第37話

 事件から一日経過して、事件を解決した第一人者であるリクトを教皇庁は、教皇庁本部の最上階にある大会議室に呼び出し、事件についての詳しい説明を求めた。


 リクトはセイウスに協力者がいること、輝械人形、セイウスに力を与えたアンプリファイアが埋め込まれた装置のことを話した。


 水と油の関係だった機械と輝石の力を組み合わせて開発された輝械人形のことについて話せば荒唐無稽だと思われて笑われると思っていたリクトだったが、枢機卿たちは一笑に付すことなく輝械人形についての話を神妙な面持ちで聞いて、話は順調に進んだ。


 すべての話をリクトから聞き終え、議長席に座るスーツ姿のリクトの母である教皇――息子と同じ髪の色である栗毛色のロングヘアーを三つ編みに束ね、年齢不詳の美しい外見で冷たい雰囲気を身に纏うエレナ・フォルトゥスは「わかりました」と満足したように一度頷いた。


「輝械人形――机上の空論と思っていた彼の発明がここに来て出てくるとは、驚きました」


「母さ――エレナ様は、輝械人形について何かご存知なんでしょうか」


 輝械人形を知っている口ぶりのエレナにリクトは質問すると、枢機卿たちの表情が曇る。まるで、輝械人形という存在を忌々しく思っているようだった。


「輝械人形とは、ヴィクター・オズワルド、そして、アルバート・ブライトが構想していた煌石の資格を持つ者を利用した兵器でした」


 アルバート・ブライトという聞き慣れない名前に首を傾げるリクトだったが、枢機卿たちの顔色が悪くなっていた。


「アルバート・ブライトとは一体何者なんでしょうか」


「ヴィクター・オズワルドとともにアカデミー都市内に施された高度なセキリュティを構築した人物であり、彼と同じく天才と評価されていました――しかし、過激すぎる思想を持つが故に、教皇庁からも、鳳グループからも危険人物と評価され、アカデミーから追い出されました。長年行方不明になっていたのですが、ここに来てアルバートの発明品である輝械人形が出てくるとは、セイウスの背後にアルバートがいることは容易に想像できます」


 アルバート・ブライトが今回の一件に関わっているかもしれないというエレナの話に、枢機卿たちは同意を示すように頷いた。


「アルバートさんとはそんなに危険な人物なんですか?」


「年々増え続ける輝石使いに対応するため、アルバートは一般人でも輝石使いに対抗できる手段を研究していました。しかし、研究するにつれて徐々に輝石使いの存在は一般人にとって脅威であり、近い未来に世界を破滅に招くかもしれないと考えました。――その時点では過激な思想を持っているだけの人物で、教皇庁も鳳グループも気にしてはいませんでした」


 リクトの質問に無表情で淡々に答えながらも、アルバートを説明するエレナは少し機嫌が悪そうで、不快感を露わにしているようだった。


「彼はヴィクターとともに輝石使いに対抗する手段として多くの兵器を構想し、開発しようとしました。しかし、彼はヴィクターと違って、秘密裏に輝石使いに対して非人道的な人体実験を繰り返し、開発した兵器を輝石使いに試してもいました。それが問題となって、我々と鳳グループは彼に忠告をしましたが、受け入れなかった。平気で人を犠牲にする彼は危険だと判断し、アカデミー都市から永久追放して、二度と輝石使いに近づけなくさせた――はずでした」


 吐き捨てるようにアルバートの末路を淡々と説明するエレナ。


 アカデミーから永久追放されれば、アカデミー都市に近づいたり、輝石使いに近づいたりしたら電流が流れる微小な機械を身体に埋め込まれることになり、輝石使いに平気で非人道的な人体実験をするアルバートには相応しい罰だったが――今回の件でアルバートが関わっているかもしれないことに不安を憶えているのか、エレナの表情は無表情だが僅かに暗かった。


