第18話

「日が暮れはじめたけど暑いね……途中コンビニ見つけたら冷たいものでも買う?」


「それなら僕、この間幸太郎さんが食べていたアイスが食べたいです」


「あのアイスパフェ? あれって大きいから、食が細いリクト君じゃ最後まで食べるの難しいかもしれないよ?」


「……そ、それなら一緒に食べませんか」


「それじゃあそうしようか」


 人気が少ないノースエリアを歩いている幸太郎とリクト、そして、セラ。


 幸太郎と一緒に一つのアイスを食べられることに、至上の喜びをリクトは感じていた。


 二人の呑気な会話を後ろで聞いていたセラは、緊張感がまったくない二人に呆れながらも、緊張で強張り、険しくなっている彼女の表情が一瞬だけ綻んだ。


 セラがもう一度優輝と会って話したと言ってから、すぐにセラは優輝と会うためにヴィクターの秘密研究所を出て、優輝がいるかもしれない輝士団本部へ向かっていた。


 裏方でサポートに徹すると豪語したヴィクターは、サポートするためと気絶している沙菜を介抱するために秘密研究所に残り、リクトと幸太郎はセラの後に続いた。


 自分が決着しなければならないことに二人を巻き込んでしまい、負い目を感じているセラだったが、二人が一緒にいてくれて心強くて嬉しく思う気持ちが確かに存在しており、心の中で彼らに何度もお礼を述べていた。


「それにしても、不思議なくらい周囲に人がいませんね……今の状況ですから争いに巻き込まれないために一般の学生たちが歩いていないのは仕方がありませんが、輝士団や輝動隊の方々も歩いていないのは何だか少しおかしいですね」


 幸太郎と会話をしていたリクトは、ふいに周囲の通行人の数が少なく、巡回をしている輝士団や輝動隊がまったくいないことに気づいた。


「……まさに嵐の前の静けさ、ですね」


 呟かれたセラの言葉に最悪な事態を想像したリクトは憂鬱な表情になる。


「こ、怖いこと言わないでください、セラさん」


「す、すみませんリクト君。不安を煽ってしまいましたね」


「さすがに輝士団と輝動隊同士の全面抗争はまだ起きないでしょう……多分……」


「そう思いたいですね……そのためにも急いで彼に会いましょう」


「そうですね……明るく考えれば、セラさんを捕えようとする方がいないので、セントラルエリアまで滞りなく進めそうですね。さあ、早く行きましょう」


 話しをしていて気が引き締まったのか、ずっと後ろで幸太郎とリクトの呑気な会話を聞いて安らぎを感じていたが、早歩きになって二人の前を歩きはじめる。


 早歩きになったセラに続いて、幸太郎とリクトも早歩きになり、セントラルエリアにある優輝がいると思われる輝士団本部へ向かっていた。


 どうして優輝が輝士団本部にいると判断したのかは、ヴィクターとセラとリクトが推理した結果だった。


 昨日、教皇庁の判断を無視して独断で釈明を行い、アカデミー都市だけではなく外部にも混乱を無駄に広げた結果、輝士団と輝動隊の抗争をさらに激化させ、教皇庁に不利になる発言をしたことから、優輝を味方する人間は教皇庁内におらず、彼の味方は彼を信奉する者――輝士団しかいないと推理し、輝士団本部に匿われていると三人は判断した。


 ――しかし、ヴィクターとリクトの意見に同調をしたが、セラは二人がまったく予想していないような考えを持っていた。


 リクトと話し終えてから、どこからか自分たちが見られているような気配を敏感に察知し、その考えが濃厚になってきたセラは、早歩きになって二人の前を歩き、あえて人気がない道を選んだ。


 明らかにセントラルエリアには遠回りになる道だが、人気がない道をセラが選んだのは、自身が優輝を襲ってお尋ね者にされているから治安維持部隊本部があるセントラルエリアに入る前に、人気がない道を選んで人目を遠ざけるつもりだろうと思い、遠回りをしても確実に目的地には近づいているので幸太郎とリクトは文句を言わなかった。


