第6話
すっかり日が暮れたセントラルエリアの大病院前には大勢の制輝軍たちがいた。
日が暮れはじめて肌寒くなってきたが、制輝軍たちから発せられる闘志が周囲の温度を上げていた――が、彼らが漲らせている闘志は無理矢理漲らせただけの張りぼてのものだった。
数時間前に発覚した、制輝軍をまとめていた白葉ノエルと、制輝軍内でもトップクラスの実力を持ち、姉と同じく感情に流されない的確な指示をしてカリスマ性も持っていたクロノが、アカデミー都市内で発生した犯罪の裏にいるヘルメスとつながっているという事実に、まだ動揺を抑えることができないでいた。
そんな彼らと同じく、大病院前にいる制輝軍たちの指揮を任されたアリスに表情も暗かった。
……職員と入院患者の避難、クロノの移送は終了。
クロノは風紀委員とその協力者に任せた……私たちは私たちの仕事をするだけ。
雑念を払うために任務を考えるが、雑念を完全に取り払えずアリスの表情は暗い。
アルバートの携帯端末を解析していたアリスは、数時間前に知った制輝軍たちよりも先に真実に辿り着き、動揺を抑える時間も十分にあったが――それでも動揺はまだ十分に残っていた。
……どうして、ノエル、クロノ。
私たちは仲間じゃなかったの? ……どうして……
「大丈夫、ですか?」
自分を裏切っていたノエルやクロノに対しての怒りや苛立ちや戸惑い、そして、ノエルと戦うかもしれないという迷いと不安を抱くアリスを落ち着かせる、鈴の音のような声が響く。
「平気」
声の主――自身の隣に立つサラサに、アリスは強がってそう答えると、サラサは強面の顔をさらに強張らせ、脅すような鋭い目つきでアリスを睨んだ。
サラサを知らない大多数の人物は、サラサに見つめられて因縁をつけられたと勘違いするだろうが、彼女の心優しい性格を知っているアリスは、彼女が自分の強がりを見透かして心配しているのだろうと理解しているからこそ降参だと言わんばかりに小さくため息を漏らす。
「……正直、ノエルとクロノが裏切っていたなんて信じたくないし、ノエルと戦いたくない」
自分と同じ気持ちであろう周囲の制輝軍たちを気遣い、彼らには届かない小さな声でアリスはサラサにそう告げると、本音を口にしてアリスは僅かに気持ちが軽くなったような気がした。
「きっと、みんな同じ気持ち。でも、それを堪えて今この場所にいる。だから……私も逃げないでみんなと一緒にノエルに立ち向かうつもり」
そう、そうだ……みんな、同じ気持ち。
私だけ現実から逃げるわけにはいかない。
心の中でアリスはそう言い聞かせ、折れそうになる自分の心を奮い立たせる。
「だから、平気」
辛い気持ちを抑えながらも、サラサに、それ以上に自分に言い聞かせるようにそう言ったアリスの表情は強い覚悟を決めていた。
そんなアリスの表情を見て、「そう、ですか……」とサラサは頷いて納得した。
「その……本当にクロノさんの元へ、ノエルさんたちは現れるんでしょうか」
「鳳大悟も言っていたけど、襲われたアリシアたちのことを考えればヘルメスの行動は早い。それに……ノエルは任務に忠実だから、きっとクロノの始末にも躊躇いはない」
「クロノさんはこの前の事件で私たちを助けてくれました。ノエルさんももしかしたら……」
「……信じたいけど、多分それはありえない」
一週間前の事件で自分たちを追うノエルたちの足止めをしてくれたことを思い出すアリスだが――与えられた任務にノエルが忠実であることをよく知っているため、命じられれば必ずクロノの始末に動くと確信していた。
一縷の望みに期待しているサラサに現実を突きつけて突き放すアリスだが、彼女と同様にアリスも、ノエルもクロノと同じように与えられた任務に反抗すること期待していた。
しかし、期待を抱けば、ノエルと相対した時に迷いが生まれると思い、すぐにアリスはその期待を胸の奥深くにしまい、無理矢理忘れ去った。
「……無駄口叩くのはおしまい。周囲を警戒して」
「わかり、ました……」
これ以上サラサと話せば再び迷いが生まれると思い、アリスは彼女を突き放す。
アリスが心を閉ざしたのを感じたサラサは、友としてアリスの力になれなかったことを悔やんでいる様子で「すみません、でした」と小さく一言謝った。
しかし、アリスからは離れることなく、何も言わずにサラサは彼女の傍にいた。
……謝るのは私の方。ごめん、サラサ。
――ありがとう、サラサ。
サラサの気遣いを突き放した自分を嫌悪しながらも、彼女にアリスは深く感謝をした。
……まったく、こんな時に美咲は何してるの?
