第31話

 闘技場内だけではなく、外にも響き渡るほどの猛銃のような野太い雄叫びを上げて、全身に緑色の光を身に纏った湖泉がセラとノエルに一直線に突進してきた。


 今までとは段違いのスピードで二人に向かってきた湖泉は、間合いに入った瞬間身を思いきり回転させると同時に、光を纏った武輝である巨大な鉈を振う。


 攻撃の速度も急激に上昇している湖泉の一撃を、セラは脇に向かって咄嗟に飛び込み、ノエルは余裕を持って同時に後方に身を翻して回避、そして着地する。


 飛び込んで回避した瞬間、セラは一瞬だけ顔をしかめた。


 二人に息つく間を与えさせずに湖泉は雄叫びを上げて再び突進してくる。


 ブレーキが壊れた大型トラックのように止まることなく突進してくる湖泉を前にして、セラは離れた位置でエリザの猛攻を凌いでいるティアの様子を一瞬だけ確認する。


 どうにかしてティアは力を取り戻したようだが、それでも消耗しきっているのでエリザに押され続けていた。


 ……避けている場合じゃない。

 早く倒さないと!


 でも――……


 ティアのため、早急に湖泉を倒したいと思っているセラだが――大きく武輝を薙ぎ払う湖泉の攻撃を屈んで回避した瞬間、セラの右足首に一瞬だけ鋭い痛みが走った。


 アンプリファイアを使用した直後の湖泉の強烈な一撃を武輝で受け止め、衝撃に耐え切れずにセラは吹き飛ばされ、地面に激突した瞬間、セラは足を思いきり捻って痛めてしまった。


 足の痛みに顔をしかめながらも、セラは湖泉に攻撃を仕掛ける。


 力強い一歩を踏み込んでの攻撃はできないが、幸いにも骨に異常はなく、戦闘に支障はなかった。


 刀身に光を纏わせ武輝を、大振りの一撃を放ってがら空きの湖泉の懐に振う。


 的確に隙を突くセラの攻撃に、湖泉の巨体がグラつくが、止まらずに武輝を振い続ける。


 すべて大振りの湖泉の一撃を、セラは武輝である剣で受けることなく、一撃でも当たればひとたまりもない攻撃を恐れることなく、ギリギリまで引きつけて避け続け、その都度攻撃を仕掛ける。


