第19話

「はぁー……七瀬もサラサも昨日は本当に悪かった」


 外からカラスの声がむなしく響き渡り、茜色に染まる放課後の風紀委員本部内で、今日何度目かもわからない進藤のため息交じりの謝罪が響き渡った。


 向かい合うようにしてソファに座っている進藤の謝罪を今日何度も聞いている幸太郎は欠伸をしながら「気にしてないから」と今日何度目かもわからないフォローをして、幸太郎の隣にチョコンと座っているサラサは無言のまま進藤を鋭い目で睨むように見つめているが、彼女も気にしていない様子だった。


 気にしていない二人だが、進藤の気は晴れなかった。


「俺のせいで、みんなに迷惑かけただけじゃなくて風紀委員の評判を下げちまった……」


 風紀委員が偽の情報に踊らされた翌日――


 昨日の一件について、すぐに学内電子掲示板に根も葉もない噂が拡散した。


 セラ個人についての誹謗中傷はなかったが、それでも風紀委員についての誹謗中傷は多く、セラの顔に泥を塗った風紀委員は潰れればいい、セラには相応しくない等の厳しい書き込みがあった。


 偽の情報を掴まされた進藤についての話はなかったため、先日の貴原との一件で上がっていた自分の評価は下がらなかったのが、さらに進藤の罪悪感を刺激していた。


「俺のせいでセラも御柴さんも、制輝軍本部で事情聴取――……クソッ……」


 制輝軍本部で事情聴取を受けているセラと巴の二人を心配している進藤。


 午前中の授業が終わってすぐに数人の制輝軍が幸太郎たちのクラスに入って、セラを連行した。もう放課後だというのにまだセラたちは帰ってこなかった。


 自己嫌悪に苛まれて陰鬱な雰囲気を纏う進藤に、本部内の雰囲気も悪くなっていた。


「進藤君ってモテないよね」


「う、うるせぇ!」


 陰鬱としている進藤に辟易した様子の幸太郎は素直な感想を漏らした。


 突拍子のない一言で意表と図星を突かれて進藤は声を荒げる。


「否定はしねぇけど何でそんな断定的なんだよ!」


「前の彼氏のことを気にするタイプ?」


 再びグサリと胸を抉る幸太郎のストレートな一言に、進藤はノックダウンする。


「進藤君は気にし過ぎ――ね、サラサちゃん」


 急に話を振られて、目つきがさらに鋭くなったサラサは一拍子遅れて無言で頷いた。


「今の進藤君、すごくメンドクサイ。だからモテないんだよね」


「よ、余計なお世話だっての!」


 一々癇に障る幸太郎の言葉に机を殴りつけて声を荒げる進藤だが、幸太郎のペースに呑まれて陰鬱としている空気が気づかぬうちに晴れていることに気づいた。


 大声を上げて若干スッキリした進藤は、深々とため息をついてソファに深く腰掛けて気分を落ち着かせる。


「……調子乗って焦ってたみたいだ」


「だからモテないんだ」


「そ、それは今関係ないっての! ……この間のことだよ、この間の」


 この間の――貴原との一件が頭に過った進藤は自嘲気味に笑う。


「貴原と揉めてから、俺を見る周りの目が一気に変わったんだ……今までゴミみたいに扱われてたのに、今じゃアカデミーの悪しき思想の権化である貴原に喧嘩を売ったヒーロー扱いだ――正直、すげぇ嬉しかったし、人のせいにして情けないけど、みんなの期待が怖くて、期待を裏切っちまうことを考えて不安だったんだ」


 憂鬱そうに深々とため息を漏らす進藤の表情には力がなく、とても弱々しかった。


「自分の今の状況を変えたい野心と、みんなの期待を裏切らないための自己保身が混ざって、一人で勝手な真似をして結局は騙されちまった――……調子に乗ってるし、人のせいにもするし……最低だよ、俺」


「モテないわけだね」


「だ、だからそれは今関係ねぇだろ!」


 再び自己嫌悪に陥って陰鬱な雰囲気を放つ進藤だが、ため息交じりの幸太郎のストレートな感想に進藤は陰鬱な気分を吹き飛ばして怒声を張り上げた。


 怒声を張り上げた進藤は再び妙にスッキリとした気分になり、同時にいつまでもウジウジと自己嫌悪に陥っている自分がバカバカしくなってきた。


「……七瀬、何か食い物あるか? お菓子でも何でもいいから」


「それなら、のがあるよ」


「お、それってもしかして――」


 開き直ったような進藤の言葉に、待っていましたと言わんばかりに幸太郎は小走りでお菓子が詰め込まれている戸棚を開ける。


 ノースエリアのスーパーにまだ売れ残っているという情報を進藤からもらって、ようやく得た『とっておきのお菓子』を、期待と喜びに満ち溢れた表情の幸太郎は探す。


「進藤君の情報のおかげで、『本格チーズケーキの憂鬱』が売ってるのをやっと見つけたから、本当はセラさんたちが戻ってきてからと思ってたんだけど、もういいよね」


「それじゃあ、さっそくそいつを頼む」


「さあ、安価の割りには赤字覚悟の高価な材料をこれでもかというくらいふんだんに使った発案者のどこか間違ったこだわりを感じさせ、チーズの濃厚さと滑らかさが交わって凝縮しながらも、官能的なくらいしっとりして母の胸のようにふっくらとした生地の『本格チーズケーキの憂鬱』をご堪能――あれ?」


 棚を開けて、『本格チーズケーキの憂鬱』の袋を取り出そうとした瞬間――何か違和感を覚えた幸太郎は素っ頓狂な声を上げる。


 チーズケーキが数個入っただけの軽い袋が、重りでも入っているかのようにずっしりと重く、中身もゴツゴツしていた。


 何だろうと思いつつ、幸太郎は棚の中にある重くなった『本格チーズケーキの憂鬱』の袋を取り出そうとするが、予想以上の重さで袋を床に落としてしまう――


 床に落とした瞬間、鈍い音ともに床にたくさんのチーズケーキ――ではなく、緑白色に淡く発光する石がばら撒かれた。


 ばら撒かれた石はすべて、輝石使いの力を増幅させる不思議な力を持つ石――アンプリファイアだった。


 戸棚からアンプリファイアが出てきたことに、進藤はもちろん、普段から鋭い目つきをして不機嫌そうな顔をしているサラサも驚いていた。


「……原材料変えた?」


 そんな中、幸太郎の呑気な声が風紀委員本部内に響き渡った。


 そして、十分もかからないうちに高等部校舎を制輝軍が囲んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る