早く戻ってきてよ、バカ。
予想外の事態で心か深く沈んでいる中、アリスは明るくて呑気で、サラサと同じくお節介で、ちょっとエッチな美咲のことを、思い浮かべていた。
―――――――――
――目的地まで僅か。
ここまでは順調である。
制輝軍に囲まれているセントラルエリアの大病院だが、制輝軍が動き出すよりも早くノエルは侵入していた。
アルバート・ブライトがアカデミー都市のセキュリティを解除する時に用いた携帯端末型のハッキング装置を利用してノエルは病院内に侵入して、埃だらけの倉庫に身を隠した。
治安維持部隊に支給されるアカデミー都市内の監視カメラの映像を確認できるシステムを使い、携帯端末で病院内のカメラの映像を確認して絶好のタイミング――制輝軍が二次被害を避けるため、病院の職員や入院患者たちを別の場所に移動させ、クロノだけを病院に残して自分を誘き出すための準備を終える時を待った。
そして、訪れる絶好のタイミングでノエルは動き出す――余計な人間がいなくなった分、自分を目撃する人間もいないので、順調にクロノの元へと向かうことができた。
改めて、騒がしい美咲が一緒に行動しなくて正解だと、ノエルはヘルメスの判断を感謝した。
非常階段でクロノの病室にある階までノエルは疾走する。
クロノの病室がある階に到着すると、ノエルは輝石を武輝である双剣に変化させる。
監視カメラの映像を確認したところ、クロノの病室がある階には制輝軍内でも実力が高い人間が警護しているため、戦闘は避けては通れなかった。
不測の事態があることを想定し、迅速かつ的確に排除することを心掛け、ノエルはクロノの病室がある階の扉をそっと開いて非常階段から廊下に出た。
廊下に出たノエルは足音を立てることなく目的地へ向けて疾走する。
道中、顔なじみの制輝軍たちに出会う。
彼らは武輝を手にしたノエルの顔を見て驚きと怯え、それ以上に悲しそうな表情を浮かべた。
彼らはノエルを言葉で止めようとするが、そんな彼らの隙を突いてノエルは一撃の下で倒す。
――数は五人。しかし、全員動揺している。
一人、二人、三人、四人、五人――一呼吸する間にノエルは制輝軍たちを倒す。
制輝軍内でも特に実力の高い制輝軍たちだが、躊躇いなく隙を突くノエルに手も足も出せなかった。
――目的地へ急げ。
横たわる制輝軍たちの姿を一瞥したノエルは一瞬頭が真っ白になってしまい、目的地へと向かうことを忘れて立ち止まってしまったが、頭の中から響く声で我に返って先へ急ぐ。
道中再び制輝軍たちが現れたが、彼らはノエルと戦闘することなく止めようとしたのでノエルは苦戦することなく、そして、今度は頭も真っ白にならなかったため、順調に先へ急ぐことができた。
クロノの病室に近づくにつれて違和感を覚えはじめる。
本当にこの先の病室にクロノはいるのかという疑問が生まれた。
明らかにクロノを餌にして自分を釣ろうとしている状況だが入院患者や職員たちを避難させると同時に、クロノもどこかへ避難させたのではないかという考えがノエルの頭を過る。
しかし、病院内の監視カメラの映像を見ていた際に、クロノを移動させた映像は映っていなかったので浮かんだ疑問を消すが――違和感は消えなかった。
その違和感に頭の中の声が注意を促したような気がしたが、今は任務に集中する。
クロノが眠っている病室に辿り着いたノエルは、躊躇いなく病室の扉を開くと――
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
ここに来るまでずっと無表情だったノエルでさえも、顔をしかめるほどの耳障りなほどの大音量の笑い声が、クロノの病室を訪れたノエルを出迎えた。
「やはり来ましたわね! それにしても、ノエルさん一人だけとは舐められたものですわ!」
「まさかこんなにも早く来るなんてね。ヘルメスさんは思い立ったら即行動の人なんだね」
病室内には、うるさい笑い声の主である憎たらしいほど自慢げな笑みを浮かべた鳳麗華と、本来クロノが眠っているはずのベッドの上で気だるげに横になっている伊波大和だった。
――どうやら、白葉クロノは別の場所に移送させていた模様。
クロノの代わりに麗華と大和がいるのを見て瞬時に状況を察知するノエル。
違和感の正体が判明したが、特に動揺することなくノエルは二人を睨むように見つめて観察していた。
与えられた任務を遂行できないことに、胸の奥に熱い何かがわき上がると同時に、胸の奥に沈殿していた理解できない何かが軽くなったような気がしたノエル。
「さあ、白葉ノエルさん! 年貢の納め時ですわ! 大人しく私たちにお縄を頂戴なさい!」
「ということなんだけど、大人しく捕まってくれる? ここは穏便に、平和的解決にね?」
「大和! これからという時に少しはやる気を出しなさい!」
「はいはい、わかりましたよ」
輝石がつけられた美しいブローチを武輝である派手な装飾がされたレイピアに変化させながら見栄を切る麗華に続いて、億劫そうにベッドから起き上がった大和は歪な形のブローチを武輝である巨大手裏剣に変化させる。
――警告。逃走を推奨する。
しかし、戦闘は避けられない。
二人相手では分が悪いと判断したノエルは隙を突いて逃走をするため、交戦することにする。
気の抜けた麗華と大和のやり取りを傍目に、ノエルはこの場から逃げようとするが、二人の追跡からは容易に逃げられないと判断して、交戦をしながら隙を突いて逃げることにする。
無表情で無言のままのノエルだが、武輝である双剣を握る力を僅かに強くして、彼女が戦意を静かに漲らせていることを察知した麗華と大和は、彼女が抵抗する気であると判断する。
「ヤル気満々というわけですわね――いいでしょう! 長い間アカデミーや私たちを欺いてきたあなたに、きつーい、お灸をすえてあげますわ! ――さあ、行きますわよ!」
自信満々な笑みを浮かべる麗華の言葉を合図に、ノエルは二人に向けて飛びかかる。
麗華も武輝を突き出しながら力強く一歩を踏み込んで、彼女に飛びかかった。
ぶつかり合う二人の様子を、武輝である手裏剣を億劫そうに担いでいる大和は他人事のように眺めていたが、その目にはノエルの動きを分析する冷静な光が宿っていた。
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