瞬の間を置いて頷いた。


 ノエルから言い渡された自分の任務を聞いて、クロノの胸の中が再びざわつきはじめる。


 まるで、レイズから自分がリクトに対して罪悪感を抱いていると指摘された時のように。


 ……もしかしてこの胸のざわつきが罪悪感なのか?

 オレは本当にリクトに罪悪感を抱いているのか?


「……どうかしましたか、クロノ」


「何でもない。任務に戻ろう」


 ボーっとして自問自答を繰り返しているクロノにノエルは声をかけると、一瞬の間を置いてクロノは反応する。


 考えても答えが出ない無駄な問答をやめて、クロノは自分の今やるべきことに集中することにした。

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