第11話
「今、イーストエリアで室内温水プールが人気って知ってるか?」
「それじゃあ一年中水着が見れるんだ」
「水着観賞にはもってこいだが、男と一緒に行ってもなぁ……誘う相手がいれば別だけど」
「進藤君はいる?」
「……俺にそんな相手がいると思うか?」
「いないと思う」
「事実なんだけど、そうハッキリ言われると何というか……まあいいんだけどさ」
昼休み――教室で幸太郎は進藤とたわいのない会話をしながら一緒に昼食を食べていた。
アカデミーにいる時は、友達の少ない幸太郎は普段一人で昼食を食べているが、今日は昼休みになると進藤が一緒に昼食を食べようと誘ってきた。
アカデミーでははじめての同年代、同性からの昼食の誘いに幸太郎は断るわけなく、進藤と一緒にたわいのない話で盛り上がりながら、昨日の学校の帰りに晩御飯と一緒に買っておいたコンビニで買ったからあげ弁当を食べていた。
幸太郎が食べている賞味期限が若干過ぎているコンビニ弁当を見て、進藤はガッカリしたように肩を落とした。
「それにしても、コンビニ弁当か……」
「美味しいよ」
「そりゃわかってるけどさ……ほら、七瀬ってセラと一緒に登校してるんだろ?」
「今住んでる部屋の隣がセラさんの部屋だし、ちょっと早いけど朝になるとインターフォンを鳴らして起こしてくれるから、同じ時間に出ることが多くて」
「羨ましいシチュエーションだな、それ」
「朝早いんだけどね。あ、初日は朝ご飯作ってくれた」
「手料理とはなんて羨ましいんだ! クソ!」
「……初日だけだったけど」
羨ましいシチュエーションに心からの悔しさを吐き捨てる進藤だが、ため息交じりの幸太郎の言葉に悔しさが若干だけ晴れた。
「羨ましい限りだけど、それ、あんまり言いふらさない方がいいぞ。ただでさえ、あの高嶺の花のセラが男子生徒と仲睦ましく登校してるって噂が出回って、セラのファンクラブのメンバーが殺気立ってるから……最悪、闇討ちされるかも……」
真剣な表情で忠告する進藤に、どこからかともなく鋭利な刃物の切先のような鋭い視線を受けて、背筋に冷たいものが走った幸太郎は頷いた。
鋭利な視線の正体を幸太郎は確認するまでもなく、セラを囲んで楽しそうに昼食を食べて談笑している、セラの友達たちから放たれていた。
美しい容姿、圧倒的な実力、それらを併せ持っても決して鼻にかけることなく、分け隔てなく周囲に優しさを振り撒きながらも、時には厳しい態度を見せるセラの人柄に、異性同性年齢問わず多くの人間が惹かれて憧れを抱き、非公式にファンクラブが存在していた。
セラと接触する機会が多い幸太郎に対してよく思っていないファンたちが多くいて、去年、幸太郎は何度かセラと昼食を一緒に食べないかと誘われたことがあるが、その都度ファンたちに花に纏わりつく害虫を見るような目で睨まれたので、潔く辞退した。
「教員にもセラのファンがいるらしいぞ」
「さすがセラさん」
「ファンクラブの中で非公式でグッズが作られたり、会員証が作られたり、邪な想いを抱く不穏因子を近づけさせないために親衛隊なるものも存在してる。そういや、去年風紀委員が設立する時に撮ったポスター、大金で取引されてるらしいぞ」
「セラさんならアカデミーを支配できそう」
アカデミーを支配すると公言していた無駄に美人な高飛車金髪ドリルヘアーの少女を頭の中で思い浮かべ、幸太郎はセラなら彼女よりも先にアカデミーを支配できると確信した。
「まあ、一年の間でセラが風紀委員として解決してきた事件は数多くあるからな」
「そんなに活躍してるの?」
「セラの活躍のおかげで、小さな組織の風紀委員の実力が認められて、今までできなかったことが色々とできるようになったし、セントラルエリアのみで狭かった風紀委員の活動範囲がアカデミー都市全体に広がったんだ」
自分がいない間に風紀委員の実力が認められたことに幸太郎は口をだらしなく大きく開けて「へぇー」と、素直に感心して、セラがどんな活躍をしたのか気になった。
そんな幸太郎の心を見透かしたように、進藤はセラの活躍を語りはじめる。
「細かいことを挙げたらキリがないけど、大きなところだと病院の占拠事件とか、学生連合が鳳グループ本社に殴り込もうとしたのも止めたし……あ、そういえば表沙汰になってないけど、今年の
「セラさんのこと詳しいね、進藤君」
