第29話
「――なるほど、確かにアタシの失言だったねぇ。ほら、ああいう時って何か要求しないとさぁ、リアリティがないだろ? だから、何か要求した方がいいかなって思って、取り敢えずはお金を要求したんだけどさ……アドリブ下手だなぁ、アタシって」
自分たちの目的がわかった理由をセラに聞かさたエリザは、計画の綻びが生じたのは自分の無意識の一言であると察して、深々と嘆息して苦笑を浮かべた。
「それに、ここにアンタたち二人がやってきたのは、制輝軍が人質を助けるための時間稼ぎをしてたってことだったね。てっきり、制輝軍に協力を断られて、万策尽きたアンタたち二人が無茶をしてここまでやってきたと思ってたよ」
さっきまで形成が有利だったのは、自分の思い込みだったということに、エリザは思わず自嘲してしまった。
「私は別に制輝軍に協力を断られたとは一言も言っていません」
「言われてみればそうだった! こりゃ一本取られたねぇ」
言われてみればセラの言う通りだったことに気づいて、エリザはスッキリとした表情で笑っていた。
「制輝軍と風紀委員は仲が悪いって聞いてたんだけど、そんなことはなさそうだね」
「「違います」」
エリザの一言に、セラとノエルは揃って否定した。
図らずも同じタイミングで否定したセラとノエルは、機嫌が悪そうにお互いを一瞥した。
そんな二人の様子をエリザは微笑ましく眺めていたが――ここで、エリザの表情は好戦的な表情になった。
大勢の制輝軍に囲まれ、仲間のほとんどが捕まっているという状況で、自分たちと相対するのは、セラ、ノエル、美咲という実力の高い面々――状況は絶望的だったが、それでもエリザの闘志は消えることなく、逆に燃え上がっていた。
「……さてと、アンタはどうするんだい?」
「早く、早く、ハヤク! 早く戦いたい! 戦いたい!」
アンプリファイアを使って、全身から炎のように揺らめく毒々しい緑色の光を纏っている湖泉は闘争本能に支配されて興奮しきっており、理性はもう途切れる寸前になっていた。
「まったく、これじゃまるで闘牛だね――いいよ、好きなだけ暴れな!」
ため息と同時に発せられたエリザの言葉を合図に、湖泉の理性弾け飛び、理性から解放された湖泉は歓喜の雄叫びを上げてセラとノエルに飛びかかった。
フルスピードの大型トラックのような勢いで自分たちに向かってくる湖泉を、武輝を持ったセラとノエルが迎え撃つ。
うら若き二人の少女を襲いかかる獣のような湖泉の姿に、やれやれと言わんばかりにエリザは嘆息して――視線を武輝である斧を担いだ美咲の後ろにいるティアに向けた。
「それで――アタシの相手は美咲、アンタかい?」
「うーん……アタシとしてもそうしたいんだけどねぇ……」
美咲としてはエリザと戦いところだったが――自身の背後から伝わる、攻撃的な力の気配に、戸惑いの表情で苦笑を浮かべていた。
「……私がやる」
静かな怒りを全身から放っているティアが美咲の隣に立つ。
ティアの手には、チェーンにつながれた自身の輝石が握られていた。
そして、エリザのことを爆発しそうな怒りを必死で抑えている目で睨んでいた。
一人やる気に満ち溢れているティアだが、彼女の状況を知っている美咲は複雑な表情を浮かべて、不安を抱いていた。
「話は聞いてるんだけど……大丈夫なの、ティア?」
「問題ない」
「ということは、力が戻ったの?」
「わからん……だが、問題はない」
力を失い、まだ解決策も何も見当たらないというのにもかかわらず――問題ないと言い張るティアは、どこか自信があり、全身に力が漲っているようだった。
そんなティアの様子に、抱いていた不安がなくなったような気が美咲にはした。
「それじゃあ、ここはティアちゃんに任せようかな?」
「ここまで私と幸太郎を守ってくれたことに礼を言うぞ、銀城」
自分に向けて一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべて心からの感謝の言葉を述べたティアに、美咲は思わず見惚れてしまい、そして、照れたように顔を伏せた。
「ティアは友達だからさ」
「そうだな……幸太郎を頼む」
「おねーさんに任せなさい!」
ティアの頼みにさっそく美咲は後ろにいる幸太郎をお姫様抱っこする。
男として女性にお姫様抱っこをされるのは複雑な気持ちだったが、スタイルの良い美咲に密着できるので、悪い気はしない幸太郎。
