第36話

 ――……見えなくなった。

 アカデミーの、世界の、すべての未来が何も見えなくなった……

 待っていた――この時が来るのを待っていたよ、七瀬幸太郎君。


 昨日の騒動で、久住宗仁とアルトマン・リートレイドが関わっていると聞いていた時から――いや、その前から何となく気づいていた。


 今まで見えていたものにすべてに、何も見えなくなったことに気づいたことによって確信を抱いた、彼――白髪の髪、歳を感じさせながらも整った顔立ちの、しっかりと芯がある体格の初老の男、アルトマン・リートレイドは嬉々とした笑みを浮かべ、老いを感じさせない鋭い瞳を妖しく光らせていた。


 アルトマンは待っていた――自身が持つ賢者の石の力ですべての未来を見通せることができる退屈な日常を壊してくれる存在、自身と同じ力を持つ七瀬幸太郎が訪れるのを。


 半年前、アルトマンは七瀬幸太郎からすべてを奪った。


 アカデミーで駆け抜けた日々を、その過程で生まれた仲間との絆、それによって輝いていた力の大半を、彼の持つすべてを奪った。


 力の大半を奪い、世界から一人孤立させてどん底からどう這い上がるのか、その過程で彼の持つ力がどんな輝きを放つのか、それが見たいがために。


 それを邪魔させないために、彼からすべてを奪った――


 すべてを失い、常人ならば絶望の淵に立たされのだが――彼は絶望することなく、諦めなかった。


『アルトマンさんを倒します、絶対に。僕、そう決めました』


 彼はそう誓い、残り少ない力を消滅しかけていたイミテーションを救うために使った。


 愚かなことをしたと思っていたが、アルトマンは確信していた。


 いずれ、どんなに時間をかけても彼は自分の前にやってきて、誓いを果たすと。


 そして半年後――彼の仲間たちは抱いていた違和感をすっかり忘れ去って平穏に過ごしていた頃、彼は現れた。


 イミテーション、そして、かつての友を引き連れて。


 半年前に大半の力を奪ったので、まだ本調子ではなさそうだが、アルトマンは感じ取っていた――ここに来て、再び彼の力が輝きを取り戻していることに。


 その証拠に、自分と、無意識に放つ彼の力がぶつかり合ってしまった結果、今まで見えていた未来の光景が見えなくなってしまっていたからだ。


 教皇庁と鳳グループが一つに統合し、アカデミーは更に盤石な体制となり、第二第三のアカデミーを建設し、世界中で増え続ける輝石使いの受け皿となり、世界は安泰を迎える――そんな退屈な未来が今になって急に見えなくなったことに、アルトマンは歓喜していた。


 歓喜する大きな理由は彼が再び動き出したことだが、もう一つの理由は、決まりきった誰もが幸福になれる、それでいて退屈な未来図を見れなくなったからだ。


 この半年間、ウンザリするほど見続けていた退屈な未来――そんな未来を潰すのは、賢者の石の力を持つアルトマンにとっては容易かったが、自分の行動一つで未来が簡単に変わることが面白くなかった。


 だからこそ、アルトマンは彼が現れて賢者の石の力を存分に振るえる機会を、その光景を目の当たりにする機会を待っていた。


「待っている――楽しみに待っているよ、七瀬幸太郎君……どん底から這い上がってきた君の賢者の石がどんな輝きを放つのか」


 そう呟き、必ず自分の前に現れる七瀬幸太郎を想い――


「今度は絶対に誰にも邪魔はさせない――絶対に」


 賢者の石が燦然と輝くのを邪魔する者はすべて排除する決意を抱いた。

 

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