第32話

 武輝である鋏を分離させたエリザは、二本の刃でティアを一方的に攻め続けていた。


 二本の刃を左右交互に振うエリザの攻撃を、ティアは逆手に持った武輝である大剣で防ぐ。


 防がれると同時にエリザは身体を捻らせて蹴りを放つが、これもティアは防ぐ。


 武輝を振いながら空中で大きく身体を回転させ、勢いをつけた攻撃を仕掛ける。


 武輝同士がぶつかり合う甲高い金属音が響き渡ると同時に、強烈なエリザの一撃を防いだティアは数歩後退する。


 全身で息をしているティアは力を振り絞ってエリザに飛びかかろうとするが、足がもつれて情けなく地面に突っ伏して倒れそうになってしまった。


 そんなティアから一旦距離を取って、エリザは光を纏わせた武輝に振う。


 指揮棒を振るう指揮者のように激しく振られた光を纏わせた武輝から、三日月形の光の刃を無数飛ばした。


 倒れそうになりながらも、エリザが放った光の刃を武輝で防ぎ続けていた。


 サディスティックな笑みを浮かべたエリザの猛攻を、体力が尽きかけている全身で息をしているティアは防ぐのに精一杯だった。


 失っていた力を取り戻すために体力を使い果たしてしまったティアは、立っているのも、輝石を武輝に維持するのもやっとの状態だったが、まだティアは諦めていなかった。


 体力の限界を迎えながらもエリザの攻撃を一つ一つ見切っているティアの瞳には、力強い光が宿っており、エリザを倒すことに燃えているようだった。


 そんなティアの瞳に、今は自分だけが映っているということに、エリザは喜びを爆発させて、攻撃の速度が徐々に上がった。


「無理矢理力を取り戻すなんてさすがだねぇティア! でも、そろそろ限界じゃないの?」


「……問題ない」


「ハハッ、相変わらずだねぇ、ティア! そうだよ、その意気だよ!」


 ティアの今の状況を見透かしているエリザは、一気に間合いを詰めてティアに攻撃を仕掛けながら、いやらしい笑みを浮かべてティアに話しかけた。


 会話よりもエリザの攻撃を防ぐことに精一杯だったティアは、短く淡々と答えた。


 平静を装っているが、ティアの声に若干の焦燥を感じたエリザの表情は加虐心に歪む。


「それにしても、嬉しいよ、ティア――そんな状態でアタシと戦ってくれるなんてさ!」


 悦びの声を上げると同時に、速度と鋭さが増したエリザの攻撃がティアの頬を掠める。


「応援が――美咲が来たっていうのに、アンタはアタシと戦った! 力を失っていたのたにもかかわらず、無理矢理力を取り戻して、その結果体力を失っても――アンタはアタシと戦うことを選んでくれた! アタシはそれがすっごい嬉しいよ!」


「私一人で十分だ」


「それなら! 少しだけペースアップしようじゃないか!」


 決して弱みを見せないティアの態度に、嬉々とした声で高らかにそう宣言すると同時に、さらにエリザの攻撃の速度が増した。


 エリザは二本の刃を連続してティアに向けて突き出す。


 武輝で防ごうとするティアだが、さっきよりも上がっている攻撃の速度に防ぎきれずにエリザの刃が肌を掠めた。


 勢いよく交互に二本の刃を突き出してくるエリザの攻撃を何とか防ぐティアだが、速度だけではなく、重さも上がっている彼女の攻撃の衝撃に耐え切れず、ティアは情けなく尻餅をついてしまう。


