第21話

 風紀委員たちはリクトを連れて、セントラルエリア内を走り回っていた。


 教皇庁本部までは目と鼻の先の位置まで来ているが、ここに来て輝士団の行動が再開し、風紀委員たちを追い詰めるための攻撃が激化していた。


 風紀委員を見つけては、リクトを保護するため、彼を引き渡さない風紀委員から無理矢理奪うために容赦ない激しい攻撃を仕掛けてきた。


 襲いかかってくる輝士団をセラと麗華が薙ぎ倒し、輝士団の目から逃れるために遠回りしながらセントラルエリア内を走り回っていた。


 そのため、目的地まで近づこうにも近づけない状態で三十分以上走り回っており、空は薄暗くなってきており、今にも雨が降りそうなくらい天気が悪くなってきていた。


 心ここにあらずといった感じで、完全に脱力しきっているリクトを無理矢理引っ張りながら、休むことなく走っている幸太郎は疲れ切っていたが、リクトを守るために泣き言を言わずに彼を引っ張って走り続けていた。


 何人もの輝士団を倒しているセラと麗華の二人だが、疲れている様子はいっさいない。しかし、麗華は遭遇しては襲いかかってくる輝士団にうんざりしている様子だった。


「いたぞ! 止まれ、風紀委員!」


「ああ、もう! 邪魔ですわ!」


 突如として現れた輝士団に向かって、うんざりした気分を思いきりぶつけるようにして、問答無用に麗華はミサイルのような勢いで放つドロップキックを食らわせる。


 輝士団の顔面にクリーンヒットし、一撃で輝士団は気絶した。


 現れた瞬間に倒された輝士団を見て、思わず幸太郎は憐憫の念を抱いた。


「セラさんの言う通り、あそこで決着をつけた方がよかったかもしれませんわね」


「いいえ、鳳さんの判断が正しいです。大勢の輝士団とあの二人と一気に戦うのは骨が折れますし、あの時は少々頭に血が上っていて冷静な判断を欠いていましたから――それに……彼のこともありますし」


 幸太郎に手を引っ張られている心身ともに今にも崩れ落ちそうなリクトの様子を、セラは憐れむような目で一瞥し、そんな様子の彼に麗華は苛立っているようだった。


「とにかく、今は目的地へ向かうことを最優先に考えますわ」


「そうですね……今は彼のことを考えることよりも――!」


 薄暗くなってきたのにもかかわらず周囲が急に、スポットライトに照らされたように明るくなり、セラは話を中断して走ることを中断した。


 麗華も突然変化した周囲の異変に察知して立ち止まり、幸太郎もキョロキョロと周囲の光景を興味深そうに眺めて立ち止まっていた。


 周囲を明るく照らしていたのは、突如として風紀委員たちを取り囲むようにして現れた風船くらいの大きさを持つ、フワフワとシャボン玉のように浮かんでいる光球だった。


 淡い光を放つ幻想的な光球を幸太郎は興味津々な様子で眺め、おもむろに手を伸ばすと――


「触るな!」


 何の警戒もなく光球に触ろうとした幸太郎を、セラの怒声が制止させた。


 普段とは違うセラの口調で、それも怒鳴り声での制止に驚いた幸太郎は手を引っ込めた。


「正しい判断です」


 褒めるような、それでいて、忌々しげな口調の言葉ととともに、上空から文字通りフワリと、自身の身長をゆうに超える武輝である杖を持った一人の女性が降り立つ。


 赤いマントを羽織り、武輝である杖を手にした輝士団の一人・水月沙菜だった。沙菜が地上降り立つと同時に、風紀委員の周囲に輝士団が取り囲んだ。


 光球に囲まれている風紀委員から少し離れた位置に降り立った沙菜は、無表情で光球に囲まれた風紀委員たちを――特にセラに対して個人的な感情を込めて睨んでいた。


「それは私が仕込んだ『トラップ』。触れれば、一気に連鎖して周囲の光球が一気に爆発します――あなたたちが動いても同じことが発生します」


「あ、あらあら……ここにはリクト様がいるというのに、よろしいのですか?」


「正攻法であなたたちに頼んでも意味がないと思い、強硬手段を取ることにしました」


 脅すような麗華の言葉にも気にすることなく、淡々と強硬手段に打って出ると宣言した沙菜には迷いがまったく見えない。


 彼女の言う通り、一歩でも動けば躊躇いなく爆発させると感じ取った麗華とセラは、互いに目配せをして今は抵抗しないことにした。


 呆然自失状態のリクトだが、沙菜の説明を聞き、そして、周囲の状況をぼんやりと見つめて、自身の状況を理解すると徐々に呼吸が荒くなり、軽い恐慌状態に陥っていた。


「一歩でも動いて抵抗する素振りを見せれば、攻撃は一斉に開始されます。あなたたちはリクト様を保護するのが目的でしょうが、この攻撃が開始されれば彼の身も安全とは限りません――大人しく彼を引き渡せば、トラップは解除されます……さあ、どうしますか?」


「どっちが敵なのかわかりませんわね……こんな危険な取引、問題になりますわよ」


「少数でリクト様を保護する方が危険です――それに何より、リクト様の保護は団長の命令ですので、彼を連れて帰らなければなりません」


「ここにも狂信者がいましたわね」


 輝士団団長である久住優輝の命令に、絶対的に従っている沙菜から狂気に似たようなものを感じ取った麗華は、これ以上何を言っても無駄だと判断した。


 麗華はしばし考えた後、誰にも聞こえないように気をつけてセラに耳打ちをする。


「……攻撃の初速は私の方が上ですわ」


「確かに――それなら、私は七瀬君とリクト君を――」

「作戦会議は終わりましたか?」


 二人が耳打ちしているのを感づいた沙菜は、無理矢理二人の間に割って入ってそれを中断させた。


 セラと麗華は互いに目配せをする――二人の準備は万端だった。


 麗華は爪先に力を込め、高く跳躍して沙菜に飛びかかる――その瞬間だった――


「う……うわぁああああぁぁあぁぁぁぁぁあああっぁあああああああ!」


 慟哭にも似た、恐怖に引き攣った叫び声が響き渡った。


 叫び声の主は――自分の身に起きた怒涛の展開に精神の均衡を崩し、完全な恐慌状態に陥っているリクトだった。


 突然響いたリクトの叫び声に驚いた麗華の行動は中断されてしまう。


「リクト君! ちょ、引っ掻かないでよ――イタッ!」

「あぁああああああぁあぁっぁぁっぁぁっぁぁぁぁああああああ!」


 パニックになって暴れ回ろうとするリクトの手を掴んで幸太郎は落ち着かせようとするが、今のリクトの耳には言葉が入ってこない。


 リクトは自分の腕を掴んでいる幸太郎の手を引き離そうと、思いきり引っ掻いた。深々と引っ掻かれて幸太郎の腕に血が滲み、その痛みで思わずリクトを離してしまった。


 自由になったリクトは、すぐにこの場から背を向けて逃げようとする。


 突然の事態に幸太郎以外、風紀委員や輝士団はリクトの様子を唖然とした様子で眺めていることしかできなかった。


「ダメだ、リクト君!」


 幸太郎の制止も聞かず、リクトは暴れ回った挙句に光球に触れてしまった。


 光球に触れたのに気づいた輝士団たちは地面に突っ伏す勢いですぐに離れた。


 咄嗟にセラと麗華の二人は全身に纏う、輝石の力で生み出されたバリアの出力を上げるのに集中し、二人は幸太郎たちを守るために飛びかかろうとするが遅かった。


 トラップを仕掛けた本人である沙菜は、輝石の力でフワリと上空に浮いて離れた。


 幸太郎は迷いなく、すぐに暴れているリクトに向かって飛びかかった。


 ――これまでの全員の行動が約二秒――


 三秒に到達しようとした瞬間――


 風紀委員たちを取り囲んでいた無数の光球は一気に弾けた。


 風船が一気に連鎖的に破裂するような連続音が周囲に響き渡り、光球が爆発し、様々なものが爆風で壊れる音が響くとともに埃が舞う。


「――っ……だ、大丈夫ですか? 鳳さん……」


「ええ、何とか……! それよりも、リクト様は!」


 輝石の力でバリアを貼り、さらに輝石の力を振り絞ってバリアの強度を上げていたセラと麗華は、服と顔に多少の埃がついているだけで無傷だった。


 お互いの無事を悟った二人は、すぐにリクトを探すと、「大丈夫」と、幸太郎の呑気な声とともに、リクトを守るようにして地面に突っ伏した幸太郎が起き上がった。


 光球の爆発の威力はそんなに高いものではなく、爆発の衝撃も主に上方向と左右に広がっていたため、リクトを庇うようにして地面に突っ伏した幸太郎は爆発の直撃を運良く避けることができた。


 しかし、爆発の衝撃で周囲の街路樹を薙ぎ倒し、コンクリートの壁にひびが入り、建物のガラスが割れて、飛んできたそれらの破片が背中等に当たって地味に痛かった。


 リクトも幸太郎に守られていたため、かすり傷一つついていなかった。


 取り敢えずリクトが無事であることを麗華は確認して、ホッと安堵して胸を撫で下ろす。


「う、うぅ……ック……ううぅ……」


 小さな嗚咽を漏らして涙を流しているリクトの肩を幸太郎は優しく撫でるように置いた。


「いやぁ、すごい爆発だったけど、リクト君に怪我がなくてよかった。立てる?」


 激しい爆発からまだ一分も経過していないのにもかかわらず、呆れるほど呑気な声で幸太郎はリクトに話しかけ、まだ地面に尻餅をついている彼に手を差し伸べた。


 情けないほど涙でグシャグシャになった顔を幸太郎に向け、差し伸べられた手を恐る恐る掴もうとした瞬間、恐怖と悲しみに溢れたリクトの表情が驚愕へと変わった。


「……こ、幸太郎さん……そ、それは……」


「どうしたの?」


 幸太郎の身体のある一点を驚愕の表情で見つめたまま、リクトの表情が凍りついた。


 リクトだけではなく、セラや麗華、周囲の輝士団、そして、水月沙菜も同様だった。


 ……あれ?


 一瞬、幸太郎は視界がぼやけたような気がしたが、大きな爆発音が鼓膜を揺すぶったので、平衡感覚がおかしくなったのかと思って気にすることなかった。


 そんなことよりも、朝から不穏だった空からポツポツと雨が降ってきたことの方が気になっていた――が。


 ん? ……なんだろう、急にお腹が……

 鳳さんの料理のせいかな?


