第8話
風紀委員本部を出てすぐに麗華に会いに行くと言い出した幸太郎は、セントラルエリアにある麗華が暮らす屋敷へとセラとともに向かっていた。
幸太郎は道中にある商店街で久しぶりに会う麗華のためにお土産として焼き鳥セットを買い、余分に買っておいた塩味の鳥皮を食べながら歩いていた。
鳥皮を食べながら、幸太郎は周囲の道行く通行人たちを眺めた。
一年前は放課後になると必ず巡回していた黒いジャケットを着た輝動隊と、赤いマントを羽織った輝士団たちの姿はなく、彼らの代わりに輝石を模った六角形のバッジをつけた制輝軍たちが巡回していた。
道行く制輝軍の姿を見て、幸太郎は昨日自分をアカデミーに連れ出した白葉ノエルのことを思い浮かべ、彼女も制輝軍の証であるバッジをつけていたことを思い出した。
白葉ノエルのことを思い浮かべながら、幸太郎は鳥皮を一気に食べた。
「それにしても、鳳さんが学校を辞めてたのは戻ってきて一番びっくりした」
鳥皮を食べ終え、ふいに幸太郎は隣でつくねを食べているセラに話しかけると、麗華の話題を出されてセラは一瞬暗い表情を浮かべたが、つくねを食べて誤魔化した。
「ええっと……お父様のお仕事を手伝うとのことで、今年の春に自主退学しました」
明らかな急場凌ぎのセラの説明だが、幸太郎はその説明に納得しているようだった。
「鳳さん、大丈夫?」
「大人に負けないほどの知識と胆力を持つ鳳さんなら大丈夫でしょう……きっと」
「そうじゃなくて、あの近隣住民が迷惑するほどの高笑いが不安で」
「……空気は読むと思いますから」
「そんな人は公共の場であんな高笑いはしないと思うけど……」
麗華についての話をしていると、あっという間に麗華が暮らす屋敷へと到着した。
高い塀に囲まれた、広い面積を持つ庭の中央に建っている麗華の高笑いが今にも聞こえてきそうな絢爛豪華な屋敷に到着した幸太郎は、重厚な鉄の門扉の横についているインターフォンを鳴らした。
インターフォンを鳴らしてしばらくすると、扉からスーツを着た一人の人物が出てきた。
その人物は二メートル近い身長、逞しい身体つき、強面の顔をさらに際立たせるようなスキンヘッドの大男で、麗華の使用人兼ボディガードを務めている人物であり、名前はドレイク・デュール、幸太郎の友達の一人でサラサ・デュールの父親だった。
久しぶりに再会する友達に、幸太郎は笑みを浮かべて「お久しぶりです」と挨拶をした。
久しぶりの再会にもかかわらず、何の感慨なく軽く挨拶をする幸太郎に、ドレイクは小さく呆れたようにため息をついたが、強面のその顔はどことなく嬉しそうだった。
「久しぶりだな、幸太郎」
「どうも、ドレイクさん。あ、さっきサラサちゃんに会いました」
「……そうか。で、どうだった、私の娘は」
娘であるサラサと出会ったことを幸太郎が報告すると、鋭い眼光を飛ばし続けているドレイクの目つきは微かだが明らかに変わった。
今のドレイクの目つきには、人生経験と輝石使いとしての実戦経験が豊富な戦士のものではなく、父性に溢れたアットホームな感じの温かみが含まれていた。
「まともに話せませんでしたが、ドレイクさんに似てると思いました」
「そうだろう……他には?」
「目つきは怖いけど、かわいかったです」
「当然だ……他には?」
「今はまだ起伏に乏しいけど、将来有望です」
「娘を変な目で見ることは許さんが、それについては同感だ。サラサは私よりも輝石使いとしての才能がある……他には?」
「……ドレイクさん、親バカですね」
普段は無口だが、娘であるサラサの名前を出した途端に雰囲気をガラリと一変させたドレイクに、幸太郎は呆れた様子で思ったことを平然と口に出した。
ストレートすぎる幸太郎の感想に我に返ったドレイクはわざとらしく「オホン」と咳払いをして、「用件は何だ」と、いつもの雰囲気に戻った。
「鳳さんに会いたいんですけど」
「……すまないが麗華には会えない。仕事で忙しいんだ」
麗華に会いたいと言った幸太郎に、ドレイクは一瞬の間を置いて、感情を押し殺した声で麗華には会えないと告げた。
「それならいつなら会えますか?」
「見当もつかん」
「そんなに忙しいんですか?」
「……ああ」
中々引き下がらない幸太郎に、ドレイクは彼の後ろにいるセラに視線を送ると、すべて得心したように彼女は微かに頷いた。
