第28話

 北崎の銃から放たれた弾丸で胸を貫かれた幸太郎――は、軽い足取りでノースエリアにある寮に向かっていた。それも、さっき駅前商店街で買ったばかりのたこ焼きを食べながら。


 銃弾は確かに幸太郎の胸に風穴を開けたが――運良く、ポケットの中に入れていた学生手帳が銃弾を防いでくれて無傷だった。それに加え、ショックガンから放たれた衝撃波が銃の弾丸を掠めて、弾丸の速度を落としたから学生手帳を貫通しないで済んだとのことで、かなり運が良かったらしかった。


 最初に決めた通り、常に学生手帳を持っていてよかったと幸太郎は何度も思った。


 当たった時は、あまりの衝撃で本気で呼吸ができずに意識を失ってしまったが、その後すぐに息を吹き返した――起き上がると、潤んだ目を向けていた麗華に無言で足蹴にされ、同じく潤んだ目をしていたセラは安堵の息を深々と漏らしていた。


 幸太郎は無傷だったが、ヴィクターが説得して一時的に協力関係を結んだ輝動隊に運ばれてグレイブヤードを出て、セントラルエリアにある病院まで運ばれて、様々な検査も兼ねて二日間入院することになった。入院費と治療費はアカデミーが出してくれるということだった。


 事後処理で忙しいのか、麗華とセラは見舞いには来なかったが、意外な人物が来た。


 その人物は、ドレイクとの戦いの後から行方がわからなかった刈谷祥だった。


 彼の無事を知り、幸太郎は心の底から安堵の息を漏らした。


 ドレイクとの戦いの後、刈谷は手足を拘束されてウェストエリアの外れにある公園に置き去りにされたということだった。自力で拘束を解いて、助けを呼んだのだと言う。


 病室に来た刈谷は、幸太郎に事件の顛末を教えた。


 あれからすぐに事件の本当の犯人である北崎雄一、ドレイクは捕えられた。


 事情聴取ではドレイクは自分の知っていることを素直に話して、北崎は嬉々とした表情で自分の計画を語り、グレイブヤードに眠る輝石使いたちの情報を得ることを目的としていたことを話す。


 北崎は自身が捕まることを見越して、メインコンピューターに接続したノートパソコンで得た情報をどこかへ送信していたが、自身が捕まると同時に自動的にノートパソコンをクラッシュさせる罠を作動させたせいで、結局情報の送信先を突き止めることはできなかった。


 北崎の証言を聞いて、もう一度麗華が犯人だと示した証拠を詳しく調べると、でっち上げられたものだとわかり、鳳麗華の嫌疑が晴れた。


 アカデミー都市の外れにある『特区とっく』と呼ばれる輝石使いの犯罪者や、輝石使いを脅かそうとする人間を収監する施設があり、北崎とドレイクはそこへ送られるとのことだった。


 犯人たちの処遇を聞いて、幸太郎はようやく事件が終わったことを実感したが、未解決なことがあるので、不安な部分も残っていた。


 それは、北崎にアカデミー内部の情報を提供した人物のことだった。


 それについて、ドレイクは何も知らない様子で、知っていると思われる北崎は決して口を開こうとはせず、軽口で誤魔化し続けているとのことだった。


 まだ事件は終わってない――幸太郎はそう判断した。


 先ほど退院した幸太郎は、この二日間質素で量の少ない病院食でずっと空腹だったのを満たすべく、ノースエリアの駅前に売っていたたこ焼きを買って、食べ歩きながら寮に帰っていた。


 すぐにたこ焼きを食べ終えると、幸太郎はティアが歩いていることに気づいた。


 一歩一歩逡巡しながら歩いていて、足取りがとても重そうなティアの雰囲気は、周囲の人間を寄せ付けないほど刺々しいものだが、幸太郎は気にすることなく彼女に近づいた。


 幸太郎はティアの近くまで寄って、「ティアさん」と話しかけると、一拍子遅れてティアは反応し、傍らに来た幸太郎に顔を向ける。


 こちらに向けてきたティアの顔はいつもと同じくクールなものだが、元気がなさそうで、無表情の陰に何か不安な気持ちが隠れていることに幸太郎は何となく感じ取った。


「……お前か。どうやら、何も問題なく退院したようだな」


「おかげさまで。それにしても、どうしたんですか? ティアさん」


「私は特に何も問題はないが……それよりも、私は忙しいんだ」


 突き放すようにそう言って、ティアは幸太郎から離れようとする。


 そんなティアの態度に、幸太郎は得心したように頷く。


「これからセラさんのところに行くんですね」


「……お前には関係はない」


 思いきり図星を突かれ、ティアは足が止まってしまう。


 図星を突かれて強がって見せるティアだが、冷静を装っているのは一目瞭然だった。


「この間喧嘩したから会うのが気まずいと思っています?」


「それは……その……お、お前には関係ないと言っているだろう」


 言い訳も反論もできず、ただティアは怒声を上げることしかできなかった。


 ティアの怒声が響き渡り、通行人たちはティアを避けるようにして歩きはじめた。


 思った以上の声を自分が出してしまったことに気づき、ティアは気を落ち着かせるように深呼吸をした。


「突然声を荒げてすまなかった……どうもお前と喋っていると調子が狂う」


「僕の方こそごめんなさい。余計なことを言ったみたいで」


「気にするな。お前の言っていることは事実だ……私はセラと会うのが怖い」


 何を言っても見透かされると思い、ティアはため息交じりで自分の本音を口にした。


「喧嘩をしたことだけではない……私はアイツを拒絶し、あまつさえ、自分の責任をアイツに責任転嫁しようとした――どの面を下げて会いに行けばいいかと思っていてな」


「そうなんですか」


「その一言で済ませるとは……何だか悩んでいるこちらがバカらしくなってきた」


 誰にも言っていない本音に、飾ったアドバイスをするわけでもなく、ただ短いその一言で済ました幸太郎に、セラは思いきり脱力してしまった。


「セラさんとティアさんの間に、僕は偉そうなことは言えないですから」


「そうだな……これは私たちの問題だからな」


 もっともなことを言う幸太郎に、ティアは自嘲的な笑みを浮かべた。


「ティアさんはセラさんのことをどう思っているんですか?」


「突然何を言っているのかはわからないが、セラは私の――……そうだな……そうだったな」


 唐突な幸太郎の質問に、戸惑ってしまったティアは一瞬言い淀んでしまう。


 だが、すぐにティアはセラと自分との関係を思い出し、小さく微笑んだ。


 そして、ティアは今まで悩んでいたのがバカバカしくなるほど、簡単に迷いが晴れた。


「確かに……臆病になる必要はなかったな。礼を言うぞ」


 普段冷たい顔をしている顔からは信じられないほど晴々とした顔で、幸太郎に対して礼を言ったティアはすぐに立ち去った。


 自分が何をしたのかわからない幸太郎は、足早に立ち去るティアの背中を眺めながら首を傾げていた。




――――――――――――――




 セラが暮らしている寮の自室の居間で、セラはティアと向かい合うように座っていた。


 三十分前にティアが急にセラを訪ねてきて、一言二言話した程度でまともな会話をしていない――それ以前に、事件が終わってからまともに話をしていない。


 昨日、セラと麗華は輝動隊本部に呼び出され、輝動隊隊長直々にあの事件の謝罪を受けた時、その場に居合わせたティアも謝罪をしたが、その時もセラとティアの間には気まずい空気が流れたまま、何も話すことはなく、二人は逃げるように立ち去った。


 ……気まずい。


 会話を切り出すことはもちろん、目も合わせることなく時間だけがただ過ぎ去り、気まずい雰囲気にセラの胃がキリキリと痛みはじめた。


 このまま延々とこの気まずい状況が続き、いつまで経っても会話を切り出せないと感じたセラは勇気を振り絞って――


「セラ! 私は――」

「ティア! あの――」


 同じタイミングで話を切り出してしまい、二人は再び沈黙してしまう。


 だが、思わずセラが吹き出してしまい、ティアもつられて小さな笑みを浮かべ、場の雰囲気が少しだけ和やかになって、会話を切り出しやすくなった。


「私が最初に話してもいいか?」


「うん、ティアの方が若干話を切り出すのが早かったし……それに、私がアカデミーに来た目的は、あなたとゆっくり話がしたかったから……だからお願い、話を聞かせて」


 セラにそう言われて、ティアはクールな表情に緊張感を滲ませて、ゆっくり口を開いた。


「お前の言う通り私の覚悟は中途半端なものだ……アカデミーに入学して四年間、私は何もできなかったのだからな。自分でもわかっていたが、認めたくはなかったんだ」


 自身の覚悟が中途半端だと認めるティアは自嘲するような小さな笑みを浮かべていた。


「お前と久しぶりに会えて嬉しいという気持ちとともに、話していると昔を思い出してしまうお前を、私は直視できず、ただ拒絶し、責任転嫁をすることしかできなかった……お前のせいで何もできないと、お前がいると決心が鈍るという理由で、中途半端な覚悟のせいで四年間何もできなかった自分を正当化させようとした」


