第20話
「結局、今回それなりに人員も時間も金も割いて行われた検査は無意味。それに、秘密裏に行動していたのに、どこからかともなく情報が漏れ出してる――呆れるわ。検査の主導をしていたアンタたちは一体何してんのよ」
「何事にも不測の事態はつきもの。そういうことがあるから人生は楽しいんじゃないの♥」
「気色の悪い猫撫で声を出すのはウザいからやめて。それに、失態を犯したアンタたちが言うセリフじゃないわよ」
「あら、それならこちらも言わせてもらうけど、今回の検査で何も手伝わなかったアンタが文句を言える立場じゃないと思うんだけど? ――幸太郎ちゃんが怖いんでしょ?」
「……誰があんな生意気なガキを怖がってるっていうのよ」
「嫌いな子がいるだけでやる気なくして手伝わないで、文句ばかり言うなんてガキはどっちなのかしらなぇ?」
鳳グループ本社内の会議室で、睨み合って今回の検査で起きた失態についての口論をしている萌乃とアリシア。
昔からの犬猿の仲である二人の様子を見て、椅子に座って一歩引いたところから見ている克也はやれやれと言わんばかりに深々とため息を漏らした。
「鳳グループと教皇庁が協力し合ってたのに、どうして今回の件を内密にできなかったのよ」
「だから何事も不測の事態がつきものだって言ってるでしょ? 過去のことにグチグチ言う女はモテないわよ?」
「うるさいわね! 今はそんなこと関係ないでしょ!」
「一々大きな声出さないでよ。ヒステリックな女は嫌われるわよ」
「――お前ら、もういい加減にしろ」
いい加減不毛な口論を見ていられなくなった克也は、心底嫌々そうに二人の間に割った。
「アリシアの言う通り、今回はこちら側に責任がある」
「でも、克也さん。そうかもしれないけど、仕方がないことだってあるじゃない」
素直に自分たちの非を認める克也をフォローする萌乃だが、「黙れ、萌乃」と彼を黙らせた。
「最初からスケジュールに狂いが生じたのに加え、それを矯正するためにうちのバカ娘が勝手な真似をして、目立つ行動を取った。そこからもう修正が利かなくなった」
「自分の非を認めてるなんて殊勝な態度だけど、今回の検査を主導したのに加え、娘の失態――アンタはこの責任をどう取るつもりなのかしら?」
「汚名は返上する。だから、噂の出所について調べてみた。今回出回った情報はやけに具体的過ぎたからな」
「へぇー、それじゃあ何かわかったのかしら?」
「何もわからなかった。何もだ」
「それで汚名返上できるとでも思ってるの? バカバカしいわね」
汚名返上するために調べた結果、何もわからなかった言った克也を心底見下すアリシア。
あからさまに自分をバカにしているアリシアの視線を甘んじて受け止め、克也は話を続ける。
「鳳グループと教皇庁の技術を駆使しても噂の出所を掴むことができなかった――その意味をお前ならわかるだろ?」
「……アルトマンたちが関わってるって言いたいの?」
「その可能性は高いかもしれない」
「結局何もわからずじまいってことね。でも、何も掴めなかったことを正当化させるために、アルトマンたちに責任転嫁しているように聞こえるわ。それに、彼らが今回の検査の噂を周囲に広めて何のメリットがあるっていうのよ。噂を広める前に何か行動を起こすんじゃないの?」
巨大な組織の力を使っても噂の出所が掴めなかったということに、アリシアも克也と同じく噂を広めたのがアルトマンたちであることを推測するが、アルトマンたちの行動に納得できないアリシアは性悪な笑みを浮かべて克也を責めた。
自身の無能さを責めるアリシアの言葉と視線を甘んじて受け止めた克也だったが――ここで、鋭利な刃のように鋭い視線をアリシアにぶつけた。
克也の視線を受けて、喉元にナイフの刃を突きつけられたかのような感覚に陥ったアリシアは閉口してしまうが、強気な表情は崩さずに彼を睨み返した。
「アルトマンたちでないとするなら、噂を広めたのは別の人物――今回の検査をアルトマンたちに知らせるために噂を広めた人間が、今回検査に関わった人間の中にいるかもしれない」
「……その第一容疑者が私ってことかしら?」
