第17話

 どいつもこいつもふざけやがって!


 心の中で悪態をついていると、タイミングよく再び奴が現れた。

 相変わらず白い服を着てフードを目深に被っているという不審な出で立ちで。


 奴は加工された声で尋ねてきた――覚悟を。


 奴の準備はすべて整っているとのことだった。


 その話を聞いて、思わず笑ってしまった。

 奴は最初から気づいていたからだ。


 こちらの決心が鈍らないということに。

 復讐の炎は絶対に消えないことに。

 復讐の炎が燃え上がることに。


 日が経つにつれて、復讐心は消えるどころか増長していた。


 奴に恥をかかされ、奴のペースに乗せられてしまう度に、復讐の炎は燃え上がった。


 前よりも復讐の炎が滾っていることに気づいたのか、目深に被ったフードから垣間見える口元が微かに吊り上がっていた。


 もう遠慮する気はない……

 すべて奴の掌で踊らされていようが、自分が捨て駒だろうが、もう関係ない――

 胸の中で燃え上がる復讐心に従って行動するだけだ。


 協力する旨を伝えると、奴はさっそく計画について話してくれた。


 計画は確かに面白くて完璧だと思った。


 奴に従えば、上手いこと貶めることができる――だが――


 それだけじゃあ面白くない!

 すべてを奪い、恥をかかせた相手に対してそれだけじゃ面白くない!


 そう思って奴に自分が思う復讐の方法を伝えると、さっそく採用になった。


 自分と同じ――いや、それ以上の復讐心を抱いている奴は、完璧すぎる計画よりも、相手に対して精神的に苦痛を与えて復讐するのが一番だと言った。


 暗く淀んだ復讐心を抱く奴と思わずシンパシーを抱きそうになってしまった。


 計画の流れを確認し終えると、奴にある『』を用意してくれと頼んだ。


 奴は快諾して、すぐに『保険』を用意すると言って今日は別れた。


 寮に戻ると――部屋の中に見慣れぬ黒い小包があった。


 不審に思って恐る恐る小包を開封すると、奴に頼んだ『保険』が中に入っていた。


 妖しくもあり、妙に人を惹きつけるを宿す『保険』を手にすると、強大な力を手にしたようで思わず気分良く笑ってしまった。


 これで、ようやく復讐ができると思うと、笑いが止まらなくなってしまった。




―――――――――――




「最近凝っているお菓子があると前に聞きましたが、どんなお菓子なんでしょうか」


「安いけど、すごく美味しい」


「幸太郎君がそこまで評価するなら美味しそうですね」


「鳳さんの手料理よりも美味しい」


「それは比較にならない気がしますが……」


「それなら……セラさんの手料理と同じくらい?」


「……それはそれで複雑ですが」


 朝、ティアの地獄の訓練がなかった幸太郎は、セラとともにたわいのない話をしながら高等部校舎へと向かっていた。


 高等部の敷地内に入ると、セラのファンたちの憎悪や殺意、嫉妬などのどす黒い感情が幸太郎に集まってくる。しかし、普段は敏感にセラのファンたちの視線に気づく幸太郎だが、今はセラとの会話に集中して盛り上がっているので気づいていなかった。


 楽しそうに会話しているセラを見て、そんなセラの邪魔をしてはならないと思ったファンたちは、全員揃ってため息をついてセラの邪魔はしなかった。


 談笑しながらセラと幸太郎は教室の扉を開ける。


 普段と変わらぬ教室内だが、一つだけ変わっているところがあった。


 ――それは、進藤の周囲を多くのクラスメイトたちが囲って、楽しそうに談笑していたところだった。


 普段、進藤の周囲には人がおらず、幸太郎と同じで孤独なアカデミー生活を送っていたが、今の彼の周囲には多くのクラスメイトがいて楽しそうに話していた。


 多くのクラスメイトに囲まれて楽しそうに話している進藤の姿を見て、セラは喜びと安堵に満ちた微笑みを浮かべていた。


 楽しそうに会話をしている進藤だったが、セラと幸太郎が教室に入ってきたことに気づくと周囲のクラスメイトに平謝りをして、クラスメイトの輪から離れて二人に小走りで近づいて、


「おはよう、セラ、七瀬」と挨拶をした。


 聞いているだけで気分が良くなりそうなくらい清々しく、元気良く挨拶をしてくる進藤に、セラと幸太郎は挨拶を返した。


「わざわざ挨拶をしてくれるのは嬉しいのですが、いいんですか? せっかく楽しそうにみんなと話していたのに」


「いいんだって。昨日の話をずっと繰り返してるだけだから」


 照れたような笑みを浮かべる進藤に、セラは優しく微笑んだ。


「巴さんの言う通りになりましたね」


「確かに……昨日と今日でこんなに状況が一変するなんてな」


 昨日巴が言った、『周囲の反応ですぐに理解できる』という言葉を、今日改めて進藤とセラは実感していた。


「ただ、勢いに身を任せただけで大したことは何もしてねぇんだけどな」


 照れたように苦笑を浮かべる進藤に、セラは微笑みを浮かべて「進藤君がそう思っているだけですよ」と言った。


「みんな何も言いませんが、実力だけが尊重される今のアカデミーの状況にみんな辟易してるんです。だから、進藤君の昨日の行動は今のアカデミーに疲れ切っている人たちの心に響いたんです……みんな、進藤君に強さをもらったんですよ」