「幸太郎君、鳳さんは忙しいようですしまたの機会にしましょう」
「残念だけど、今日は仕方がないよね」
間に入ってきたセラの言葉に、幸太郎はガッカリしたように小さくため息をついた。
大人しく引き下がる幸太郎に、ドレイクはセラに視線を合わせて微かに頭を下げた。
「また来ます、ドレイクさん」
「……そんなに麗華に会いたいのか?」
麗華に会えないことに心底残念がっている幸太郎に、ふいにドレイクは疑問をぶつけると、幸太郎は当然だと言うように力強く頷いた。
「鳳さんには色々と言いたいことがあるんです」
「言伝なら任せてくれ」
「気遣ってくれてありがとうございます。でも、僕の口から言わないとダメなんです」
自分の口から麗華に伝えなければならないという、ハッキリとした強い意志を幸太郎から感じ取ったドレイクはこれ以上気を遣うことをやめた。
「お前も知っていると思うが、今のアカデミーの状況をどうにかするために麗華は尽力している。わかってくれ――……個人的にならばまた会おう」
「じゃあ、今日はもう帰ります。お仕事中時間を取らせてすみませんでした。今度は個人的に会ってゆっくり話しましょう、ドレイクさん」
幸太郎は仕事中に手間取らせたドレイクに頭を下げ、帰ろうとする。
友達と会うことができず、肩を若干落としている幸太郎を見かねて、ドレイクは「もしかしたら――」と、幸太郎を呼び止めた。
「……お前がアカデミーで活躍できれば、麗華と会えるかもしれない。お前が目立つことができれば、今のアカデミーにとって悪いことではないし、麗華の心に余裕ができる。心に余裕ができれば、きっと麗華はお前に会いに行くだろう」
「それじゃあ、そうします」
ドレイクの言葉に希望が見えた幸太郎は力強く頷いて、セラとともに去って行った。
遠のく二人の背中を見て、ドレイクは小さな声で「すまない」と呟き、屋敷に戻った。
途中昼食等を買うためにコンビニに寄って、寮までセラと一緒に帰ったが、寮に到着して休むことなくセラは巡回に向かった。
巡回に向かうセラを見送った幸太郎は、寮の自室で昼食の焼肉弁当を食べて、昨日から急展開続きで心身ともに疲れ切っていた幸太郎は昼寝をした。
――だが、昼寝を邪魔するかのように、自宅から大量の荷物が運び出され、それの整理に追われてしまい、休むことができなかった。
―――――――――――
アイツが戻ってきた……
戻ってきたアイツは何も変わってなかった……何も、何も!
アイツのせいですべて終わった!
アイツのせいで辱められた!
アイツのせいで何もかも奪われた!
アイツのせいで――アイツのせいで!
何もかも、アイツのせいだ!
復讐の暗い炎が全身に渦巻き、激情に支配される自分の前に――そいつは現れた。
フードを目深に被っているので容姿はわからず、声も加工されているので性別もわからず、トドメには自分を神の使いのような存在だと言ってきた。
傍目から見たら明らかにそいつは胡散臭い人物だ。
だが、そいつは自分と同じ復讐に燃えていた。
誰に対しての復讐かはわからない――だが、確かにそいつは復讐に燃えていた。
そいつはすべてを見透かしていた。
何もかも、すべてを理解している様子で話しかけてきた。
そいつはこちらにある提案を持ちかけた。
自分に協力すれば、こっちの復讐の手伝いをしてくれるという提案だった。
面白い提案だった……
確かに言う通りにすれば、復讐を遂げることができる――だが……
容姿も性別もわからない相手に協力を求められて、簡単に応じることはできなかった。
それに、復讐をするのなら、自分自身の手でするべきだと思ったからだ。
復讐に燃える全身が徐々に冷静になってくるが、そいつは去り際にこう言った――
「考える時間をやろう」
そう言って、そいつは霧のように消えた。
冷静になってきた頭の中に、その言葉が何度も反芻した。
反芻する度に、消えそうになっていた復讐の炎が徐々に滾りはじめる。
だが――笑えることに理性が働いているのか、すぐに復讐の炎は徐々に小さくなった。
……時間はあるんだ、ゆっくり考えることにしよう。
今はそう思うことにして、自分自身を落ち着かせることにした。
そう――今は――……
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