第23話

 制輝軍に包囲されていた高等部校舎を、幸太郎たちはヴィクターが運転する軽トラックの荷台に隠れて脱出した。


 途中何度も制輝軍に停車を求められて事情聴取を受けたヴィクターだったが、舌先三寸――というか、人体実験の協力者を募っていると言って制輝軍を脅して何とか、サウスエリア入り口付近にある、小さなガレージのような研究所――アカデミー都市内に勝手にたくさん作ったヴィクターの秘密研究所の一つに辿り着いた。


「さあ、諸君! 我が秘密研究所へようこそ! 様々なことがあって心身とも疲弊しきっているだろう! 少し散らかっているがゆっくりしたまえ!」


 よくわからない機材が床に散乱して足の踏み場がない、窓を分厚いカーテンで仕切って薄暗いヴィクターの研究所内に案内された幸太郎、進藤、サラサの三人。


 ヴィクターはテーブルと椅子の上に置いてあるガラクタを床にぶちまけて、三人に座るように促した。


「秘密研究所の割には地下にないんですね」


「それも計算の内だよ、モルモット君! ハーッハッハッハッハッハッハッ!」


 幸太郎の正直な指摘に、ヴィクターは自慢げに胸を張って高笑いをした。


 だが、すぐに高笑いを中断させて、小さくやれやれと言わんばかりにため息をついた。


 どこかいつもと違う雰囲気のヴィクターを幸太郎は首を傾げて見ていた。


 幸太郎に見つめられていることに気づいたヴィクターは、口の両端を思いきり吊り上げて狂気的な笑みを浮かべるが、どこか力がなかった。


「一段落できる場所に案内したが――正直、我が秘密研究所は前とは違って確実な安全性を保たれていないのだ」


「前みたいに、一日ゆっくり休めませんか?」


「無理だ。おそらく、この場所が気づかれるまで一時間――いや、三十分くらいだ。だからこそ、逃げやすい地上の秘密研究所に逃げ込んだのだ」


 かつて、逃亡犯を一日匿ってもその場所が気づかれなかったヴィクターの秘密研究所の機密性と安全性が一年経って崩れていることに幸太郎は口を半開きにして驚いていた。


「そ、それじゃあ、またすぐに逃げなきゃならないってことかよ!」


 声を荒げる進藤に、ヴィクターは投げやり気味な苦笑を浮かべて頷いた。


「その通りだ、モルモット二号君――今の私の秘密研究所は一時凌ぎにしかならないのだ」


「クソッ! ……制輝軍に追われてるし、セラたちとも連絡が取れねぇし、隠れ家も見つかんねぇし、校舎から出られたのはよかったけど状況は最悪のままだ」


「そんなに悲観することはないぞ、モルモット二号君よ! モルモット君の無実はセラ君たちが証明するだろう! それに、三人寄れば文殊の知恵、いや、今は四人いるが、ここにはこの私、ヴィクター・オズワルドというアカデミーきっての天才もいるのだ! 悲観に暮れるよりも、今は時間の許す限り考えようじゃないか!」


「……珍しくもっともなこと言ってやがる」


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! 私はこれでも一応教師なのでね!」


 依然変わらぬ悪い状況で焦燥しきっている自分に発破をかけるヴィクターに、思わず進藤は教師としての一面が垣間見てしまった。


 ヴィクターに従って、幸太郎たちは隠れ家として機能している場所を考えはじめる。


「いっそのこと、鳳さんの家に逃げ込むっていうのはどうでしょう」


「確かにあの豪邸ならば心身ともにリラックスできるが、今の状況で鳳グループのお嬢様を巻き込めないのだ。……危うく保っている今のアカデミーのバランスが、一気に崩れる恐れがある。まあ、モルモット君のその案は最終手段としておこうじゃないか!」


 この状況を心底楽しんでいるような笑い声を上げるヴィクターに、幸太郎も呑気な様子で「そうですよね」と、つられて笑った。


 そんな呑気な様子の二人を見て、進藤は呆れながらも、自分が知る隠れ家について考えてみるが、まったく浮かばず、大きくため息をついて宙を見上げた。


「逃げようとしてもこの騒ぎじゃ大勢に目撃されてすぐに見つかるし、隠れ家なんてあからさまなもんは制輝軍にすぐに見つかるだろ。使われてない施設はアカデミー都市には山ほどあるけど、勝手に隠れ家にするなら、警報機が鳴ってすぐに気づかれちまうだろうし……」


「警報機関連は私がシステムにハッキングして止めればいいだけの話だが――あちらにはがいるのだ。すぐに気づかれるだろう」


「それがダメなら、もう逃げ道も、隠れ家もないだろ……」


「それなら、いっそのこと走り続けて行き当たりばったりの体力勝負を仕掛けてみるかい? まあ、私は途中リタイアするだろうが」


 進藤と話している最中に、ヴィクターが冗談交じりに言った「体力勝負」という言葉に、幸太郎は頭の中の豆電球が灯った――が、その閃きを口に出す前に突然研究所内にけたたましいブザー音が鳴り響き、天井の赤色灯が回った。


