第22話

 アミューズメント施設が立ち並ぶイーストエリアの裏にある、陰気な雰囲気が漂う薄暗く、狭い裏通りに、制輝軍本部を出たばかりのセラと巴がいた。


 裏通りには多くのガラの悪い連中がたむろしており、陰気な裏通りを歩く美しい外見のセラと巴の姿は異様なほど目立っていた。


 しかし、誰一人としてセラと巴に手を出そうとする人はおらず、二人の姿に怯えて目を合わせないようにしており、二人の通る道を自ら開けていた。


 自然と開いた道をセラと巴は闊歩しながら、目的の人物を探していた。


 ガラの悪い連中の吹き溜まりのこの場所に似つかわしくないセラと巴がいる理由は、ある一人の人物――先週、風紀委員と進藤に偽の情報を与えたアンプリファイアの売人を探すためだった。


 偽の情報に踊らされた翌日に今日の騒ぎが起きて、何かつながりがあるように思えた巴は、アンプリファイアの売人にもう一度詳しい話を聞くため、売人が出没する場所を回っていた。


 注意深く周囲を見回して目的の人物を探しながら、巴は重々しく、暗い声で「……セラさん」とふいに話しかけた。


 探すことに集中していたセラは一拍子遅れて巴の声に反応した。


「推測に過ぎないけど……昨日のことがあって間髪入れずに今日の騒動――アンプリファイアを拡散させるために仕組んだ陽動だと思えない?」


 今回の騒動に疑問を抱いている巴に同意を示すようにセラは頷いたが、どうにも釈然としないことがあった。


「でも、陽動をするなら別の騒ぎを起こせばいいのに、わざわざ風紀委員、それも幸太郎君をピンポイントで狙っているのが疑問です」


「セラさんは相手の目的がアンプリファイアの拡散以外に、私たちが風紀委員、そして七瀬君が目的だと?」


「……すみません、まだ何とも言えません」


 自分の思っていることをそのまま口にした巴の言葉にセラは同意したかったが、それでもセラは釈然としなかった。


 何か、大きな歯車の一部にされているようでありながらも、簡単なことを見落としているような気分で、何か嫌な予感もセラは抱いていた。


「とにかく、今は考えることよりも――」

 今は考えることよりも行動することが優先だと言おうとした巴の言葉が、ふいに止まり、巴は真っ直ぐとある一点を見つめたまま離さなかった。


 巴の様子に、すぐにセラは彼女と同じ方向へ視線を向けた瞬間――コソコソとした人影が裏通りの角を慌てた様子で曲がった。


 その人影が目的の人物であると気づいた瞬間――セラと巴は一気に駆ける。


 狭く、幅がない裏通りで障害物がたくさんあるが、それらを目の前にしても立ち止まることなく二人は飛び越え、人が多くたむろしている場所では高く跳躍して壁を蹴り、空中でさらに加速しながら目的の人物を確実に追い詰める。


 徐々に、確実に追い詰められ、目の前が行き止まりになった瞬間、蛍光色の緑に染めた髪の軽薄そうな青年のアンプリファイアの売人は立ち止まった。


 アンプリファイアの売人はなけなしの勇気を振り絞って、輝石を武輝であるナイフに変化させる。


 武輝を持って精神的余裕ができたのか、アンプリファイアの売人は笑みを浮かべ、巴が輝石を武輝に変化させる前に、彼女に向かって飛びかかる。


 ナイフを突き出してきた売人の腕を掴んで捻り上げると同時に巴は投げ飛ばした。


 投げ飛ばされて尻餅をついたアンプリファイアの売人は、武輝を持ち、輝石の力で身体能力が強化されているにもかかわらず、恐れることも、輝石を武輝に変化させることもなく、自分を投げ飛ばした巴を見て恐れていた。


「私たちに何か言うことがあるのでは?」


「か、勘弁してくれって! もう降参だから!」


 尻餅をついた自分を冷たく見下ろす巴に、売人は怯えきって降参を告げた。


 しかし、降参を告げても巴の威圧感は静まることなく、むしろ高まっていた。


「私たちはまんまと君に騙されたわ」


「そ、そんなの知らねぇよ! 俺だって人伝いで教えてもらったんだから!」


「なら、君にその情報を教えた人間を今すぐここに呼び出しなさい」


「そ、それは――……く、クソッ……」


 有無を言わさぬ巴の追及に、先週風紀委員にアンプリファイアについて偽の情報を教えた、売人は答えに窮してしまう。


 売人は逃げようとするが、背後にはセラがいるということに気づいて逃げようにも逃げることができない状況だった、


 セラと巴に挟まれ、逃げられないと悟った売人はようやく諦めたようだった。


「……た、頼まれたんだよ」


「誰に」


 間髪入れずの巴の質問に、売人は怯えで震えながらもゆっくりと口を開けた。


「た、貴原康……学生連合の貴原康だよ!」


 自分たちを陥れた人物が貴原であることを知るが、セラと巴は特に驚いた様子はなく、あの貴原ならば容易に自分たちを貶めようとするだろうと当然のように思っていた。


 一週間前、幸太郎と進藤に恥をかかされ、あの日から学校に来なくなった貴原ならば、復讐の計画を立てる時間はたくさんあるとセラは思った。


「あ、アイツは俺がアンプリファイアを売ってることを黙ってるついでに、進藤にアンプリファイアを売りつけろって言ったんだ」


 貴原に対しての怯えを抱きつつも、一度彼の名前を口に出すと堰を切ったように、ぺらぺらと売人は喋りはじめる。


「そ、それで、もしも、進藤がアンプリファイアを買わなかったら、進藤に一週間後にアンプリファイアが拡散されるって情報をチラつかせろって頼まれたんだよ! そ、そうすれば、風紀委員が詳しい話を聞くから、偽の情報を伝えろって頼まれたんだ!」


「その後は?」


「あ、後は何も知らねぇって! ほ、ホントだ!」


「制輝軍が動くほど、偽の情報が出回っていたのはどういうこと?」


「ただ噂が独り歩きしただけだよ! ホントだ! 今、アンタたち風紀委員はとんでもないことになってるみたいだけど、俺は何も知らねぇ!」


「本当に?」


「ほ、本当だって!」


「君は私たちに嘘をついて騙した……信用はできない」


 厳しく追及して、得られるだけの情報を得て、もうこの売人からは何も情報を引き出せないと悟った巴は冷たく突き放し、セラに目配せをする。


 巴に目配せをされてセラは無言のまま頷き、ポケットからプラスチックの結束バンドのような手錠を取り出し、売人の腕を後ろ手に縛ろうとした。


 拘束されそうになって売人は抵抗しようとするが、細い腕からは信じられないほどの力を持つセラに腕を捻り上げて、地面に顔を押し当てられた。


 そして、捻られた腕から走る激痛で抵抗を止めた売人をすぐにセラは後ろ手で縛った。


「お、おい! 何だよこれ! 何すんだよ!」


「先日の事情聴取の際、アンプリファイアを売っていた件を見逃す代わりに、君は私たちに情報を与えた……しかし、君は私たちに嘘の情報を与えました」


「そ、それは、貴原に脅されて仕方がなく……」


「同情の余地はない」


「ちょ、ちょっと待ってくれって!」


「後悔ならば暗い檻の中で――ゆっくりと、長い間」


 地べたに這うように突っ伏している売人を冷たく見下ろしながら、巴は特区送りの裁きを下した。


 売人を拘束して裏通りを出たセラと巴は、近くを歩いている制輝軍に売人の身柄を引き渡し、幸太郎のために再び動きはじめる。


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