エピローグ

 あれからどれくらいが経ったのだろうか……

 五日? それとも、一週間? ……よくわからない。


 事件が終わってから、制輝軍本部の地下にある拘留施設の中に入れられた村雨は、窓も時計もない空間で、物思いに耽っていた。


 それにしても、まさか戌井が御使いと関わっていたとは……

 いや――そんなことよりも、戌井に撃たれて重傷を負った鳳大悟は大丈夫なのだろうか。

 俺について来てくれた仲間たちは大丈夫なのだろうか……


 拘留施設に入れられてからずっと、村雨は大悟と自分の仲間のことを気にしていた。


 何度も鳳グループの人間から取調べを受ける中で、事件の顛末を聞いた村雨は、戌井が御使いとつながっていたこと、鳳大悟が戌井の凶弾に倒れたことを知っていたが、自分について来てくれた仲間がどうなったのかはわからなかった。


 大勢の人を巻き込んでしまったのは申し訳ないと村雨は思っているが、事件を起こしてしまったことに関しては後悔しておらず、どんな処罰でも甘んじて受け入れる覚悟を持っているが――大悟と仲間たちの安否だけが気がかりだった。


 彼らのことが気がかりで焦燥感が生まれそうになるが、村雨は大きく深呼吸をして気を落ち着かせた。


 村雨が気を静めると同時に、突然村雨が入っている部屋の重厚な扉が開いた。


 いよいよ自分の処分を誰かが伝えに来たのかと思って、覚悟を決めた表情で村雨は開いた扉に視線を向けると――


「やあ、村雨君。元気にしてた?」


 重厚な扉から現れたのは、軽薄な笑みを浮かべた伊波大和だった。


 取調べで伊波大和が御使いに協力していることを知っている村雨は、強い警戒心を宿った目で突然現れた大和を睨んだ。


 自分に対して強い警戒心を抱いている村雨を見て、大和は軽薄ながらも不敵で薄気味悪い笑みを浮かべた。


「……御使いの協力者で、追われている身のお前がどうやってここに入れた」


「ここは元々輝動隊本部。輝動隊隊長だった僕には色々と裏道を知っているんだ」


「それなら、何のためにここに来た」


「その前に――君がここに来てもう四日経つけど、事件の後アカデミーがどうなったのか戌井君に撃たれた大悟さんや、君の仲間たちのことも知りたいでしょ?」


 大悟や仲間たちのことを気にしている村雨の心をすべて見透かしているような大和は、口角を吊り上げて嫌らしく笑っていた。


 気になることは事実だが、目の前にいる伊波大和という人物が信用できない村雨は、聞くつもりはないという意思を見せようとしたが、大和は勝手に話しはじめる。


「あの事件に関わった君の仲間は戌井君以外全員無罪放免。まあ、戌井君は仕方がないよね、大悟さんを傷つけちゃったんだし。それに、戌井君について本気で調べたら、裏でコソコソと悪いことばっかりやってたんだから――バカだよねぇ、感情に支配されなければ、すべて上手く行ってたのにさぁ。これで彼は問答無用に特区行き決定だね」


 後一歩のところで自分のせいで失敗した戌井に、大和は心からの嘲笑を浮かべていた。


 自分だけではなく大勢の人間を利用し、裏切った自業自得の村雨は何もフォローすることなく、戌井の本性に気づけなかった自分自身を恥じていた。


「戌井君はもうどうでもいいや。それで、大悟さんの具合について何だけど、容態はかなり安定しているよ。まだ意識不明だけど、そろそろ目が覚めるってさ」


 戌井の凶弾に倒れた大悟が無事であること、自分を信じてついて来てくれた仲間たちが無罪放免になったことを聞いて、村雨はここに来てようやく心から安堵することができた。


 ――もう、自分に何が起こっても村雨は思い残すことはなかった。


「それにしても、大悟さんはすごいよ。煌石を隠し持っているって公表した後のことをちゃんと考えていたんだ。本当にこんな時が来ると思って、色々と事前に用意していたんだね」


 心底感心したようにため息を漏らし、大和は大悟のことを称賛した。


「大悟さんは自分の身に何かあったら遺言状代わりになるものを用意していたんだ。その遺言状には『祝福の日』で兵器開発に関わっていた鳳グループ内のいる大勢の人間が書いてあった。事件の後にそれが公表された結果、当時兵器開発を行い、現在鳳グループの重役を務めている大勢の人間を辞職させたんだ。いやぁ、爽快だったよ、自分だけは安全な場所にいると思い込んでいる頭が古い連中の、絶望に染まる顔は」


