第20話

 輝動隊本部を改修した制輝軍本部にある、窓一つない取調室にセラは一人座っていた。


 昼から行われた事情聴取は無駄な質問ばかりでセラはうんざりしていた。


 ついさっき事情聴取は終わったが、自分の事情聴取を担当した制輝軍は誰かから連絡が来て慌ただしく取調室を出て行って、一人セラは室内に取り残された。


 もう三十分も経って音沙汰がないことに、苛立ちを覚えはじめるセラ。


 これ以上待たされるなら、抜け出してしまおうかと無茶な考えが浮かぶ頃――ようやく重厚な取調室の扉が開いて、「すみません、お待たせしました」と、申し訳ないと微塵も思っていない声とともに、白葉ノエルが現れてセラと向かい合うようにして椅子に座った。


「……事情聴取は終わりでしょうか」


「お疲れ様でした」


「無駄な時間でした」


「……事情聴取に不慣れな方が担当でしたので、失礼しました」


「上の人の人選ミスですので、気にしていません」


 嫌味を嫌味で返すセラとノエルの間に、静かに火花が散っていた。


、事情聴取は終了しました」


 含みを持った言い方をするノエルを怪訝に思うセラ。


「すぐに彼共々、あなたたちからも再度事情聴取を受けることになります」


「……それは一体どういう意味でしょう」


「七瀬幸太郎が大量のアンプリファイアを持っているという匿名の通報がありました」


 淡々と言い放ったノエルの報告。


 無表情で声にも感情が宿っていないが、どこかノエルは気分が良さそうだった。


 幸太郎がアンプリファイアを持っているというノエルの報告にセラは――


「ありえません」


 セラは衝撃を受けることなく、不遜な薄ら笑みを浮かべて真っ向から否定した。


 思っていた反応と違うセラを見て、ノエルは無表情だが戸惑っているようだった。


「……随分、彼のことを信頼しているようですね」


「信じるも何も、彼がアンプリファイアに手を出すのはありえないからです」


「意味がわかりません」


 疑うことなく幸太郎を信頼しているセラを、ノエルは理解できないように、そして、嘲笑っているように見つめていた。


「力を欲するあまり、アンプリファイアを利用して力を得た愚かで自業自得な輝石使いをあなたはこの一年間で何度も目の当たりにしてきた……それを忘れたのですか?」


「それでも……幸太郎君はアンプリファイアには手を出さない」


 ――そう、ありえないんだ。

 幸太郎君はあの時――アンプリファイアを使わないと決めていた。

 ……だから、幸太郎君がアンプリファイアを利用するのはありえない。


 どんなことをノエルに言われようが、セラは動揺することも、迷いもなかった。


 ヴィクターと会話をした時の幸太郎の返答、そして、幸太郎が一年前と何一つ変わらないものを持ち続けていることを、セラは目の当たりにしているから確信していた――幸太郎がアンプリファイアに手を出すはずがないということを。


 いっさいの動揺も迷いもなく自信満々な笑みを浮かべ続けている自分を見て、ノエルは無表情だったが不快に思っているようにセラには感じた。


「ノエルさん、あなたが何を言おうがどんな判断を下そうが、関係ありません――私は幸太郎君の味方であり続け、どんな状況になっても彼を守り抜きます」


 真っ直ぐとノエルを見つめるセラの目には、決してぶれない固い意思と静かな迫力が宿っており、それを感じ取ったノエルは一瞬気圧されてしまった。


「……それは、これから七瀬さんを捕えようと動く制輝軍への宣戦布告でしょうか」


「どう思ってくれても結構です」


「でしたら、あなた方風紀委員の行動を監視及び制限します――まず、携帯も預からせていただきます。もしも、あなた方が不審な行動、そして、何らかの連絡手段を用いてあなた方や、あなた方の協力者に連絡をした場合、あなた方共々協力者も拘束します」


