第15話
歴代教皇の墓所での儀式を終えた幸太郎たちは、今度は墓所からそう遠くない場所にある、ルミナエールの中でも枢機卿たちや教皇庁に努める重役たちが暮らす屋敷が立ち並ぶ高級住宅街の中にある教皇候補たちの訓練所に向かい、そこで最後の儀式を行っていた。
儀式の内容は訓練所内にあるティアストーンの欠片と無数の輝石で作られた初代教皇の像に祈りを捧げることだった。
儀式の妨げにならないよう、含めた多くの護衛たちは訓練場の外で待機していた。
今までは儀式の妨げにならない程度にギリギリまで近づくことはできたが、今回は貴重な次期教皇候補が集まる訓練所ということで、出入りは教皇庁から絶大に信用されている聖輝士クラスの人間しか許されていなかったので、それ以外の護衛は訓練所周辺を見回っていた。
そんな中、アトラは見回りに、いや、今日一日の護衛に集中することができずにいた。
理由はもちろん朝の一件だ。感情的になった自分への苛立ちと、そのせいで護衛対象である幸太郎を危ない目に合わせてしまったことへの後悔がアトラの罪悪感を刺激し続けていた。
……集中しろ、今は仕事中だ。
失敗は許されないんだ――だから、集中をしないと。
何度もそう自分に言い聞かせるが、クロノが視界に入ると、すぐに集中が切れてしまう。
クソ……どうしてアイツが近くにいるんだ。
それに、たまに目の前に現れるや否や、すぐに消えるし……
言いたいことがあるなら、さっさと言えばいいのに。
たまに何かを言いたそうにして自分の前に現れては、すぐに立ち去るクロノの姿を思い浮かべ、苛立ちを募らせてしまうアトラ。
ダメだダメだ、集中、集中しないと……
クロノのせいで再び集中が途切れて苛立ちが溢れそうになったが、それを堪えるため心を無にして何も考えないようにする。
おかげで集中力が戻るが――心を無にして何も考えないようにするという一連の心の動作は、今日だけで何回も行っていた。
「やっほー、アトラちゃん☆ 元気かな?」
心を無にして落ち着きを取り戻しているアトラの努力を無に帰すように、緊張感の欠片もない明朗な声とともにアトラは後ろから抱きしめられた。
柔らかい感触が高等部に広がると同時に顔を真っ赤にしたアトラは即座に離れて、振り返るとそこには自分を後ろから抱きしめた銀城美咲、そして、涼し気な表情を浮かべているティアリナ・フリューゲルがいた。
「あれー、もう離れちゃうの? せっかくのサービスだったのに」
「い、いきなり何をするんですか銀城さん! 突然異性を抱きしめるなんて破廉恥です!」
「結構スタイルには自信があるんだけど嬉しくなかった? それともアトラちゃんは小さい方がお好きなのかなー♪」
「じ、自分には興味ありませんから!」
「おっと、カミングアウト? いやぁ、アトラちゃんがその気があると、きっとモテモテになるし、おねーさんの妄想も捗っちゃうわぁ♪ んー、昂るぅううううう!」
アカデミー都市内でもトップクラスの実力を持つ美咲をアトラはかなり尊敬していたのだが、一人で妄想を繰り広げて興奮しきっている美咲にアトラはかなり引いてしまっていた。
そんな美咲を放って、アトラは恐る恐るといった様子でティアに視線を向けた。
朝の件で醜態を晒してしまった身としては、目の前にいるティアから逃げ出したい衝動に駆られてしまうが、それをグッと堪えて朝の件について謝罪しようとするアトラだが、それよりも先に「……アトラ」とティアの方から話しかけてきた。
早朝に目の前で自分の醜態を晒してしまったティアに話しかけられてアトラは緊張で素っ頓狂な声を上げて返事をする。
「集中していないように見えるが、朝の件を気にしているのか?」
「え、えっと……あの……は、はい……」
単刀直入すぎるティアに戸惑いを隠せないアトラだが、こちらをじっと見つめて答えを待つティアからは絶対に適当なことを言って逃れられないと察して素直に認めた。
「あの……朝はすみませんでした。あんな醜態を晒しただけではなく、七瀬さんを傷つけようとしてしまって……本当にすみません」
「私も幸太郎も気にしていない」
「そう言っててもらえると嬉しいのですが……プリム様も言っていたのですが、本当に七瀬さんは気にしていないのでしょうか」
「心配するだけ無駄だ。それよりもクロノとの関係は修復できそうなのか?」
「あ、え、えっと、それは、その……」
「その様子だとまだのようだな。修復するのなら今の内だ。クロノを呼ぶか?」
「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから!」
自分のためを思っての行動なのでありがたいのだが、さすがのアトラも心の準備がまだできていない状況でクロノとは会えなかったし、会う気もなかった。
そんなアトラの気持ちを無視してクロノを探そうとするティアだが――「まあまあ」と美咲がティアを諫めた。
「無理強いはよくないよ、ティアちゃん☆ こういうのは当人同士の問題なの♥」
「しかし、後回しにしてしまえば取り返しのつかないことになる」
「まあ、放っては置けないティアちゃんの気持ちはわかるよ? セラちゃんと激しい喧嘩したことがあるって聞いたことがあるからね。でも、その時、ティアちゃんは人の話を聞いて、セラちゃんと仲直りした? ティアちゃん頑固だから絶対にそーいう時に人の話聞かないよね」
セラさんとティアさんにそんなことが……だから、自分に構ってくれたんだ。
珍しく痛いところをついてくる美咲の言葉にティアは反論できずに黙ってしまう。
美咲の言葉を聞いて、ティアの気遣いがありがた迷惑に思っていたアトラは、彼女は心の底から自分とクロノの関係を心配してくれていたことを察した。
「こういう時、他は介入しないで当人同士が決着つけることが一番いいんだよ♪ もちろん、アドバイスをすることも大切だと思うけど、結局解決するのは当人同士なんだからね」
「……お前にしては珍しく極めてまともな意見だな。感服した」
「ふふーん! 少し引っかかる言い方だけど、それはもちろんアタシはおねーさんだからね! たまにはおねーさんらしくしないと! それに、かわいい男の娘同士が汗を散らしてぶつかり合う光景を考えたら、何だかおねーさんはジュンジュンしちゃうよぉ」
「気色悪い」
「ふえぇ……アトラちゃーん、ティアちゃんがひどいよぉ」
珍しくまともな意見を述べていたが、最後の最後で本性を現して台無しにしてしまう美咲。
そんな美咲に呆れつつも少しだけ見直したアトラに、「アトラ」とティアが話しかけた。
「美咲の言う通り、私が何を言ってもお前にとっては無駄だろうし、迷惑かもしれない……だが、これだけは言わせてくれないか?」
お節介だと自覚しつつ、冷たさの中にも温かみのある瞳で見つめてくるティアから放たれる次の言葉をアトラはジッと待つ。しかし、ティアの言葉を聞いてはならない――自分の中から聞こえてくる冷酷な声がそう告げたような気がしたが、アトラはその声を無視してしまった。
「かつて、私は意地を張って歩み寄れなかったせいで大切な友を傷つけてしまった。あの時は運良く最悪な事態は免れたが、それでも、今でもあのままの状態が続いてしまったことを考えれば恐ろしいと思っている。だから、アトラ……最悪の事態が訪れる前に、決着をつけろ」
それだけ言うと、これ以上お節介な言動をする前にティアはアトラの前から立ち去り、「ちょっと待ってよー」とそんなティアの後を追って美咲も立ち去る。
一人残されたアトラは、自分の中から湧き出てくる罪悪感――それ以上に抑え込んでいた迷いに複雑な表情を浮かべて、それらを溢れ出しそうになるのをきつく拳を握って堪えていた。
……俺は何を考えているんだ。こんなことで立ち止まって何てられないだろう?
簡単に立ち止まれないと決めただろう? 何も迷う必要なんてないだろう?
――そうだ、迷う必要なんてないんだ。
生まれそうになった迷いを無理矢理断ち切ったアトラの表情に平静さが戻り、同時に切れていた集中も戻り、仕事に戻った。
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