第30話

 振り下ろした刈谷の警棒を多摩場は回避。回避されると同時に刈谷は蹴りを放つ。


 咄嗟に多摩場は回避しようとした瞬間、刈谷は武輝であるナイフを突きつけた。


 蹴ると見せかけて大きく一歩を踏み込んだ刈谷のフェイントに、まんまと引っかかった多摩場に、刈谷は武輝による刺突を放つ。


 刺突が直撃して怯む多摩場の頭に、刈谷は身体を大きく捻って鞭のようにしなる回し蹴りを放つと同時に警棒を薙ぎ払い、最後は刀身に光を纏わせた武輝から衝撃波を放った。


 反撃する間も与えない刈谷の連撃をすべて受けた多摩場は吹き飛ぶ。


 地面に思いきり叩きつけられた多摩場だがすぐに起き上がり、容赦のない刈谷の攻撃を受けても、彼は余裕そうに不気味に微笑んでいた。


 自身の武輝である両手の鉤爪に光を纏わせ、多摩場は刈谷に飛びかかる。


 一気に間合いを詰めると同時に、多摩場は身体を思いきり捻らせて鉤爪を勢いよく振って刈谷を切り裂こうとするが、回避。回避と同時に刈谷の膝が多摩場の鳩尾にめり込む。


 輝石の力をバリアのように身に纏っている輝石使いにとっては、大したダメージではない一撃だったが、それでも、膝蹴りを食らって一瞬だけ多摩場は息を詰まらせて怯む。


 怯んだ多摩場に、刈谷は逆手に持った武輝を目にもとまらぬ速さで振う。


 一瞬で全身を切り裂かれたダメージで多摩場は小さな呻き声を上げるが、すぐに愉快そうな笑みを浮かべて、痛みに怯まずに刈谷に攻撃を仕掛ける。


 左右の手に装着された武輝である鉤爪を振う多摩場だが、難なく刈谷は回避。


 即座に刈谷は多摩場の懐に入り込み、彼の腹部に向けて躊躇いなく武輝を突き刺す。


 輝石の力で強化された身体に武輝の刃が突き刺さることはなかったが、それでも、躊躇いなく突き刺す勢いで放ったので、多摩場にとってかなりの強烈な一撃だった。


 全身に駆け巡る大きなダメージに、へらへらと力なく笑いながら多摩場は膝を突きそうになるが、その前に刈谷は武輝をきつく握り締めた拳で彼の顔面を殴り飛ばした。


 渾身の力を込めた今までで一番の強烈なストレートに、吹き飛んだ多摩場は何度も地面をバウンドしてようやく勢いが止まった。


「ほら、立てよ……まだまだこんなもんじぇねぇぞ」


 大の字になって倒れたまま動かない多摩場に、刈谷はゆっくりと近づく。


 全身に纏う凄まじい殺気、輝石の力で身体を強化されている輝石使いとはいえ躊躇いなく武輝を突き刺すつもりで放った容赦のない攻撃、倒れている相手をさらに追い詰めるつもりの刈谷の様子は、彼の二つ名である『狂犬』と呼ぶに相応しかった。