「さっそく侵入者の――」


 ヴィクターは侵入者が来たことを幸太郎たちに教えようとした瞬間、入口から建物全体を揺らすほどの衝撃とけたたましいブザー音をかき消すほどの爆発音が響き渡り――研究室内に大量の制輝軍が入ってきた。


 制輝軍たちの手には様々な形状と種類の銃が握られていた。


 制輝軍が室内に入ると同時に反応したサラサと、遅れて反応した進藤は自分たちの輝石に触れて、輝石を武輝に変化させて抵抗しようとしたが――

「隠れるのだ!」


 怒声を張り上げると同時にヴィクターはテーブルを傾けて盾代わりにした。


 ヴィクターの怒声のすぐに反応した進藤はテーブルの影に隠れるが、抵抗する気が満々だったサラサは反応に遅れてしまった。


 棒立ちしているサラサに向け、躊躇いなく制輝軍たちは銃の引き金を引く――


 空気が一気に膨張して弾ける音ともに――銃口から弾丸ではなく、光弾が発射された。


 眼前へと迫る光弾を呆然と眺めていたサラサだが――突然身体のバランスが崩れて、光弾の代わりに眼前に現れたのは七瀬幸太郎の姿だった。


「七瀬! 無茶すんな!」


 進藤の制止を振り切り、棒立ちしているサラサに向け、幸太郎は押し倒すようにして彼女に飛びかかり、彼女を抱きしめてガラクタが散乱している床に突っ伏した。


 サラサが幸太郎に押し倒された瞬間――幸太郎の頭上では破壊音と衝突音が連続して響き渡り、銃から発射される光弾の連続した光に薄暗い研究室内が照らされた。


 十秒ほど経ってようやく研究所内が静まり返ると、窓は砕け散り、窓を覆っていた分厚いカーテンもボロボロになり、打ちっ放しコンクリートの壁は所々が砕け散り、ヴィクターのよくわからないガラクタや、数台のモニターに繋げられたPCも破壊されて研究所内はボロボロの状態だった。


 十秒という僅かな瞬間だが、銃撃を凌いでいた幸太郎たちはもっと長く感じていた。


「……大丈夫? サラサちゃん」


 押し倒すような形で真っ直ぐと自分を見つめて無事を確認してくる幸太郎に、鋭い目をしているサラサは僅かに頬を紅潮させてコクコクと何度も頷いた。


「七瀬、大丈夫か!」


 ヴィクターとともにテーブルの影に隠れて銃撃を凌いでいた進藤は、幸太郎の無事を確認するための怒声を上げ、幸太郎は「大丈夫」と、無事を知らせるために返事をした。


 テーブルの影に隠れていたヴィクターは両手を挙げて無抵抗の意思を見せながら、「ハーッハッハッハッハッ!」と、高笑いをしながら立ち上がった。


「まったく……いくら我々が一般人よりも耐久性に優れた輝石使いとはいえ、そんなに銃の武輝を連射してしまえば怪我を負ってしまうではないか」


 白衣についた埃を手で払いながら、ヴィクターは普段とは違う、少し厳しい口調で武輝である銃を構えた大勢の制輝軍に向けて――ではなく、大勢の制輝軍の影に隠れた人物に向けて注意をした。


「出て来なさい。いるのはわかっているんだ」


 誰かを呼び出したヴィクターが纏っている雰囲気は、普段の研究欲と狂気に満ち溢れたマッドサイエンティストでも、たまに見せる教師のものでもなく、父性を感じさせていた。


 ヴィクターに呼び出された人物は、大勢の屈強な体格の制輝軍たちをかき分けて現れた。


 現れたのはプラチナブロンドの美しい髪をショートボブにした色白の肌の幼い少女であり、幼い顔立ちには西洋人形のような美しさとかわいさがあったが、表情は迫力があり、つぶらな瞳は冷めており、スレンダーな体格だが居住まいがしっかりして威圧感があった。


 薄い胸元に制輝軍の証である輝石を模した六角形のバッジをつけた制輝軍の美少女に、幸太郎は思わず見惚れてしまった。


 真っ直ぐと非難するように自分を見つめてくる少女の登場に、ヴィクターはやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


「随分と過激なことをするじゃないか、アリス! ハーッハッハッハッ――」


「ウザい」


 アリスと呼ばれた少女は、ぴしゃりと吐き捨てた一言でヴィクターの高笑いを止めた。


にそんなことを言うなんてひどいじゃないか! ショックだぞ!」


「ウザい」


「中々辛辣じゃないか、アリスよ!」


「ウザい」


 何を言っても「ウザい」と返す、アリスにお手上げだと言うようにヴィクターは笑った。


 そんな二人のやり取りを、幸太郎は放心状態で眺めていた後――素っ頓狂な驚きの声を上げ、口を大きくだらしなく開けて驚いていた。


 生活感皆無で、目的のためなら非人道的な実験も厭わなさそうなヴィクター・オズワルドに娘がいることに――というか、結婚していることに幸太郎は驚いていた。


「は、博士……そのかわいい女の子、娘さんなんですか?」


 幸太郎は起き上がってヴィクターとアリスを交互に見つめながら改めて質問すると、ヴィクターは自慢げに力強く「その通りだ」と答えた。


「紹介しよう、我が一人娘のアリス・オズワルド、ピチピチの十四歳だ!」


「ウザい」


「ハーッハッハッハッハッハッ! 我が娘は少々無愛想なのだ! 勘弁してくれ」


 娘であるアリスの紹介をヴィクターがしても、幸太郎にはまだ目の前にいる美少女がヴィクターの娘であることが実感できなかった。


「博士、結婚してたんですね」


「もちろんだとも! 十年以上経った今でもラブラブだぞ! しかし、驚き過ぎだ、君は。まあ、あまり君には私のプライベートなことは話さなかったので無理はないか! ――それとも、残念だったかな? ハーッハッハッハッハッハッ! 冗談だよ、冗談!」


「博士、結婚できないと思ってたし、興味もないと思ってたので」


「中々手厳しい正直な感想だ! しかし、私も人並みの欲求というものがあるのだ!」


「娘さんがいるなんて全然わからなかったです」


「ハーッハッハッハッハッハッ! アリスは正真正銘私の娘だ! おしべから発射された花粉がめしべに受粉した結果、コウノトリさんが運んでくれた、正真正銘の――」


「ウザい」


 盛り上がる幸太郎とヴィクターの会話をアリスの冷たい一言が遮った。


 静かに怒っている雰囲気を身に纏いながら、アリスは父であるヴィクターを憎悪の目で一瞥して、すぐに幸太郎へと有無を言わさぬ迫力を宿している目で睨む。


「七瀬幸太郎――アンプリファイアの所持で拘束させてもらいます」


「誤解だよ」


 有無を言わさぬ迫力を持つアリスだが、恐れることなく幸太郎は反論した。


「大量のアンプリファイアが証拠としてあります」


「あれ、お菓子の袋から出てきたんだよ」


「とにかく、拘束します」


 これ以上話しても無駄だと感じたアリスは、無理矢理幸太郎を拘束しようとするが――幸太郎と話していたアリスは、父が狡猾な笑みを浮かべていることに気づいていなかった。


「――悪いね、アリス」


 ヴィクターがそう呟くと同時に――天井から濃霧のような白いガスが噴射した。


「諸君逃げるぞ!」


 白いガスが噴射した瞬間――ヴィクターは突然のガスで咳き込んでいる幸太郎と進藤の手を引いて、隠された逃げ道を案内する。サラサは咳き込みながらもヴィクターの声と足音から居場所を判断して、彼の後に続いた。


「さらばだ、アリスよ! ハーッハッハッハッハッハッハッ!」


「待って!」


 秘密の出入口から抜け出そうとするヴィクターを、真っ白なガスを吸って咳き込み、視界を奪われながらもアリスは執念で追おうとするが、シャッターが降りて出入口は固く閉じられてしまった。


「外に向かう!」


 閉ざされた扉をアリスは八つ当たり気味に蹴り、すぐさま他の出入り口で外に出るように制輝軍たちに指示を出すが、他の出入口と窓もシャッターが降りて封鎖された。


 アリスたちが研究室から出ようとしている隙に、ヴィクターは外に停車してあった軽トラックに乗り込んだ。


「……緊急システムを作動させたが時間稼ぎにもならないだろう――諸君、大丈夫かね!」


 キーを回してエンジンを動かしたヴィクターは、咳き込みながら軽トラックの荷台に乗る幸太郎たちに声をかけると、幸太郎たちは大丈夫と言わんばかりに手を挙げた。


「さて――隠れ家が見当たらないうちに突入されて脱出したわけだが、誰かいい隠れ家を見つけたのかな?」


「ウェストエリアに向かってください」


 咳き込みながら幸太郎はウェストエリアに向かってくれと頼む。


「ほほう、モルモット君には何か当てがあるようだな」


「と、取り敢えず……お、落ち着いたら詳しいことを話します」


「ハーッハッハッハッハッハッ! 人体にはただちに影響が出ないであろう無害な消火ガスだ! 今は少しだけ苦しいだろうが心配はない! さあ、出発するぞ!」


 微妙に不安になるようなことを口走りながら、ヴィクターは軽トラックを走らせる。


 アリスたちが武輝を使ってシャッターをぶち抜いて、秘密研究所を出る頃には、もうヴィクターは軽トラックで走り去った後だった。


 アリスは制輝軍の一人が持っていたタブレットPCを借りて、周辺の監視カメラの映像を見て、軽トラックが向かっている方向を確認する。


 そして、ヴィクターたちが向かっている方向に気づいたアリスは、ノエルたちにヴィクターたちはウェストエリア方面に向かっていることを連絡した。


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