 弱々しい口調でティアは目を背けることなく、セラの目をジッと見つめながら、ついこの間まで、自分が無意識に抱いていた自分勝手な気持ちを包み隠さずに話した。


 親友が自身をあそこまで突き放し、拒絶した理由を知っても、セラは何も言うことなく、ただジッと彼女の言葉に耳を傾けていた。


「だが、これだけはわかってくれ……私の目的にお前を巻き込みたくない。だから四年前お前の前から姿を消し、身勝手な理由だがアカデミーから立ち去ってほしいと思っているんだ」


「わかってる……わかってるから、もう何も言わないで」


 悲痛な面持ちで本心を口にしたティアの手を、セラは優しく握りしめた。


 ティアの手は弱々しいくらい力が入っていなく、かすかに震えていた。


「四年間ティアがどんな気持ちだったのかも、ティアが私のことを思ってくれているのも十分伝わった……でも、私はアカデミーから――いいえ、ティアの前から逃げない」


 その言葉には、もう決して逃げないというセラの固い決意を込められていた。


「もうあなたを一人で辛い思いをさせない。だってティア、あなたは――私の親友だから!」


「自分勝手な理由で無理矢理突き放そうとした私を、お前はまだ友と呼ぶのか?」


「今も昔も私たちとの関係は変わらない……一人で背負わないで、少しは私に頼ってよ」


「こんな私をまだ友と呼んでくれるお前の言葉と気持ちには感謝をしている……だが――」


 アカデミーに来て、ティアに向けて一番言いたかった言葉を、セラは曇りのない目を彼女に向け、迷いのないハッキリとした口調で言い放つ。


 自分勝手な理由で突き放し、最終的には争ってしまったのにもかかわらず、昔と変わらず自分のことを親友だと言ってくれたセラに、ティアは幾分救われた気がした。


 しかし、素直に嬉しいと思える反面、ティアには不安を抱いていた。


「私のせいで、もしかしたらお前は大きな事件に巻き込まれ、危うい立場になるかもしれない……後悔することになっても、お前はアカデミーに残るのか?」


「そんなことがあっても、私はティアのことを信じるのを諦めないし、ティアのことを支え続ける。もう、ティアを一人で辛い思いをさせないから」


「……アカデミーを去るつもりはないんだな」


「今のところ、そんなつもりはないよ」


 真っ直ぐと見つめて、何があってもアカデミーから出る気がなさそうなセラの固い決意を感じ取り、ティアは「そうか……」とため息交じりに呆れたように呟く。


 しかし、ティアは呆れながらも晴々とした顔をしていた。


「それに、アカデミーのことなんて、ティアと会うこと以外どうでもいいと思っていたけど、友達ができたから、簡単にはアカデミーから去れないよ」


「友達ができたか……それなら、私の身勝手な理由を押しつけて、安易にアカデミーから出て行けとは言えないか……すまなかったな」


 友達ができたと楽しそうに言ったセラに、ティアは羨ましそうな、そして嬉しそうな顔になり、今度は覚悟を決めたような顔つきになる。


「お前の覚悟は本気だと理解した……なら、私もお前のように臆病にならず、お前と同じく逃げることはしないと誓おう」


 セラと同じく、決して逃げないという固い覚悟が込められたティアの言葉。


 その覚悟は中途半端なものではないとセラは感じた。


 相変わらずのクールな表情のティアだったが、セラには彼女から昔のように冷静な表情の内側にある熱いものを感じ、彼女の昔の面影がハッキリと確認できた。


 ティアの身に纏う雰囲気が昔と同じようなものを感じ取ったセラは、不思議と彼女との間にあった溝が埋まってきたような気がした。


「私の話はこれで終わりだ……次はお前の番だ……」


「私ももう聞きたいことは聞けたし、ティアに言いたいことも言えたから」


「そうか……それなら、私はこれから輝動隊の仕事があるから失礼する」


「仕事が終わったら、夕飯を一緒に食べる? ……久しぶりに腕によりをかけて作るけど」


 帰ろうとするティアを呼び止めて、セラは夕食を食べないかと誘った。


 昔のようにお互い遠慮しない関係になりたいと思って、セラは誘ってみた。


 ティアは一瞬答えに詰まったが、静かに頷き、部屋から出て行った。


 何も言わなかったが、彼女の後姿を見てセラは喜んでいるような感じがした。


 その姿と一週間前の態度を比較したセラは、思わず何かが込み上げてきそうになったが、それを堪える。


 約束通り、ティアは夕食の時間になって再びセラの部屋に訪れた。


 セラはティアの好物の肉料理である、ハンバーグを作って二人で食べた。


 食事中、二人は四年間の溝を埋めるため、お互いに四年の間で何が起きたのかを話した。


 辛かったことも、楽しかったことも、すべて包み隠さずに二人は話した。


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