第16話

 放課後の風紀委員本部には幸太郎たち風紀委員の他に、進藤新がいた。


 ソファに座っている幸太郎の隣には、向かい合うようにソファに座っている巴とセラの責めるような厳しい視線を受けて気圧されている進藤がいた。


 二人に気圧されながらも、進藤は二人に昼休みの騒動の話をしていた。


 説明しながら、進藤はどうして自分がここにいるのかを思い返していた。


 放課後、進藤は高嶺の花の存在であるセラに話しかけられて浮かれていたが――幸太郎とともにセラに風紀委員本部まで案内され、部屋の扉を開けた瞬間、射抜くような巴の視線と、迫力のある鋭いサラサの視線が出迎えて、浮かれた気分が一気に吹き飛んだ。


 あっという間に拡散して、根も葉もない噂が飛び交っている昼休みの一件についての詳しい説明をセラと巴から求められて、今に至る。


 セラと巴から発せられる緊張感と重圧感に苦しみながらも、適当な説明をして雰囲気をさらに悪くさせようとしている幸太郎に代わって、進藤は昼休みの騒動の説明をした。


 できるだけ丁寧に進藤は説明をして、ようやく説明が終わる。


 終わっても安心できない進藤は恐る恐るセラと巴の様子を確認すると――自分の説明に巴とセラは納得していたが、まだ呆れて静かに怒っていた。


「――それが、昼の騒動の顛末ということね」


 肩の力を抜くようなため息交じりの巴の言葉に、進藤の緊張が若干薄れる。


「とにかく、二人とも怪我をしなくて何よりです」


 巴に続いて呆れながらも雰囲気を柔らかくしたセラに、ようやく進藤は安堵した。


「しかし、貴原康――彼の処遇について真剣に考えなければ、いずれアカデミーにかなりの悪影響を及ぼすことになるでしょうね」


 貴原に対して静かに怒りを抱いて、冷たく威圧するような空気を身に纏う静かな迫力がある巴に、思わず進藤は息を呑んだ。


 静かに怒っている巴から発する空気に室内の緊張感が張り詰めるが、空気を読むことも、読む気もない幸太郎は思い立ったように「そうだ」と、声を上げた。


「セラさんなら貴原君のことどうにかできるかも」


「私がですか? 私ができることなら何でもしますが――何度言っても貴原君は反省してくれないんです」


「貴原君、セラさんのこと好きだから大丈夫」


 突拍子のない幸太郎の言葉に、セラは慌てはじめる。


「す、好きって、貴原君が私のことを?」


「僕はそう思ってるけど――進藤君もそう思わない?」


「え、そこで俺に振る? ……ま、まあ、確かに口を開けばセラのことばかりだから、確かに特別な感情は抱いてると思うけど」


「で、ですが、私は特に貴原君に対しては何も……」


 本人が知らぬ間に振られてしまい、進藤は貴原に対して若干の憐れみの念を抱き、この話題を持ち出した天然サディストフラグクラッシャーの幸太郎に対して恐ろしさも覚えた。


「セラさんってどんな人がタイプ?」


 平然と、何気なく、ふいに頭に浮かんだ疑問を口にする幸太郎に、室内の空気が別の意味で緊張感が増す。


 変に増した緊張感の中、相変わらずサラサは無表情で、セラは慌てふためいて答えに窮し、進藤は期待に満ち溢れた様子でセラの言葉を一字一句聞き洩らさないように集中し、巴は学習意欲に満ち溢れている様子でセラの答えを待っていた。


「あ、え、えっと……その――あ、あまり考えたことがありません」


「淡く、むなしく、哀しく、青い初恋は?」


「わ、私はその……修行ばかり考えて色恋にかまけている暇はなかったので、その……」


「そうだよね――御柴さんはどうですか?」


 修行に明け暮れていたセラの過去を知っている幸太郎はこれ以上深く聞くことなく、標的をセラから巴に変えた。


 話を振られることを予想もしていなかった巴は、お淑やかで気品溢れる顔を崩して、普段の整然とした雰囲気からは信じられないくらい素っ頓狂な声を上げて慌てた。


 慌てている巴を逃さないように、幸太郎はジッと彼女を見つめたままは目を離さない。


 一瞬、沈黙が流れるが、すぐに巴は「オホン!」とわざとらしく咳払いをする。


「――と、とにかく! 今回の一件で、多少なりとも七瀬君が注目を集めることができて私たち風紀委員にとってはよかったと思ってるわ!」


 強引に話を昼休みの騒動の話に巴は変える。さすがに強引過ぎたので、幸太郎は再び巴に同じ質問をしようとするが、「でも!」とすぐさま巴は幸太郎の質問を遮った。


「ただ注目を集めるだけでは意味がない。今回目立ったのは進藤君であり、君は進藤君に救われた人物で、改めて君は周囲に実力不足であることを証明しただけであって、風紀委員にとって何の恩恵がなかったことを、頭に入れておきなさい」