「どうぞ、ご勝手に」


 静かに威圧するノエルを軽く流し、セラはノエルに携帯を渡して椅子から立ち上がり、窓一つない狭苦しく薄暗い取調室から出ようとする。


 セラの頭の中にはもうノエルへの対抗心も、無駄な事情聴取への苛立ちも存在していなかった――今、頭の中にあるのは幸太郎のことだけだった。


「私は幸太郎君の無実を証明しなければならないので、失礼します」


 制輝軍に――ノエル個人に宣戦布告するようにセラはそう告げると、ノエルは感情を宿していないうつろな目を鋭くして、セラを睨みつけるように見つめてくる。


「邪魔をするつもりですか?」


「あなたたちの邪魔はしません……私はただ、幸太郎君のために行動するだけです」


「その過程で私たちとぶつかり合うことになったとしても?」


「……あなたたち制輝軍が私の邪魔をするつもりなら」


 互いに睨み合い、牽制し合っているセラとノエル。


 無言のまま睨み合っているが、すぐにセラはノエルが目を離して部屋を後にする。


「邪魔するのならば容赦はしません」


 部屋を出るセラの背中に向けて、ノエルは呟くようだが威圧するような声でそう告げた。


「こっちの台詞です」


 ノエルの言葉に振り返ることなくセラはそう告げた。


 お互いの宣戦布告が終わり、取調室を出て足早にセラは本部入口へと向かうと、セラの到着を待っていた巴が慌てた様子で近づいてきた。


「その様子だと、巴さんも聞きましたか?」


「ええ……けど、君は随分と落ち着いているのね」


「幸太郎君は無実ですから」


 平静を装っている自分とは対照的に、冷静なセラを巴は意外そうに見つめていた。


「巴さん、まずは幸太郎君の身の安全を確保しないと……」


「放課後なので風紀委員本部にいると思われる七瀬君の身の安全に関しては、サラサさんが彼の近くにいるので大事に至る心配はないでしょう。一応、携帯を没収される前にティアにも連絡をして協力を求めたわ」


 携帯を没収される寸前に巴がティアに連絡してくれたことに、心強い味方を得たと感じたセラは安堵する。


「運良くティアと合流してくれればいいのですが……巴さん、さっそく私たちも幸太郎君の元へ向かいましょう」


「今は七瀬君の元へ向かうよりも、我々にはやるべきことがあるわ」


「ですが、幸太郎君たちがティアと接触する間に、何かあったら……」


 幸太郎のことは信じているが、彼に危機が及ぶかもしれないことに対してだけは平静を保てないセラを見て、巴は柔らかな笑みを浮かべた。


「平静を保っているように見えたけど、七瀬君の危機となると話は別のようね」


「当然です、私は幸太郎君を守ると誓ったんです」


「ならば、今は彼の身の安全を確保するよりも先に、七瀬君の無実を証明することが先決。私たちだけが彼を信じても意味がない。今、私たちが不用意な行動をしてしまえば、制輝軍に拘束されて、彼の無実を証明することができなくなる」


 現実的な問題を突きつける巴に、セラは何も反論できなくなってしまう。


「確たる証拠がなければ制輝軍は彼を追い続け、彼の評価が下がってしまう――我々の目的を果たすためにも、そして、彼を守るためにも、今は彼のことはティアたちに任せて、我々は彼の無実を証明するための行動をすべきよ」


