第19話

 幸太郎とリクトを人質に取り、セラを従わせたファントムは抵抗できないように三人の輝石と携帯電話を奪い、リクトがいつも首に下げている煌石こうせき・ティアストーンの欠片がついたペンダントも奪い、ファントムは三人を自宅へと案内した。


 自宅までの道程で何人かの通行人に出くわし、誰もが輝士団団長・久住優輝に対して敬意と憧れを込めた視線で見つめ、久住優輝の仮面を被ったファントムは普段と変わらぬ笑顔でそれに応じた。


 輝士団団長であり、アカデミー最高戦力と称されている久住優輝――ファントムは有事の際はすぐに教皇庁本部や輝士団本部に駆けつけられるようセントラルエリアにある一軒家を与えられていた。


 それなりに広い敷地の一軒家に案内されると、ファントムは三人をもてなすためにリビングではなく、隠し扉に隠された地下に続く階段に案内した。


 薄暗い階段を降りた先にある重厚な鉄の扉を開くと、そこには広い空間が広がっていた。


 室内には鼻孔を刺激する薬品のにおいが充満し、黄緑の蛍光色の液体が入った多くの管がつながれている大きめの水槽と、つながれた管の先には何かの装置がたくさん置かれており、水槽の中に入っている蛍光色の液体だけで照らされているだけで室内は薄暗かった。


 薄暗い室内の中央には椅子が置かれており、その椅子に誰かが座っていた。


 幸太郎は目を凝らして中央に座っている人物を確認しようとしたが、薄暗いせいで中々確認できなかった。


 しばらくして、ようやく暗さに目が慣れて、椅子に座っている人物の姿を確認できた。


 椅子に座っている人物は項垂れていて表情はよくわからなかったが、白髪交じりの髪はボサボサで病衣のようなものを身に纏い、裾や袖から伸びる手足は細かった。


 誰だろうと幸太郎は思っているとセラから息を呑む音が聞こえた。


 ふいに幸太郎はセラの表情を見ると、彼女の目は驚愕で見開き、フラフラとした足取りで椅子に座っている人物に近づいた。


 セラが勝手に歩きいたことを咎めることなく、その様子をファントムはニタニタと楽しそうな笑みを浮かべて眺めていた。


「……ゆ……優輝?」


 椅子に座って項垂れている人物をセラは優輝と呼ぶが、優輝と呼ばれた人物は一拍子遅れて声にもならない呻き声を上げて反応して、ゆっくりと顔を上げ、光のない虚空を移した瞳でセラのことを見つめた。


 顔を上げた優輝と呼ばれた人物は、ファントムそっくりで整った顔立ちをしているが、彼と比べて身長が低く、顔にも幼さが残っていた。


「そうだ。そこにいる人物は正真正銘の久住優輝だ……今となっては絞りカスだがな」


「お前は一体優輝に何をした!」


 悲痛な声にも似た怒声を張り上げるセラに、愉快そうにファントムの口が吊り上がる。


――久住優輝の力を奪ったんだ」


「力を……奪った?」


「その結果、肉体と精神に過度な負荷がかかり、廃人も同然の状態になった――まあ、おおよその原因は強い効果の自白剤を大量に摂取させたことが一番の原因だろうな」


「な、何のためにそんなことを……」


「過去に自分に何があったのか、お前たちとどんなことをしたのか、それらをすべて聞き出して久住優輝の記憶を共有し、久住優輝自身に成り代わるためだ」


 嬉々とした表情で語っていたファントムだったが、突然笑みを消した。


 そして、恍惚な表情を浮かべて思い出し笑いを浮かべた。


「あれは中々見物だった――薬の効果から逃れようと必死に悶えながらも、結局は俺に従い、すべてを告白する久住優輝の姿は……一年も続けていれば壊れると思っていたが、悶え苦しみながらも久住優輝は三年間もその強固な精神は抵抗を続けた……どんな人間でも、根気よく責め続ければ堕ちる――刺激に満ちた三年間だったよ!」


 自分に抵抗しながらも、薬に悶え苦しみながらも、結局は薬の効果に耐え切れない優輝の姿を思い浮かべたファントムの表情はウットリと恍惚に満ちて、電流にも似た快感が全身に走って身をよじらせてその快感を味わっていた。


「優輝の意識がある間、俺を憎むあまりアカデミーに入学したティアの話を優輝の目の前で続けた……話に反応しなくなってもずっとティアやお前の近況を語り続けた――不思議とお前たちの話になると微弱に反応するんだ。それがまたグッとくるものがあって、抵抗をしなくなっても刺激的な一日を送ることができた――ああ、そうだ――」


 ねっとりとした笑みを浮かべながら趣味の悪い話を続けるファントムは、何かを思い出したように手を叩き、吊り上がっていた口をさらに吊り上げた。


「三年間、優輝は意識がある間、ずっとお前たちを信じ続けていたぞ? 俺がどんなことを言っても諦めることなくお前たちを信じ続けていた……憎しみを抱き続けていたお前たちとは違ってな!」


 優輝に扮していた自分に憎しみをぶつけていたセラとティアを思い出し、そんな二人を心底嘲るようなファントムの哄笑が室内に響き渡った。


「これこそ感動の再会だ! ここにティアがいたらもっと感動できただろう!」


 三年もの間、優輝を肉体的にも精神的にも嬲り続けていたファントムに何を言うわけでもなく、セラは廃人と化して何も反応しない優輝を腕に抱いたまま憎悪を宿した鋭い視線をファントムに送っていたが、その瞳にはファントムに対しての恐怖が存在していた。


