第16話
次期教皇候補の訓練所内にある輝石と煌石で作られた等身大の初代教皇の像に祈りを捧げた後、訓練所内を見て回った幸太郎。
訓練所内で訓練しているリクトやプリム以外の次期教皇候補に出会い、彼らと握手をしたかった幸太郎だが、今回の儀式は秘密裏に行っているためそれができなかった。
教皇エレナが来たことによって訓練所内に多くの次期教皇候補が集まり、イリーナの提案で急遽、訓練所内にある講堂に教皇候補を集めて教皇エレナの話がはじまることになった。
あまり目立たないようにするため幸太郎は護衛である寡黙な聖輝士に連れられて、多くの護衛がいる外に出てティアたちと合流することになった。
外に出るとすぐにティアは幸太郎を出迎え、幸太郎を連れてきた聖輝士に軽く感謝の会釈と「ご苦労だった」と労いの言葉をかけると、寡黙な聖輝士も会釈を返して訓練所内に戻った。
ティアと二人きりになると同時に、幸太郎は深々とため息を漏らし、同時に腹の音を鳴らすと、ティアは呆れたように小さくため息を漏らした。
「だいぶ疲れているようだな」
「はい。でも、これで今日の儀式は終わりだし、次はお昼ご飯なので楽しみです」
疲労感と空腹感を滲ませながらも楽しそうで、迫る昼食を想像して嬉々とした笑みを浮かべる、普段通りの幸太郎を見ていたら硬かったティアの表情が僅かに緩んでしまった。
「疲れましたけど、観光地を案内してもらいましたし、滅多に見れない光景も見れましたので楽しかったです。空気も澄んでいますし、美味しいものがたくさん食べられて、観光名所もたくさんあるこんないい場所の出身のティアさんとセラさんが羨ましいです」
「娯楽施設が少ないから、お前ならすぐに飽きるだろうな」
「あー、確かに」
「正直な奴め」
「でも、すごく良い場所です」
散々褒めておきながらも、娯楽施設がないことを知ってげんなりする幸太郎の正直さに、ティアは思わず軽く微笑んでしまった。
「それにしても、僕が次期教皇候補になるなんて信じられません」
「同感だ」
「次期教皇候補になったら、美味しいものを食べたり、女の子が擦り寄ってモテモテになったり、札束でお風呂に入れたりできるんでしょうか」
「……お前は教皇候補にどんなイメージを抱いているんだ」
「でも、やっぱり次期教皇はリクト君かプリムちゃんが相応しいから……僕で大丈夫かな」
「不安か?」
「少しだけ。でも、ティアさんたちがいるから大丈夫です」
「安心しろ。何があってもお前は私が必ず守る」
「ティアさん、かっこいい」
涼しげな表情で自分を守ると誓うティアの美しさと気高さに目を奪われてしまい、少しだけ抱いていた不安がスッキリした幸太郎は「そういえば――」と、話を替えた。
「ティアさんの家ってどこにあるんですか?」
「家なら目の前にあるぞ」
そう言って、ティアは訓練所の目の前にある、広大な訓練場の敷地内に負けないほどの、広い庭の中央に建てられている大きな屋敷を指差した。
それを見た時、一瞬ティアが冗談を言ったのかと思ってしまった幸太郎だが、すぐにティアが『お嬢様』であることを思い出して納得した。
フリューゲル家――教皇庁がまだレイディアントラストと呼ばれていた時代から教皇庁に仕えてきた一族で枢機卿も輩出しており、旧本部周辺を守る警察機構のような組織を束ねていた。
「そういえばティアさんって一応お嬢様でしたね」
「そう呼ばれると、違和感しかないな」
「僕もです」
「……本当に正直な奴だ。まあ、事実だが」
お嬢様と呼ばれることが似合わないと自負しているが、正直に同意を示されると何とも言えない気持ちになってしまうティアだが、ぐうの音が出ないほどの事実なので反論できなかった。
「それじゃあ、あの庭のどこかに昔に植えられた桜の木があるんですよね」
「良く知っているな」
「昨日、お風呂に入った時にグランさんから聞きました。それで、その桜の木に子供の頃のティアさんが登ったら目の前に虫が現れて、それに驚いたティアさんが木から落ちたんですよね」
「グランめ……余計なことを」
グランから聞いたティアの子供の頃のエピソードを口にする幸太郎に、ティアは余計なことを教えたグランを忌々しく思っていた。