 一旦、幸太郎とリクトを遠ざけようとセラは思っていたが――

「……セラ、ようやく見つけたぞ」


 すべては遅く、セラたち三人の前に久住優輝が現れた。


 目的の人物が突然登場して、幸太郎は呑気に「どうも」と頭を下げて挨拶をしたが、いくらアカデミー最高戦力と称されていても、今の状況で護衛の輝士団を一人もつけず、図ったように突然現れた優輝にリクトは驚くとともに違和感を抱いていた。


「優輝さん、どうしてここに……」


 自分を見て違和感と不信感を抱いているリクトの様子に、優輝は首を傾げた。


「もちろん、セラを探していたんだ。それよりも、どうしてリクト様がここに……」


「え、えっと、その……セラさんを説得したので、輝士団本部に連れてこようと」


「後先を考えない行動をすれば、また昨日の誤報のような無用な混乱が起きてしまう。勝手な真似は控えるべきです」


 言い逃れをしようとするリクトの心を見透かして、丁寧な口調で非難してくる優輝に、リクトは反論できなくなって黙ってしまう。


「優輝さん、輝士団の方は大丈夫なんですか?」


 黙ってしまったリクトに代わって、幸太郎は純粋な疑問を優輝にぶつけた。


「輝動隊と輝士団同士の争いは負傷者が出てから状況はさらに悪化しているが、つい先程輝士団団員のすべては巡回一旦中止させて、一度全員で話し合うために輝士団本部に集合をかけた……残っている輝士団が周辺にいないか、確認すると同時にセラを探していたんだ……よかったよ、セラ。もこんなところで会えて」


 幸太郎の疑問に詳しく説明して、改めてセラに会えたことを優輝は喜んでいた。


 一方のセラは目的の人物現れて驚くことも、さっそく話そうとするわけでもなく、何かを確認するようにリクトと幸太郎と会話をしている優輝のことを睨むように見つめていた。


 こちらに鋭い視線を送るセラに優輝は薄らと笑みを浮かべた。


「――さすがにだと思ったんだが……どうだろうか」


 幸太郎とリクトと会話をしていた時とはまったく違う冷淡な口調に一変させた優輝は、そうセラに尋ねた。


「やはりお前は……」


 静かな怒りが込められているドスの利いたセラの声に、セラと優輝の間の緊張感が一気に張り詰めた。


 幼い頃からの友人にはかけないであろうドスの利いたセラの声と、彼女から放たれている肌を刺すような静かな激情に、幸太郎とリクトは思わず息を呑んでしまう。


「沙菜と戦ったことで昔のことを思い出しただろう? 昔の自分の想い、そして、久住優輝がどんな人物なのか。それから疑念が生まれると思っていたんだが……実際はどうだったんだ? お前もティアと同じである日突然神の啓示が如く気づいたのか?」


「……水月先輩と私を戦わせたのはお前の計算の内か」


「指示はしていないが、まあ、あの女ならば勝手に動くとは思っていたよ」


「……この状況もすべて、お前が仕組んだのか」


「すべてを仕組んだわけじゃない。輝士団と輝動隊の間に燻っていた敵対心を煽って、少しだけこうなるように背中を押ししただけだ」


 セラと話す優輝の表情を見て、リクトの表情は困惑と驚愕に染まっていた。


 誰に対しても分け隔てなく優しく接し、決して自分の弱みを見せることなく輝士団団長として凛とした態度を取り、厳しくも優しい、剛と柔を兼ね備えた人物、それがリクトの知る久住優輝だった。教皇庁内でも周囲の評判も良く、母であるエレナも優輝のことを褒め、教皇庁に所属する輝石使いとして光栄だと言っていた。


 だが、目の前にいる優輝の姿は、周囲の評判、そして、リクトがよく知っている久住優輝という人物とはかけ離れた、邪悪な表情をしていた。


 ボロボロと被っていた仮面が崩れるようにして普段優しい笑みを浮かべていた表情が、相手を見下すことしか考えていないような邪悪な色に染まり、寒気がするような薄らとした笑みを浮かべている口には凶悪そうな犬歯が覗いて見えた。