「そう思いたいところだが、今日一日お前にはドレイクがついていた。ドレイクからの報告で、お前やジェリコが不審な真似をしていないというのはよくわかっている――それに、一応、お前は俺たちに協力してくれているみたいだからな。一応」
「フン! こっちとしては好きで協力しているわけじゃないんだけどね。まあ、私じゃないことは確かよ。まだ、アンタたちを陥れるのは時期尚早だからね」
ドレイクの報告を受けてアリシアが情報を流した人物ではないと思っていた克也だったが、意味深で挑発的な笑みを浮かべるアリシアを見て、改めて彼女が裏切者ではないと確信した。
一度痛い目を見たのにもかかわらず相変わらずのアリシアの態度を見て、萌乃は呆れたようでありながらも、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「あらあら、素直じゃないわねぇ。今の鳳グループと教皇庁の協力し合っている状況が気に入っているって素直に言えばいいのに」
「私からしてみればアンタの方が怪しいのよ」
「清廉潔白という言葉が相応しい私になんてこと言うのかしら」
「淫猥と不純の間違いでしょ」
「ちょっと! それはひどすぎない? ふえぇ……克也さぁーん、性悪女がいじめるよぉ」
泣き真似をしながら自分の腕に纏わりついてくる萌乃に、克也は迷惑そうにしていた。そんな彼にアリシアは憐みの視線を送った。
「とにかく、今回の噂が広まってアルトマンたちが何か行動を起こす可能性が高い。七瀬の警備の強化をするぞ」
「正体不明の強い力を持っているから仕方がないとはいえ、アルトマンも含めてアンタたちもあのガキ相手に必死ね」
幸太郎のために貴重な人員を割いている克也の言葉で、忌々しい幸太郎のことを思い浮かべてしまい、苦々しい顔でアリシアはため息交じりにそう呟いてしまう。
「本人は気にしていないし気づいていないようだが、鳳グループには色々と七瀬には借りがある。それを返しているだけだ」
「アンタの娘もどうしてあんな何の取り柄のないガキのことを気に入るのかしらね」
「……そうなのか?」
不意に放たれたアリシアの言葉に、動揺を隠しきれずに反応してしまう克也。
「アンタ気づいていないの? どんな感情を抱いているかはわからないけど、まあ、それなりに好感度は高いと思うわよ。どうしてあんな男を気に入るのかわからないわ。うちの娘も然り」
女性目線の、それでいて経験が豊富のアリシアの言葉が、動揺している克也の胸に深々と突き刺さり、全身が重くなったような感覚に陥る克也。
「あら、プリムちゃんはリクトちゃんにメロメロなんじゃないの?」
「憧れと好意には微妙な差があるものなのよ」
「あー、それは同感だわ。その微妙な差で心は変わるのよね。その差で揺れ動く姿がもう、たまらないのよねぇ」
「ホント、不思議だわ。鳳の娘も、御柴の娘も、うちのバカ娘もどうしてあんな男を気に入るのかしら、皆目見当もつかないわ」
「あら、幸太郎ちゃんは意外とモテるタイプだと思うわよ。来るもの拒まずだし、包容力もあるし、甘え上手だしね」
「それに顔の良さもつけ加えれば何も問題はないと思うんだけどね」
「よく見れば意外と愛嬌のある顔立ちをしているわよ。よく見れば。幸太郎ちゃんはそれを性格で補ってるから問題ないわ。あなたも包容力のあるタイプ好きなんじゃないの? 父性に飢えてそうだし、幸太郎ちゃんはぴったりだと思うわ」
「なっ……なんで私があんなクソ生意気なガキを! 絶対にありえないわ!」
「色恋にありえないものなんてないわ。年の差も、性別の差もすべてを凌駕するの」
「……どうしてだろう。アンタが言うと妙に説得力があるんだけど」
ガールズトークで盛り上がっている萌乃とアリシアを放って、暗い表情を浮かべている克也はそっと立ち上がり、部屋から出ようとする。
「……ちょっと確認したいことがあるから、解散するぞ」
一言い残してから部屋を去る克也だが、ガールズトークに熱中している二人には届いていない。
部屋を出る時の克也の背中は、鳳グループトップの秘書を務めて、トップを的確にサポートし、輝石使いとしての実力も高い非の打ち所がないほどの優秀な人物であるが、そうは思えないほど、小さく弱々しいものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます