第25話
「必殺! 『ビューティフル・ハリケーン』!」
ネーミングセンスの欠片もない相変わらずの技名を叫び、飛びかかってきたドレイクに向かってレイピアによる、嵐のような勢いの高速連続突きを放つ。
相変わらず技名を叫んで隙だらけだったが、ドレイクにとっては攻撃の速度が速すぎて避けることができずにまともに食らってしまい、膝をついて仰向けになって倒れた。
「まったく……これでは弱い者いじめですわ」
仰向けに倒れている傷だらけのドレイクを見て、心底辟易している様子の麗華は嘆息する。
数分間戦っているが、ドレイクは麗華に手も足も出せなかった。
麗華がドレイクを圧倒しているのは、刈谷祥と戦ったせいでドレイクが消耗しているという理由もあるが、元々のドレイクと麗華の力量差がかなり開いているのが大きな理由だった。
バカバカしい技名を叫び、無駄に優雅で華麗な動きをするあまり隙が多い麗華だが、彼女の実力でそれらの隙をすべてカバーしていた。
全身に走る痛みに堪えながら立ち上がる満身創痍のドレイクに、麗華は再び嘆息しながらも、武輝であるレイピアを構える。
「もういいでしょう……勝負はついていますわ」
気を遣った麗華の言葉を無視して、ドレイクは両腕の籠手を輝かせて麗華に襲いかかる。
満身創痍ながらも力を振り絞り、フェイントを交ぜた猛攻を仕掛けるが、そのすべてを簡単に見切られ、ドレイクの拳が麗華を捕えることはできない。
「あなたではこの私には勝てませんわ」
涼しい顔で麗華は猛攻の隙をついて、レイピアをドレイクの胸に向かって突き出し、吹き飛ばす。
少しでも隙を見せれば、すぐに反撃に転じてくる麗華に、ドレイクは手も足も出ない。
しかし、ドレイクはそれでも決して戦意喪失することなく立ち上がる。
圧倒的な戦力差にもかかわらず、諦めずに立ち上がってくるドレイクに、さすがの麗華も心底ウンザリしているようで、戦意が失ってくる。
その隙をついて再びドレイクは麗華に襲いかかるが、軽く一蹴される。
またドレイクは立ち上がる。まるで、痛みを感じない機械のようだった。
「すでに刈谷さんと戦って身体は傷だらけなのにも関わらず、絶対的な力の差の相手に諦めようとしないで挑む覚悟は敵ながら天晴ですわ」
褒めてくれるのならここで倒れてくれ――ドレイクは心の中で強くそう願った。
「しかし、わかりませんわね。あの性格の悪そうな北崎に、あなたのような義理堅そうな方が協力しているなんて……よろしければ、理由を聞かせていただきませんか?」
敵との交戦中に話し合いをしようとするとは、いい度胸だ……。
突然話しかけてくる麗華に、ドレイクは心の中でせせら笑う。
無駄な会話をしてしまったら決心が鈍る――そう思ったドレイクは対話には応じない。
依然として口を開く気のなさそうなドレイクに、麗華は呆れたようにため息を漏らす。
「それにしても、あなたとは私はどこかで出会ったことがあるようなのですが……あなたはどうです?」
会話をしている隙をつこうとドレイクは思っていたが、麗華はまったく隙を見せない。
「ここまで追い込まれてもなお、沈黙を貫くとは中々のプロフェッショナル――ということは、沈黙が金になる仕事をしていたのかもしれませんわね」
答えに徐々に近づいてきている麗華に、ドレイクは徐々に焦燥感が生まれる。
そんなドレイクの微弱な心の変化に気づいた麗華は、意地の悪そうに笑う。
「その体躯、そしてそのいかつい強面の顔立ちから察するに、荒っぽい仕事をしていたのではありませんか? もしくはそれを処理する仕事――なるほど……」
麗華は自分の発した言葉に、徐々におぼろげだったドレイクの記憶が蘇ってくる。
すべてを感づかれた思ったドレイクは、小さくため息を漏らした。
「教皇庁に所属していたボディガード――そうでしたわね、確か」
麗華の質問にドレイクは何も答えなかったが、麗華はすべてを思い出していた。
「確か五年程前でしたわね、あなたがアカデミー創立記念日に鳳グループと教皇庁のパーティに、ボディガードとして参加していたのは」
会話もしたことがないのに、よく覚えていたものだ。
見事にドレイクの正体を的中させた麗華に、心の中で拍手をする。