 そんな刈谷の様子に、倒れたまま動かなかった多摩場はへらへらと笑いながら起き上がった。自分を圧倒する刈谷を前にしても、いまだに多摩場の戦意は失われていなかった。


「平和ボケしてチワワになり下がったと思ってたけど、昔と変わってねぇなぁ」


「お前が俺を昔に戻したんだろうが。それとも、今更泣き言か?」


「嵯峨だったか? アイツの話をしたら急にキレたけど、そんなに大事な友達なのか?」


「……テメェには関係ねぇだろ」


 苦い思い出を蘇らせる多摩場に、刈谷は静かにヒートアップする。


 平静を装っているが嵯峨の話題を出して明らかに様子が変わった刈谷に、多摩場は口角を限界まで吊り上げて嫌らしく笑う。


「そんな大事な友達が、どうして特区にぶち込まれてんだろうなぁ、刈谷」


「だから――テメェには関係ねぇって言ってんだろ!」


 感情を爆発させて、怒声を張り上げながら多摩場との一気に間合いを詰める刈谷。


 激怒している刈谷の様子に、多摩場は計画通りだというように不敵な笑みを浮かべて、ポケットから淡い緑白色に光るアンプリファイアを取り出した。


 一発逆転を狙い、刈谷の力を消そうと考える多摩場だが――彼の魂胆を読んだ刈谷は咄嗟にバックステップをした。


「挑発があからさまなんだよ。それに、二度は通じねぇだろ、バカが」


「キレた割には冷静だったか……何だ、昔よりも成長してんじゃないの?」


「テメェは昔から何も成長してねぇけどな」


 怒りながらも冷静な刈谷を意外そうに、皮肉るような目で多摩場は見つめていた。


 自分の切り札を読まれたのだが、多摩場はまったく気にしていないようだった。


「さてと、二度も俺を怒らせちまったんだ……それなりに覚悟はしてもらうぜ」


 どっちが悪人かわからないサディスティックな笑みを浮かべて、武輝に強烈な光を纏わせて一気に決着をつけようとする刈谷に――多摩場はやれやれと言わんばかりにため息を漏らして、「仕方ねぇな」と呟いた。