「あらあら、幸太郎ちゃん。結構痛そうだね」
「紙で切ったみたいにジンワリと痛いです」
「……微妙な痛さね。それじゃあ、幸太郎ちゃんは外に出て治療に――」
「――ここにいてくれないか」
幸太郎の傷の具合を確認した美咲は、怪我をしている幸太郎の治療をするためにこの場はティアに任せて闘技場内を出ようとしたが――そんな美咲をティアは引き止めた。
普段のように感情が込められていないクールな声音だったが、美咲を引き止めるティアの声はどこか不安そうであり、か弱いものだった。
「お前がいれば大丈夫だ」
「それなら、一緒にいます」
大したことができないのに、縋るような目で自分を見つめて、自分を頼ってくれるティアに、幸太郎は力強く頷いた。
幸太郎が力強く頷いてくれたのを見て、ティアは万人の味方を得た気がした。
そして、ティアは隣に立つ美咲の数歩前に出てエリザと対峙する。
自分を――自分だけを視界に捕えているティアに、エリザは熱っぽくため息を漏らした。
「そうだよ……アンタはそうやってアタシだけを見ていてくれよ、ティア」
「いい加減お前にはウンザリしているんだ……」
自分に執着しているエリザに向けて、感情を必死に抑えた震える声でそう呟きながら、ティアは手に持っているチェーンにつながれた自身の輝石を握り締めた。
握り締めた輝石は強い光を放つが、すぐに掌から緑色の光が放ち、神々しい輝石の白い光を覆い隠す。何も変わっていないティアの状況に、エリザはせせら笑った。
「相変わらずアンタの力は戻っていない! どうだい? アタシを倒すって決めておきながら、何もできない今のアンタの状況は!」
「……黙っていろ」
ティアの相変わらずの状況に、優越感に浸って興奮しきっているエリザだが――そんなティアから放たれる威圧感と鋭い眼光に、気圧されてしまったエリザは思わず息を呑んでしまい、言う通りに口を閉じて黙ってしまう。
しかし、すぐにエリザはウットリと恍惚に満ちた表情を浮かべ、黙ってティアの様子を見ることにした。見えている結果に期待している様子で。
再び、ティアは輝石に力を込める。今度は、はじめからすべての力を引き出すつもりで。
強烈な光が輝石から放たれるが、同時に自身から放たれる緑色の光が輝石の光を覆い隠そうとする――が、緑色の光が覆い隠す瞬間、ティアは間髪入れずに力を込めた。
輝石を握り締めている手の力が強くなり、爪が掌に食い込んで血が滴っていた。
徐々に、徐々に、輝石の光を覆う緑色の光が膨張し、輝石を持ったティアの手を覆い隠すほど膨れ上がっていた。
緑色の光が膨れ上がると同時に、緑色の光が自分の体力を吸い取っているかのような感覚にティアは襲われる。
そして、ティアの全身に凄まじい虚脱感が襲いかかり、膝をついて倒れそうになるが、それを必死に堪えた。
意識が飛びそうなくらい体力が尽きかけているティアは全身で息をして、額には汗が浮かんでいた。
それでも、歯を食いしばって、ティアは輝石に力を込め続けた。
朦朧とする意識の中、ティアは自分の親友であるセラと優輝、そして、仲間たち――最後には幸太郎の姿を頭に過らせた。
「――クッ……うぅ……ああああああああああ!」
苦しみを抑えた声を上げると同時に、ティアの手を覆っていた緑色の光が、神々しい輝石の白い光によって討ち払われ、その瞬間、ティアは膝をついた。
息を切らして激しく喘いでいるティアの体力はもうほとんどなかった。
しかし――
ティアの手には輝石ではなく、武輝である大剣が握られていた。
失われていた力を取り戻したティアの姿に、エリザは自分の期待通りにならなかったことに悔やみ、驚いていたが、それ以上に嬉しそうでもあり、熱に浮かされたようにウットリとしていた。
そんなエリザを睨みながら、ティアは武輝である大剣を支えにして立ち上がった。
消耗しきって、立っているのもやっとの状態だが、それでもティアの瞳に宿った強い光は衰えてはいなかった。
「……待たせたな」
「待ってたよ、ティア!」
ほとんど体力が残っていないにもかかわらず、自分に立ち向かうつもりのティアに、エリザは嬉々とした声を上げて、彼女に飛びかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます