第33話
武輝である身の丈を超えるハンマーを持った輝石使いは、ターゲットであるリクトに向かって一直線に向かっていた。
武輝である盾を持ったリクトは立ち止まり、自身に迫る輝石使いを待っていた。
真っ直ぐとリクトに向かい、間合いに入ると同時に攻撃を仕掛ける黒衣の輝石使いだが、リクトが張った光の障壁に攻撃が弾かれると同時に、攻撃の衝撃を吸収した障壁が、吸収した衝撃を光とともに相手に跳ね返して吹き飛ばした。
吹き飛ばされた黒衣の輝石使いは、空中で身を反転させて体勢を立て直してから着地しようとするが、セラがそれを阻む。
武輝である剣を逆手に持ったセラは、勢いよく身体を回転させると同時に武輝を振って、空中で体勢を立て直そうと輝石使いを固いアスファルトに叩きつけた。
華麗に着地したセラはリクトとサラサに目配せすると、彼女の意思を読み取った二人は力強く頷く。
セラの攻撃を受けて、固い地面に叩きつけられても平然と起き上がる黒衣の輝石使いだが――起き上がった瞬間、左右の手に持った武輝である短剣の刀身に光を纏わせたサラサが突進する勢いで輝石使いに向かって疾走する。
輝石使いの目の前まで来た瞬間、サラサは光を纏った二本の短剣を勢いよく同時に振り上げた。
サラサの攻撃を受けて上空へ向かって吹き飛ぶ黒衣の輝石使い。
そんな輝石使いに向けて、セラ、サラサ、リクトは光を纏った武輝から光弾を放った。
三人の光弾が直撃した瞬間、打ち上げ花火のように夜空に轟く轟音を立てて黒衣の輝石使いは爆発した。
息の合ったセラたち三人の連携を、リクトに守られながら眺めていた幸太郎は「おー」と大きく口を開けて呑気に感心していたが、輝石使いが爆発した瞬間「おー?」と素っ頓狂な声を上げて驚いていた。
「セラさん、あの輝石使いは一体……」
「私にもわかりません。……ただ、攻撃を受けても何度も平然と立ち上がるあの頑丈さ、そして、殺気も何も感じられない攻撃――人間のようには思えません」
大きく口を開けて驚いている幸太郎を放って、怪訝そうな顔でリクトとセラは爆発した黒衣の輝石使いを眺めていた。
力を込めた攻撃を受けても平然と立ち上がる頑丈さを備えていた黒衣の輝石使いに、セラは戦闘時からずっと違和感を覚えていた。
異様なほどの頑丈さはもちろん、相手から殺気も何も感じられず、手応えが人のものとは違ったからだ。
輝石の力が身体中に駆け巡っている輝石使いならば多少の攻撃ではビクともしないほどの頑丈さを持ち、攻撃を与えると固い金属を殴りつけているような感触だった。
それに加えて、普通なら相手の攻撃の一つ一つに何らかの感情や殺気が込められているはずなのだが、相手の攻撃には何も感情が感じられず、まるで機械を相手にしているようだった。
爆発した黒衣の輝石使いも普通の輝石使いと同様、攻撃を与えた時の感触は固い金属を殴りつけるような感触が武輝を持った手から広がっていたが――その感触は本物の金属を殴っているようだった。
異様な打たれ強さと、感情のない機会のような攻撃、本物の金属のような感触――少々強引な考えだが、相手が人間ではないとしたら突然爆発した理由も説明ができた。
「でも、セラさん。それはさすがに突飛ですよ。輝石と機械は水と油のようなもので、決して交わることがないとされていますから」
「ええ、もちろんそれは承知の上ですが……」
「……やっぱり、納得できませんよね」
「ということは、リクト君も同じ気持ちですか」
そう言っているリクトだが、リクトもセラと同様違和感を覚えていた。
リクトの言っていることは常識であり、過去に何度も輝石と機械を利用して新たなエネルギーや新技術を開発しようとしたが、両者は決して合わさることはしなかった。
そのことから、輝石と機械は絶対に合わないものだとされていた。
それは十分にセラにも理解しているのだが――どうにも腑に落ちなかった。
普段呑気な幸太郎も疑問に思っているらしく、「何だったんだろう」と呟いていた。
「彼らは人形だよ」
そんなセラたちの疑問に答えるかのように、どこからかともなく男の声が響き渡る。
その声は丁寧に説明をするようでもあり、何も理解していないセラたちを嘲ているようでもあった。
そして、声が響くと同時に周囲の空気が張り詰め、重いものになる。
緊張感ではなく、声の主から放たれる威圧感に周囲の空気が一気に変わっていた。
この気配……相当な実力者だ。
声を放っただけで周囲を圧倒する威圧感を放つ声の主に、セラは警戒心を高めた。
セラはサラサとリクトに目配せをして、幸太郎を守るようにと無言で指示を送る。
セラの目配せに気づいた二人は、周囲を見回して声の主を探っている呑気な幸太郎の傍へと駆けつけ、セラと同様に警戒心を高めて周囲を探っていた。
「やはり、実戦はまだ早かったようだ……今回投入された高価な人形がすべて台無しになってしまったよ」
ため息交じりに嘆くと同時に、夜の闇の中から一人の人物が現れる。