ドレイクに称賛されていることが何となく気づいたのか、麗華は自慢げに胸を張って高笑いをしている。
「オーッホッホッホッホッホッ! 人の名前と顔を覚えることを昔から教育されていた私からしてみれば、当然のことですわ! ――ですが、そんなあなたがなぜこんなことを?」
ドレイクは何も答えない。相変わらず沈黙を続けるドレイクの態度に、麗華は対話を諦めることにした。
「まあいいでしょう、もう理由は問いませんわ。このまま大人しく引き下がっていただければ、アカデミーがあなたに下す処分について、口添えしますわ……どうでしょう」
取引を仕掛けてきた麗華に、無表情だったドレイクははじめて笑みを見せた。
その笑みは自虐的であり、麗華を嘲るような笑みでもあった。
「……今更何を言っても遅い」
はじめて麗華が聞いたドレイクの声――その声は諦めに満ち溢れていた。
ドレイクは構え、両腕に装着している武輝である籠手に強烈な光を纏わせる。
取引するはずが逆に闘争心を燃え上がらせてしまったことに気づき、麗華は小さくため息を漏らすが、やがて決意したようにドレイクを見つめる。
「いいでしょう、ドレイクさん――あなたがなぜ戦うのか理由はわかりませんが、あなたの揺らぐことのない強い覚悟に免じて、私も本気で戦いましょう」
武輝であるレイピアが、麗華の宣言に合わせて強い光を放つ。
それを合図に、ドレイクは籠手から衝撃波を麗華に向かって放った。
レイピアを薙ぎ払って衝撃波を簡単にかき消すと同時に、一気に間合いを詰めたドレイクが攻撃を仕掛けてきた。
風を切る音ともに放たれるストレートパンチ。
不意をつかれても、麗華はスウェーバックでギリギリそのパンチを避ける。
「――ッ! 不意打ちとは卑怯ですわね!」
麗華は反撃に突きをするが、ドレイクはバックステップでそれを何とか回避した。
何度も反撃や攻撃を食らってきているので、麗華の動きに目が慣れてきて、何とか回避することができた。
麗華が反撃に失敗した隙をついて、麗華に渾身の力を込めたアッパーカットを放つ。
バックステップで回避しようとするが間に合わず、麗華は武輝で防御するが、攻撃の衝撃で上に向かって吹っ飛んだ。
ドレイクはすぐに跳躍して追撃を仕掛ける。
しかし、空中で体勢を立て直した麗華は追撃を仕掛けてきたドレイクを迎え撃つ。
籠手とレイピアの切先がぶつかり合い、グレイブヤードの広い空間に轟音が響き渡る。
重い麗華の一撃に吹き飛ばされそうになるのを堪え、ドレイクは両腕に装着している籠手に力を集中させて眩いほどの光を纏わせる。
そして、宙を蹴って一気に麗華と間合いを詰め、地上に向かって叩きつけるように組んだ両手を振り下ろした。
麗華は余裕でその一撃を武輝で防御するが、勢いまでは殺せず、地上に叩きつけられそうになる。だが、叩きつけられる寸前に受け身を取って麗華は華麗に着地をする。
勝機――
間髪入れずにドレイクは光を纏う両腕の籠手から、全身全霊の力を込めた巨大な光弾を麗華に向けて撃ち込んだ。
避ける間もなく、麗華はドレイクの放った巨大な光弾に直撃した。
全身全霊のドレイクの一撃に、地下深くあるグレイブヤードが大きく揺れた。
ドレイクは地上に着地すると、大きく息を乱して膝をついた。
まだだ……まだ終わっていない……
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
ドレイクがそう思った通り、全身全霊の一撃を受けても麗華は服が乱れただけ、で特に効いている様子はなく、うるさいくらいの高笑いをしてピンピンしていた。
力を振り絞って麗華に向けて、渾身の力を込めてストレートパンチをする。
不敵な笑みを浮かべた麗華は避けることなく、自身の顔面にパンチを直撃させた。
避けることをしなかった麗華の行動に、ドレイクは驚き、そしてすぐに絶望した。
「満足しましていただけましたか?」
直撃したのにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべて傷一つついていない麗華。
――こんなにも力の差が……これでは、刈谷と戦っていようがいまいが、結果は……
圧倒的な力の差に絶望を覚えながらも、戦意喪失をしないドレイクは麗華の反撃に備えて間合いを開けようとした――が、もう遅かった。