「情報収集なら得意だって昨日言ったろ?」
「……もしかして、セラさんのファンクラブの一人?」
得意気に胸を張ってサイダーをグイッと飲んでいる進藤だが、不意を突く幸太郎の一言に飲んでいたサイダーを噴き出しそうになった。
「ち、違うって! ――そりゃあ、あのルックスと性格だし、一度は……それに、セラはその……貴原のことで何度も世話になってるし、その……」
「好きなの?」
「だから違うっての! 俺みたいな奴がそんな気持ち抱いちゃ分不相応だし、セラも迷惑だし――……と、とにかく! そういうことじゃないんだよ」
「そうなの?」
「普通そうだろ! つーか、お前ってドSだろ! それも一番性質の悪い天然タイプの」
勘違いを繰り返す幸太郎をじっとりとした目で進藤は睨むが、幸太郎はまったく気にしている様子はなく呑気にジュースを飲んでいた。
「そうだ、進藤君に聞きたいことがあるんだけど」
ふいに思い立ったように話を替えて質問してくる幸太郎に、進藤は彼のマイペースな性格を十分に理解したのか、諦めた様子でため息をついて「何でも聞いてくれ」と言った。
「最近はまってるお菓子がいつも売り切れで、進藤君ならどこに売ってるのか知ってる? お菓子の名前は『本格チーズケーキの憂鬱』なんだけど……」
「あー、それならアカデミーの学内電子掲示板の口コミで広がって、徐々に流行り出してるから、今手に入れるのは難しいな」
進藤の答えを聞いて、幸太郎は心底ガッカリしたようにため息を漏らして肩を落としたが、美味しいので人気があるのは仕方がないと思うことにして気を取り直した。
「まあ、深夜にノースエリアにある倉庫から配送トラックがアカデミー都市を回るから、その時にコンビニに行けばもしかしたらチャンスはあるかもしれないな」
「そうなんだ! でも、夜は危ないから出歩くなってセラさんに言われてて……」
「それなら、俺が探すのを手伝って――」
『ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!』
幸太郎と進藤の雑談、いや――高等部の校舎内で談笑している生徒たちを静まり帰させるほどの、狂気を孕んだ高笑いが校舎内にあるすべてのスピーカーから響き渡った。
耳に嫌に残るうるさいくらいのハイテンションな高笑いに、幸太郎はもちろん、高等部にいる生徒たち全員に聞き覚えがあった。
『あー、マイクテスマイクテス――……ハーッハッハッハッハッハッハッ! 諸君! 私の名前は、ヴィクター・オズワルドである!』
スピーカーから響き渡るハイテンションな声の主――幸太郎の友達の一人であり、去年自分のクラスの担任を務めていた、自他ともに天才と認めるマッドサイエンティストのヴィクター・オズワルドの声に、幸太郎は懐かしさを覚えていた。
『さて、諸君! 夏季休業――通称夏休みはどう過ごしたのかな? 青春したかな? ミステリアスな体験をしたかな? それとも、ちょっと背伸びして一夜のアバンチュールを楽しんだのかな? まあ、節度を持って過ごしてくれたのなら結構だ! ハーッハッハッハッハッハッハ――っと、話がわき道にそれてしまったようだ! さて――』
一人で盛り上がって、『オホン』とわざとらしく咳払いをするヴィクター。
『さっそく本題に入ろう! 二年C組の七瀬幸太郎こと、モルモット君よ! 久しぶりに戻ってきたというのに、この私に挨拶に来ないとは寂しいではないか! 今から十分以内に我が高等部専用特別研究室に来るのだ! ハーッハッハッハッハッハッ!』
言いたいことだけ言って、ヴィクターのハイテンション放送は終了した。
放送が終了して、ヴィクター直々に指名された幸太郎に注目が集まり、ひそひそと根も葉もない噂話が飛び交う。
「――だそうだけど……どうすんの?」
「行かないと後が怖いから……一緒に行く?」
「……人体実験の材料にされるなんて嫌だぞ」
「大丈夫、最初は優しくしてくれるから」
ヴィクターの噂について色々と恐ろしい知っている進藤は断固として同行を断っていたが、友達の輪から抜けたセラが近づいてきて幸太郎と同行すると言ったので、進藤はカッコつけてヴィクターの研究室へと向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます