第二章 強さの理由

第9話

 アカデミーの外れにある、輝石使いの犯罪者や、輝石に関する事件を起こした犯罪者を収容する『特区』。


 めったに人が立ち寄ることがない施設だが、そんな施設内部にある薄暗い面会室に麗華と大和は椅子に座って、ある人物が来るのを待っていた。


 しばらくすると、一人の男が面会室に入ってきて麗華と大和と向かい合うように座る。


 麗華と大和の二人と彼の間には透明な壁で仕切られていた。


 男――整った顔立ちをしているがあまり印象が残らない、ボーっとして締まりのない顔をしている青年・嵯峨隼士さが しゅんじは麗華と大和を見てニッコリと嬉しそうな笑みを浮かべた。


 自分の置かれている状況をまったく理解していない様子の嵯峨に、一瞬麗華は七瀬幸太郎の姿が重なって見えたが、彼とは違って隠し切れない闇のようなものが感じられた。


「やあ、久しぶり。鳳麗華さんと――君ははじめましてだね。自己紹介の必要はないかもしれないけど、はじめまして、嵯峨隼士です」


 呑気に大和と麗華に嬉しそうな笑みを浮かべて挨拶をして、大和に自己紹介をする。 自分の状況がわかっていない様子の嵯峨に苛立つ麗華と、楽しそうな大和。


「どうも、はじめまして――と言っても、君の事情聴取の時に会ってるんだけどね」


「あー、あの時は怪我してて身体中が痛かったし、疲れてて眠い中の事情聴取だったからあんまり覚えてなくて。それ以上にカツ丼がいつ出るのかずっと気になってたから……カツ丼でなくてちょっとガッカリしたなぁ……」


「そうだったの? それなら無理して事情聴取させてごめんね。あの時は上がさっさと事情聴取して事件を終わらせてくれってうるさくてさ。カツ丼については、今度上に掛け合ってみるよ――あ、僕の名前は伊波大和。こう見えても輝動隊隊長なんだ」


 自己紹介ついでに自分が輝動隊隊長であることを告げると、嵯峨隼士は驚いた様子で「ホント?」と、つい聞き返してしまっていた。


「ホントのホント。まあ、人望ではティアさんに圧倒的に負けてるから、ほとんどお飾りだけどね」


「へぇー、輝動隊隊長ってのイメージしかないからなぁ」


「ああ、あの人は僕が中等部に――」


「無駄話はもう結構! いい加減話を進めますわよ!」


 嵯峨との無駄話を楽しんでいる大和に、痺れを切らした麗華は怒声を張り上げる。


 麗華の怒りに大和は「ごめんごめん」と謝りながらも悪びれている様子はなかった。


「これ以上雑談していると麗華がうるさいから本題に入るけど、僕がここに来た理由は君が起こした事件の協力者を知りたいからなんだ……君の事件では解明されていないことが色々と多いからね。さっそく、それについて話そうと思うんだけど――」


「何でも聞いていいよ」


「何でも答えてくれた方がこっちとしてはありがたいかな?」


 軽薄そうに笑いながらも、大和は注意深く嵯峨の反応を探るような視線を向ける。


 だが、嵯峨は呑気そうな表情のまま、ボーっとした様子で大和を見つめ返した。


 大和と嵯峨の探り合いを眺めながら、麗華は嵯峨が起こした事件のことを回想した。


 一か月前、嵯峨は四年前にアカデミー都市内で発生した、輝石使いだけを狙い、輝石を奪う通り魔事件を模倣した事件を起こした。


 四年前の事件の犯人は『死神』と呼ばれて今でも多くの輝石使いたちにトラウマを残しており、死神の犯行を模倣した嵯峨のせいでアカデミー都市内に恐怖と混乱が蔓延した。


 結局、嵯峨は輝士団、輝動隊、そして風紀委員の活躍によって捕えられ、事件は無事解決したが、事情聴取で嵯峨は多くを語らなかったのでまだ謎は多く残っていた。


 多くの謎が残っているにもかかわらず、事件を早期に解決させることによって、アカデミー都市内にいる輝石使いたちや外部の人間たちを安心させて評価を得るのを優先した鳳グループと教皇庁によって、事件の調査は打ち切られた。


 一応嵯峨はおとぎ話で存在する『賢者けんじゃいし』の生成をするために事件を引き起こしたが、真実を知らない一般の生徒には嵯峨はただの愉快犯として思われている。


 一か月前の事件の回想を麗華は終えると、「それじゃあはじめようか」という大和の言葉を合図に、嵯峨との話がはじまった。


「一つ目の謎はガードロボットとカメラの配置だ。君はその二つの配置を完璧に把握していたから中々捕まらなかった。君はアカデミーに在籍していた頃、治安維持部隊に所属している刈谷さんと大道さんと仲良くて一緒に行動してたから、自ずとそれらの配置を把握してたみたいだけど――毎年カメラとガードロボットの台数は増えているんだ。君がいない頃に設置されたカメラに君は映らず、ガードロボットも避けていた」


「……不思議だね」


「二つ目は、君が捕まる寸前に設置していた爆弾の件だ――あれほどの量の爆弾をどこで仕入れたのか、君は事情聴取でだんまりを決め込んで説明しなかったね」


「ごめんね、カツ丼に集中してたからあんまり覚えてない」


「三つ目、これは僕も当時かなり驚いたことなんだけど……なぜだか、アカデミーに所属していた君の個人情報が消されていたんだ。個人情報はアカデミーにある最重要施設の一つのグレイブヤードに厳重なセキュリティをかけて保管されているんだけど、それが消されていた――この三つが僕にはとっても謎なんだけど、教えてくれないかな?」


「グレイブヤード? お墓? アカデミー都市にそんなところあったの?」


 大和の質問に真面目に答えるつもりがない嵯峨。そんな彼に麗華は苛立ちを募らせるが、大和はこの状況を心底楽しんでいる様子でニタニタとした笑みを浮かべていた。


「……北崎雄一きたざき ゆういち


「それについてはノーコメント」


 北崎雄一という名前を大和が出した瞬間、はじめて嵯峨の表情が崩れ、困惑したような表情になりながらも、おどけた様子でノーコメントを貫く。


 質問に答えない代わりに正直な反応をする嵯峨に大和はケラケラ愉快そうに笑うが、黙って二人の様子を見ていた麗華はもう限界だった。


 麗華は椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった。


「真面目に答えなさい! あなたは自分が何をしたのかわかっていますの?」


 真剣な怒りをぶつける麗華に、軽薄な笑みを浮かべていた大和と呑気な態度の嵯峨は、お互いおどけた態度を取るのをやめて、叱られた子供のような視線で麗華を見つめた。


「賢者の石を生成するというよくわからない目的のため、あなたは何人もの輝石使いたちを襲い、あなたの凶行を制止させようとした友人の刈谷さんや大道さんを傷つけましたわ! 何を隠しているのかはわかりませんが、あなたはすべてを包み隠さず話す義務がありますわ! それが、被害者や刈谷さんと大道さんにできる償いの一つですわ!」


 怒りのままに麗華は捲し立て、自分と嵯峨の間にある透明の壁を殴りつけて、怒りに満ち溢れた鋭い視線を嵯峨に向けるが、嵯峨は悪びれる様子もなく薄い笑みを口に浮かべる――しかし、その笑みはどこか自嘲的で力のないものだった。


「何だか、古臭い刑事ドラマを見ている気分」


 怒りで興奮している麗華をさらに煽るような一言を、大和はニタニタした笑みを浮かべながら呟いた。


「シャーラップ! 少しはあなたも私の勢いに乗りなさい!」


「ごめんごめん、何だかそう思ったら笑いが堪えられなくって」


「ぬぁんですってぇ! 大体あなたは――!」

 

 麗華の怒りの雄叫びを遮るように『オーッホッホッホッホッホッホッホッ』という麗華の高笑いの着信音が携帯から響き、大和はポケットから携帯を取り出した。


「――おっと、誰かから連絡が来たみたい。ちょっと離れるから後よろしくね」


「ちょ、ちょおっとお待ちなさい! 特区内で携帯機器の使用は厳禁ですわ! というか、その着信音はやめなさいと言いましたわ!」


「あ、そうなの? 今はじめて知った。それじゃあね」


「ちょっと大和! このバカァアアアアアアアアアアア!」


 この場を麗華に任せてさっさと面会室から出て行くいい加減な大和に、ヒステリックな怒声を張り上げる麗華だが、大和はその声に反応することはなかった。


 ドタバタな二人の様子を嵯峨は透明な壁越しから、楽しそうに笑いながらも羨ましそうに、寂しそうに見つめていた。


「と、とにかく! あなたがだんまりを決め込んでいても、私は諦ませんわ! あなたがすべてを喋るまでここにいますわ! いいですわね!」


 すぐに気を取り直して、麗華はビシッと音が出る勢いで嵯峨を指差して、そう宣言する。


 宣言通り決して諦めることをしない勢いの麗華だが、嵯峨は余裕そうに微笑んでいた。


「別にいいけど……ご飯は三食ちゃんと出る?」


「そんなの出すつもりはありませんわ! 兵糧攻めですわ!」


「あ、それはきついな……うん、わかった、いいよ。話すよ」


 食料関係の話が出た途端ガラリと態度が変わった嵯峨と、勢いで言った脅しが通用してしまったことに麗華は思わず脱力してしまう。


 自分の空腹が最優先の嵯峨の姿に、麗華は一瞬幸太郎の姿がダブって見えた。


「そ、そんなことで今まで黙っていたことを話しますの?」


「それはダメだけど、役立ちそうなことなら教えられるかな」


「役立つのであればこの際何でもいいですわ。それで、何を教えていただけますの?」


 藁にも縋る必死な思いで、麗華は身を乗り出して嵯峨に尋ねた。


「その前に――……風紀委員だっけ? 特区でよく君たちの活躍は聞いているよ。僕がいた頃にはない組織だったから、ここに来てはじめて知ったよ」


「フン! あなたが事件を起こす時に私たちの存在が最大の障害になることを知っておくべきでしたわね! オーッホッホッホッホッホッホッホッ!」


「いや、知ってても知らなくても、あんまり気にしなかったかな」


「ぬぅあんですってぇ! 今更負け惜しみとは笑止千万片腹痛しですわ! 真面目に話すつもりがないのならば、もう結構ですわ!」


「ごめんごめん。これから真面目に話すよ。だって、僕は君たち――いや、風紀委員の幸太郎君には、があるから恩返ししたいと思っているんだ」


 ふいに嵯峨は寂しそうな表情を浮かべて、幸太郎の名前を口に出す。


 幸太郎の名前が出て麗華はあからさまに不満そうな表情を浮かべ、彼に嵯峨が教えたことが何なのか少し気になっても聞くことなく、思いきり「フンッ!」と機嫌が悪そうに鼻を鳴らす。


「……幸太郎君、元気?」


「相変わらずとだけ言っておきますわ」


「そっか……元気で何より」


 不服そうに幸太郎のことを話す麗華に嵯峨は満足そうに微笑んだ。


「それで、何を私に教えていただけますの? 無意味なことでしたら承知しませんわよ!」


「この間ティアさんがここに来たんだ」


 淡々と告げられた意外なことに、まったく期待をしていなかった麗華は驚愕する。そんな彼女の反応に、嵯峨は得心したように頷く。


「やっぱり、君たちがここに来た理由って、ティアさんに何かあったから?」


「あなたには関係ありませんわ……それで、ティアさんはどうしてここに来ましたの?」


「雑談しようとしても無視されて、ただ『死神は生きていると思うか』って聞かれた」


「あ、あなたは、それでどう答えましたの?」


「どうもこうも、自爆したんだから生きているはずないって答えたよ。でも、個人的には生きていてほしいかなって言ったよ」


 下手糞なティアの物真似をする嵯峨に若干の苛立ちを覚えながらも、麗華は嵯峨が模倣した四年前の事件で倒されて、隠れ家とともに自爆した犯人『死神』について考えるが、考えてもティアの質問の意味がわからなかった。


 ティアの質問の意味について考えている麗華の邪魔をするかのように、「話替わるけど……」と、嵯峨は軽い調子で話しかけてきた。思考の邪魔をした嵯峨に、麗華は無言で機嫌が悪そうな視線をぶつけるが、彼はそんなことを気にすることなく話を続ける。


「僕が言うのも説得力ないけど、大和君って――……」


「――話しているところ悪いんだけど」


 タイミングよく、嵯峨の話を遮るようにして、再び面会室に入ってくる大和。

「ちょっと大変なことになったから、もう一人と会うのは明日にしてここを出よう」


 仰々しく慌てた様子で、「大変なこと」と言っている大和だが、その表情は嬉々としており、心底今の状況を楽しんでいるような余裕な笑みを浮かべていた。


『大和君って信用できない』


 嵯峨が自分に言おうとした言葉を頭の中で反芻しながら、渋々麗華は大和について行く。

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