麗華の武輝であるレイピアは強い光を放ち、攻撃準備が整っていた。
限界まで振り絞った輝石の力は、麗華の武輝であるレイピアの刀身を強い光で包まれていた。
「これで終わりにしましょう――必殺、『エレガント・ストライク』!」
全身のバネを使った、渾身の力を込めた突きをドレイクに向かって放った。
回避できないと思い、ドレイクは咄嗟に武輝でガードするが無駄だった。
鋭い突きは、何とかガードすることができたが、その後に来た衝撃に耐え切れなかった。
麗華が必殺の突きを渾身の力で放った瞬間、武輝に纏っていた輝石の力がレーザー状になって放出され、ドレイクのガードを崩し、そのまま吹き飛ばした。
あまりの一撃に、ドレイクの身体は地面にバウンドしながら一直線に勢いよく吹き飛び、10メートル以上吹き飛んでようやく勢いが止まった。
何とか気絶することだけは耐えたが、身体がもう動かなかった。
しかし、ボロボロになりながらも自分の仕事を全うするためにドレイクは立ち上がろうとする。そんなドレイクを見て、麗華は呆れていた。
「まったく……刈谷さんと戦った後だというのに、かなり頑丈のようですね。しかし、今の攻撃を受けてはもう無理ですわ、そこで大人しくしていなさい」
少しでも時間を稼ぐこと、これが仕事なんだ……
そう言おうとしたドレイクだったが、もう声を出す力すらなかった。
「それに、残念ですが、あなたの中途半端な覚悟では私に絶対に勝てませんわ」
小馬鹿にするような麗華の言葉に、ドレイクは激しい怒りの込めた目で睨んだ。
自分の覚悟が中途半端だとドレイクは信じて疑わなかったからだ。
北崎という信用できない人間と一緒に嫌な仕事を引き受け、ここまで来た時点で自分の覚悟をドレイクは相当なものだと自負していたからだ。
納得していない様子のドレイクに麗華は呆れていた。
「私が監禁されていた時、あなたの行動の一つ一つに躊躇いを感じました。感情を殺しているようですが、本心までは隠せていないようですわね」
思いきり反論したかったドレイクだが、消耗し過ぎて声が出ず、それ以上に反論の言葉が浮かばなかった。
「相当な覚悟を持っていても、迷いが生じればせっかくの覚悟も中途半端になりますわ。あなたの理由が何かはわかりませんが、そんなことでは何もできませんわ」
麗華の言葉に、ドレイクは脱力して膝をつく。そんな彼を麗華は冷たい目で見つめる。
ドレイクの闘争心が一気に落ち着いたのが一目瞭然だった。
わかっていた……自分に迷いが生じているのは、自分でも理解していた。
だが、それを騙して覚悟を決めてもう後戻りができないところまで来た。
だから、中途半端な覚悟をした覚えはない!
「まったく、あなたの思い込みを見ていると、この前までのセラさんを思い出しますわ――まあ、彼女はギリギリのところで覚悟を決めたようですが」
呆れたように麗華はそう言って、ドレイクから背を向けて先に進もうとする。
「ま、待て……まだ、終わっては……」
「戦う気力もなく、喋るのもやっとな満身創痍のあなたにもう用はありませんわ。私は先を急ぎますので失礼いたしますわ」
必死に力を振り絞って掠れた声でドレイクは麗華を呼び止めるが、麗華は振り返らない。
「あなたがこんなことをした理由はわかりませんが、そんな中途半端な覚悟を抱いていた時点で、あなたの目的が達成されることはありえませんわ」
最後にそう言い残して、麗華はメインコンピューターへと向かった。
膝をついていたドレイクは、麗華を追いかけようとして立ち上がろうとするが、足がもつれて地面に突っ伏してしまった。
意識が朦朧として、麗華の背中がぼやけるが、地面を這ってでも麗華を追おうとする。
だが、ついにドレイクも限界が来て、ぼやけていた視界が急に暗くなった。
……結局、あの子のために何をしたんだ?
覚悟はしていたつもりだった……だが、迷いがあったのは事実……
一体何のために……
北崎と仕事をすることを決めてから、絶対にしないと誓っていた後悔をして、ドレイクは気を失った。
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