 自身に恐怖を抱いてくれたセラを見てファントムは満足そうに口角を吊り上げる。


「どうして……何のためにこんなことを……」


 憎悪と恐怖が入り混じった震えて喉奥から絞り出した声でセラはファントムに尋ねた。


 その質問を待っていた言わんばかりにファントムは口を吊り上げた。


「ただ俺はお前たちが憎いんだ……半人前でありながらも俺を倒したお前が憎い! お前に倒される隙を作ったティアが憎い! 特に――久住優輝が何よりも憎い!」


「それだけ……そんなことの理由でこんなことを……」


「ただ俺はお前たちの苦悩する顔が、絶望する顔が見たいんだ!」


 怨嗟の言葉を憎むべき相手であるセラにぶつけ続けるファントムの表情は清々しいものであったが、それ以上に復讐に執念を燃やし続けている確かな狂気が宿っていた。


「それなら――私だけを狙えばいいだろう!」


 腕に抱いていた優輝をそっと椅子に寄りかからせ、ファントムに対して抱いた恐怖を無理矢理押し込んで怒声を張り上げて対峙する。


 恐怖で折れそうになっていた心を自ら奮い起こしたセラにファントムは忌々しげに小さく舌打ちをすると――赤い閃光とともに瞬時にセラの背後に回り込んだファントムは、そセラを床に組み伏せた。


 ファントムにセラが組み伏せられた瞬間、優輝の指先がピクリと動いた。


「違う――違う、違う、セラ――違う、俺が見たいのはそんな顔じゃない!」


「七瀬君――ダメ!」


 セラが組み伏せられた瞬間、間髪入れずにファントムに向かって無言で飛びかかる幸太郎だが、ファントムに足をかけられて無様に、盛大に前のめりに転んだ。


 必死な形相で幸太郎を制止させたが、無駄に終わってしまい悲痛な表情を浮かべるセラを見て、ファントムは満面の笑みを浮かべる。


「そうだ……セラ、俺はお前のその顔が見たいんだ――」


「ダメです、リクト君……今は、今は大人しく――クッ!」


「さあ、お前はどうする? リクト・フォルトゥス」


 ファントムの明らかな挑発を遮って注意を促すセラだが、床に顔を思いきり押しつけられて無理矢理遮られた。


 自分が求めるセラの表情が見たいがためにファントムは挑発するような視線をリクトに向けるが、リクトは恐怖で引き攣った表情を浮かべてセラの忠告がなくとも幸太郎のように動くことができなかった。


 挑発に乗らないリクトにファントムは面白くなさそうに小さくため息を漏らすとともに、見下すような視線を向けた。


「輝石を生み出す力を持つ煌石・ティアストーンに選ばれた次期教皇最有力候補、そして、教皇エレナの息子――大層な肩書きだが所詮お前はそんなものだ……だが、そんなお前でも教皇庁との交渉に役立てる道具だ――使える分、この欠片よりかはマシだな」


 見下すような視線をリクトに向けたまま、ファントムはポケットからリクトから奪ったティアストーンの欠片がついたペンダントを取り出し、リクトへと投げ渡した。


 恐怖で竦んで動けないリクトは、投げられたペンダントをキャッチすることなく、ペンダントはむなしく床に落ちた。


「色々と手順をすっ飛ばすが、もうどうでもいい――セラたちへの復讐を終えた後、ティアストーンを得るための道具としてリクト・フォルトゥス、お前を存分に利用してやる……俺が完全な存在になるために……」


 果てしなく暗い闇と欲望を宿した鋭い視線に、リクトはさらに恐怖心を煽られる。


 恐怖に支配されて何もできないリクトに興味が失せたのか、すぐにファントムは彼から視線を外して、組み伏せているセラに視線を移した。


 必死に抵抗を続けているがそれでも拘束を解くことができないセラを、ファントムは気分良さそうに見下ろし、結束バンドのような手錠で彼女の腕を後ろ手に縛って、髪を引っ張って無理矢理起き上がらせた。


「さて、パーティはこれからだ……会場へ向かおうか、セラ」


「どこに連れて行くつもりだ」


「言っただろう? パーティの本会場だよ」


 セラの質問に意味深な笑みを浮かべて答え、拘束しているセラを無理矢理引っ張り、ファントムはセラを連れて部屋を出ようとする。


「すべてが終わるまで、お前たちはそこにいる絞りカスと仲良くゆっくりしていてくれ」


 堂々とリクトの傍を横切ったファントムは、恐怖で見送ることしかできないリクトに向けて嘲笑を浮かべながら、そう言い残し、セラを連れて重厚な鉄の扉を閉めて部屋を出た。


 取り残されたリクトは恐怖で何もすることができなかった無力感と自己嫌悪に苛まれ、悔しそうに両手をきつく握り締め、後悔と自分とファントムへの怒りの表情を浮かべながら立ち尽くしていた。


「イタタタッ……久しぶりに盛大に転んだ」


 無様に、盛大に転ばされた幸太郎は強く打った額を押さえながら、ヨロヨロとした足取りでセラを追うために出口へと向かった――が――

「……あ、鍵かけられてる」


 重厚な鉄の扉を開こうとしたが、鍵がかかっているため開かなかった。


「閉じ込められちゃったね」


 自分の置かれた状況、そして、死神・ファントムによってこれからアカデミーにもたらされる大混乱など、まったく気にも留めていない様子の幸太郎はリクトに話しかけた。


 そんな幸太郎の様子にリクトは呆れながらも、普段と変わらぬ態度の幸太郎に恐怖によって支配されていた身体が軽くなったような気がした。

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