「や、やめてくれってセラ。真顔でそんなこと言われると恥ずかしいって」


「謙遜しなくても事実ですから胸を張ってください、進藤君」


 憧れと淡い想いを抱いている相手にそんなことを言われて、進藤は舞い上がるような気持ち以上の、胸を焦がす熱い気持ちがわき上がり、セラの顔をまともに見ることができずに「お、おう……」と、上擦った声でセラの言葉に反応した。


 気恥ずかしさで俯く進藤の顔を、セラは覗き見て「大丈夫ですか?」と声をかけると、進藤は慌てたように顔を上げて「だ、大丈夫」と、舌を噛みそうな勢いで返事をした。


「そ、そんなことよりも、聞いてもらいたいことがあるんだ!」


 高鳴る胸の鼓動を抑えて、進藤は話題を替える。


「その……実は、アンプリファイアのことなんだけど」


 アンプリファイアの名前を呟くような声で新藤が出した瞬間、纏っていた温厚で柔らかなセラの雰囲気が消え、セラの表情が真剣なものになる。


 進藤は小声で場所を変えようと言って、セラたちは朝の騒がしい教室内の隅に向かった。


「……何か掴んだのでしょうか」


「昨日、情報を集めてイーストエリアの裏通りに行ったんだけど、その時、アンプリファイアの売人から声をかけられたんだ――昨日の騒動の一件を知ってるようで、俺にアンプリファイアを使えばもっと注目を浴びることができるって言われたよ」


「昨日の騒動はアカデミー中に瞬く間に広まりましたから、進藤君の状況についての情報も出回ってしまったんでしょう――卑劣ですね」


 人の心の隙を付け込もうとしているアンプリファイアの売人に対して、静かに怒っているセラに、進藤も同じ気持ちのようだった。


「真剣に考えさせてくれってその場は凌いだけど、詳しいことを聞いて興味のある演技をしたから、色々と情報はもらったぞ」


 いたずらっぽくニヤリと笑みを浮かべる進藤に、セラは心の底から彼を心強いと思っている視線を向け、幸太郎は「おー」と感嘆の声を上げて拍手を送った。


「売人が言うには、やっぱり近いうちに大量のアンプリファイアが拡散されて、アンプリファイアの売人たちに流れるんだってさ」


「その他に何か情報はありますか?」


「悪い、もっと情報持ってそうだったけど、それ以上は怪しまれると思って聞けなかった」


「アンプリファイアが拡散されることが確実に行われるということがわかっただけでも一歩前進です。ありがとうございます、進藤君」


 深々と頭を下げて感謝をするセラだが、進藤の身に危険が及ぶので仕方がないとはいえ、有力な情報を得られなかったことに少しだけ落胆している様子だった。


 そんなセラに進藤は得意気な笑みを浮かべた。


「けど、昨日の売人はいつでも接触できるようにって、そいつがよくアンプリファイアを売ろうとしている場所を教えてくれた。後でメモ書いて渡すよ」


「進藤君は本当に頼りになります……ありがとうございます」


 重苦しい雰囲気を一変させて笑みを浮かべて、自分をジッと見つめて心からの感謝を述べるセラに、思わず進藤は見惚れてしまい、気恥ずかしそうにセラから視線を離した。


「さっそく、今日の放課後に売人を探します」


「俺も同行するよ。名前は知らねぇけど、顔はばっちり覚えてるからな」


「そうしてくれると心強いです。お願いします」


 セラの言葉に力強く進藤は頷き、話が一段落するが、すぐに進藤は「あ、わ、忘れてた」と、わざとらしくも、緊張で震えている声を上げて、ポケットから携帯を出した。


「き、昨日連絡しようと思ったんだけど、セラたちの連絡先知らなかったから……」


「そうですね、これから先連絡手段がなければ不便ですよね」


 連絡手段がなければ不便という理由もあるが、不純な動機もあるが故に中々セラの連絡先を教えてくれとハッキリと言えない進藤だったが、そんな彼の気持ちなど露も知らない純粋で無防備なセラは携帯を取り出して、さっそく進藤と連絡先を交換する。


「何かあればいつでも連絡してくださいね」


「あ、ああ、そうするよ」


 純粋に自分を信じてくれているセラの笑みを見て、チクリと進藤の良心が痛んだ。


「あ、そうだ。七瀬、お前の連絡先も教えてくれ。前から聞こう聞こうと思ったんだけど、忘れててって――……どうした、幸太郎」


 セラのことばかり集中していて、幸太郎の連絡先を聞くことを忘れていた進藤は、幸太郎に視線を向けると、幸太郎はある一点を見つめたままボーっとしていて、「……あ、うん」と、一拍子遅れて反応して携帯を取り出し、連絡先を交換した。


 進藤と幸太郎はお互いに連絡先を交換すると同時に、始業の鐘が鳴る。


 短く別れを告げて幸太郎たち三人は自分の席に座り、担任の到着を待った。


 幸太郎は担任の到着を待ちながら、ボーっと先程と同じある一点を見つめていた。


 幸太郎の視線の先には空席である貴原の席があった。


 担任が教室に到着しても、貴原は教室に入ってこなかった。


 出欠を取る時、休みという連絡がないので、遅刻だろうと担任は思っていたが――結局、貴原は学校に来なかった。

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