第27話
セントラルエリアの輝動隊本部にある薄暗い取調室――手足を拘束されて自由に身動きが取れないドレイクは一人、取調室の椅子に座らされていた。
あの事件から一日――もしくは、二日経っただろうか……
時計と窓がない拘留施設に閉じ込められていたので時間の感覚が狂っていたが、大体そのくらいの時間が経過しただろうと思っていた。
初日は怪我の手当てもそこそこに、取り調べが行われたが、北崎に雇われただけで深いことは何も知らなかったドレイクは、自分の知っていることだけを教えた。
北崎の計画が失敗した以上、北崎なんかに義理立てする必要がないと思ったので、隠すことなく自分の知っていることを教えた。
自分が何も知らないとわかると、輝動隊は計画の立案者である北崎を取り調べることを優先して、ドレイクを拘留施設へぶち込んだ。
北崎の計画から解放され、ドレイクは安堵の息を漏らすとともに、不安と後悔を抱いた。
あの時――風紀委員の連中が拘留施設から脱走して、こちらに向かっていると知った時、焦りで金が振り込まれたか確認しなかったこと、何よりも自分のしてしまったことの大きさにドレイクは後悔するとともに、しっかり金が振り込まれているのかが不安だった。
不安と後悔を抱いたまま、自分は間違いなく特区送りになると思っていたドレイクだったが、突然取調室に呼ばれて今に至る。
これから何が起きるのか考えていると、扉が開いて一人の人物が現れた。
「ごきげんよう、ドレイクさん。調子はいかがです?」
現れたのは、自身を圧倒的な力で敗北させた鳳麗華だった。
敵であった彼女の登場に、ドレイクは驚くとともに怪訝に思った。
相変わらず挨拶しても反応がないドレイクに、麗華は嘆息する。
「まったく……北崎の計画が失敗したのですから、沈黙を守ることはないでしょう? 元・教皇庁に所属していたボディガードのドレイク・デュールさん?」
「……それもそうかもしれないな」
「ようやく口を開きましたわね。改めて、よろしくお願いしますわ、ドレイクさん」
自分の名前も、過去もすべて知っている様子の麗華に、ドレイクは諦めたようなため息を漏らし、彼はようやく重い口を開いた。
「今更何のようだ。なぜここに来た」
「輝動隊の隊長に頼んで――いや、命令して会いに来ましたの。怪我の具合はどうです? まあ、輝石使いなので多少の打撲だけでしょうし、私も薬を打たれたせいで本調子ではなかったので、骨などに異常はないとは思いますが」
あれで本調子ではないと言うのか……参ったな……。
麗華の言葉に、改めて力の差を思い知ったドレイクは深々とため息を漏らした。
「教皇庁は輝石使いをボディガードとして多くの国や企業に派遣して、お金とともに、輝石使いの力を示して信者を獲得していますわ……元とはいえ、人を守る仕事をしていたあなたがなぜこんなことを?」
「理由を知らないハズがないだろう」
皮肉たっぷりなドレイクの言葉に、麗華はそうだと言わんばかりに微笑んだ。
「情状酌量の余地は一応あなたにはありますわ」
「同情は無用だ。私は罪を負うべきだ……お前の言う通り、私には確かに迷いがあった。どんな理由があるにせよ、良心に従えばいつでも北崎の計画を止めることができた」
「仕方がありませんわ、理由が理由ですもの」
「仕方がない――今回の事件をその一言だけで済ますのは、周囲はもちろん、私自身も納得しない。罪は罪、それを背負うべきだ」
自嘲的な笑みを浮かべているドレイクの言葉の端々には、後悔の念が込められていた。
自分の罪を素直に認めるドレイクの真摯な態度に、麗華は満足そうに微笑んでいた。
「気に入りましたわ……」
そう呟いて、目を輝かせてこちらを見つめてくる麗華に、ドレイクは戸惑った。
「……突然何を言っている」
「気に入った、と言っているのですわ……あなたのその責任感、そして、北崎なんかに手を貸したその忠誠心――特区送りにするのはもったいないですわ!」
機嫌が良さそうにそう言うと、唐突に麗華は自身の輝石のついたブローチを武輝であるレイピアに変化させ、その刃でドレイクの手足の拘束を解いた。
想定外の麗華の行動に、無表情のドレイクもかなり驚いた様子で、ニンマリと不敵な笑みを浮かべる彼女を見た。
「私がここに入ってからの会話は、あなたの性格を見極めるものでしたの。見事あなたは合格ですわ……ということで釈放になりますわ。もちろん、条件付きですが」
「同情は無用だと言ったはずだ」
「真面目もここまで来ると、バカの領域ですわね」
突然釈放されることになって戸惑いを覚えながらも納得しない、拘束を解かれても椅子に座ったままのドレイクの真面目さに、麗華は感心を通り越して呆れていた。
「一家の大黒柱であるあなたがいなくて、家族はどう思うのでしょうね」
家族のことを切り出されて、ドレイクは言葉に詰まってしまう。
「偽名を使わせて娘さんをセントラルエリアの病院に入院させているとは、大胆な真似をしますわね。まあ、他の病院に比べて設備がいいので、重病人にはちょうどいいですが」
ドレイクは娘の顔を思い浮かべる。
病気でやつれながらも、気丈に振る舞う娘の顔を。
十二歳になる娘は生まれつき心臓に重い病を患っており、ずっと病弱だった。
小康状態を保っていたが、先月になって様態が急変した。
適切な処置を行わなければ一年は持たないと医者に宣告され、治療のために多額の治療費が必要になってしまった。
数年前、とある事件に巻き込まれた結果、教皇庁の重職である男を守り切れずに大怪我を負わせてしまった。
護衛対象を守り切れなかった責任を問われると同時に、重職の男から恨まれてしまい、教皇庁内で権力がある彼の一言によって仕事を追われてしまう。
それから、昔の仲間のつてで仕事をしていたが、それでも払えないほどの多額の治療費だった。
昔の仲間内から無心して、いくらかは用意することができたが、それでも足らず、結局は北崎に頼ってしまった――今にしては言い訳に過ぎないとドレイクは思っているが。
一週間ほど前――ちょうどアカデミーの入学式の時、北崎が用意した前金で娘をセントラルエリアにある大病院に入院させ、金が用意できたらすぐ手術ができるよう準備をしていた。
「言っておきますが、北崎はあなたにお金を振り込んでいませんわ」
麗華の言葉に、ドレイクは声が出せなくなるほどの絶望を覚え、力なく顔を俯かせる。
約束を破った北崎に対してではなく、信用しないと誓った彼を信用し、手を汚してまで何も得ることができなかった自分自身の愚かさに激しい怒りと後悔を覚えた。
俯いたまま、生気がまるで感じられないドレイクを見て、麗華は嘆息する。
「……娘さんの命は心配いりませんわ」
いまだに声が出せないドレイクは、麗華の言葉を聞いて縋るような目で見上げた。
「娘さんの命は鳳グループが保証しますわ……その代わり、あなたは釈放されると同時に、鳳グループに所属してもらいますわ。私の使用人兼ボディガードとして」
「……何が目的だ」
安堵し、喜びそうになるドレイクだったがそれを堪え、振り絞った声でそう尋ねた。
甘い話には裏がある――今回の一件でドレイクはそう痛感したからだ。
「教皇庁に裏切られたも同然なあなたは、鳳グループにとって利用価値がある人間ですわ。教皇庁の不正を握っている人物と思わせ、交渉の場でのカードにするのですわ」
「……娘の命と引き換えに、私を利用するつもりか?」
「人の命を利用するのは忍びないですが、残念ながらそうなりますわね。どうしますの?」
申し訳なさそうにそう言った麗華――ドレイクは考えることはしなかった。
ただ娘のため――ドレイクは静かに頷いて従うことを選んだ。
ドレイクの反応を見て、満足そうな笑みを浮かべると同時に、麗華は安堵している様子だった。
「従うというわけですわね――しばらくしたら書類を持った鳳グループの方々が来ますので、サインをすれば釈放ですわ。娘さんの命は必ず、私の名に懸けて助けますわ」
そう言い残し、麗華は取調室から出ようとする。
そんな彼女を「待ってくれ」と、ドレイクは呼び止めた。
「利用されようが関係ない……娘を助けてくれるのなら――感謝する」
「その台詞は娘さんが助かってから言いなさい。さっそく明日から手術ですので、釈放したら早く父親の顔を見せてあげなさい。そ、それでは失礼しますわ」
ドレイクにお礼を言われて、照れを隠すように麗華はさっさと取調室を出た。
麗華が出て、しばらくすると彼女の言った通り鳳グループの人間が書類を持って現れた。
鳳グループに従うという誓約書等にサインをして、すぐに釈放になった。
そして、ドレイクはすぐに病院に向かうと、医者から明日すぐに手術を行うと言った。
ドレイクは安心するとともに、約束を守ってくれた麗華に深く感謝をし、すぐに娘に会おうとするが、彼の足は病室の前で止まった。
今回の事件で自分のしてしまったことを大きな過ちを思い返したからだ。
だが、一人の父親として、包み隠さず娘に自分のしたことを話さなければならないと思い、覚悟を決めて娘の病室へと向かった。
―――――――――――――――
日が傾きかけてくる頃、ドレイクとの会話を終えた麗華は輝動隊本部から出た。
本部を出た麗華の目に最初に入ってきたのは、不敵な笑みを浮かべているヴィクターだった。軽い挨拶をお互いにして、麗華は小走りで近寄った。
麗華の胸は期待に満ち溢れ、今にも張り裂けそうなくらい鼓動が高まっていた。
「あなたが来たということはもしかして、何かいい返事が出たということですの?」
期待で胸を膨らませている様子の麗華の質問に、ヴィクターはニヤリと一度笑って、盛大な拍手を送った。
「おめでとう、つい先ほど行われた会議で、晴れて君たち風紀委員は治安維持部隊の一つとして認められたぞ」
「オーッホッホッホッホッホッホッ! まあ、当然ですわね! 今回は明らかに上の判断ミスで、私に大きな借りを作ってしまったのですから!」
「ハーッハッハッハッハッハッハッ! おめでとう、これで君の思い通りになったな!」
風紀委員が認められたことに、大きく胸を張って、機嫌よく麗華は高笑いをして、ヴィクターも笑いながら彼女に拍手を送り、周囲の通行人はそんな二人を白い眼で見ていた。
ひとしきり笑い終えた後、二人は真剣な顔立ちになる。
「第三の治安維持部隊を作るとなると、上も相当な覚悟の上での決断――どうせ何か条件や制約があるのでしょう? 監視カメラの映像は見られないでしょうね、おそらく」
「相変わらず聡いな……君の言う通りだ。後日正式に風紀委員の設立が認められる発表がされるとともに、条件や制約が提示されるだろう――が、君もわかっているだろう?」
「わかっていますわ。これがはじまり――ですわね」
「わかっているなら結構だ……これからが本番だ。心して臨みたまえ」
風紀委員の活動が認められても慢心していない麗華に、ヴィクターは満足そうに微笑む。
条件があるというのが麗華には気に入らなかったが、それ以上に第三の治安維持部隊として認められたことに彼女は安心していた。
条件付きでも何でも、まずは風紀委員を第三の治安維持部隊として認められる――それが麗華の考えている計画の第一目標だからだ。
なので、悠長に喜んでいる暇はなかった――麗華の計画はまだはじまったばかりだから。
「近いうち、アカデミーに未曽有の大事件が発生するだろう……今回の事件はその前兆に過ぎない。そして、今回のように二つの治安維持部隊は機能しなくなる。もしかしたら、君たち風紀委員もまた利用されることになるかもしれない」
アカデミー都市の中心に背を向けるようにして建っている、鳳グループ本社と教皇庁本部を憂うような目で見つめながらヴィクターは忠告するようにそう言うと、麗華は静かに頷いた。
「だからこそ――君たち風紀委員の活躍には期待しているよ」
おどけたような笑みを浮かべているヴィクターだが、その表情は切実なものだった。
彼の表情と言葉に、麗華は自分の身が引き締まった。
「そんなの……当然ですわ。私はアカデミーに在籍しているすべての輝石使いたちを守るために風紀委員を設立したのですから」
「アカデミーの危機は確実に近づいている。その危機に直面した時、今回の事件のように私が助けに入れるとは限らない……そんな時、君は――いや、君たちはどうするのかな?」
ヴィクターの言う通り、今回は輝動隊に拘束された自分たちを逃がしてくれた彼のおかげで事件が解決した部分があり、運良く解決できたと麗華は思っていた。
もし、あれ以上の危機に直面した時、今回のように運良く事態は進まないだろう。
だが――
「どんな状況に陥っても、今度はもう諦めたりしませんわ」
麗華は幸太郎のことを思い浮かべた。
手も足も出せない絶望的な状況にもかかわらず、一人、諦めようとしなかった彼の姿を。
落ちこぼれと、役立たずと、凡人と蔑んでいたが、あの時の彼の姿から、何か非凡なものを麗華は確かに感じた。
迷うことなく答えた麗華に、ヴィクターはの瞳から憂いが消えた。
「そういえば、今日は彼の退院の日ではないか。迎えに行かなくていいのかな?」
「知りませんわ! あんなバカなんて!」
ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべて質問してきたヴィクターに、自分の恥を思い出した麗華は怒りで肩を震わせて、忌々しげにそう吐き捨てた。
「彼がいなければ今回の事件を防げなかったかもしれないというのに、冷たいな」
「あくまで、かもしれないというだけですわ! それに、事件はまだ正確には終わっていません……そうでしょう?」
「ああ――……そういえば、そうだったね」
事件は正確にはまだ終わっていないことを思い出し、ヴィクターの瞳に再び憂いが戻る。
「だが、今回の功績は認めてあげてもいいのではないかな?」
「か、考えておきますわ! それでは、私は色々と準備があるので、ごきげんよう!」
足早に立ち去る麗華の後姿を眺めながら、ヴィクターは「青春だねぇ」と呟き、心底楽しそうなニタニタした笑みを浮かべていた。
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