「リスクなしに力を得られるなんて、後が怖いけど――まあ、いいか」


 軽い調子でそう言うと同時に、多摩場の全身に毒々しい緑色の光が身に纏った。


 緑色の光を身に纏った瞬間、多摩場は全身を震わせて気持ち良さそうに笑いはじめた。


「オイオイオイオイオイオイオイ! 何だよこれ! 最高じゃねぇか!」


「めんどくせぇことしやがって……」


 アンプリファイアの力を使い、かりそめの力を得て歓喜の声を上げる多摩場に、刈谷は心底面倒そうな表情を浮かべて小さく舌打ちをした。


「スゲェ! スゲェよ! 何だよ! スゲェじゃねぇか!」


「ギャーギャー喚いてんじゃねぇよみっともねぇなぁ」


「こんなに力を得られるなら、最初から使っておけばよかったぜ! お前はバカだなぁ、身近にあるこんな最高なもんに手を出さねぇなんてなぁ!」


「興味ねぇよ。そんなもん使わなくても、テメェくらいは俺一人で倒せるからな」


「だったら――今の俺を倒してみろよ!」


 先程とは段違いのスピードで刈谷に襲いかかってくる多摩場。


 間合いに入った瞬間、多摩場が武輝である鉤爪を振って刈谷に攻撃を仕掛ける。


 動きだけではなく、攻撃の速さも先程とは段違いだった。


 刈谷の反応を大きく上回る多摩場の攻撃は、刈谷が持っていた警棒を切断した。


 使い物にならなくなった警棒を多摩場に向けて刈谷は投げるが、全身に纏う緑色の力の奔流が、警棒を跡形もなく消した。


 多摩場の眼前で力に呑まれて消え去った警棒に、刈谷は思わず、「マジかよ」と驚きの声を上げた。


「どんどん行くぜぇ!」


 狂喜に満ち溢れた声とともに、多摩場は武輝である鉤爪を振う。


 自身の反応を大きく上回っているため、防御することができない多摩場の攻撃だが、刈谷は自身に向かってくる攻撃の気配と多摩場の殺気と、何よりも自分の直感で回避した。


 初撃は運良く掠ることもなく回避できたが、二撃目は上手く行かなかった。


 自身の直感を信じて二撃目を回避するが、多摩場の鉤爪が腕を切り裂く。


 輝石の力を纏っているので怪我はしていないが、それでも鋭い痛みが腕から走って刈谷は顔をしかめて、大きく舌打ちをした。


「まだまだだ!」


 無茶苦茶な動きで、がむしゃらに攻撃を仕掛ける多摩場の攻撃に反撃することも、一旦間合いを取ることもできず、刈谷は後退しながら回避に徹することしかできなかった。


 多摩場の攻撃を運良く回避できて、掠めるだけで済むこともあったが、攻撃のほとんどが刈谷に直撃していた。


 アンプリファイアで得たかりそめの力で、徐々に、確実に刈谷を追い詰める多摩場。


 やろうと思えば多摩場は一撃で刈谷を倒せる力を持っていたが、さっきまで自分を追い詰めていた刈谷を嬲るつもりだったので、簡単に終わりにするつもりはなかった。


 自身の攻撃でボロボロになっていく刈谷の姿に、狂喜に身を震わせる多摩場。


 ボロボロになりながらも、後退して回避に徹していた刈谷のすぐ後ろには、吹き抜けの手すりがあった。


 そのまま刈谷を一階に落とすつもりで攻撃を仕掛ける多摩場だが――


 ここで、刈谷は意地を見せて、多摩場の攻撃を武輝であるナイフで受け止めた。


「相変わらず往生際が悪い奴だよ、テメェは!」


「苦し紛れの切り札に――アンプリファイアの力に頼ってるテメェに言われたくねぇよ!」


 自身の武輝を受け止めている刈谷を、そのまま多摩場は力任せに押し出して一階に突き落とそうとするが――咄嗟に刈谷は多摩場の顔面に向けてヘッドバットをする。


 予想していなかった一撃に不意を突かれた多摩場の隙をついて、刈谷は自分と多摩場との位置を力任せに反転させた。


 そして――刈谷は、武輝を持っていない方の手から、腰に差していた金色に派手に輝く、を取り出し、多摩場の腹部に押し当てる。


「じゃあな!」


 その言葉と同時に、多摩場の腹部に押し当てたド派手に金色に輝く――ショックガンの引き金を引く。


 肩が外れそうになるほどの凄まじい反動が刈谷に襲いかかると同時に、零距離から発射された電流を纏った衝撃波が多摩場に激突する。


 多摩場の背後にあった鉄製の手すりがへし折れるほどの衝撃がショックガンから放たれ、多摩場は宙に投げ出された。


「て、テメェ……」


 凄まじい衝撃波が自身を襲っても、まだ多摩場には意識があった。


 そんな多摩場に刈谷は飛びかかり、後ろからガッチリと抱きしめる。


 逆さまになって落下している多摩場の視界には一階の床が映り、肉迫していた。


 このままでは頭から叩きつけられると思って、自分をしっかりホールドしている刈谷から逃れようとジタバタもがくが、刈谷は決して離さない。


「か、刈谷ぁああああああああ!」


「舌を噛むから、口を閉じてろ!」


 刈谷は後ろから多摩場を抱き止めたまま、多摩場の脳天に一階の床を叩きつけた。


 凄まじい衝撃音が銀行内に響き渡ると同時に、床が砕け散る。


 アンプリファイアを使っていても、二階の高さから固い床を思いきり叩きつけられた多摩場の意識は途切れて、気絶していた。


「……ギリギリの最後まで取っておくのが切り札なんだよ」


 勝利の決め手になったショックガンを眺めて、刈谷は気絶している多摩場にそう呟いた。


 去年幸太郎が使っていて破壊されたショックガンをヴィクターに頼んで修理、そして、威力だけを強化してもらったショックガンであり、反動が凄まじいがその分威力があるショックガンであり、刈谷の切り札でもあった。カラーリングは刈谷が担当した。


「あ、使ったからレポート書かねぇと……めんどくせぇなぁ」


 ヴィクターからレポートの催促が来ると思い、刈谷は億劫そうにため息を漏らしながら、ショックガンをテカテカに輝く合成皮質のジーンズのベルトに挟んだ。


 勝利の余韻に浸っている刈谷の背後に、脱獄囚が武輝を振り下ろそうとしていた。


「刈谷君!」


 その気配に瞬時に察知した刈谷だが――自身の名を叫ぶ怒声とともに、脱獄囚は吹き飛んで気絶した。


「大丈夫ですか?」


 その声とともに、武輝である十文字槍を持った巴が現れる。自分を助けたのが彼女であることに気づいた刈谷は、慌てて深々と頭を下げた。


「み、御柴のお嬢さん! 助けていただいてありがとうございます」


「そ、そう思っているなら、お願いだからその呼び方はやめて!」


 仰々しく感謝の言葉を述べる刈谷に、巴は困惑しきっていた。


 巴に続いて、武輝である大太刀を持った村雨が現れた。同級生の登場に、刈谷は巴の前で取っていた馬鹿丁寧な態度から、普段通りの軽薄な雰囲気を身に纏った。


「刈谷、かなり苦戦したようだが、多摩場との戦いは終わったようだな」


「別に大したことねぇよ。お前も雑魚の片づけは終わったみてぇだな」


「ああ、今のが最後だ」


 巴と村雨が倒した脱獄囚たちは、両手両足を拘束されて一階の床に気絶していた。


「そんじゃあ後はお嬢たちか……」


 銀行内のどこかで激しく戦う音が響いてきたので、まだ麗華と沙菜は御使いと戦っているのだと刈谷は判断した。


「麗華が心配です。加勢に向かいましょう」


 そう言って戦闘音が響き渡る場所に向かう巴。彼女の後に、村雨と刈谷は続いた。

 

 三人が駆け出した瞬間――銀行内に爆発音が轟くと同時に、建物全体が大きく揺れた。


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