エピローグ
なるほど――
輝石を使えないのにもかかわらず、落ちこぼれが煌石を扱える力を持っていると気づいた時、親父と同じ力を持っているかもしれないと思っていたが……まさか、その通りだったとは。
それに、目の前にいるのは、本物の親父から作り出されたイミテーション? ――中々面白いことになっているじゃないか……
じゃあ、あのノエルとクロノは妹と弟じゃなくて、姪っ子と甥っ子? まあ、どうでもいいか。
だが、教皇庁と鳳グループが協力関係を結んだのは気に食わん……もっと恐怖を刻みたい。
それにしても、賢者の石の力――都合の良い物事をすべて引き寄せる力?
バカバカしいが、この俺を復活させた以上、疑う余地はない――素晴らしい力だ……
目の前にいる自分を生み出した父親――ではなく、自分より先に生み出された兄であるイミテーション・ヘルメスから、賢者の石、アルトマン・リートレイド、自分が二度目の消滅を味わってから今までの経緯の説明を、幸太郎の輝石の中に宿っているファントムの意識は興味深そうに聞いていた。
『それで、俺を復活させたのはクソ親父に対抗するためってか? 兄貴』
「その通りだが――お前に兄呼ばわりされる筋合いはない」
『これから仲良くなるつもりでいるんだろ? だから固いこと言うなって』
兄呼ばわりされて顔をしかめるヘルメスの反応を見て、ケラケラと楽しそうに笑うファントム。
「お前は私と同じく、賢者の石の力を僅かに注がれて生み出されたイミテーションのプロトタイプだ。かつて、創造主であるアルトマンに手傷を負わせたお前ならば、アルトマンを倒すのに役立つと判断して地獄から蘇らせたわけだ」
「ああ、そういえばそんなことがあったな。まあ、結局、生きていたみたいだったけどな」
かつて、父を手にかけた時の感触、血の海に沈んだ父の姿を思い出して、ファントムは気分を良くする。
そんなファントムから放たれる狂気を感じ取り、ヘルメスは顔をしかめ、武輝を持つ宗仁は警戒心を高め、幸太郎は呑気にスナック菓子を食べる。
「さて、どうする……我々に協力するつもりはないか? お前もアルトマンには恨みを抱いているはずだ。まだ完全なイミテーションを作ることができなかった奴に、久住優輝と同じ顔に生み出されて自分という存在を得ることができなかったんだからな」
ヘルメスにコンプレックスを突かれ、ファントムの中で父・アルトマンへの狂気的な憎悪が沸々と生み出されるが、『まあ、そうだな』と淡々と反応して、冷静に努める。
目の前にいるヘルメスがアルトマンから生み出されたイミテーションである以上、ここで乗せられてしまったら、最後まで利用されると思ったからこそ、アルトマンへの恨みを抱きながらもファントムは冷静になることができた。
『だが、お前たちの期待に応えられるかわからないぞ? 奴が好き勝手に暴れている現状を考えれば、奴を血祭りにあげた俺の行動でさえも賢者の石の力のおかげだったのかもしれないんだぞ』
「確かにお前がアルトマンに傷をつけたのは賢者の石の力によって動かされたものかもしれないが、お前の中に僅かにある賢者の石の力のおかげというのもあるのかもしれないが、私と同じく賢者の石の力が僅かに込められて生み出されたイミテーションであるということもお前を蘇らせた理由の一つだ。賢者の石の影響をある程度無力化できるからな」
『もしもの時の味方は多い方がいい、か……いいだろう、お前たちに協力してやるよ』
すんなりと協力を受け入れたファントムを、ヘルメスは怪訝そうに見つめる。
「……何が目的だ」
『憎たらしいほど察しが良い奴だ……もちろん、協力するには条件がある』
ただでは協力するつもりのないファントムに、ヘルメスは思った通りだと言わんばかりに小さくため息を漏らし、忌々し気に舌打ちをしながらも「条件を聞こう」と、ファントムが言う条件を呑むことにした。
『まず、アルトマンを潰したら俺を自由にさせろ』
「別にそれくらいは構わん」
「野放しにしたら何をするのかわからん。お互いにとって首輪をつけるべきだ」