 口角を限界まで吊り上げて狂喜に満ちた笑みを浮かべた大和から、村雨はハッキリとした復讐心を感じると同時に、まだその復讐心が満たされていないとも感じた。


「今回の騒動で失ったものは多くて、取り戻すのが難しいものばかりだけど、失うと同時に得られたものはたくさんあった――おめでとう、村雨君。君の行動で鳳グループは変わった、そして、アカデミーは必ず変わるよ」


 大和の言う通り、鳳グループは変われるだろうと村雨は思っていた――だが、復讐心が満たされていない大和を見て、手放しで喜ぶことができなかった。


「これから良い方向へ向かうかもしれない鳳グループに、お前は何をするつもりだ」


 大和に向けていた警戒心をさらに強くさせて村雨は尋ねた。


「君が知っても意味がないよ――だって、君はここでゲームオーバーだからさ」


 大和は意味深な笑みを浮かべてそう答えると同時に、輝石が埋め込まれたブローチをポケットから取り出し、輝石を武輝である巨大な手裏剣に変化させた。


 目の前で輝石を武輝に変化させる大和だが、村雨はまったく動揺しなかった。


 誰も知られずにここに来た段階で、村雨はこうなるだろうと薄々感じていたからだ。


「君はこれから半年間くらい特区で暮らしてから処分が下されることになる――でも、残念だけど君は『姫』にとって邪魔な存在。姫のために僕は君をここで排除する」


「天宮加耶は何がしたい。――最期くらい、教えてくれもいいだろう」


 すべてを悟ったような表情を浮かべて抵抗する気がない村雨に、一瞬の間を置いて大和は彼の質問に答えることにする。


「天宮家当主の娘としての責任を果たすためだから――……復讐、かな?」


「復讐を生き甲斐にするとは、むなしいな」


 心から憐れんでいるような村雨の言葉に、自分も同意であると言っているようでもあったが、それ以上に退けぬ思いがある、そんな表情の大和は口元を緩ませて微笑んだ。


「姫には責任があるから仕方がないんだ。天宮家当主の娘として、その責任からは逃れられない」


「……その気になれば人はやり直せる、天宮加耶にそう伝えてくれ」


 大勢の人を巻き込んだ大きな騒動を起こした償いのため、何よりもアカデミーのため、自分を仲間に誘ってやり直せるチャンスを与えてくれた大悟の手を取って、彼のために動く決意をしていた。


 自分の決意が無駄にならないように、村雨は復讐に憑りつかれている天宮加耶にそう伝えてもらいたかったが、大和は何も言わずに武輝を振り上げた。


 武輝を振り上げた大和の表情から笑みが消え、村雨を無表情で見つめていた。


「……さようなら」


 冷たく、短く別れの言葉を告げると同時に、武輝を迷いなく村雨へ向けて振り下ろした。




――――――――




 ……ぼんやりとしていて周りがよく見えない。

 耳鳴りがする、呼吸が上手くできない、喉が渇いて声も出せない。


 ……ここはどこだ?

 あれから、どうなったんだ?


 身体が重く、動こうとすれば胸を中心にして熱く、鋭い痛みが走った。


 辛うじて動く頭を動かして、ここがどこで、自分がどんな状況であるのかを確認するが、周りは暗く、視界も霞んでいるのでよくわからなかったが――


 見知った少女らしき姿を視界に捕えたような気がした。


「……か、か・や?」


 喉に力を込めて、自分の子供の一人である少女の名を口に出した。


 しかし、掠れた声で聞こえていないのか、少女は何も反応しなかった。


 だが、どうしても少女に言わなければならないことがあったので、どうにかして、渇いた喉から言葉を絞り出す。


「……お、お前の……好きに……しろ、加耶――」


 途切れ途切れで掠れて弱々しい声だったが、強い覚悟が込められていた。


 これで自分の人生が最期になるつもりで放った言葉だった。


 だが、聞こえていないのか、少女はまた何も反応しなかった。


 そして、少女の姿は視界から消える。


 少女を呼び止めようとしたが、上手く声を発することがもうできなかった。


 少女の姿がいなくなったすぐ後に、白衣を着た多くの人間が慌てた様子で現れた。


「鳳さん、鳳大悟さん! 私の声が聞こえますか!」


 自分の名を呼ぶ医師の声に、微かに頷いて大悟は反応した。


――続く――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る