 いっさいの反論を認めない威圧感を放つ巴に圧倒され、何も反論することができない幸太郎は頷くことしかできなかった。


「七瀬君、他に何か質問は?」


 ニッコリとしながらも有無を言わさぬ凄味のある笑みを浮かべる巴に、幸太郎は背筋に冷たいものが走って本能的に危険を感じたので、何も聞くことができなかった。


 質問がない幸太郎に巴は「それは何より」と、相変わらず威圧感を放っているが、心から安堵したようなため息を漏らした。


 動転していた気を落ち着かせて平静を取り戻した巴は、進藤に視線を向ける。


「突然だけど、進藤君、君は風紀委員に入ってみる気はある?」


 本当に突然過ぎる巴の誘いに思考回路が停止して頭の中が真っ白になる進藤。


 すぐに思考回路を再起動させて、巴の言葉の意味を理解した進藤はブンブンと音が出る勢いで首を横に振った。


「お、俺なんかが風紀委員に入るなんて、分不相応過ぎますって! セラみたいな強さもないし、七瀬みたいな勇気もない、ただの臆病者ですよ? 冗談はやめてくださいって!」


 自分で自分を卑下しているがすべて事実なので、改めて自分の情けなさを痛感して、進藤は思わず自嘲を浮かべてしまう。


 冗談を言っていると思って進藤は恐る恐る巴の顔を見ると、彼女は真剣な表情で冗談を言っているようには思えなかった。


「今回の騒動で勇気を見せた君は間違いなく多くの生徒に影響を与えた――その勇気、今のアカデミーにとって必要なものなの」


「お、大袈裟ですって!」


「大袈裟かどうかは周囲の反応ですぐに理解することになる」


 自分に自信がない進藤に向けて、巴は優しい笑みを浮かべた。


「進藤君――君の勇気で今のアカデミーを変える気はある?」

「私や巴さんは、進藤君の中にある確かな強さを感じています。だから、自分を臆病者だと言って卑下しないでください」


「進藤君、風紀委員に入るの? 大歓迎」


 再び自分を風紀委員に誘ってくれる巴と、自分の中にある決定的な強さを感じている憧れの人物であるセラ、そして純粋に自分が風紀委員に入ることを喜んでいる幸太郎に、進藤は照れたように、そして巴の熱意に諦めたような笑みを浮かべて、風紀委員に入ることを満更ではないと思いはじめていたが――


「あの御柴さんに誘われるのは嬉しいけど――やっぱり、遠慮します」


 ハッキリと風紀委員に入らないと言った進藤に固い意志を感じた巴は残念そうに「……わかったわ」と呟いてこれ以上誘うことはしなかった。


「正直言うと、今日貴原に立ち向かったのは勇気とかなんかじゃなくて、ただ身体が勝手に動いて、勢いのままに行動した結果なんです。同じ状況で今日みたいなことができるかって考えたら、正直――つーか、絶対に無理です」


 自嘲気味な苦笑を浮かべて、進藤は真実を話した。


「今の俺はきっとセラたちはもちろん、七瀬の足手まといになります」


「今の自分ならば――ということね」


 優しい微笑みを浮かべる巴の美しさに目を奪われながらも、彼女が完全に自分を風紀委員に入れることを諦めていないことを悟って進藤は苦笑を浮かべた。


「今はまだ風紀委員には入れないけど、俺にできる限りの協力はします。前にも言ったけど、情報収集は得意なんです。風紀委員、アンプリファイアの件を追っているんでしょう?」


「そこまで調べているとは、驚きね」


「風紀委員がアンプリファイアのことを調べ回ってるって話がネットで出回ってますから、これくらい当然ですよ」


 風紀委員の目的を知っている進藤に驚きながらも、巴は頼もしさを感じていた。


「最近学生連合が一斉検挙されたんだから、今の状況でアンプリファイアがさらに拡散されたら、アイツラ制輝軍への復讐のためにアンプリファイアを使うに決まってる。大きな騒動になる前に、俺も情報を集めてみます」


 改めて風紀委員に協力することに決めた進藤は、足早に風紀委員本部から立ち去った。


「……彼に負けてられないわね。巡回に向かうわよ」


 巴の言葉にセラたちは力強く頷いて、進藤の後を追うように本部を出た。

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