第三章 利用する者される者

第18話

 夜――普段から人通りが少ない研究施設が立ち並ぶサウスエリアは、夜になるとさらに人気がなくなり、不気味なほどの静寂に満ちていた。


 そんなサウスエリアにある普段は使われていない寂れた研究施設の様子を風紀委員たちと進藤新は隠れながら眺めていた。


 セラと巴から発せられる張り詰めた緊張感に、進藤は胸が期待と不安でいっぱいになっていた。


「……静か過ぎるわね。これから大量のアンプリファイアが拡散されるとは思えないわ」


「それに、数時間待っても反応が何もありません――巴さん、監視カメラの映像は?」


「――特に変わっている様子はないわ」


 セラに促されて巴はタブレットPCで研究施設周辺の監視カメラの映像を確認していたが、特に変わっている様子はなかった。


「……ホントに今日大量のアンプリファイアが出回るのかな……どう思う、七瀬」


 不安を口にする進藤は幸太郎に救いを求めるように視線を移すと――幸太郎とサラサは呑気に揃って大きく口を開けて眠そうに欠伸をしていた。


 二人の緊張感のなさに、思わず脱力してしまう進藤、セラ、巴の三人。三人の視線に気づいたのか、サラサは慌てて口を閉じて無言で三人を睨むように見つめる。


「何だか眠くなってきた」


「少しは緊張感を持ちなさい。拡散を阻止することも重要だけど、それ以上に君や進藤君が活躍することも重要だということを忘れないように」


 呆れた様子で注意をする巴に、幸太郎は眠気を覚ますために一週間のことを思い返した。


 一週間前、進藤の得た情報でアンプリファイアの売人に接触した。


 客を装って訪れた進藤に、完全に油断しきっていた売人が、アンプリファイアを進藤に渡そうとした瞬間、セラたち風紀委員が現れて捕えられた。


 そして、セラと巴の肉体的にも精神的にも相手を追い詰めるいっさいの情けのない息の合ったサディスティックな連係プレーの事情聴取に音を上げた売人は、特区送りの免除を条件に、一週間後の夜、サウスエリアの外れにある使われていない研究施設から大量のアンプリファイアがアカデミー都市中にばら撒かれるという情報を漏らした。


 その情報を得て一週間後の今日、風紀委員と進藤新が大量のアンプリファイアが拡散されるハズの研究施設の様子を隠れながら窺っているが――動きはまったくなかった。


 特に動きがないまま数時間が経過して、幸太郎の腹から空腹を告げる重低音が響き渡り、セラたちをさらに脱力させる。


「……やっぱり、アンパンと牛乳だけじゃ足りなかったんですね、幸太郎君」


「お腹空いちゃった」


 照れ笑いを浮かべて空腹していることを認める幸太郎に、セラは嘆息する。


「何か軽食を作っておくべきでした」


「でも、張り込みの基本はアンパンと牛乳だから」


 妙なこだわりを持って、一人後悔している幸太郎をセラは呆れた様子で見つめていた。


「七瀬の気持ちは理解できるけど……そ、その、セラの料理も興味があるな」


「簡単にサンドウィッチを作るだけですけど――そうだ、今度休日にサンドウィッチを作っておきますので、ここにいるみんなで集まって食べませんか?」


「ま、マジか! マジであのセラの手料理が食えるのか!」


「そんなに期待されると少し重圧を感じますが、腕によりをかけて作ります」


 セラの手料理が食べることができるかもしれないことに狂喜する進藤に、セラは照れ笑いを浮かべる。呑気に仲睦ましく会話をしている二人に、巴は呆れていた。


「君たち! 今はそんなに呑気な会話をしている暇は――」


 何も起きない状況に気が緩んで緊張感をなくしてしまっているセラたちに喝を入れるべく、巴は厳しい口調で説教をはじめようとするが――タブレットPCに映し出された研究施設周辺の監視カメラの映像に、人影が見えて説教を中断した。


 巴の纏っている緊張感が一気に増して、異変を察知したセラと進藤とサラサは彼女が食い入るように見つめているタブレットPCに視線を移した。


「……巴さん、何か動きがあったんですか?」


「ええ……確かに今、人影が――」

「――あ、い、今映ったぞ! 一人じゃねぇ、何人もいる」


 監視カメラの映像に数人の人影が映り、進藤は声を上げる。


 進藤が声を上げた瞬間、木々のざわめきに混じって小さな人の足音が連続して響く。


「監視カメラには映ってはいないけど、私たちはいつの間にか大勢に囲まれたようね――」


 巴の言葉と、監視カメラの死角と暗闇に潜む気配に、セラはポケットからチェーンにつながれた輝石を取り出し、手の中にあるセラの輝石が淡く輝きはじめる。


「すみません、巴さん……注意を怠っていました」


「後悔するよりも今はこの場を切り抜けることが先決。君たちも準備をしなさい」


 輝石が埋め込まれたブローチを手にした巴の言葉に、進藤は輝石が埋め込まれたバングルに触れ、サラサはペンダントに埋め込まれた輝石に触れて、戦闘準備を万端にさせる。


 遅れて、ようやく非常事態であることに気づいた幸太郎も自身の唯一の武器であるショックガンをポケットから取り出して、自分が考えたカッコイイ構え方を披露するが――誰も見ていなかった。


