第21話

「どうやって逃げようか」


 幸太郎は戸棚にあったチョコのお菓子を食べながら、窓の外に映る大勢の制輝軍が高等部校舎内を取り囲んでいる光景を眺めながらそう呟いた。


 窓の外には大勢の制輝軍、本部の中には大量のアンプリファイア――学内電子掲示板には大量のアンプリファイアを持っているという幸太郎に関して根も葉もない噂が飛び交っているが、言い訳無用で疑う余地なしの状況に、幸太郎は呑気にお菓子を食べながら大勢の制輝軍に囲まれた校舎からの脱出方法を考えていた。


「セラに連絡しても応答なし――七瀬の方はどうだ?」


「御柴さんとかティアさんに連絡してもダメだった」


 制輝軍に狙われることになっても進藤は幸太郎を疑うことも見捨てることなく、幸太郎のためにこの場から脱出手段を考え、セラたちに協力を求めるために連絡したが――結果、セラたちと連絡はつかず、脱出方法も良い案が見当たらなかった。


「この状況だし、不用意に連絡できねぇんだろ……というか、もしかしたら、制輝軍に捕まってるかもしれねぇ……クソ、この状況ヤバすぎるだろ!」


 苛立ちで声を荒げて八つ当たり気味にテーブルを殴りつける進藤だが、すぐに平静を取り戻して「……悪い」と謝った。


「今はイラついても意味ないよな。それに、きっとセラたちは七瀬の無実を証明するために頑張って行動してくれてるよ……今は脱出方法を考えようぜ」


 そう言いながら、進藤は幸太郎が食べているお菓子のチョコを一つ取って、食べた。


 チョコの糖分が焦っている頭を優しく刺激して、幾分進藤は落ち着きを取り戻した。


「何かいい案あるか?」


「玉砕覚悟で真正面から突っ走ってみる?」


「どう考えても返り討ちにされるだろ……つーか、疑われてるってのに随分余裕だな」


「去年、何回か追われたことがあったからちょっと慣れちゃった」


「あー、なるほど。そういえば、去年煌王祭で起きた事件で、輝動隊と輝士団に囲まれた絶体絶命の状況で、どうやって風紀委員は逃げ延びたんだ?」


「……あー……あれは、セラさんの素晴らしいアイデアで逃げたんだけど、今は無理」


「マジか……逃げ道がないなら、最悪屋上で籠城って手も――」


「――裏口」


 逃げ道を模索している幸太郎と進藤だが、自分たちの間に入ってくるような聞き慣れない透き通るきれいな声が本部に響き、二人は会話を中断して声のする方へと視線を向ける。


 視線を向けた先には、威圧感溢れる顔をしているサラサだった。


 怖い顔に似合わず想像よりも遥かにきれいなサラサの声に驚きつつ、進藤は話を続ける。


「でも、裏口にも制輝軍は待ち構えてるだろ」


「それでも、裏口なら目立たない、です……それに、裏には資材搬入用の出入口がある、です。そこから車を使って逃げ出せばいい――……と思います」


「確かにあそこにある駐車場には何台かトラックがあるけど、問題は誰が運転するかだ」


「私」


「む、無茶過ぎるだろ!」


 迫力のある強面の顔で迷いなくそう答えたサラサに、不安しかない進藤。


「お父さんの運転をいつも横で見てるから大丈夫、です」


「……見ただけで簡単に運転できるわけねぇだろ」


 無茶をしようとするサラサに呆れたようにため息を漏らして進藤はツッコミを入れる。


 進藤のツッコミに、サラサは今気づいたようにハッとしていた。


 話が振り出しに戻り、再び逃げ道を模索する進藤たちだが――


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 思考を邪魔するような高笑いとともに、風紀委員本部の扉が勢いよく開かれ、狂気と興奮に満ちた高笑いをしながら、意味がわからないが無駄に派手なポーズを取って、ヴィクター・オズワルドが本部に入ってきた。


「諸君! 何やら面白いことに巻き込まれているようじゃないか!」


「全ッ然! こっちは面白くないっての!」


「モルモット二号君、こんな時だからこそ楽しまなければ損、心にゆとりを持つのだ!」


 人の気も知らないで心底愉快そうなヴィクターに、進藤は殴りたくなる衝動を抑えた。


 そんな進藤の気持ちなど理解するつもりがないヴィクターは、床にばら撒かれている妖しく緑白色に発光するアンプリファイアを興味深そうに眺めていた。


「フム……確かに、すべてアンプリファイアのようだ……」


「どこで入手したんでしょうね」


 他人事のような幸太郎の態度に、ヴィクターはやれやれと言わんばかりに呆れながらも、ニッコリと口元を三日月形に吊り上げて心底楽しそうな笑みを浮かべた。


「私個人の見解として、君はアンプリファイアとは関係ないと思っているが、周囲はそう思っていない。さっそくモルモット君の根も葉もない噂が電子の海の世界へと拡散しているぞ! ネットではモルモット君はアンプリファイアを使って暴走寸前だという情報があり、校舎内にいる生徒と教師は我が身かわいさに一目散に避難したが――」


 おもむろにヴィクターは幸太郎の全身を愛撫するかのように撫で回す。


 突然ヴィクターに身体を触れられ、幸太郎は身体をピクリと動かして反応した。


「博士、くすぐったいです」


「フフフ……――君の身体に異常はないかの触診、我慢するのだ……しかし、相変わらずモルモット君の身体は華奢で、まるで穢れの知らない少女のようだ!」


「ありがとうございます?」


「取り敢えず、君の身体に異常はない! アンプリファイアを使用したというのはやはり噂のようだったな!」


 じっくりと触診して、問題がないことを満足そうな笑みを浮かべた。


 男が見ても何の得にならない幸太郎の触診を終え、ヴィクターは「さて――」と、話の本題に入る。


「諸君は逃げ道を探しているのだろう?」


「も、もしかして、良い脱出方法があるんですか?」


「もちろんだとも、モルモット二号君よ」


 冷やかしに来たわけではなく、ちゃんと脱出方法を持ってきたヴィクターに、進藤は心底安堵の息を漏らした。


「脱出方法は簡単だ――ドレイク氏のお嬢さんが言った通り、資材搬入用の出入口から抜けるのだ。車については問題ない。現在私は新型ガードロボットの開発を行っているため、駐車場には私の軽トラックが駐車している。後はこの私の天才的ドライビングテクニックに任せたまえ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 ハイテンションなヴィクターの脱出方法を聞いて、安堵しきっていた進藤に再び大きな不安が募ってくる。特に、天才的なドライビングテクニックを披露するとヴィクターが宣言した辺りから、不安はピークに達していた。


 色々と不満があったが、それ以外に良い脱出方法が見当たらないため、進藤はヴィクターに従うことにした。


 一方の幸太郎とサラサは、進藤の不安など露も知らない様子で呑気にチョコのお菓子を完食していた。


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