 アルバートの説明を終えて、「そんなことよりも――」とエレナは話を替えた。


「今回の事件を引き起こした枢機卿セイウス・オルレリアルから枢機卿の資格を剥奪し、特区送りにすることにします」


 大会議室内に、淡々としながらも静かな威圧感を放つ声でエレナはセイウスの処分を口に出すと、会議室内にどよめきが走り、会議室内にいる人間たちの視線がエレナに集まった。


「え、エレナ様、それはいささか早急過ぎる判断ではないでしょうか」

「いや、妥当だろう。今回の件、あまりにも大きくなり過ぎている」

「た、確かにそうだが、一応セイウスは外部の大企業や権力者にコネを持っているんだ。簡単には彼を手放せない」

「それではセイウスを見逃せというのか? プリム様がセイウスに誘拐されている場面を大勢の人間が目撃していて、マスコミたちもこの件を嗅ぎつけているんだ」

「だが、教皇庁にとっての利益を考えれば、セイウスの処分は割に合わない」

「しかし、教皇庁が厳しい判断を下さなければ、アカデミー内外の信用が落ちてしまう」


 セイウスに対しての厳しいエレナの判断に、枢機卿たちの意見が割れる。


 激論で沸き立つ会議室内を、エレナ、リクト、そして無表情ながらもピリピリした空気を身に纏っているアリシアは静観していた。


 ひとしきり激論を交わした後、縋るような枢機卿たちの視線は再び教皇に集まった。


「今回の騒動はあまりに目立ち過ぎました。大勢の人間にプリムの誘拐を目撃され、セイウスが隠れ家として使用していた別荘も大規模に破壊され、今回の件を隠蔽するのは不可能であることはもちろん、教皇庁側として厳しい判断を下さなければ周囲は納得しないでしょう」


 淡々と正論を告げて現実を思い知らせるエレナに、会議室内の空気は一気に重苦しく、冷たくなった。


 うぅ……ごめんなさい、母さん、みなさん。

 や、やり過ぎた……


 セイウスの屋敷が大規模に破壊されたとエレナが言った時、チラリとじっとりと呆れたような目で自分を一瞥したことに気づいたリクトは心の中で猛省した。


 セイウスを叩きのめすと同時に、リクトが放出した凄まじい輝石の力はセイウスと対峙した大広間内にあった機械をすべて破壊すると同時に、セイウスの屋敷を半壊させてしまった。


 そのせいで、騒ぎはさらに大きくなってしまうことになった。


「我々の判断を待たずに、勝手な行動をしたリクトが大いに役に立ってくれましたが、私たち教皇庁は会議でセイウスへの対応を決めるだけで何もしなかったことに、きっと非難が集中するでしょう。それならば、今回の件で教皇庁は自浄作用を見せるべきだと思いますが?」


 そう告げて、エレナは教皇庁の判断を無視して勝手に行動したリクトに咎めるような厳しい視線を一度送った。


「……教皇庁の判断を無視した息子にお咎めなしだなんて、随分と甘い判断ね」


 淡々としながらも嫌味を込めた一言を呟くようにアリシアは口に出すが、エレナの表情はまったく変わらない。


「過程はどうであれ、リクトが事件を解決したのは事実。教皇庁の人間が今回の事件の解決に大きく役に立ったことは大きな意味があります」


「教皇庁の顔であるリクトが事件解決に一役買ったことで、教皇庁へのダメージを少なくするというわけね。あなたも中々上手く人を利用するのね」


「褒め言葉として受け取っておきましょう」


 嫌味を吐き捨てるアリシアだが、エレナは特に気にしている様子はなく受け流した。


「それよりも、プリムの具合はどうですか?」


「……昨日から意識不明だけど、そろそろ起きるらしいわ」


「そうですか、それは安心しました」


 セイウスに誘拐され、輝械人形を動かすための装置となっていたが、リクトの手によって救われた娘のことをエレナに持ち出され、嫌味を言っていた口を閉ざしたアリシアの纏っている空気がさらにピリついた。