 一歩を踏み込めない分、手数でセラは湖泉を攻め続けていた。


 武輝に力を込め、確実な隙をついてセラは湖泉に攻撃を仕掛けているが、元々タフだった彼はアンプリファイアでさらに強化されてタフになっているので、中々倒れなかった。


「お前、オマエ! 避けてばかり、ツマラナイ! 真面目にタタカエ!」


 理性の欠片すらない声を張り上げると同時に、湖泉はセラに向けて武輝を振り下ろした。


 大振りの攻撃に再び隙が生まれる湖泉に、攻撃を仕掛けようとするセラだが――


 横から現れたノエルは、空中で身を捻って武輝である二本の剣を勢いよく振り、湖泉の巨体を吹き飛ばした。


 吹き飛んでいる勢いは数回バウンドしてようやく止まり、湖泉は大の字になって倒れた。


「……さすがに、まだ倒れませんか」


 大の字に倒れている湖泉だが、まだ彼の手には武輝である鉈がきつく握られており、全身から殺気を放っていて気絶はしていないことは明らかだった。


「ええ、相手は相当頑丈です」


「そのようですね……」


「今はいがみ合っている場合ではありません――協力しましょう」


「怪我人に協力してもらっても邪魔なだけです。下がっていてください」


「……囮程度には役に立って見せますが?」


「結構です」


 時間短縮のためにノエルに協力を持ちかけるセラだが、ノエルは即断った。


 怪我をしている足のことに気づいているノエルをさすがだと思うと同時に、キッパリとしたノエルの言い方に少しムッとしてしまうセラ。


 しかし、怪我をしているというのが事実で、足手まといにしかならないということも理解しているので、セラはノエルに何も反論することができなかった。


 二人が会話をしている間にも、緑色の光を全身に纏った湖泉が起き上がった。


 湖泉が起き上がったのを確認したノエルは、セラの前に立って湖泉と対峙する。


「私一人で十分です。怪我人はそこで大人しくしていてください」


 事務的な口調でセラにそう言い放ったノエルは無表情だったが、怪我をしている自分を見て勝ち誇っているようにセラには何となく見えてしまった。


 嫌味のような気遣いにさらにムッとするセラだが、ノエルの言う通り、怪我人の自分が協力しても返って邪魔になるかもしれないということを自分で理解し、湖泉の相手はノエル一人で十分だと思っているので、セラは何も言い返すことができなかった。