黙ってヘルメスとファントムのやり取りを眺めていた宗仁だったが、かつて大勢の人を傷つけ、弟子たちを苦しめたファントムを自由にさせるのは許せなかった。
自分に対して真っ直ぐな怒りをぶつけてくる宗仁を、ファントムはせせら笑う。
『安心しろ、久住宗仁。お前を含め、セラ、ティア、優輝は最後のメインディッシュで取っておくから、すぐには手を出しはしない』
「ふざけるな……今ここで貴様を叩き斬ってもいいんだぞ」
『できるのかな? 俺が必要なんだろ? 俺がいなけりゃアルトマンに近づけないんだろ? なんせ、お前たちには味方が少ないんだ……貴重な戦力を無駄にしてもいいのかな?』
「……分の悪い賭けだが、当てはある」
『賭けじゃなくて、無駄な足掻きの間違いだろう?』
過去に激しくぶつかり合ったことのある敵同士である、宗仁とファントムの間で緊張が走る。
張り詰めた二人の空気を「落ち着け」とヘルメスが間に入って、話を進める。
「まず、ということはまだ条件があるのだろう? さっさと言え」
『重要なのは身体だ――『久住優輝』ではなく、『俺』自身の身体を貰う』
「イミテーションの身体を構築するには、人の遺伝子が必要不可欠だが――ここには賢者の石の力を持つ七瀬君がいるのだ。問題ないだろう」
『それなら、さっそく早く俺の身体を与えろ! 俺だけの身体、俺だけの存在を!』
やっとだ……ようやく、これで俺は自分の存在を得ることができる。
偽物でも、借り物でもない、本当の存在になれるんだ!
さあ、早く、早くやれ、やるんだ!
自分だけの身体を、存在を得られることに狂喜乱舞し、宙に浮かんでいるファントムの精神が宿った輝石が激しく動き回る。
そんなファントムを放って、ヘルメスはチョコを食べている幸太郎に視線を向けた。
「奴の条件を呑まなければならないのは癪だが――やってくれ」
「ドンと任せてください! ――でも、どうやったらいいんですか?」
「奴の身体を、存在を、君の頭の中でイメージして作り上げるのだ」
「……難しいですね」
「昨日のように切羽詰まった状況ではない。時間をかけてもいい――だが、想像力が乏しい凡人の君に、生まれた時から『自分自身』を得られなかった憐れな存在の姿をイメージするのは酷だろう」
「ぐうの音も出ません」
『誰が憐れだ、誰が!』
バカにしやがって……自由になったらお前から先に潰してやる!
楽しみにするぜ、お前のその親父そっくりのすました面が苦痛で歪むのがな。
自分を憐れと言い放ったヘルメスに憎悪を抱きながらも、それを爆発させるのを抑える――すべては自分の存在を得るため、そして、すべてが終わった後に発散させるために。
「ファントムさん、なってみたい姿とかありますか?」
『それならば、俺の容姿は――』
「――あ、できました」
『なっ、お、おい、ちょっと待て! まだ何も説明していないんだぞ!』
「ごめんなさい、制御できないんです」
『ふ、ふざけるなぁああああああああああああ!』
ファントムの姿のイメージを固めるため、ファントムにどんな姿になりたいのか意見を求めるが、その途中で赤い光を身体から放つ幸太郎――
放たれた赤い光は、宙に浮かぶ赤黒い光を放つファントムの意識が宿った輝石を包む。
半年前にアルトマンと接触し、ヘルメスの修行のおかげで幸太郎は自分の中で長年眠っていた力の一端をある程度解放できるようになったのだが、秘めている力の強さとは対照的に、本人は至って一般人なので、まともに制御することはできず、相変わらず無意識に力を垂れ流していた。
力を使いたい――そう念じることによって発揮された力は、ファントムがどれだけ怨嗟に満ちた声を張り上げても制御することができない。
輝石を包んでいた赤い光が、徐々に人間大に大きくなり、人型になる。
『い、今すぐ止めろ、今すぐにだ! そして、俺の言う通りにしろ! ――な、こ、声が急に――」
優輝とそっくりな声が、徐々にか細くなる。
……何だ、これは……急に身体の感覚が……
こ、これが身体を構築されるということなのか?
わ、悪くはないが――クソ! 一体どうなるんだ?
落ちこぼれのグズめ! もし変な身体にしたら、真っ先に貴様を潰してやる!
