第5話

「お、おはよう、セラ」

「……おはようございます」


「よ、よお、セラ。今日も……ご機嫌だな……その、似合ってるぜ」

「……おはようございます」


 お願いです……

 お願いですから、今はそっとしておいてください……


 朝――アカデミー高等部校舎へと向かう道程で、大勢の友人たちから声をかけられるセラ。


 普段なら挨拶をされたら元気良く、しっかりと相手の目を見て挨拶を返すのだが――今日のセラは挨拶をされても、羞恥で赤くした表情を俯かせて素っ気なく挨拶を返し、できるならば今の自分に相手をしないでくれと思っていた。


 そんなセラの気持ちを理解して、道中に挨拶をしてきてくれる友人たちは少なくなり、その代わりに彼女に驚きと好奇と、熱っぽい視線が集まっていた。


 主に、セラの頭頂部につけた立ち耳の犬耳に。


「……あれ、やっぱり風紀委員の活動の一環かしら」

「間違いないだろうな……ほら、セラの後ろに鳳がいるぞ」

「あ、ホントだ……麗華はセラとは違ってウサ耳なのね」

「何もかもが鳳の仕業ってことから……」

「いや、大和も関わってそうだぞ。ほら、後ろでケラケラ笑いながら写真撮ってる」

「取り敢えず、まあ――グッジョブ!」

「ええ、セラには悪いけど、グッジョブね!」


 羞恥に塗れた今のセラの気持ちを理解しながらも、彼女の友人たちは今の状況を作った麗華に感謝の言葉を述べ、セラの後ろを堂々と歩いている、ウサ耳をつけた麗華と、二人の後ろで笑いながら二人の写真を撮っている大和にサムズアップを送った。


「それにしても犬耳か……個人的には、セラは猫耳の方が合うと思うんだが」

「そうね。犬耳はどちらかというと、ティアさんかしら」

「ティアさんこそ猫耳だろう。猫の中でもライオン耳の方だが」

「しかし、鳳がウサ耳か……アイツはどちらかというと、牛耳の方じゃ」

「それ、納得」


 ……もう、勘弁してくれ。


 耳が良いせいで友人たちのひそひそ話が耳に入ってしまい、セラの中にある羞恥心が溢れ、更に顔を俯かせてしまう。


「セラ! しゃんとして顔を前に向けなさい! せっかくのアクセサリーが台無しですわ!」


 俯きがちに歩いて、せっかくの犬耳を周りから見え辛くしているセラに注意をする麗華。


 そんな麗華をセラは理不尽な状況への怒りと、羞恥に塗れた目でじっとりと睨んだ。


「私はまだ納得していないんだからね!」


「往生際が悪いですわよ! これも風紀委員の活動なのですわ!」


「わかってる、わかってるけど、何も朝から恥ずかしい真似をしなくていいじゃないか!」


「本来ならば衣装を用意したというのに、あなたが駄々をこねて、私が譲歩しましたのよ? 堂々と文句を並べる権利は今のあなたにはありませんわ!」


「うぅ……わかってるけど……うぅ……」


 もっともな麗華の説教に、何も反論できないセラは今の自分の姿を受け入れることしかできなかった。


「そういえば、サラサちゃんはどうしたんですか?」


「サラサなら、勉学に励むために朝早くに登校したそうですわ。良い心がけですわね」


「……逃げたな、サラサちゃん」


 上手く取り繕って逃げたサラサを恨みがましく思うセラ。


 不満ばかり募らせるセラに麗華は厳しい目を向け、「いい加減になさい!」と鋭い声を上げる。


「これは周囲を守るためなのですわ! 私たちが目立つことによって、アルトマンの目を私たちに向けさせ、結果周囲を守ることができますのよ! 決して面白おかしく目立っているわけではありませんわ!」


「……大和君も? さっきから後ろで写真撮ってるけど」


「あれは放っておきなさい! ――とにかく、私たちが広告塔になることによって大勢の人が守れると考えなさい! そして、いい加減腹を決めなさい!」


「……ごめん、そうだよね。うん――わかった。頑張るよ」


 麗華の言う通り、今の自分は情けない。

 妙なことをしているけど、こうすることによって皆を守ることができるんだ。

 だから、決して無駄じゃないし、ふざけているわけじゃない。

 よし――頑張ろう!