 厳しくも優しい声で一人突っ走ろうとしているセラを窘める巴。


 セラは自分を落ち着かせてくれた巴に感謝して、一年前と同じように暴走してしまいそうになった自分を自戒し、一度大きく深呼吸をした。


「……行きましょう、巴さん」


 大きく深呼吸をして覚悟を決めた表情を浮かべるセラに、巴は安堵して幸太郎の無実を証明するため、そして何よりも、幸太郎を守るために行動を開始する。




―――――――――――




 セラが去って、取調室に一人取り残されて椅子に座っているノエルは無表情だがどこか不機嫌そうだった。


 ノエルの頭の中には七瀬幸太郎という人間を理解した上で、信じているセラの姿が何度も反芻していたが――ノエルには理解できなかった。


 友人というだけで他人であるというのに、いっさいの疑いも迷いもなく、七瀬幸太郎を信じるセラの姿がどうしてもノエルには理解できず、そして、不快に思っていた。


 セラだけを不快に思っているわけではなく、理解できないことがノエルの胸の中で不快感の塊となって沈殿していて、気分が悪かった。


「――こーんなとこにいるなんて、ウサギちゃんってもしかしてMなのかなぁ?」


 無言のまま全身に刺々しい空気を放って機嫌が悪そうなノエルを、取調室に入ってきた銀城美咲は気遣うことなくハイテンションな様子で話しかけてきた。


「ほらほら、もう準備は整ってるんだから、後はウサギちゃんの指示待ちだよ?」


「すみません、少し考え事をしていました」


 美咲の言葉に胸の中で渦巻く不快感を消して、ノエルはすべきことをするために行動を開始する。


「準備が整ったということは、もう制輝軍は高等部校舎を包囲したというわけですね」


「うん、そーだよ。虫一匹も出られないようにしてるよ。それにしても、ネットの掲示板でかなり今の状況が騒がれてるみたいだよー。みんな耳が早いね」


 騒ぎが広まっていることを知って、無表情だがノエルは気分良さそうだった。


「風紀委員が拘束される瞬間を衆人の目に晒せることができれば、アカデミー内外の風紀委員の評価は一気に失墜します。邪魔な風紀委員を潰す良い機会です」


「だから、セラちゃんたちを拘束しないで泳がせたの?」


「七瀬さんのためにセラさんたちは必ず動き出す――その過程で必ず制輝軍の邪魔をする。そうすれば、制輝軍の行動を邪魔した罪で風紀委員を正当に裁くことができる」


「……幸太郎ちゃんはホントにアンプリファイアを持ってるのかな?」


「そんなこと、どうでもいいです」


 ふいに口に出した美咲の疑問に、ノエルは平然と興味のなさそうにそう答えた。


 事件よりも風紀委員を潰すことを第一に考えているノエルに、美咲は楽しそうに笑う。


「容赦ないなぁウサギちゃんは。それじゃあ面白くないじゃん! ブーブー!」


「銀城さんの役目もしっかりあるので、ご安心を」


 ノエルの意味深な一言に、美咲は好色で軽薄そうな顔立ちを獰猛で凶悪な表情に一変させて、全身から殺気が溢れ出す。


「あのセラさんが動き出すということは同時に、厄介なことに彼女も動き出すということです」


「ティア、ね……これは楽しくなってきたなぁ!」


「銀城さんには七瀬さんと接触する可能性があるティアリナさんを探して、彼女の監視をお願いします。七瀬さんに連絡する素振りや、協力しようとした瞬間、拘束してください」


「……ティアちゃんのことだから、きっと反抗してくると思うけど?」


「臨機応変に対応してください」


「おねーさんにドンと任せなさい!」


 欲しかったオモチャを与えられた子供のように美咲は狂喜の声を上げる。


 一人興奮しきっている美咲を無視して、ノエルは淡々と話を続ける。


「七瀬さんがアカデミーに戻って一週間、この間に接触したのかつての友人は数人――もう一人の厄介な人物は、――」


「よぉおおおおしッ! おねーさん頑張っちゃうぞぉおおおおお!」


 最後まで話しを聞かずに一人テンションがピークに達して、勢いよく取調室を出て行った自由奔放な銀城の背中を見て、ノエルは小さく呆れたようにため息をつくと同時に、どこか羨ましく思ってしまった。


 どうして羨ましいと思ってしまったのか、ノエルは理解できなかったが、それでも確かに自分の中で羨ましさを感じてしまっていた。


 自分の感情に戸惑いを覚えながらも、すぐに制輝軍を指揮するため、風紀委員を潰すために、芽生えた戸惑いを消滅させてノエルは取調室を迷いのない足取りで出た。



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