 雨の冷たさを忘れるほど、脇腹からジンワリと熱のようなものが広がってきた。


 何気なく幸太郎は脇腹を触れてみると、ドロリとした不快な感触が指先に伝わった。


 何だろうと思い、脇腹を触れた指を確認すると――


「何じゃこりゃあ」


 自分の真っ赤な血が指先についているのを見て、思わず幸太郎は呟いた。


 幸太郎の傍らに落ちていたのは血の付いた鋭いガラスの破片。その破片が幸太郎の左脇腹を引き裂き、アカデミーの白い制服が脇腹の部分だけ真っ赤に染まっていた。


「イタッ! あー、イタタタタタタ……――制服が台無しだ」


「こ、幸太郎さん! しっかりしてください、幸太郎さん!」


「少しは元気出た? ――イタッ! ああ……洗濯でこの血落ちるかな……」


 自分の怪我にようやく気づいた幸太郎は遅れてきた鈍い痛みに膝をついた。そんな彼に、我に返ったリクトは駆け寄って、必死に声をかけた。


 さっきまでパニックなっていたリクトが我に返って、自分を心配して必死に声をかけている姿を見て、幸太郎は安堵したような笑みを見せる。


 白い制服に徐々に血の染みが広がり、服から染み出た血が滴となって地面に落ちた。


「鳳さん、セラさん。みんな油断してるから早く逃げよう……リクト君を教皇庁に連れてかないと……イタタタッ……」


 出血する脇腹を押さえてヨロヨロと立ち上がり、痛みを堪えて囁くような声で幸太郎は、麗華とセラにそう提案した。幸太郎の声に二人は我に返る。


 怪我をして出血しているにもかかわらず、泣き言一つ漏らさず、リクトを引き渡すように頼むのではなく、いまだに輝士団に対して抵抗する意志を幸太郎は見せている。


 幸太郎の提案に、麗華とセラの二人は悩んでいる。


 幸太郎の言う通り、輝士団たちは幸太郎の血を見て明らかに退いていた。


 奇襲を仕掛けて逃げ出す絶好の機会だと麗華とセラの二人は同じことを考えていた。


 しかし――二人は幸太郎の怪我を見る。


 負傷部位を押さえている幸太郎の手はすでに真っ赤に染まっていた。


 幸太郎の怪我を考えれば、大人しくリクトを引き渡して彼を病院に連れて行くべきだと二人は判断するが――二人は迷っていた。


 セラはこの事件を解決すれば、教皇庁内部の不祥事を露呈することになり、窮地に陥っている鳳グループの信用を取り戻せるかもしれないチャンスであり、鳳グループのことで悩んでいる麗華のためになるのではないかと考えたからこそ、リクトを守っていた。


 麗華も自分の目的のため、そして、鳳グループのためにリクトを守っていた。


 そんな二人だが、幸太郎の怪我を見て迷いが生じていた。


 今は自分たちの目的よりも、幸太郎の身を案じることが優先なのではないかと。


「迷わないで」


 明らかに判断に迷いが生じている二人に向けて、幸太郎は二人を淡々としながらも、迷っている二人を叱るように、それいでいて、鼓舞するかのように短い言葉でそう言った。


 真っ直ぐと麗華とセラを見つめる幸太郎。そんな幸太郎の目にはいっさいの迷いがなく、自分の放った言葉にも後悔していない様子だった。


 幸太郎の強い覚悟を感じ取った麗華とセラは、お互いに見つめ合い、頷く。


 麗華は武輝であるレイピアに光を纏わせ、セラは幸太郎に肩を貸して自分の身体に密着させる。セラの身体に密着したために、彼女から伝わる柔らかい感触を堪能する幸太郎。


「――行きますわよ! 必殺! 『エレガント・ストライク』!」


 相変わらずの技名を叫び、思いきり一歩を踏む込むと同時にレイピアを突き出す。


 突き出すと同時に武輝であるレイピアに光として纏っていた輝石の力が一気に放たれる。


 極太のレーザー状となって放たれた力は、雨粒を吹き飛ばして、輝士団たちを薙ぎ倒し、風紀委員たちを取り囲んでいた包囲網の一部を破った。


 薙ぎ倒すと同時に、風紀委員たちは走り出す。リクトも躊躇いながらも後に続く。


 幸太郎の怪我で油断をしていた輝士団たちは、風紀委員たちの行動に不意をつかれてしまい、対応することができなかった。


「ふ、風紀委員を止めなさい!」


 輝士団の中で誰よりも早く反応した沙菜は輝士団に指示を出す。


 その指示に我に返った輝士団たちは風紀委員たちを追いかける。


 しかし、再び麗華の武輝から放たれた光の衝撃波に追跡が遅れてしまう。


「鳳さん、このまま教皇庁へ向かうよりも、一旦七瀬君の応急処置をしましょう」


「わかりましたわ! それでは、高等部の校舎に向かいますわ! 風紀委員の本部に救急セットがありますから、そこで処置をしましょう――クッ! 邪魔ですわ!」


 一旦幸太郎の怪我の治療をするために、高等部の校舎に向かうことにしたが、それを阻むかのようにして風紀委員たちの前に二人の輝士団が現れる。


 しかし、麗華は軽やかにステップを踏んで、舞うようにして二人の間に向かって、身体を回転させながら武輝を振るって通り過ぎると、二人は同時に吹き飛んだ。


 こちらの状況をお構いなしに襲いかかってくる輝士団に、麗華とセラは忌々しげに顔をしかめる。


「降ってきた雨で七瀬君の体力と体温が奪われています。どこか雨を凌げて応急処置ができる場所を探しましょう。今までのように輝士団を倒しながら向かって七瀬君の負担が激しくなるので何か手を考えましょう」


