第26話

 入口からメインコンピューターまでの長い道程を全速力で走った後、メインコンピューターの最上部までは数えきれない階段を登らなければならない階段地獄だった。


 それを見て一瞬心が折れそうになった幸太郎だったが、力を振り絞って階段を駆け上がった。


 何度か休憩しそうになったが、グレイブヤード内に響き渡る麗華とドレイクが戦っている音を聞いて、その甘い誘惑をどうにかして堪えて階段を駆け上がる。


 最後は虫の息になりながらも、ようやく幸太郎は最上部へと辿り着いた。


 広大なグレイブヤードを一望できる高さにあるメインコンピューターの最上部は、巨大なスクリーンと多くのコンピュータが立ち並び、転落防止用の柵に囲まれていた。


 その最上部には一人の男が立っていた。


 皺一つないスーツを着て、身長が高く、温厚な雰囲気を身に纏っている眼鏡をかけた男で、この男が麗華の言っていた北崎という人かもしれないと幸太郎は思った。


 フレンドリーな笑顔を浮かべている男だが、眼鏡の奥にある目だけが笑っていないことに気づいた幸太郎は警戒心を高める。


「やあ、お疲れ様。こんなところまでご苦労様」


 眼鏡の男は全身で息をして疲れ果てている幸太郎に優しくに話しかけてきた。


 気を遣ってくれてありがとうとお礼を言いたかった幸太郎だったが、息切れしていてまともに話すことができなかった。そんな幸太郎を見て、男は楽しそうに笑っていた。


「まあ、取り敢えず息を整えて落ち着きなよ。ゆっくりと深呼吸をしてね」


 取り敢えず彼の言う通り、幸太郎はゆっくり深呼吸をして息を整えた。


「……はぁ……す、少し落ち着いてきた――気を遣ってくれてありがとうございます」


「いやぁ、別に気にしないでよ。君とはゆっくり話したかったんだから」


 フレンドリーに談笑しているが、幸太郎はショックガンを手にしたまま話している。


「一応確認したいんですけど、あなたが北崎さんですか?」


「その通り、僕は北崎雄一、よろしくね。君のことはよく知っているよ。アカデミーの入学式に遅刻して、アカデミー創立以来の落ちこぼれ君だろう?」


 自己紹介をして、幸太郎と北崎はお互いに会釈をした。


「しかし、そんな君がまさか僕の計画を止めるために来るとは、思いもしなかったよ」


「えっと……ありがとうございます?」


 褒めているのか貶されているかよくわからない北崎の言葉に戸惑いながらも礼を言う幸太郎に、北崎は笑みを浮かべて「おめでとう」と拍手を送った。


 拍手を送られ、幸太郎は照れたように頬を染める。


「鳳麗華さん、セラ・ヴァイスハルトさんの行動は何となく読めたんだけど、君の行動は読めなかったんだ。いや、正確には読む必要がなかったと言うべきかな?」


「なるほど、油断をしていたんですね」


「まったく、痛いところをハッキリ言ってくれるね。そう、落ちこぼれの君に対して油断をしていたのが僕の最大のミスだった。油断大敵とはまさにこのことだね」


 ハッキリと核心をついた幸太郎の一言に、一本取られた北崎は心底楽しそうに笑う。


「ホント、油断をしていたよ。でも、最後の最後で運が回ってきたみたいだ」


 口を三日月形に歪ませ、狂気が滲み出ている笑みを浮かべた北崎は、懐から重厚感のある黒光りする塊を取り出し、それを幸太郎に向ける。


「僕は輝石使いでも何でもないんだけど、君ならこれで始末できそうだ――荒っぽいことはあんまり趣味じゃないんだけど、まあ仕方がないよね?」


 一瞬、北崎が何を出したのかはわからなかったが、すぐに銃の形をしていると理解した幸太郎は慌てて手に持っていたショックガンを構えた。


 幸太郎の手に持ったショックガンを見て、北崎はせせら笑う。


「一応僕の銃は本物なんだけど、君のそれは本物の銃なのかな?」


「非殺傷衝撃発射装置っていうショックガンです」


「あー、ガードロボットに装備されている武器だね。なるほど、コンパクト化に成功したとは驚いたよ――だけど、それを聞いて安心したよ」