「枢機卿セイウス・オルレリアルの処分について、不服がある方は挙手するとともに、教皇庁のためになる代替案を出してください」


 エレナの問いかけに、枢機卿たちは難しい顔を浮かべて再び意見を交わしはじめる。


「しかし、セイウスはあれでも一応、教皇庁にとって利益になる存在です」

「その通り、セイウスは権力者たちとの太いつながりを持っている。簡単には切り離せない」

「だが、今回の一件でセイウスは大きな騒動を引き起こした。奴とつながりがあった権力者たちは一斉に奴から離れることになる。そう考えれば、もう奴は用済みだ」

「それに、セイウスは大勢の人間の前でプリム様を誘拐したのだ。隠蔽するのは少々骨が折れるし、何よりも世間に教皇庁の誠意が伝わらないだろう」

「鳳グループの二の舞になることだけは避けなければならない」


 鳳グループのようにはならない――一人の枢機卿が言ったその言葉が、枢機卿たちの意思を統一させることにる。


 過去の事件で鳳グループの信用が失っている今、アカデミー都市内で教皇庁が台頭するため、教皇庁の信用を失ってはならないという考えが枢機卿たちは共通していた。


「私はエレナ様を支持します」

「セイウスの処分は妥当だ」


 ほとんどの枢機卿たちは不承不承に、一部は最初から迷いなく厳しい態度でエレナがセイウスに下した判断を支持することにした。


 枢機卿たちの意見がまとまったことに、エレナは満足そうに頷いた。


 ……やっぱり、母さんはすごい。


 少し強引だと思っていたが、それでも枢機卿たちの意見をまとめた母のことをリクトは尊敬の熱い眼差しで見つめていた。対照的に、アリシアは忌々しそうな目でエレナを睨んでいた。


 セイウスの処分が決まったことで、会議はもう終了だと思った枢機卿たちは室内の張り詰めていた空気が若干弛緩していたが――エレナの話はまだ終わっていなかった。


「……今回の騒動の大元は、先代教皇が掲げた利益優先の枢機卿選出方法が原因だと思います」


 淡々としながらも一歩も譲らないという強い意思が込められた言葉をぽつりと呟くようにエレナは発した。


 教皇の言葉が会議室内に響くと、弛緩していた場の空気が一気に、先程以上に張り詰めた。


「確かに、権力者たちとの密接な関係にいる枢機卿の方々のおかげで、教皇庁は巨大な組織になりました――しかし、セイウスのような傍若無人な枢機卿も増えてしまった。もちろん、中にはまともな方もいますが、ほとんどがセイウスのような自分の権力を自由に振っている枢機卿ばかりです」


 この場にいる枢機卿たちの一人一人の顔を見ながら、無表情ながらも僅かな不快感を露わにしているエレナはハッキリとした言葉で自分の考えを述べた。


 エレナの言葉に、ほとんどの枢機卿たちは苦い顔つきになり、一部の僅かな枢機卿はスッキリとした表情を浮かべていた。


「前々から思っていましたが、今回の事件を機に改めて痛感しました――先代教皇が掲げた利益優先の枢機卿選出方法は間違っており、破棄すべきものだと判断しています」


 先代枢機卿が掲げたものを全否定するエレナに、エレナ以外の人間は全員驚いていた。


「今回の事件で教皇庁は大きく変わる好機であり、先代教皇が遺した負の遺産を始末するいい機会です――アカデミーの新年度がはじまる前に、私は枢機卿を一新させるつもりです」