「私たち風紀委員以外の治安維持部隊には監視カメラが見れる手段がありますわ……一部のカメラには死角がありますが、移動することになると確実に無数に設置されたカメラに映ってしまうことになりますわ。カメラを避けるのではなく、誰も使わないような人目のつかない道を使えば――ですが、そんな道私でさえ――」

「……それなら、僕に任せて……そこの角右に回って裏道に入って」


 輝士団と戦うことを避けるための手段を考えている麗華に、セラに肩を貸してもらって歩いている幸太郎は呟くような弱々しい声で道順を言った。


 突然の幸太郎の案内に怪訝な顔をする麗華だが、セラはすぐに何かに気がついた。


「七瀬君、そういえば前に、人気のない道にある知る人ぞ知る名店を知っていると言っていました……そんな場所を知っている七瀬君ならもしかして、校舎までの裏道を知っているのではないでしょうか」


「今回ばかりは七瀬さんに期待するしかないようですわね。案内しなさい! ……わ、私はあなたよりも理解力があるので、簡単に一言二言道順を言ってくれれば結構ですわ!」


 相変わらず、素直ではない麗華の態度を見て、幸太郎は青白い顔をしながらもニヤニヤと含みのある笑みを浮かべる。


 麗華にとって忌々しいその笑みを見て、麗華は一瞬悔しそうな顔をして、いつものように怒鳴り声を上げそうになるが、今は堪えた。


「……心配してくれてありがとう、鳳さん」


 突然お礼を述べた幸太郎に照れたように頬を紅潮させる麗華だが、すぐにそれを隠すようにして前を向いて、幸太郎が指定した道に向かって歩きはじめた。


 相変わらずな麗華に見て幸太郎は笑みを浮かべ、麗華から自分の隣にいる不安そうで、申し訳なさそうな表情で自分を見つめているリクトに視線を移した。


 幸太郎と視線が合うと、リクトはすぐに顔を俯かせて、気まずそうに視線をそらした。


 そんなリクトに幸太郎はニッと力強い笑みを浮かべて見せた。


「……リクト君は僕が絶対に守るから……」


 リクトに向かって幸太郎は下手糞なウィンクとともにサムズアップする。


 怪我を負っているにもかかわらず、自分を気遣ってくれる幸太郎に、リクトは複雑な気持ちを抱き、その気持ちが涙となって流れ落ちそうになる。


 だが、今は涙を流すことよりも風紀委員たちの後について行くことを優先した。




――――――――――――




 ……恐ろしいほどこちらに運が向いているようだ。


 大会議室で、リクト保護のために忙しいクラウスの代理として、教皇エレナに報告している高峰はエレナに報告しながらも、順風満帆過ぎる自身の計画に心の中で狂喜していた。


 風紀委員の一人――七瀬幸太郎は負傷し、現在高等部に籠っているという情報がある。

 おそらく、風紀委員本部で応急処置をするつもりだろう。

 本来ならば、アカデミー最高戦力の力を使って風紀委員を拘束してから、色々と行動を移すつもりだったが、今考えている戦略を使えばさらに教皇庁は力を増大できる。

 ……運がついている。

 これも、選ばれていた者、クラウス・ヴァイルゼンの力によるものか?

