第21話

「あなたなんかのために一日を費やしてしまいましたが、結局は何もわからずじまい。人員も時間もお金もすべてを無駄にしてしまいましたわ!」


「でも、楽しかった」


「あなたはバカですの? 楽しんでいる場合ではありませんわ! 状況を考えなさい!」


 検査がすべて終了し、夕暮れ時のアカデミー都市を歩いて帰っているセラ、麗華、幸太郎。


 時間と人員を割いて行われた検査で何一つ情報が得られたかったことについてグチグチ文句を垂れる麗華と、呑気に楽しかったと感想を述べる幸太郎。


 自分の状況を考えないで相変わらず呑気な態度の幸太郎に、麗華は怒声を浴びせる。


 一方のセラは、まだ幸太郎に着替えを見られたことを気にしており、若干頬を紅潮させて、俯き加減で二人よりも数歩後ろにいた。


「まったく……少しは自分の力を制御できませんの? これでは役立たずのまま何も変わりませんわ! いいえ、私たちの時間を無駄にしたことを考えれば役立たず以下のお荷物ですわ」


「ぐうの音も出ない」


「それに加えて、人の着替えの場面に押し入ってそのまま凝視する淫獣。世が世なら支柱引き回しの後打ち首獄門ですわ!」


「ぐうの音も出ないけど……麗華さん、きれいだった」


「……フン! 当然ですわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 突拍子もなく、それでいてご機嫌取りで言ったわけではなく、素直に自分の肉体美を褒める幸太郎に、気分を良くした麗華はふんぞり返って無駄にうるさい高笑いを上げていたが、若干照れていた。


「金糸の髪に生える白く滑らかな肌、抱きしめたくなるような引き締まったウェストに、男の欲望を駆り立てるほどの突き出たバスト、桃のような質感のヒップ、それと――」


「ありがたいですが、生々しく表現するのはやめていただけます? 気色悪いですわ!」


「とにかく、一生の思い出にする」


「まあ、頭の中に焼き付くのは当然ですわ! あなたのような凡骨凡庸ポンコツ平民のあなたには分不相応の光景でしたが、私の肉体を拝めたことを光栄に思うことですわ! オーッホッホッホッホッホッホッ!」


 一生の思い出として頭の中に楽園の光景を焼き付けた幸太郎に、麗華は当然だと言わんばかりに高笑いを上げた。


 そんな麗華を放って、幸太郎は数歩後ろを歩くセラに視線を向けた。


「セラさんも、きれいだった」


「や、やめてください、幸太郎君」


「でも、きれいだった」


「あ、ありがとうございます……」


 邪気のない幸太郎の素直な感想に、怒ろうにも怒れないセラはただただ羞恥に顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で感謝の言葉を述べることしかできなかった。


「セラさんのあられもない姿も、一生分の思い出にする」


「そ、そういうのは一生の思い出にしなくてもいいです! むしろ忘れてください!」


 自分の着替え姿を一生分の思い出にしようと決意する幸太郎を、顔を真っ赤にしてセラは止める。相変わらず恥ずかしそうにしているセラの様子に、麗華はやれやれと言わんばかりにわざとらしくため息を漏らして肩をすくめた。


「まったく、何を恥ずかしそうにしていますの、セラ! この私がセラの肉体が美しいと保証しているのですわ! もっと堂々とするべきなのですわ!」


「れ、麗華は恥ずかしくないの?」


「確かに、平々凡々平民が突然着替えの場面に登場して怒りと羞恥がわきましたが、よく考えれば、草原に生えている毒にも薬にもならない雑草に等しい存在に着替えを見られて感情的になる理由などどこにもないのですわ。私たちの美しい肉体を見せびらかすことによって、私たちと一緒にいることがどんなに幸運かを思い知らせてやるのですわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 麗華の言う通りに見られたことを気にしないように努め、見せびらかしたことにしたと思い込むセラだが、それができず、むしろ着替えを見られたシーンを再び思い出してしまい、さらに羞恥に心を染まらせる結果になってしまった。


「セラさん、そんなに恥ずかしかった?」


「も、もちろんですよ! 普通はそうでしょう」


「僕は別に見られてもいいよ」


「誰も幸太郎君の着替えなんて見たくありません」


「ぐうの音も出ない。けど、僕はセラさんの着替えを見たい」


「見せるつもりは毛頭ありませんから!」


「それは残念」


 まったく……どうして、幸太郎君はいつも無神経なんだ。

 もう! さっきまで恥ずかしかった自分がバカみたいだ。


 思ったことを次々と口にする幸太郎の話のペースに乗せられるにつれ、ヒートアップすると同時に、羞恥で強張っていた心身が弛緩したセラは脱力するように大きくため息を漏らした。


「……幸太郎君って、本当にエッチですね」


「ぐうの音も出ない」


「正直なのは結構ですが、少しは自重してください!」


「でも、セラさんたちみんな、きれいだった……」


「そ、その話はもういいですから! ほら! 早く帰りますよ!」


「あ、待ってよセラさん。帰りにラーメン食べようよ」


「いつアルトマンたちに襲われるかもしれない状況でそんな暇はありません」


「それなら、せめて駄菓子屋かコンビニ寄ってから帰ろうよ」


 すっかり普段の力強さを戻したセラは、自分の欲求を正直述べる幸太郎を無視して、足早に彼を寮まで送り届けるために先へ急ぐ。


 肩を怒らせながら歩くセラの後を、幸太郎と麗華は慌てた様子で、それでいて恐る恐るといった様子で後を追う。


「まったく……あの温厚なセラを怒らせてしまうとは、セラのファンに後ろから刺されても文句は言えませんわよ」


「僕だけじゃなくて麗華さんも原因だと思う」


「人に責任を擦り付けないでいただけます? 大体、あなたが大和に利用されたのが一番悪いのですわ」


「ぐうの音も出ない……セラさんラーメン食べる気なさそうだし、麗華さん一緒に食べる?」


「どうしてこの私が庶民フードを食べなくてはなりませんの? それも凡骨凡庸のあなたと」


「でも、この間風紀委員本部でカップラーメン食べてたよね」


「シャラップ! というか、どうしてあなたがそれを知っていますの!」


「大和君から隠し撮りしたその時の写真を見せてもらった」


「グヌヌヌッ……あのバカ大和!」


 人のプライベートを隠し撮りする大和に対して怒りの雄叫びを上げる麗華。


 ……まったく、いつもいつも……


 後ろから聞こえる二人の呑気なやり取りと、麗華の雄叫びを聞いて、どんな状況でも相変わらず二人は何も変わっていないことを感じ取り、深々と嘆息しながらも、どこか楽しそうな笑みを浮かべていた。

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