「……ゆ、優輝さん?」


 かつて、ずっと自分を見守ってくれた人が自分を裏切った時と同じ態度の優輝に、目の前の人物が本当に自分の知る久住優輝であるのか疑問を抱いてしまうリクトは思わず彼の名前を呼んでしまう。


「優輝? ……久住優輝? 優輝、優輝、優輝、久住優輝、優輝……――ククッ――」


 自分の名前であるはずの久住優輝の名前を連呼していると、整っていた表情は狂気に染まり、今までため込んでいたものが一気に噴き出すように端正な顔立ちを歪ませて堰を切ったように笑いはじめ、狂ったような哄笑が周囲に響き渡る。


「……四年間上手く隠していたようだが、年月は経てもお前の下衆な本性は何も変わっていないようだな――ファントム!」


 いっさいの迷いなく、セラはチェーンにつながれた自身の輝石を武輝に変え、鋭い視線とともに武輝である剣の切先を向けて目の前にいる人物の名を叫ぶ。


 目の前にいる人物を久住優輝ではなく、四年前の事件の犯人である『死神』――ファントムの名をセラが叫んだことに、リクトの表情は驚愕とともに恐怖で染まる。


「ようやく……ようやくだ……ようやく俺は久住優輝の姿を捨て、元の姿に戻れた!」


 気分が良さそうに大きく深呼吸をした優輝――ファントムは、アカデミー都市内にいる誰もが知っている久住優輝の顔から、邪悪さと凶悪さが溢れ出ている凶相へと変貌させる。


「ティアもお前もそうだが――……どこでお前は俺の正体に気がついた。驚いたよ、突然呼び出されるや否や、俺の正体に知っていたアイツにな」


「……優輝が知るはずのない情報をお前は七瀬君に教えたからだ」


「知るはずのない情報? ――……そうか、そうか、そうか、そうだったな」


 自身のミスを指摘したセラに、ファントムは納得したように手を何度も叩いた。


「四年前のあの時……ティアと優輝の力を借りて深手を負わせたのは私。だが、決定的なその瞬間を優輝は見ていなかった」


「そうだったな……あの時、優輝は気絶していたんだった……」


「誰かに聞いたとしても、知っている人のほとんどは『』ではなく、『』がお前を倒したと聞いているはずだ……いつ優輝と入れ替わったのかはわからないが、戦いの結末を説明する前に優輝は私たちの前から――」


「――違う、もうすでに、あの時の久住優輝は俺だったよ」


 セラの言葉を遮るように、心底愉快そうな笑みを浮かべてファントムはそう言い放った。


 ファントムが言い放った真実に、セラは頭の中が真っ白になり、言葉の意味が理解することができなかった。


 驚愕に染まるわけでもなくただ呆然としているセラの表情を見て、元々吊り上がっていたファントムの口がさらに吊り上がった。


「セラの周囲にいる人間の信用を得るために教えた情報だったが――それが仇になるとは思いもしなかった」


 そう言って、ファントムは幸太郎に視線を移した。


 悔しそうであり、若干の怒りがあり、それ以上に憎悪と執念が暗い感情が渦巻くファントムの目に、幸太郎の傍にいたリクトは抱いていた恐怖心をさらに駆られて小さな悲鳴を漏らした。


 そんなリクトとは対照的に幸太郎は物怖じすることなく、呆然としているセラの前に庇うようにして立ち、迷いなくズボンのベルトの間に挟んでいた自身の唯一の武器であるショックガンを取り出して、両手で持って構えて迷いなく銃口をファントムに向けた。