 麗華の一喝に改めて目が覚めたセラは俯きがちだった表情を上げてしっかり前を向き、みんなを守るため――暗示するようにそう言い聞かせて、羞恥に圧し潰されそうな自分の心に喝を入れる。


 真っ直ぐな光を宿したセラの瞳を見て、満足そうに麗華は頷くと――


「おはようございます、セラさん! 麗華さん! お二人とも今日もお美しい限りです!」


「オーッホッホッホッホッホッホッホッ! まあ、当然ですわね。ごきげんよう、貴原さん」


「それにしても、セラさん、犬耳とは中々可憐ですね! 風紀委員として、アカデミーの一生徒として、有象無象の悪を蹴散らす番犬なあなたに相応しい!」


「……どうも。おはようございます、貴原たかはら君」


 ……ウザい。


 朝っぱらから暑苦しいくらいの挨拶をしてくるのは、セラと麗華のクラスメイトである、嫌味なほど整った顔立ちの美男子・貴原康たかはら こうだった。


 安っぽい貴原のお世辞に満足そうに高笑いを上げる麗華だが、自分に暗示をかけて羞恥心を忘れ去ろうとしていたセラにとっては、犬耳をつけた今の自分の格好を突きつけてくる貴原を心底迷惑そうに見つめ、挨拶を返した。


 貴原にとっては憧れのセラを褒めちぎったつもりだったが、思いきり逆効果だった。


「それにしても、この一週間で風紀委員はアカデミー都市の犯罪率低下に大きく貢献し、活躍譚もアカデミー都市内外に轟いているみたいですね。近い内に外部からマスコミが来て、風紀委員の取材が来るかもしれないとの話ですよ」


 アルトマンを誘き出せる絶好の機会だが、世界中に自分の痴態が晒されると思うと、セラは気が滅入ってしまった。


「有象無象から注目を集めてしまえば、風紀委員も動き辛くなるでしょう……ですので、この僕、貴原康が風紀委員に協力しましょう! この僕がいれば、風紀委員に力寄る有象無象など、蹴散らして差し上げましょう! それに、僕ならばもっとあなたたちを美しく、可憐にコーディネートすると約束しましょう!」


「フフン、やる気があるようで結構ですが、考えもなく周りを蹴散らしてしまっては私たちの行動の意味がなくなってしまいますわ。それに、コーディネートも専門家の意見を頂いているのも結構ですわ。私たちの協力をしたいのであれば、制輝軍に頼んだ方が早いですわね」


「なるほど! それではさっそくノエルさんの元へと向かいます! それでは、後程!」


 麗華のアドバイスを受け、全速力でアカデミー高等部校舎に向かう貴原。


 離れ行く貴原の背中を見て、セラはやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


「いいんですか、貴原君……明らかに邪な想いを抱いていますよ」


「歯応えはありますが、所詮は小物。何かを画策しても問題ありませんわ――というか、何ですの彼は! コーディネートと言いつついやらしい顔をしていましたわ!」


 自分よりも弱い人間を見下すために、大勢の注目が集まっている状況で自分の力を誇示したい――そして、ちょっとエッチな感じがする貴原の邪念を感じ取るセラ。


 もちろん言われなくとも麗華にも十分に理解しており、彼女に小物とハッキリと言われる貴原を憐れだと思いつつも、貴原らしさを感じて微笑ましく思うセラ。


 他人を見下す性格をしている貴原のことは嫌っているが、確固たる自分の信念を持っており、計算高くも考えていることがわかりやすい彼のことを完全に憎めないでいた――もちろん、そう思っていても友人にしたいわけではないが。


「ああ、もう! 貴原さんのせいでもうすぐ始業のチャイムが鳴る時間ですわ! アカデミーの治安を守る風紀委員が遅刻してしまったら笑い者にされますわ! 急ぎますわよ、セラ!」


「ああ、ちょっと待ってよ麗華」


「待てませんわ! というか、遅刻ギリギリになったのはあなたのせいでもありますのよ! あなたが犬耳をつけて登校するのに駄々をこねるから悪いのですわ!」


「ひ、否定はしないけど仕方がないじゃないか。こんなの恥ずかしいに決まってるよ! というか、朝からいきなりこんな耳をつけろって言う方がおかしいよ!」


「シャラップ! これもアカデミーのためですわ! 文句は許しませんわよ!」


 口論しながら校舎へと向かうセラと麗華。


 遅刻ギリギリで教室に到着した二人を待っていたのは――


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 噂通り、朝からコスプレをしてくるとは面白い! 実に面白い! 私も真似をして宇宙人のコスプレをしてみたのだが、どうかね! ハーッハッハッハッハッハッ!」


 白髪交じりのボサボサ頭、黒縁眼鏡の奥にある狂気を宿した瞳の男――セラたちのクラスの担任であり、アカデミー都市のセキュリティを構築した自他ともに認める天才、ヴィクター・オズワルドは、セラたちがコスプレをしながら登校したという噂を聞きつけ、自身もコスプレをしてセラたち、そして、生徒たちを出迎えた――全身銀のタイツで。


 そんな担任の姿に生徒たちは完全に引いてしまっており、セラたちも反応に困ってしまった。

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