今まで感じられなかった空気の冷たさ、幸太郎が食べ終えたチョコの甘いにおい、宗仁から放たれる刺すような怒気を肌で感じ取ることができるようになるファントム。
自分だけの身体を得られるという期待と、どんな体になるのかわからない不安を抱える中、人の言うことを聞かずに身体を構築した幸太郎への怒りだけはハッキリと抱いていた。
徐々に纏っていた赤い光は消え、ファントムの新たな身体が露になると同時に、ファントムの視界がクリアになる――
視界にいる宗仁とヘルメスは賢者の石によって新たな身体が構築されたのを目の当たりにして驚きに満ちた表情を浮かべており――幸太郎は顔を真っ赤にして、目を瞑り、時折薄目を開いてファントムのことをちらちら見ていた。
「……身体の構築が終わったのか?」
何か、重い。軽いのに、何か重い。
それに、何だ? スースーするぞ……
最近、こんな感覚を感じたことがあるぞ……何だ、一体どうなってるんだ?
身体が構築を終えて悪い気がしないファントムだったが、同時に違和感が全身を襲った。
慣れないような、慣れているようなそんな感覚に、ファントムは戸惑っていた。
「その……とっても、かわいいです、ファントム――ファントム子さん?」
「まさか、お前――」
かわいいという幸太郎の言葉に、嫌な予感が駆け巡るファントム。
一気に顔を青白くさせたファントムの姿を見て、笑いを堪える宗仁と、堪えることなく笑っているヘルメスは持っていた鏡をファントムに見せると――
小柄な体躯、ボサボサの漆黒の髪をセミロングに伸ばし、長い前髪の合間から見える獰猛な目つきに似合わない、幼さの残る小生意気そうで愛らしい顔立ちの華奢なスタイルの少女が映っていた。
「な、何だ、これは……」
「かわいいです、ファントム子さん」
「そういうこと言ってるんじゃない! どうして女に、それもガキになっているんだ!」
「ダメでしたか? 前にエレナさんに乗り移ってたんで、女の子の方がいいかなと……そ、それよりも、あの……は、裸なんですけど……」
生まれたままの姿になっている女の子のファントムが目の前に詰め寄ってきて、目のやり場に困ってしまう幸太郎だが、「知ったことか!」と、恥じらうことなくファントムは彼の胸倉を細い腕では考えられないほどの腕力で持ち上げた。
「戻せ! というか、俺の言う通りに変えろ! こんなの納得できん! オレはもっと強そうな! セラたちを超えるような人間になりたかったんだ!」
「かわいさなら、セラさんたちを超えてます」
「そ、そうか? ――って、違う! そういうことじゃない! 今すぐ変えろ!」
「そ、そう言われても……どうしたらいいんでしょう」
「――おい、ヘルメス! どうすればいいんだ!」
新たな身体を得たのはいいが、コレジャナイ感が半端ではないファントム。
容姿を変化させたいファントム――ファントム子は、縋るような目をヘルメスに向けると――ヘルメスは宗仁とひそひそと話し合っていた。
「何だ貴様ら! 何か言いたいことがあるのか!」
「……ファントム子さん、ラーメンのにおいがしますね」
「なぬっ! ど、どういうことだ!」
幸太郎に体臭を指摘され、ファントムは自分のにおいをクンクンと嗅いでみると――確かに、ラーメン屋から放たれる、スープのにおいがしていた。
「あ……よく輝石をカップラーメンの蓋押さえにするし、たまにスープの中に落としてたから……」
「ふざけるなぁあああああああああああああああ!」
幸太郎の言葉に怨嗟の声を上げるファントムと、耐え切れずに吹き出すヘルメスと宗仁。
しばらくして、ファントムの機嫌がこれ以上悪くならないうちに、幸太郎はヘルメスのアドバイスを受けて、要望通りの容姿に変えようとしたのだが――
一度変化してしまった身体を変えることができず、、ラーメンのにおいも消えることがなかった。
その後もファントムは文句を言い続けたが、三日経過してようやく自分の身体に慣れたのか、文句を言いながらも偽物でも借り物でもない、唯一無二である自分の身体を渋々受け入れた。
そして――ようやく反撃の準備は整った。
――続く――
残りエピソードは二つ。
次回更新は五月か六月中
ほ、欲しいゲームがあるので……個人的には頑張って四月中に更新したいです。
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