第20話

 ついさっきまで北崎と話をしていた麗華たちは、今はドレイクが運転する車の中にいた。


 いっさいの感情を感じさせない涼しげな表情でドレイクは運転をしていたが、北崎の口から語られた真実に心の中では動揺していて、車の速度はアカデミー都市内で定められた法定速度を軽くオーバーしており、ハンドルを握る手に汗が滲んでいた。


 動揺しているのは麗華も同様で、腕と足を組んで尊大な態度でシートに座っている彼女の表情は自制することのできない動揺に苛立ちと、それ以上に焦りを抱いていた。


 久住優輝が黒幕であり四年前にセラたちの活躍によって倒された『死神』――ファントムである事実に驚愕している麗華だったが、真実に辿り着くと同時に緊急事態が起きてしまい、敵を目の前にしてその事態対応に追われてしまうことに焦りを感じていた。


「随分苛立っているみたいだね。少しは落ち着きなよ、麗華」


 麗華の隣に深々と腰かけて、いっさいの動揺なく慣れた手つきでタブレット端末を操作している余裕な態度の大和は苛立つ麗華をさらに煽るように話しかけた。


「当然ですわ! 輝士団本部を囲うように輝動隊の隊員たちが大挙して押しかけ、輝士団本部で治療を受けているティアさんを差し出せと要求するとともに、ティアさんと私闘を演じた優輝さ――いいえ、ファントムを差し出せと要求しているのですわ! いつ大規模な抗争が起きてもおかしくありませんわ!」


 焦燥しきっている麗華の説明を大和は「まあ、そうだよね」と適当に流した。


 真実を語った北崎からもう少し話を聞こうとした時、大和の携帯に大勢の輝動隊隊員が輝士団本部を囲んでいるという連絡が来て、すぐに麗華たちは特区を出て、今に至る。


「悠長に構えている場合ではありませんわ! あなたも輝動隊隊長として緊張感を持ちなさい! このままでは輝動隊と輝士団が全面衝突しますわ!」


「わかってるって。そのために簡単に計画を立てたじゃないか――僕と麗華はドレイクさんに輝士団本部近くまで送ってもらって、ドレイクさんは連絡がつかない幸太郎君たちの捜索に向かうために、ヴィクター博士の秘密研究所に向かうって」


「そんなこと改めて説明していただかなくともわかっていますわ!」


 軽薄な笑みを浮かべて自分を煽ってくる大和に麗華は声を荒げる。


 もう一つ――麗華にとって厄介な事態が発生していた。


 真実を教えるためにセラたちに麗華は連絡したが連絡に出なかった。


 二人と接触したはずのヴィクターに連絡をすると、セラは研究所に来た水月沙菜と一線を交えた後、優輝と話すために幸太郎とリクトとともに研究所を出たと説明した。


 優輝と話すために研究所を出て連絡がつかないことに、麗華は嫌な予感が頭の中で渦巻き、それが苛立ちに変換していた。


 衝撃の事実に加えて不測の事態の連続に余裕がない様子の麗華に、大和はやれやれと言わんばかりに深々とため息を漏らした。


「焦ったって仕方がないから、今は自分たちの役割をしっかりこなすしかないよ。一応の予防策も取ってあるから大丈夫――それに、ファントムは僕たちの目の前に現れるかもしれないからね……」


 意味深な笑みを浮かべて麗華のことを一応気遣っている大和に、麗華はほんの僅かながらも平静を取り戻すが、隣にいる幼馴染のことを横目で疑念に満ち溢れた視線で見つめた。


「あなたは随分余裕――いいえ、随分楽しそうですわね」


「そうかな? アカデミーにとって大変な事件が起きるかもしれないし、あの『死神』が生きていたんだから、一応は焦っているし、緊張もしているよ?」


「……戯言だと思って聞き流しましたが……北崎さんの言葉通り、あなたは今の事態になること――久住優輝の正体に気づいていたのではありませんの? ――……正直に答えなさい、大和」


 麗華は身体全体を大和に向けて、厳しく追及するような鋭い視線を向け、主君が従者に命令するような上から目線の口調で、すべてを答えろと大和に言い放った。


 そんな麗華の態度に諦めたように大和は小さくため息をついて、降参だというように大袈裟に肩をすくめて見せた。


「煌王祭の事件を調べ直した時から、正直久住優輝には疑念を抱いていたんだ。アカデミー最高戦力と称され、数々の難事件を的確な判断力で解決した人なら、犯人たちが作った煌王祭の警備の穴に普通は気づく……気づいたとしても、穴があるなら普通は無許可でも警備を置く。少なくとも僕はそうする。それ以外にも色々と理由はあるんだけど……まあ、どんなに上手く繕っていても、完全に悪意を隠し切ることはできないというわけだよ」


「……


「痛いところを突くなぁ……まあ、こうなることはわかってたから、ちゃんと事前に手を打ってあるから安心して僕を信じてよ」


「今も昔も、あなたのことなんて信じていませんわ!」


 容赦ない麗華の一言に大和は苦笑を浮かべる。


 その苦笑はどことなく自嘲的だった。

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