その人物は長身痩躯で黒を基調としたフォーマルな服を着ており、白髪にも似た灰色の髪を無造作に伸ばしていた。
そして、何よりも異彩を放っていたのは顔半分を仮面で覆われているということだった。
この男は――危険だ。
何が危険かわからない。でも、この男はダメだ。
仮面の男から放たれる異様な気配を本能が感じ取り、高かったセラの警戒心がさらに高くなる。
「一応はじめましてかな? 私はヘルメス。よろしく頼むよ」
セラたちの警戒心を和らげさせるため、丁寧に頭を下げて自己紹介をするヘルメス。
ヘルメス――と名乗った仮面の男に、幸太郎は呑気に「はじめまして」と挨拶を返すが、自己紹介されても警戒心が和らぐことなく高まり続けているセラたちはヘルメスを睨むように見つめていた。
「お前は一体何者だ。何を知っている」
ドスの利いた声で質問するセラ。ヘルメスが下手のことを言えばすぐにでも飛びかかる準備はできていた。
警戒心とともに敵意を向けるセラを、ヘルメスは興味深そうに見つめた。自身の身体を隅々まで観察するようなヘルメスのねっとりとした視線に、セラの背筋に悪寒が走った。
「セラ・ヴァイスハルト――さすがはあのファントムを二度も倒した少女だ。対峙するだけでも自然と私の警戒心が高まってしまう。――おっと、失敬。仲間の力を借りて、ファントムに決定打を与えただけだったか」
口元を歪ませて笑うヘルメスに、セラの警戒心が限界まで高まった。
ヘルメスが口に出したファントムとは、六年前にアカデミー都市で多くの輝石使いを襲って、アカデミー都市を恐怖に陥れた輝石使いだった。
ヘルメスと同様、仮面をつけていた輝石使いで、事件に巻き込まれたセラ、ティア、久住優輝の三人の力を合わせて何とか倒したはずだった。
しかし、事件から四年後、優輝に成りすましていたファントムは再びアカデミー都市を恐怖に陥れたが、結局はセラたちの手によって倒され、身体が結晶化して砕け散るといういまだに原因不明な最期を迎えてしまった。
二度目にファントムが起こした事件は鳳グループと教皇庁が周囲に公にしなかった事件で、ファントムのことはいっさい触れなかったのだが――ヘルメスはそれを知っていた。
それだけではなく、僅かな人間しか知らない、仲間の手を借りてセラが二度ファントムに決定打を与えたということもヘルメスは知っていた。
限界までに警戒心を高めているセラは、僅かな人間にしか知り得ない事実を知っているヘルメスという得体のしれない仮面の男に気圧されてしまっていた。
「質問に答えろ! お前は一体何者で、何が目的なんだ!」
ヘルメスに気圧されている自身を奮い立たせるようにセラは声を張る。
自らに喝を入れたセラをヘルメスは愉快そうに見て、口角を吊り上げていた。
「君たちは中々面白い存在だから、一度会いたかったんだ。欲を言うと、風紀委員のメンバー全員集合でもよかったんだけど、まあわがままは言ってられないか」
ため息交じりにそう言ってワザとらしくため息を漏らして、ヘルメスは肩をすくめた。
「あのファントムを二度も追い詰めたセラ・ヴァイスハルト、心臓に重い病を抱えながらも病を克服して輝石使いとなったサラサ・デュール、母である教皇エレナと同じく煌石を扱える高い資質を持つリクト・フォルトゥス。そして――輝石を扱う資質を持ちながらも輝石の力をまったく扱えないのに、煌石を扱う資質を持つ七瀬幸太郎――君たちは実に面白い!」
興奮気味に語っているヘルメスがセラたちを見る目は、一人の人間を見る目ではなく、希少な実験動物を見るような目をしていた。
セラのことだけではなく、僅かな人間しか知らない幸太郎が煌石を扱えることを知っているヘルメスに、セラたちは驚いていた。
「今回は顔見せ程度――我々の目的が明らかになるのはこれからだ」
そう言い残し、夜の闇に紛れてヘルメスは消えるようにこの場から立ち去ってしまった。
すべてを知っているヘルメスに驚いたままのセラたちは、彼の後を追うことができなかった。
何もかもを知っている素振りを見せる、仮面をつけた謎の人物――ヘルメス。
ヘルメスの登場に、セラたちの胸の中に不安の塊が深く沈殿してしまい、固く、暗い表情を浮かべていた。
「……お腹空いたから、アカデミー都市に戻ろうよ」
重苦しい雰囲気の中、鳴り響く幸太郎の腹の音にセラたちは脱力する。
だが、おかげで重苦しかった雰囲気が緩んで、セラたちの表情にも若干の柔らかさが戻った
「そうですね……今はアカデミー都市に戻りましょうか」
こんな状況で腹を空かしている幸太郎に呆れながらも、セラは優しい笑みを浮かべて幸太郎たちを引き連れて目の前にあるアカデミー都市につながる大きな門扉に向かって歩きはじめた。
言いようのない不安をセラは抱えながらも、今は幸太郎やリクトを安全な場所に向かわせることだけを考えることにした。
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