「今度、オマエ、お前が相手! 倒す! 倒す! タオス!」


 そう叫びながら、湖泉は光を纏った武輝を大きく振り上げ、ノエルに向かって疾走する。


 さっきから何度も全速力で突進して、セラにもかなり痛めつけられたのにもかかわらず、まだまだ湖泉は余裕だった。


 湖泉は自身の武輝の間合いに入ったノエルに向けて思いきり武輝を振り下ろした。


 しかし、ノエルは湖泉の背後に回り込んでいたので、湖泉の攻撃は意味がなかった。


 大振りの一撃を放って隙が生まれた湖泉に、ノエルは武輝である左右の手に持った剣を振って攻撃を仕掛ける。


 自分の攻撃を外したと察した湖泉は、巨体であるにもかかわらず後方に大きく身を翻して、ノエルの攻撃を回避すると同時に間合いを取った。


「もう、もう、その手には乗らない! 倒す、倒す、倒してやる!」


「アンプリファイアを使って理性を失いかけているようですが、学習はできるようですね」


 アンプリファイアの力に呑まれているというのに、何度もセラに隙を突かれ続けて、対応策を思いついた湖泉を、ノエルは意外そうに見つめていた。


「それでは、戦術を変えましょう」


 そう呟いたノエルは、自分との間合いを取った湖泉に向かって、アンプリファイアで強化された湖泉の反応速度で捕えられないほどの速さで疾走し、一気に間合いを詰める。


 一瞬で自分に接近してきたノエルを、湖泉は唖然としている様子で眺めていた。


 そんな湖泉に向けて、無表情のノエルは連撃を仕掛ける。


 左手に持った剣を湖泉の鳩尾に突き出し、右手に持った剣を脳天に振り下ろす。


 同時攻撃に怯んだ湖泉に向けて、両手の武輝を同時に薙ぎ払う。


 湖泉の巨体は軽々と吹き飛ぶが、空中で体勢を立て直した湖泉は空を蹴って、猛スピードでノエルに突っ込む。


 空中で大きく身を捻らせると同時に、湖泉は光を纏わせた武輝である巨大な鉈をフルスイングする。


 ノエルは跳躍して攻撃を回避すると同時に、武輝である双剣に光を纏わせ、空中で身体を一回転して勢いをつけて思いきり振り下ろした。


 ノエルの攻撃に何とか反応して武輝で防御する湖泉だが、強烈なノエルの一撃の衝撃に加え、受け止めた瞬間にノエルの武輝から光の衝撃波が放たれ、湖泉は大きく吹き飛んだ。


 地面に叩きつけられる湖泉だが、呻き声を上げて再び立ち上がる。


 攻撃を受け続けても立ち上がる湖泉に、ノエルは小さく嘆息した。


 再び攻撃を大きく武輝を振り上げて仕掛けてくる湖泉だが、ノエルはそれよりも早く、湖泉に攻撃を仕掛ける。


 再びノエルの連撃を受けてしまうことになる。


 軽やかなステップを踏んで、テンポよく左右に持った剣を交互に振い、ノエルは一気に湖泉を追い詰める。


 湖泉はノエルの連撃に対応できずに、ただ彼女の攻撃を受け続けていた。


 反撃する間も避ける間も与えない連撃の最後に、ノエルは武輝である二本の剣の刀身に光を纏わせ、二本の剣を同時に振り下ろした。


 ノエルの攻撃が湖泉に直撃すると、小さな爆発音に似た轟音が響き渡ると同時に天高く光の柱が昇り、湖泉の巨体は光の柱に押し潰されて床に思いきり叩きつけられた。


 地面に突っ伏したまま動かない湖泉を、ノエルは無感情な目で冷たく見下ろしていた。


 ……強い。

 今の湖泉さんをあんなに圧倒しているなんて……


 アンプリファイアを使って能力を向上させている湖泉を、一分にも満たない時間で容易に圧倒しているノエルの実力を目の当たりにして、セラは思わずノエルの力に見惚れてしまうとともに、改めて彼女の力を思い知った。


 ノエルさんの強さはいっさいの迷いがないことだ。

 いっさいの迷いのない攻撃は重く、鋭く、相手を確実に追い詰める。

 それに、いっさいの表情を変えないノエルさんから、攻撃の予測をするのは難しい。


 認めるのは悔しい……本当に悔しいけど……

 ノエルさんは強い――私よりも強い。


 改めて、セラは自分とノエルとの間に実力差を感じていると――地面に突っ伏して倒れていた湖泉は、全身に緑色の光を纏ってヨロヨロと起き上がっていた。


 強烈なノエルの一撃を食らったのにもかかわらず、アンプリファイアの力で興奮して痛覚が麻痺している湖泉は、ボロボロであっても楽しそうに笑っていた。


「グウゥ……お、オマエ、つ、強い、スゴク、強い!」


「……まだ立ち上がりますか」


「楽しい……楽しい! 楽しい、楽しい、楽しいタノシイ!」


「こちらは飽き飽きしているんですが」


 強敵との戦闘に歓喜の雄叫びを上げている湖泉だが、自分よりも遥かに格下相手にノエルはいい加減ウンザリしていた。


 楽しそうに笑いながら湖泉は大きくバックステップをして、一旦ノエルとの間合いを取り――一気に彼女に向けて駆け出した。


 起き上がるのがやっとだったほどの満身創痍の身にもかかわらず、湖泉の走るスピードは変わらず、むしろ、今まで以上に早くなっているようだった。


 しつこく迫ってくる湖泉に、無表情ながらもノエルは呆れているようだった。


 小さくため息をついたノエルは、自身に向かってくる湖泉をジッと見据え、そして、彼に向かって一直線に駆け出した。


 体格の差がある相手に向けて、左右の手に持った武輝をきつく握って、ノエルはいっさいの迷いも恐れもなく、彼に向かって疾走する。


 傍目から見ればノエルの行動は無茶だと感じるが――セラは違った。


 ……ノエルさんの勝ちだ。


 ノエルは刀身に光を纏わせた武輝である二本の剣を自分の目の前で交差させる。


 湖泉と衝突する寸前に、交差させた剣を左右に一気に振り払う。


 光の衝撃波が周囲に放たれると同時に、湖泉の巨体は勢いよく吹き飛ばされる。


 セラの予想通り、吹き飛ばされた湖泉は地面に何回もバウンドしてようやく勢いが止まり、大の字になって倒れたまま動かなくなった。


 ノエルと湖泉の戦闘がはじまってジャスト一分で、決着はついた。


「……無駄な時間を過ごしました」


 湖泉を倒したノエルは特に勝利の余韻に浸るわけでもなく、ただ淡々とした様子で湖泉に近寄り、彼を拘束した。


「――ティア!」


 湖泉との戦闘が一段落して、セラはティアとエリザの戦闘の様子を確認するために、彼女たちへと視線を移そうとした瞬間――


 天井が破壊される音が響き渡った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る