「七瀬幸太郎――……力も何もない、ただの捨て駒にしか思えなかったお前が生んだ小さな綻びがまさかここまで大きく広がるとは思いもしなかったよ」


 セラの前に立つ幸太郎を忌々しげに睨むファントムだが、幸太郎は物怖じすることなく、ただ真っ直ぐとファントムを見据えたまま決して視線をそらさなかった。


「それで? かつてアカデミーを恐怖と混乱に陥れたこの俺をそんなガラクタ一つで立ち向かうというのか?」


 心底見下しているファントムの言葉に、幸太郎はニッと力強い笑みを浮かべた。


「僕はセラさんの味方だから」


 ――……七瀬君……


 自身の前に立つ幸太郎の背中と、彼の一言にようやくセラは我に返った。


 そして、我に返ると同時に今まで抑えていた怒りが一気に溢れ出た。


 自身の前に立つ幸太郎の肩をそっと触れてリクト元へと突き飛ばし、片手で持った武輝をきつく握り締め、ファントムに一気に駆け上がった。


 目にも映らぬ速さで、一瞬にしてファントムとの間合いを詰めたセラは躊躇いなく武輝を振り下ろす――


 ファントムは回避する素振りすら見せず、自身に迫る攻撃と激情に染まったセラの表情を見てニタニタとした嫌らしい笑みを浮かべて待っていた。


 積年の恨みを込めた一撃だが――刃が届く寸前、赤い閃光を残してファントムの姿は一瞬にして消え、セラの攻撃が空を切り、自分でも制御できない一撃にセラは無様に転んだ。


「――どうした、セラ……俺はここにいるぞ」


 すぐに立ち上がり、噴き出しそうになるのを堪えているようなファントムの声が聞こえた場所に視線を向けると、セラの表情は悔しさに染まった。


 その理由は、指先で摘むように持ったチェーンにつながれた輝石を揺らしながら、幸太郎とリクトの背後にファントムが立っていたからだ。


 自分の背後に移動していたことに気づいたリクトの表情は恐怖に染まって身動きが取れないようで、幸太郎は呑気に目の前に消えたファントムの姿をキョロキョロと頭を動かして確認して、数秒後ようやく自分の背後にいることに気づいた。


 振り返って攻撃を仕掛けようとする幸太郎だが、一瞬でショックガンをファントムに奪われ、ファントムはショックガンを地面に叩きつけ、トドメに思いきり踏んで壊した。


「……七瀬君とリクト君をどうするつもりだ」


「お前をパーティに誘うための招待状代わりだ……こいつらを人質に使えば、お前は大人しく俺に従う――そうだろう、セラ? お前は必ずはずだ……」


 挑発的な笑みを浮かべるファントムに、為す術なくセラは悔しさと後先考えない怒りに任せた自分の行動で二人が人質されてしまったことに自己嫌悪を覚えながら、きつく握り締めていた武輝を持つ手を緩め、一瞬の発光の後に武輝が輝石に戻った。


「わかった……お前に従う。その代わり、七瀬君とリクト君の安全を保障するんだ」


「この二人もパーティの大事な賓客だ。丁重にもてなそう」


 不承不承ながらの一言とともにセラは自身の輝石をファントムへと投げ渡した。


 セラの輝石をキャッチしたファントムは、嘲るような視線でチェーンにつながれた自身の輝石をジロジロと眺めていた。


「『』……」


 嘲笑を浮かべたファントムが口に出した『友情の証』という言葉に不快に思いながらもセラは驚いていた。


「お前が修行中輝石を失くした時、優輝とティアは夜遅くまでお前のために輝石を探し続け、見つけた輝石を二度と失くさないよう、そして、自分たちは友達であるという証明のために、優輝が作ったものだったな」


「……どうしてお前がそれを」


「それを説明するためにも、俺に従え……いいものを見せてやる」


 知るハズもない相手に大切な思い出を語られ、驚くセラの表情を見てファントムは気分良さそうに笑い、ただ意味深な言葉を残して自分に従うようにセラに命じた。


 幸太郎とリクトのためにも今は従うことしかできないセラは、不承不承ながらも頷いた。


「しかし――お前たち三人の友情とは随分と脆かったな……俺が演じていると知らず、久住優輝を憎み続けていたのだからな」


 的確に心を抉ってくるファントムの一言に、セラは幸太郎とリクトが人質に取られて下手に反論できないという理由もあったが、それ以上に事実だったので反論できなかった。


 そんなセラの心を見透かし、心底嘲るようにファントムの哄笑が周囲に響き渡った。

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