 思い切った教皇の決断に、教皇以外の全員が驚きのあまり呆気に取られてしまったが、すぐに我に返った枢機卿たちはエレナの決断に反論する。


「え、エレナ様! 気持ちは理解できますが、その判断は急ぎ過ぎではないでしょうか!」

「そ、そうだ! 我々は今まで教皇庁に尽くしたのに、それを蔑ろにするとは失礼な話だ!」

「大規模な改革を進めるのなら、もう少し時間を取らなければ大勢の人間が混乱してしまう」

「教皇庁に利益となる我々枢機卿を一新するとなると、教皇庁の力は一気に弱まってしまう!」

「ただでさえ、鳳グループの不祥事が続いてアカデミー都市内が不安定で、混乱しているというのに、これではさらに混乱してしまうことになってしまう」

「い、いくら教皇であるあなたでも、我々枢機卿たちの相談なくこんな判断をいきなり一人でするのは許されないことだ!」


 思いきりが良すぎてあまりに早すぎるエレナの決断に、待ったをかける枢機卿たち。


 ほとんどが自分の立場を脅かされると思って必死にエレナを止める枢機卿ばかりだったが、自分たちのことよりも混乱するアカデミーのことを考えている一部の枢機卿たちでさえもエレナの決断を制止させた。


 枢機卿たちの批判を受けても、無表情ながらもエレナの表情には強い意志が込められており、自分の考えを曲げるつもりはなかった。


「あなたたちは早すぎると反論していますが、今までの判断が遅すぎただけであって、私には早いとは思えません。それに、あなたたちに一言相談すれば、自分たちの立場を守るのに躍起になって強引に私の決断を黙殺しようとする……だからこそ、私は一人でこの決断をすると同時に、もう決めました」


 自分たちの行動を読み切っているエレナに、上手い反論が見当たらない枢機卿たち。


「教皇庁のトップであり、象徴でもある私が決めたことです……反論は許しません」


 エレナは枢機卿たちの意見を無視して、教皇庁のトップである教皇の権力を存分に利用して、いっさいの反論を封殺するが――エレナの思い切った決断と、無理矢理自分の意見を通そうとする彼女の姿勢に枢機卿たちは強い不満とともに不信感を抱いている様子だった。


「あなたたちのように、私も自分の権力を振りかざすことになってしまったのは申し訳ありません――ですが、こうでもしなければ教皇庁は永遠に変わることができません」


 強硬な態度を取る自分に対して不信感を募らせている枢機卿たちの心を見透かしたエレナは、立ち上がって一言謝罪して深々と頭を下げるが、自分の考えを曲げようとはしなかった。


 エレナが謝罪をして誠意を見せたことで、僅かに枢機卿たちが抱いている不信感が和らぐが、それでも彼女の強引過ぎる判断に不満を拭うことはできない様子だった。


 深々と下げていた頭を上げたエレナは、この場にいる一人一人の枢機卿たちに射抜くような鋭い視線を向ける――特に、アリシアに対しては煽るような目で鋭く睨んでいた。


「後ろめたい枢機卿の方々は覚悟しておくように――会議はこれで終了です」


 短いが、いっさいの容赦はしないといった決意が込められたエレナの一言に、今まで傍若無人に自分の権力を振りかざしていた多くの枢機卿たちの顔が青ざめる。


 エレナが会議を終わらせると同時に、アカデミーや自分たちの今後について慌てて話し合う枢機卿たち、会議が終わると同時に足早に去るアリシア。


 会議が終わっても尚、多くの枢機卿が集まって、多くは自分たちの保身のため、僅かにアカデミーの今後について焦燥に満ちた表情で激論を交わしている枢機卿たちを、いまだに教皇の決断に驚いているリクトは呆然とした様子で眺めていた。


 ま、まさか、セイウスさんの事件から、こんなことになるなんて……

 一気に教皇庁の改革を進めるなんて、さすがは母さんだ。

 これで、間違いなく教皇庁は変われるかもしれない。

 でも――


 予想外の事態に驚くとともに、思い切った決断をする母のことを改めて尊敬の念を抱くリクトだったが――僅かな違和感が胸に芽生える。


 しかし、教皇庁が変われるかもしれないことの喜びと期待で、芽生えた違和感を覆い隠してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る