第三章 残酷な真実

第17話

 面倒な手続きを終えて、麗華と大和、そして、自らついて行くことを申し出た麗華のボディガード兼使用人であるスキンヘッドの大男、ドレイク・デュールも加えて三人は薄暗い特区内部にある面会室にいた。


 これから透明な壁の先に現れる人物が登場するのを椅子に座っている麗華は不機嫌そうな顔で腕を組み、彼女の隣に座っている大和はワクワクしていて落ち着かない様子で、二人の後ろに静かに佇んでいるドレイクは腕を組んで待っていた。


 麗華とドレイクが放つ緊張感で室内の空気はピリピリしていたが、ただ一人大和だけは緊張感のない様子で鼻歌さえも囀っていた。


 そんな大和に注意をしようと麗華は思ったが――透明な壁の先に一人の男が入ってきたので、それをすぐにやめて、部屋に入ってきて堂々とした足取りで自分と向かい合うように座った人物を睨むように見つめた。


 麗華の視線の先にいる人物は身長が高く、二枚目の整った顔立ちで、かけている眼鏡の奥に人を安心させるような優しげな光を宿して温厚そうな雰囲気を身に纏っていたが、その人物――北崎雄一には信用できないどこか胡散臭い雰囲気も身に纏っていた。


「久しぶりですわね、北崎さん……ご機嫌いかかです?」


「まあ、それなりに上々だね。意外に快適に過ごせてるからね――久しぶりだねぇ、お嬢様、それと――ドレイク君?」


 嫌味たっぷりの麗華の挨拶を軽く流し、北崎はかつてアカデミーの機密情報が眠るグレイブヤードに侵入する事件を起こした際、自分の協力者となったドレイクに視線を向けた。


 にこやかな表情を浮かべている北崎だが、自分とは違う側に立っているドレイクを心底軽蔑し、嘲笑していて、挑発しているようだった。


「……久しぶりだな」


「元気そうで何より――そうそう、娘さんも元気?」


「……ああ、おかげさまで」


「君がここに来た理由は、大方――自分が裏切り、自分を裏切った人間と久しぶりに会って話して、自分の中に残るしこりを取り除こうと思ったのかな?」


「そのつもりだったが……お前が特区にいる姿を見たら妙に清々しい気分になった。もうどうでもいい」


「寂しいな、もっとお話ししたかったのに」


 冷静に自分の感情を押し殺しているドレイクだが、挑発的な態度を取っている北崎に向けている視線だけは別であり、ドレイクの瞳には怒りの炎が滾っていた。


 静かに怒るドレイクを見て楽しそうに北崎は笑うと今度は大和に視線を移した。


「さて……私怨のあるドレイク君以外の君たち二人は、僕と話をするために来たと思うんだけど……僕と話したいのは主に君だろう? 輝動隊隊長・伊波大和君?」


「僕のことを知っているなんて光栄だよ、北崎雄一さん」


「知っているも何も、僕の計画は君に崩されたも同然だから忘れるわけはないよ」


「そうなの? あの時は忙しかったから、そんなことした記憶がないんだけど」


「輝動隊隊長・伊波大和――相当頭のキレる人物だと聞いたことがあるよ。そんな君が輝動隊本部の拘留施設から脱走する風紀委員を見逃すかな?」


「過大評価をされるとちょっと照れちゃうよ。それに、あれはだよ、


「『たまたま』か――そうなんだ、それじゃあ僕は『たまたま』計画に失敗したんだね」


 挑発的な笑みを浮かべた大和の言葉に、北崎は参ったと言うように笑みを浮かべていたが、彼の笑みには若干の棘が含まれていた。


「それにしても輝動隊隊長がこんなところで油売っていいのかな? 噂で聞いたけど、アカデミーは今大変な状況らしいじゃないか」


「僕には今の輝動隊を止められるほど、カリスマと器は持ってないから」


 北崎の言葉に焦りを感じることなく、アカデミーの状況をどうでもいいと思っている様子の大和に、北崎は心底愉快そうに口角を吊り上げる。


「大和君……どうやら君とは僕と同じにおいがするよ」


「体臭には気を遣ってるんだけどね」


 同類が目の前にいる喜びにお互い嬉々とした笑みを浮かべている北崎と大和――短い会話の中でシンパシーを覚えたのか、二人の間に奇妙な友情のようなものが芽生えていた。


 そんな二人の奇妙な絆を断ち切るように麗華は机をドンと一度強く叩いた。


「単刀直入に聞きますわ……あなたは何を隠していますの?」


 苛立っている様子の麗華の質問に北崎はクスリと一度小さく笑った。


 意味深な笑みを浮かべた北崎に更なる苛立ちを覚えながらも、特区に来た理由を思い出して、麗華は自分を落ち着かせた。


「隠していることって例えば何のことかな?」