「落ちちゃって明らかに泣いていたのに、泣いてないって言い張ってたんですよね」
「痛かったが、泣いてはいない」
「ティアさん、かわいいです」
「……うるさい」
普段のクールフェイスを少しだけムッとさせてグランによって脚色された過去のエピソードを否定するティアを見て、幸太郎は素直な感想を口にした。
子供扱いされて不快感と僅かな照れを露にするティアだが、幸太郎は構わず話を続ける。
「ティアさんのご両親は今家にいますか? いつもお世話になってるから挨拶をしたいです」
「二人とも教皇庁の仕事で忙しいから不在だ。昨日と今日で色々あって、明日には次期教皇候補が新たに生まれるんだ、その対応でしばらくは家には帰れないだろう」
「挨拶できるかと思ったのに残念です。二人とも忙しいんですね」
「ああ。先代教皇の考えを否定してフリューゲル家は枢機卿の立場を長年退いたが、教皇エレナが大きく教皇庁を変えると宣言してから、教皇とともに教皇庁を変えるために枢機卿に戻ったんだ。混乱を静めるためと、枢機卿の数も減ったせいでかなり忙しくなっているようだ」
「ティアさんのご両親ってどんな人なんですか?」
「母は聖輝士、父は枢機卿――それ以外は普通だ」
「普通の会社員の父さんと、普通の主婦の母さんが両親の僕としては普通じゃない気がします」
ティアの両親が教皇庁の中で大きな権力を持っていることを聞いて、一般人である自分の両親と比較した幸太郎は改めてティアがお嬢様であることを感じた。
「儀式が終わったら、ティアさんの部屋に行ってもいいですか?」
「断る」
「どうしてもですか?」
「部屋に入れたら余計なことをしそうだからな」
「そんなことしません。部屋に入ったらまず部屋のにおいを嗅いでティアさんの生活感を感じて、それからティアさんの子供の頃の写真を探します」
「それが余計なことだというのだ。まったく……お前は絶対に部屋には入らせん」
悪意はないが、余計なことをする気満々の幸太郎の様子を見て、自分の部屋には絶対に入れないとティアは心から決めると、幸太郎は心底残念がった。
「残念です。ティアさんの子供の頃をもっと知りたかったのに」
「別に普通だ。グランに聞けばいいだろう」
「もちろん、後でまた聞くつもりですけど……直接ティアさんの子供の頃とか写真で見ておきたいし……きっとかわいいんでしょうね」
「……別に普通だ」
「僕、もっとティアさんのこと知りたいです」
純粋な興味を宿した目で自分を見つめられながら放たれた幸太郎の特に何も考えていない一言に、ティアは思わず言葉を失ってしまう。
胸からジンワリと熱が身体の隅々に向かって広がり、熱くなった胸の中から高揚感と優越感のようなものが生まれ、沸き立つようでいて動揺しているような感覚がティアの身体を襲った。
何とかクールフェイスは崩さずに済んだが、今まで感じたことのない感覚に常に冷静なティアは内心かなり戸惑ってしまうが――
「そういえば、セラさんの家ってどこにあるんですか?」
不意に放たれた幸太郎の質問で、熱を持っていた身体が一気に冷め、ざわついていた頭も平静さが戻ったティアの表情は、いつもと変わらぬクールフェイスだが若干機嫌が悪そうだった。
「セラさんのご両親にも挨拶に行きたいですけど」
「儀式が終われば明日の準備について話し合わなければないんだ。そんな暇はない」
いつもと変わらぬクールな態度だが、やや感情的になってティアは幸太郎を突き放した。
そんなティアをじっと見つめて、幸太郎は思ったことを口にする――
「ティアさん、怒ってます?」
「怒っていない」
「ティアさん……何だかかわいいです」
幸太郎の素直な感想を否定しながらも、若干感情的になっているティアがプリプリ怒る子供のように見えた幸太郎は再び素直な感想を漏らす。
そんな幸太郎の感想をトドメに、一気に不機嫌になったティアは口数少なくなり、数分後に訓練所の中からエレナたちが出てくるまでまともに幸太郎と話さなかった。
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