 いいや、それは違うだろう。

 あの力はそんな都合の良い力ではない――輝石という神秘を生み出す奇跡の力だ。


「……高峰、どうかしましたか?」


 報告を終え、何か深く思案している高峰にエレナは声をかける。


 エレナに声をかけられ、高峰は慌てた様子で深々と頭を下げた。


「い、いえ、すみません。少し呆けてしまいました」


「しっかりしてください――それとも、まさか怪我が痛むのですか?」


「そ、そんなことはありません。余計なご心配をかけさせてしまい、申し訳ございません」


「謝ることではありません……何も問題がないのなら、それでいいのですが……」


 一瞬、エレナは高峰を心配する目を向け、すぐに感情を感じさせない目に戻る。


 敬愛するエレナに心配させてしまうという、光栄かつ無礼な行為に高峰は強く自戒する。


 浮かれそうになった心の中で喝を入れ、高峰はさっそく計画のために本題に入る。


 ……これはチャンスだ――鳳グループを潰すための……


「エレナ様――クラウスの言う通りここは一度鳳大悟と話し合いの場を設けるべきでは?」


 その提案に、エレナは心底失望したような目を一瞬だけ高峰に向ける。


 高峰は心の中で謝罪をしながらも、話を続ける。


「教皇庁の利益のためではありません。負傷した風紀委員のことを考えてのことです」


「……聞きましょう」


 高峰のその言葉に、怪訝そうな顔をしながらもエレナは話を聞く態度を取る。


「高等部校舎にリクト様とともに籠城している鳳麗華を説得するため、鳳大悟に協力を求めるべきです。彼ならば、風紀委員を率いている鳳麗華を説得できるでしょう」


「何を言うかと思えば……これは教皇庁が解決すべき事件! そのような事件に鳳グループトップをわざわざ呼んで協力させるという真似ができるか!」


「そうだ! わざわざ我らの不備を露呈させる行為だ!」


 高峰の意見を周囲の枢機卿たちは非難する。


 しかし、枢機卿の意見なんて高峰にはどうでもよく、すべてはエレナの言葉だった。


 エレナの言葉をジッと待つ高峰。


 枢機卿たちが好き勝手に意見を述べるせいで騒がしくなる室内。


 そんな中、エレナだけは一人、静寂な空気に包まれ、目を閉じて考えていた。


 そして、エレナはゆっくりと目を見開いた。


「――わかりました」


 エレナが言葉を発した瞬間、枢機卿たちは静かになり、エレナの言葉に耳を傾ける。


「風紀委員が輝士団を信用していないのは誤解が生んだこと――その誤解を解くためには、教皇庁の者ではなく、高峰の言う通り、もっとも近しい信頼する者の言葉が必要でしょう。それに、大怪我をしている者がいる以上、あまり時間をかけたくはありません」


「それでは、まさか――」

 エレナの言葉に、枢機卿の間にどよめきが走る。


「鳳大悟に協力を求めるため、これから鳳グループへ向かいます」


 いっさいの迷いなく、エレナはそう答えた。


 優柔不断な態度をいっさい見せないエレナの態度に思わず高峰は、自分の計画通りに事態が動きはじめていることの喜びを忘れて、彼女に見惚れてしまう。


「そ、それでは、鳳グループ本社にわざわざ出向くことなく、こちらに呼び出せば――」

「私たちは協力を求める立場。高圧的な態度に出るよりも、あちらに出向いて真摯な対応を見せれば、文句は言わないでしょう。今この場にいる枢機卿たちは私とともにこれから鳳グループに向かいます。怪我人が出てしまった以上、外部に誠意を示すために迅速な判断をして解決をしなければなりません。異論は認めません」


 教皇庁にとって、教皇の言葉は絶対――枢機卿たちは不承不承ながらにも納得して、準備をはじめた。


 自分の思い通りに事態が進んでいることに高峰は心の中で笑みを浮かべる。


 そして、迷いなき判断をする教皇エレナに対しての信仰心をさらに強くした。


 ――やはり、リクト・フォルトゥスは不要だ……エレナ様だけが存在すればいい!


 改めて母と息子を比較し、高峰はリクトが不要だという決断に迷いがなくなった。



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