エピローグ
事件から数日後――味方がいなくなったアカデミー都市から出た幸太郎はヘルメスとともに山道にも似た険しい道を登っていた。
ヘルメスは疲れた様子はなく黙々と先へ向かっていたが、幸太郎は慣れない険しい道のせいで疲れ果てており、ヘルメスよりもだいぶ後方にいた。
「へ、ヘルメスさん、休憩しませんか?」
「そんな無駄な時間はない」
「さ、さすがにノンストップで登り続けるのに疲れたんですけど」
「我慢しろ。そろそろ目的地だ」
後方から聞こえる幸太郎の泣き言をヘルメスは華麗に流した。
「ほ、本当にここに人が住んでいるんですか?」
「何度も言わせるな」
「町からは結構離れてるのに、ご飯とかどうしているんでしょう」
「自給自足だろう。それに、私の――いや、アルトマンの記憶では相手はかなりの人嫌いだ。人里離れたこの場所が本人にとってちょうどいいのだろう。だからこそ、何度も言うが余計なことは言うな。現状で余計なことを言えば、我々は一気に窮地に陥る」
「ドンと任せてください。それにしても、空気はきれいですけど、一人でここに暮らすのってよっぽど暗い性格か、友達がいないんでしょうね」
「……それを余計なことだというのだ」
注意した直後に余計なことを悪気もなく言い放つ幸太郎に、先行き不安なヘルメスはため息を漏らした。
「そういえば、ここに来る前に両親に連絡しました」
「安易に外部と連絡するのはやめろ――と言いたいところだが、息子の無事を確認しなければ不安になるのが親心というものか……まあいいだろう」
「さすがはノエルさんとクロノ君のお父さん」
「違う――それで、何のために連絡した」
拍手をする幸太郎の言葉に忌々しく舌打ちをするアルトマン。
「特に用事はなかったんですけど、やっぱりみんな忘れてるみたいでした」
「当然だ。あの日から世界は変わったのだ」
「それにしても、賢者の石の力ってすごいですよね」
「人や、もの、ありとあらゆるすべてを支配できるとは、私も想定外だった。今やアカデミーに、いや、世界に君を知る人間はいないだろう」
「あの事件の次の日から、セラさんたち普通に生活していましたもんね」
ヘルメスの言う通り、数日前、アルトマンと幸太郎が対峙した日――その日からすべてが変わった。
アルトマンが放った賢者の石の力によって、アカデミー都市中の――いや、世界中の人間から幸太郎の記憶が失われた。
影響をもたらしたのは人だけではなく、アカデミーや世界が持っていた幸太郎の個人情報すべても消失してしまっていた。
唯一血の繋がりが深い両親だけは、息子がいるという記憶だけは失われていなかったが、それでもアカデミーに通っていたという事実は消えてなくなっていた。
世界は幸太郎を取り残して、誰にも気づかれることなく大きく変わってしまった。
「びっくりしましたよね。事件の次の日、セラさんたち普通に生活していましたし、僕のことも忘れているみたいでしたし、事件結末もヘルメスさんが生死不明のまま変な感じになってましたし」
「確かに、まさかあれほどの力を秘めているとは思いもしなかった――……しかし、あれだけ友情や絆を育んでいたのにもかかわらず、薄情なものだ。まあ、結局賢者の石によって集められた人間など、その程度のものだ」
「ぐうの音も出ませんけど――でも、セラさんたちが無事でよかったです」
「……まったく、君は実に愚かだな。腹立たしいほどに」
偽りの絆を失った幸太郎をせせら笑うヘルメスだが、当の本人は気にすることはなく、ただ友人たちが無事であることに安堵していた。
そんな幸太郎の態度に、ヘルメスは面白くなさそうに、それ以上にどこか羨ましそうな一瞬だけ浮かべて、忌々し気に舌打ちをした。
相変わらず呑気な幸太郎だが、友人たちの記憶から自分が消えてショックを受けていないわけではなかった。
だが、ショックを受けて立ち止まるよりも、やるべきことをやるために前へ進むことを幸太郎は選択した。
それに、両親の他にも自分の記憶を持っているヘルメスが傍にいるので幸太郎は気にしていなかった。
仮にヘルメスが傍にいなくとも、幸太郎がやるべきことは何一つ変わらなかった。
幸太郎の目的はただ一つ――アルトマン・リートレイドを倒す、ただそれだけだ。
ヘルメスもまた、自身を利用し尽くした自身の創造主、父も同然の存在・アルトマンを倒すつもりでいた。
だから、事件後、幸太郎の力のおかげで消滅の危機を回避したヘルメスは、彼に協力を持ち掛け、行動を共にしていた。
今まで敵対していたヘルメスは、今は心強い味方だと幸太郎は思っているのだが――ヘルメスにとっては、能天気で幸太郎を利用価値のある道具としてしか思っていなかった。
そんなヘルメスの魂胆など露も知らなければ、気づく様子もない幸太郎は、いつものようにただ前へ進む。
世界は変わってしまったが、幸太郎は変わらない。
今も昔も、そして――これからも。
「見えてきたぞ」
「本当に暮らしているんですね」
ヘルメスの指差した方向にある、長い石造りの階段の先にある屋敷を見て、鬱蒼とした森に囲まれた山奥に人が本当に暮らしていることに幸太郎は口を情けなく大きく開けて感心していた。
「いいか、何度も言うが余計なことは――」
「結構家、ボロボロですね」
「口は災いの元だということを知らないのか、まったく……」
何度も注意したのにもかかわらず、思ったことを悪気もなく平然と言い放つ幸太郎に、ヘルメスは諦めたように深々とため息を漏らす。
幸先の不安を感じながらも、ヘルメスたちは目的地へと目指す。
すべてはアルトマンを倒すために――
――つづく――
次回は花粉の時期がはじまる前には何とか。
残り3エピソード予定。来年には完結させたいです(-_-;)
良いお年を! ('◇')ゞ
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