 ショックガンが非殺傷武器であるという説明を聞いた、北崎はさらに口を吊り上げる。


「非殺傷の銃ということは、当たっても死なないってことだよね?」


「それでも当たったら痛いと思うけど」


「痛みなんていつかは消えるだろうから問題はないよ――でも、これはどうだろうね?」


「それは当たったらすごく痛そうですね」


「君は能天気なのか、それとも勇気があるのかわからないな」


 本物の銃を向けられても気圧されることなく、ただ真っ直ぐとこちらを見据え、殺傷能力のないショックガンを向ける幸太郎の様子に、北崎は愉快そうに笑う。


「僕は手荒な真似をしないのが主義だから、非常時にしか銃を撃たないから命中率は低いけど、君の身体の中心を撃つようにすれば、必ずどこかに当たる。重要な臓器に命中したら大変なことになるよ?」


「そうですよね」


 脅すような北崎の言葉に幸太郎はため息交じりでそう答えたが、幸太郎の北崎を見据えている目は真っ直ぐと向いたままで、逃げる素振りはまったく見せない。


 逃げる気がない様子の幸太郎に、北崎は諦めたようにため息を漏らした。


「どうやら何を言っても無駄みたいだね。最後に聞くけど、どうして君は本物の銃を向けられ、危機的な状況にもかかわらず僕の邪魔をしようとするのかな?」


 北崎の質問に、幸太郎はセラと麗華の顔を思い浮かべた。


 二人のために立ち向かうというのも、幸太郎が今ここで北崎と対峙している理由の一つだったが、それ以上に大きな理由があった。


 それは――


「あなたの計画を止めるって僕は決めたから」


 短く、淡々とした幸太郎の答えを聞いて、北崎は期待を裏切られたように不満そうな顔になる。


「意外だねぇ、『友達のために』って言うと思ったんだけどなぁ」


「北崎さんって友達いなさそうですよね」


「やっぱり君は面白いよ」


 ストレートな感想を述べる幸太郎に、北崎は苦笑を浮かべる。


 一通り会話が一段落すると、北崎から笑みが消えて無表情になる。


 雰囲気を一変させて冷酷な素顔を見せる北崎だが、特に幸太郎は動じることなく、ただジッと目の前の敵を見据えていた。


「さて――……最期に何か言い残すことは?」


 幸太郎は北崎の言葉にしばし考えた後、小さく笑みを浮かべて答えた――


「僕も運が良かったです。輝石の使えない北崎さんが相手で」


「そうか――さようなら、落ちこぼれ君」


 その言葉を合図に、幸太郎と北崎は同時に引き金を引いた。


 北崎の銃から放たれる乾いた銃声と、幸太郎のショックガンから放たれる空気が一瞬膨張して、それが破裂するような音がグレイブヤード内に小さく響き渡った。


 ショックガンから放たれた電気を伴った衝撃波は、北崎に直撃した。


 衝撃波を食らった北崎は勢いよく吹き飛び、端にある転落防止用の柵に叩きつけられてようやく勢いが止まった。彼の身体が叩きつけられた柵は曲がっていた。


 北崎の銃から放たれた銃弾は、幸太郎の胸に穴を開けた。


 小さな呻き声を上げて幸太郎は胸を押さえながら仰向けに倒れた。


 胸から広がる激痛に幸太郎は息ができなくなってしまい、呼吸困難に陥る。


 呼吸ができずに意識が朦朧としている中、幸太郎の耳には無数の足音と、騒がしい声が聞こえてきた。


「な……何をしていますの! き、輝動隊のみなさん、早く来て彼の治療を!」


「しっかりして! ――……目を開けて! ――開けなさい!」


 セラさん――鳳さん――……


 突然、切羽詰まった様子のセラと麗華の声が幸太郎の耳に届いた。


 美人の腕の中で息絶えるのなら、後悔しない――というのは嘘でやっぱり死にたくない……


 幸太郎は心の中でカッコつけたが、すぐに情けなく死にたくないと願った。


 二人が自分を心配している声を聞きながら、幸太郎の意識は途切れた。


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