 警戒心と緊張感が高まるにつれて、セラたちの手の中にある輝石の光が徐々に強くなり、所有者を守るために輝石が武輝へと変化しようとした瞬間――


 突然、セラたちを強烈なスポットライトの光が照らす。


 突然の事態に驚き、強烈な光に視界を奪われながらも、セラは輝石を武輝である剣に変化させ、明らかな敵意を持って自分たちに近づく気配に向かって飛びかかり、迷いなく剣を振り下ろす――


 甲高い悲鳴のような鋭い金属音が周囲に響き渡る。


「……気が済みましたか?」


 事務的で冷たい声が耳に届くと同時に回復したセラの視界に入ったのは、武輝である二本の剣でセラの一撃を涼しげな無表情で受け止めた白葉ノエルの姿だった。


 ノエルの姿を確認すると同時に、セラは自分たちを取り囲んでいる気配が、全員胸に輝石を模した六角形のバッジをつけた制輝軍であることに気がついた。


 セラは武輝を輝石に戻すと同時に、ノエルも武輝である双剣を輝石に戻した。ノエルの輝石はアクセサリー等の加工がされていなかった。


「……ノエルさん、どうしてここに」


「私たちもあなたたちと同様、情報に踊らされたというわけです」


「それは一体――」


「いやー、もう最悪だよ、最悪。だーれもいないんだから。アタシたちもセラちゃんたちも嘘に振り回されちゃったね」


 ノエルの言葉の意味がわからないセラの疑問を、心底ガッカリしたように肩を落としながら近づく銀城美咲が億劫そうに答えた。


「美咲、詳しい説明をお願い」


「久しぶりー、巴」


 話しかけてくる巴に向けて小走りで近づいて、勢いのままに彼女に抱きついて、彼女の豊満な胸に顔を埋めて、左右に頭を振る美咲。


「満足したなら……んっ、せ、説明をお願い、美咲」


 美咲から送られてくる微弱な刺激に、ため息に似た扇情的な声を出しながらも巴は質問すると、下心満載な笑みを浮かべた美咲は今の状況を説明する。


「さっきも言ったでしょ、今日ここでアンプリファイアがばら撒かれるって情報は、ぜーんぶ、嘘。研究施設を探ってみたら、ちゃーんとセキュリティも機能してるし、中に無理矢理入ろうとすると警報がビービー鳴っちゃうよ? もしかして、確認しなかった?」


「そ、それは……確かに、情報を信じすぎて確認を怠っていたわ」


「巴ちゃんらしくないなぁ、そんなにその情報が信用できる筋からだったのかな? ちゃーんと裏付けしなくちゃ」


 美咲の説明に驚く巴とセラだが、それ以上に驚いているのは、アンプリファイアがばら撒かれるという確実な情報を売人から得て、それをセラたちに提供した進藤だった。


「そ、それじゃあ、俺が得た情報って……」


「先日から売人の合間に流れている根も葉もない噂――それだけのことです」


「そ、そんな……それじゃあ、俺は……」


「無駄な努力でしたね」


 冷たく吐き捨てたノエルの言葉は刃となり、進藤に胸に深々と刺さった。


「今までアンプリファイアについての情報は少なかったというのに、ここに来て急に情報が浮上した――よく考えればおかしなことです」


「それに踊らされたあなたたちもどうかと思いますが?」


「……そうですね。ですが、制輝軍として真偽を確かめないわけにはいかないので」


「もっともらしい言い訳ですね」


 感情が込められていないうつろな目で進藤を見つめながら、淡々とした口調で新藤の胸を深々と抉らせる言葉の刃を吐き続けるノエルをセラの皮肉が遮った。


「問題はないと思いますが、情報の仕入れ先が気になるので、明日、風紀委員の代表者には制輝軍の本部で詳しい事情聴取を受けてもらいます――それでは、失礼します」


 事務的な声でノエルはそう言い残し、大勢の制輝軍と美咲を連れて立ち去った。


 残されたセラたちの間に、進藤を中心として気まずい空気が流れる。


「し、進藤く――」

「悪い……」


 フォローをするために話しかけようとするセラを進藤は拒絶して、項進藤は足早にセラたち風紀委員の前から立ち去ろうとする。


 自己嫌悪に押し潰されている進藤の背中をセラたちは黙って見送ることしかできなかった。



―――――――――――




 見ていて思わず、笑いが出てしまった。


 奴らが簡単に騙されたからだ。


 今日はすこぶる気分が良い。

 何もかもが奴の――自分の思い通りになっている。

 このままなら、必ず復讐を遂げることができる。


 浮ついている気分でいると、奴が目の前に現れた。


 相変わらずの怪しい服装だが、そんなことはもうどうでもよかった。


 奴に計画が順調であることを告げると、奴も満足そうに頷いた。


 そして、いよいよ計画が始動する。

 お互いの復讐のための計画がいよいよ動き出す。


 奴に渡された『保険』を手にして、改めて覚悟を決める。


 もう、迷いはない。

 もう、戻れない。

 もう、戻る気はない。


 奴はその覚悟を感じ取ってくれたようだった。


 すべては明日――すべてがはじまり、すべてが終わる。


 そして、すべての決着をつける!

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