「あなたが他の事件に関わっているということはもうわかっているのですわ!」


「そう言われても、一体何の話だか僕にはわからないよ」


 バンバンと何度も机を叩いて取調べをしている麗華を見て、北崎は仰々しく困り果てたように苦笑を浮かべて、救いを求めるような視線を優輝に向けた。


「麗華、悪いけど今はちょっと黙っててくれないかな? ここは僕に任せてよ」


「フン! ようやく輝動隊隊長としての自分の立場を理解して、やる気を出しましたの?」


「君って頭の良い相手との駆け引きが下手だから、ここは大人しくしててよ」


「ぬぅあんですってぇ!」


 心底呆れ果てたため息をつきながらの大和の一言に激昂する麗華だが、そんな彼女を無視して大和は北崎をジッと見つめた。


 無視されてさらに激昂する麗華だが、これ以上は話の進行の妨げになると判断したドレイクは、やれやれと言わんばかりに小さくため息をついて彼女を落ち着かせた。


「僕たちがここに来た理由なんだけど……まあ、ほとんど麗華の言った通りなんだよね」


「僕が他の事件に関わっているってこと? その根拠に至る理由を聞きたいな」


 挑発的な笑みを浮かべている北崎に、大和は楽しそうに笑った。


「あ、そうそう……麗華の言葉には一つ語弊があるんだ――正確には君の背後にいる人物が、すべての事件に関わっているってことだよ」


 特区に来た理由――それは、ここ三ヶ月の間に起きた大きな事件を洗い直し、犯人たちに話を聞くことだった。


 この三ヶ月連続して発生している事件はどこかつながっていることがあり、裏で手を引いている人間がいると言って、今回の騒動もその延長だと大和は断言した。


 すべてのはじまりである事件の犯人である北崎、そして、彼と明らかな関連性があると思われる嵯峨隼士に話を聞くことによって、大和は持論の根拠を得ようとしていた。


 麗華としては事件の確認をすることよりも、今のアカデミーの状況をどうにかする方が先決だと思っていたが、事件を洗い直し、黒幕をハッキリさせることによってこの騒動は必ず止めることができると自信満々に大和に豪語されて大人しく従っていた。


 怒りで興奮している自身を落ち着かせるため、特区に来た理由を思い返しながら、麗華は横目でチラリと北崎との会話を心底楽しんでいる様子の大和を半信半疑の目で見つめた。


 昔からどんな時でも軽薄そうな表情をしている大和は信用できなかったが、それでも長い付き合いで、お互いを深く理解している幼馴染を麗華はある程度の信用はしていた。


 だから、今回も麗華はここ最近の大きな事件はすべてつながっているという突拍子のない幼馴染の推理を信じ、わざわざ面倒な手続きをしてまで特区にまで来た。


 いつ裏切られてもいいように警戒をしながらも麗華は大和を信じていた。


 そんな幼馴染からの信頼と疑念の視線に気づきながらも、大和は相変わらずの軽薄な笑みを浮かべて話を続ける。


「嵯峨隼士君、知ってるよね?」


「それについてはノーコメントで――……嵯峨君も同じことを言ってただろう?」


 嵯峨と同じことを言って、大和に向けて北崎はからかうような挑発的な笑みを浮かべて、完全に遊んでいる様子だった。

 

 そんな北崎の態度に大和は大袈裟に肩をすくめて、わざとらしく困り果てたといわんばかりに深々とため息をついた。


「そうそう、嵯峨君も同じこと言って重要なことは何も教えてくれなかったんだ」


「嵯峨君は変なところで義理堅いところがあるから」


「嵯峨君とつながりがあるってことは隠すつもりはないんだ」


 ノーコメントと言いながらも嵯峨との関係性をわざとらしく暗に認めている北崎に、大和は呆れたように、それでいて楽しそうに笑った。


「まあ、今まで僕のことを黙ってくれた嵯峨君には悪いけど、僕は大和君のことが非常に気に入ってしまったから、何だか色々と教えてくなっちゃってね――それじゃあ、今から特別大特価の大サービスだね」


「安物買いの銭失いってあるんだけど」


「安心してよ僕は君になら何でも話すよ」


「それじゃあ、お願いしようかな?」


 軽い調子で真相を話そうとする北崎に、麗華とドレイクは思いきり肩透かしを食らった。


 そんな二人を傍目に、お互い心底楽しんでいる様子で、まるで喫茶店で向かい合いながら一つのパフェを食べ合うカップルの如く北崎と大和は見つめ合っていた。


「順を追って話すけど……まずは、すべての事件はつながっているという質問は、僕が知る限り、僕と嵯峨君の事件は一応つながってるかな。それは、君たちも知っているだろう?」


「君が騒動を起こした後に不自然と一人の個人情報が消えてたんだから、それは容易に誰だって想像できるよ。麗華だって気づいてたもん」


「それ、どういう意味ですの!」


 大和の言葉に敏感に反応して激昂する麗華だが、話の進行の妨げになるのでドレイクは彼女を抑えた。


「嵯峨君とは四年前、彼がアカデミーを勝手に抜け出した時からの付き合いでね。あまり深く考えないで仕事をしてくれる彼とは相性が良くて、よく仕事を一緒にしていたんだ。仕事のお礼と報酬も兼ねて、家に帰れない彼のために生活の工面もしたんだ」


「アカデミー都市で事件を起こす時のため、嵯峨君に爆薬や現在の警備状況を教えたんだね? やっぱり、嵯峨君の裏には君がいたんだね」


「嵯峨君はグレイブヤードに侵入する計画を立てる時に、アカデミーの警備状況を教えてくれたんだ。古い情報だったけど大いに役立ったよ。だから、そのお礼に現在の警備情報と必要なものを提供したんだ。グレイブヤードに侵入した際に彼の個人情報に少し手を加えたのは、今までお世話になったからちょっとしたサービス♪」


「それじゃあ煌王祭の事件に関してはどうだろう」


「あの事件は関わってないよ。――そうだ、あの事件の犯人のクラウス君と、高峰君? 二人とも気の毒に自信満々だった自分たちの計画が失敗して心が病んじゃったみたいだよ」


 煌王祭の最中に発生した、教皇庁内部の過激思想を持つ派閥が起こした事件の犯人の近況を説明する北崎だが、大和は興味のない様子で欠伸を噛み殺しながら聞き流した。


「取り敢えず、僕が関わった事件は嵯峨君だけだね――……さて、ここで問題」


 椅子に深々と腰かけた北崎は、大和、麗華、ドレイクの順に目を合わせた。


「僕が関わった二つの事件、間に起きた煌王祭の事件、そして今の事件――それから考え得る影響、そして最悪の事態とは一体なんでしょう」


 唐突にクイズを出してくる北崎に嬉々とした表情ですぐに大和は答えようとするが、寸前に麗華に制され、「それは――……」と、大和の代わりに感情を押し殺した抑揚のない声で麗華がクイズに答える。


「鳳グループ、教皇庁ではなくアカデミー全体の信用の失墜、アカデミー創立から築き上げていたすべてが崩壊する――ということですわね」


「大正解♪」


 悔しさを表情に滲ませながら、感情を必死に押し殺した様子で答える麗華に向けて気分良さそうに北崎は正解を言い渡し、彼女から大和に視線を移す。


「……それを望んでいるんだろう?」


 嫌らしい笑みを浮かべて大和にしか聞こえない声で北崎は質問するが、大和は張り付いたような軽薄な笑みを浮かべて何も答えなかった。何も答えないながらも、張り付いたような大和の笑みを見てすべてを理解できた北崎は気分良さそうに、話を続ける。


「さて、ここからは本題――秘匿されていたグレイブヤードの存在と事件当時の状況を事細かに教えてくれた僕の情報提供者であり雇い主、煌王祭の警備の穴に気づきながらも目を瞑り、治安維持部隊が激突するという今のシナリオを描いて、それを実行に移している黒幕は誰でしょう? ヒントはアカデミーにいる人間なら誰でも知っている人物だ」


 黒幕の存在を認めた北崎は麗華に視線を移して口を三日月形に歪ませて、今の事態を必死になって解決しようと奔走している麗華を嘲笑うかのような笑みを浮かべた。


 静かに麗華は激昂し、自分と嵯峨との間にある透明の壁を殴りつけようとしたが、ドレイク、そして大和に制された。


「大和君、君ならわかるだろう? 僕が関係していない煌王祭の事件まで黒幕がいるということに気づいている君なら――いや、君は気づいていたんだろう?」


 麗華から大和に北崎は視線を移すと、視線の先にいる大和は相変わらず笑っていた。この状況を心底楽しみ、自分の心の内を理解してくれた北崎に対して感謝と嬉しさ、そして――その仮面のように張り付いた笑みの裏には、北崎のことを心底軽蔑している冷たい感情があった。伊波大和の本性を垣間見た北崎の哄笑が面会室内に響き渡った。


「さあ、解答者の一人も正解を知っているようだし、さっそく正解を発表しようか――」


 嬉々とした表情を浮かべながら、北崎は軽い様子で正解を――黒幕の名前を言い放った。


 北崎の口から放たれた真実に、麗華とドレイクは驚愕し、大和は特に驚くことなくニヤニヤと心底楽しんでいるような笑みを浮かべていた。

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