 そんな無様なティアを見て、狂喜に満ちた表情を浮かべて二本の刃をエリザは振り下ろす。


 咄嗟に床を転がって何とかティアは回避して、武輝を支えにしてゆっくりと立ち上がる。


 立ち上がったティアは息を切らして激しく喘いでおり、今にも倒れそうだった。


 だが、そんなことなどお構いなしにエリザはティアに攻撃を続ける。


 さらに激しくなったエリザの攻撃にいよいよティアは対応できなくなってきていた。


 頭の中でエリザの攻撃が反応できても、僅かな体力の状態では思うように回避できず、ほとんどの攻撃がティアの身体を掠めていた。


 激しさを増す中で、エリザはサディスティックな笑みを浮かべていた。


 エリザはティアを幸太郎の時のように弄んでいた。


 ギリギリで今のティアに反応できる攻撃を繰り出し続けて、ティアをいたぶり続け、自分の力で強気で誇り高い彼女が諦めて膝をつく瞬間を待ち望んでいた。


 そんなエリザの魂胆を理解していたからこそ、ティアはどんなに辛くても諦めなかった。


 そして、幸太郎のように自分をいたぶるエリザに、徐々にティアは怒りを募らせていた。


 怒りとともに、ティアはまともに動けない自分に焦りも募らせていた。


 たまりにたまったティアの焦りを感じ取ったエリザは優越感に満ちた笑みを浮かべて、今のティアには対応できない速度で、一本の刃をティアの喉元に突きつけた。


 刃を喉元に突きつけられ、ティアは動けなくなってしまった。


 動けないティアの様子を、頬を紅潮させて熱に浮かされたような表情で、興奮で息を乱しながたエリザはねっとりとした視線で眺めていた。


「楽しいよ、ティア……アンタを良いようにできてさっきから身体が火照って堪らないよ……」


「……気色が悪い奴だ」


「そうやって強がってるのもそろそろ限界だろ? いい加減降参しなって」


「問題ない」


「ホント、負けず嫌いな奴だねぇ……でも、今のアンタ一人じゃ何もできないよ。アタシを倒すことだって不可能さ。そうだろう? アンタでも十分に理解しているはずだ」


 わかっている……よくわかっている。

 だが、それでも私は――


 核心を突くエリザの言葉にティアは答えることができなかった。


 そんなティアの様子に図星を突いたと思ったエリザは気分良さそうに笑った。


「今のアンタは幸太郎と同じさ。気概だけは一人前だけど、それだけじゃ意味がない。どんなに喚いてがむしゃらに動いたって、変えられないことがあるんだ。傷だらけになってもこのアタシに立ち向かった幸太郎の涙ぐましい努力も、アンタがこうして無理してアタシに立ち向かったことも、すべては無駄に終わるんだよ」


 口元を嫌らしく歪ませて心の底からの嘲笑を浮かべるエリザだが――その笑みはすぐに消えた。


 ティアの喉元に刃を突きつけて追い詰めたのにもかかわらず、突然エリザは笑みを消してティアから飛び退いて間合いを取った。


 エリザが飛び退いた理由は、ティアから発せられた静かな怒りと威圧感に、彼女の本能が危険だと察知したからだった。


 ティアの威圧感に気圧されたエリザの呼吸は若干荒く、心臓が早鐘を打っており、武輝を握る手が微かに震えていた。


 数瞬の間を置いて、今の自分が恐怖していることにエリザは気がついた。


 だが、その恐怖はすぐに身悶えしそうなほど悦楽が全身に伝わり、圧倒に不利な状況で自分に恐怖を抱かせるほどの威圧感を放ったティアを、エリザは頬を紅潮させてウットリとした表情で眺めた。


「……お前の言う通り、私は一人では何もできない」

 そうだ、私は一人では何もできない。


 呟くような口調でティアはそう言うと、今まで防ぐことにしか使っていなかった逆手に持っていた武輝である大剣を、順手に持ち替え、両手で柄をきつく握り締め、天に掲げる。


「すぐ傍に誰か味方がいなければ私は不安だ」

 ――だから、私は怪我をしているというのに幸太郎を引き止めた。


 無茶を言って自分の戦う姿を、固唾を呑んで見守ってくれている、美咲に抱えられた幸太郎をティアは一瞥して、自虐気味な笑みを一瞬だけ浮かべた。


「お前を倒すのは一人で十分だと宣言しておきながらも、私は挫けそうになっていた」

 それでも、私は――


 ティアが天に掲げている武輝である大剣の刀身が僅かに光を纏いはじめる。


「結局、今回の事件を私一人では解決することも、ここまでお前たちを追い詰めることはできなかった……私は仲間に支えてもらわなければ、何もすることができなかった」

 だから、私は一人では何もできない。


 徐々に強くなるティアの語気と同調して、武輝の刀身に纏う光が徐々に強くなり、纏っていた光の形が刃になった。


「幸太郎はお前が思っている以上に強い。私やお前と比べ物にならないくらいに強い」


「言っただろ? そうだとしても、中身がとなってなければ意味がない。ただの役立たずも同然なんだよ!」


「大切なものを見失っていた私をアイツは変えてくれた――だから――」


 大剣の刀身に纏った光の刃が徐々に天に向かって伸びる。


 伸びる光は止まることを知らず、ついには光の刃は轟音とともに天井を突き破ってようやく伸びる勢いが止まった。


 元々ティアの身長をゆうに超えるほど巨大だった武輝である大剣が、天井を突き破るほどの光の刃を纏ってさらに巨大化した。


「アイツを面白おかしく傷をつけたお前を、私は許さん」


 たまりにたまっていた怒りを爆発させるティア。


 圧倒的なティアの力を目の当たりにして、エリザは驚くとともに、恐怖を抱いていたが――追い詰められたこの状況で見せた底力に、惚れ惚れとしていた。


「さすがだよ、ティア! アタシはアンタのその力が見たかったんだよ! でも――」


 嬉々とした声を上げながら、エリザは二本の刃に分離させていた刃を、元の形である鋏に戻した。


 そして、鋏の刃に光を纏わせ、大きく鋏を開いた。


 天を突き刺すように伸びるティアの力と比べて、エリザの力は見劣りするものだが、それでも彼女の武輝に纏っている力は周囲の空気を震わせるほどの力を放っていた。


「アンタはアタシだけを見ていればいいんだよ!」


 自分の姿を視界に捕えながらも、自分を見てくれないティアに怨嗟の言葉を吐き捨てながら、エリザはティアに飛びかかった。


 今度は手加減も何もない、本気でエリザはティアを倒しにかかった。


 あっという間にティアとの間合いを詰め、開いた鋏の刃の間にティアの身体を挟んで、そのまま勢いよく閉じようとするエリザ.


 だが、ティアはそれよりも早く、光の刃を纏って巨大化した武輝を振り下ろした。


 闘技場を壊しながら、巨大化したティアの武輝はエリザに向かって振り下ろされる。


 自身の攻撃よりも早いティアの攻撃を、咄嗟にエリザは自身の行動を中断させて受け止めたが――


 力と力がぶつかり合って周囲の大気を揺るがしたが、一瞬の抵抗の後、ティアの巨大化した武輝にエリザは押し潰され、床に思いきり叩きつけられた。


 自身の攻撃がエリザに直撃すると、ティアの武輝から伸びていた光の刃がすぐに消えた。


 同時に、力を使い果たしたティアは倒れそうになるが、それを堪えてエリザの様子を確認する。


 床に突っ伏しているエリザの手には武輝が握られていたが、彼女が気絶しているのですぐに輝石に戻った。


 倒すべき敵であるエリザが気絶したことを確認すると、全身から力が抜けたティアは前のめりに倒れるが――


「ティアさん、大丈夫?」


 駆けつけた幸太郎に、倒れそうになったティアの身体は抱えられた。


 幸太郎の遅れて駆けつけてきた美咲は鼻息荒く、興奮しているようだった。


「いやぁ、すごかったねぇ、ティア! アタシ久しぶりに興奮しちゃったよ! やっぱり、愛は必ず勝つんだね!」


「……意味がわからん」


 よくわからない美咲の発言に、呆れているティアだったが――不思議と悪い気はしなかった。


 そして、悪い気はしないまま、ティアは幸太郎の腕の中で眠るように意識を失った。


 意識を失ったティアの表情は、いつもの不愛想な鉄面皮とは違い、親の手の中で安堵して眠る少女のようだった。


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