第20話

 風紀委員、そして、リクトが去り、高峰とクラウスは気分良さそうであり、特に高峰は自分の計画が順風満帆に動いているので特に気分が良さそうだった。


「さて……計画は終盤に差し掛かった……私の目論見通り、風紀委員たちは教皇庁本部へと向かうだろう――いや、リクト様ならそこへ向かうしかないだろう」


「ここまでお前の思い通りに動いているんだ。今更疑いはしないが、根拠はあるのか?」


 クラウスの問いに、高峰は当然だと言うようにほくそ笑む。


「当然だ。この状況でリクト様は安全な場所に向かうことを最優先として考えている。我々に立ち向かうことはしないだろう。それに、輝動隊の動きを封じた今、風紀委員は我々と直接対決を挑むよりも、教皇庁へ向かって教皇に報告する方を選ぶだろう」


「なるほど、十年間もいれば自ずと相手の動きや思考を読めるようになるか」


「大切な計画を実行するには時間は惜しまないことだ。時間さえかければ、どんなに無理難題な計画でも必ず成功を収めることができる――もちろん、運も関わるがな」


 自信たっぷりにそう説明する高峰に、クラウスは安堵するとともに敵に回したくない恐ろしい男だと高峰のことを思っていた。


 十年もの間リクトの警護を務めていた男が何の躊躇いもなく裏切った。


 最初はここまで大事にする気はなかったかもしれないとクラウスは思っているが、それでも、仕えたくない相手に十年もの長い間仕えて、行動パターンや思考を把握して、相手が信用しきったところで裏切るという冷徹さを持つ高峰広樹。


 クラウスはめったに人を褒める性分ではないが、この高峰という男の忍耐力と、演技力、そして、逡巡することなく計画を実行する決断力に感服していた。


 同時に、恐ろしいまでの冷徹さを持つ人物だとも思っていた。


「それでは私は輝士団の動きを操ることに専念しよう。お前はエレナ様のことを頼む」


「承知の上だ。逃走ルートに変更はない」


 最終確認をして、高峰は教皇庁本部へと向かおうとする。


 ふいに、クラウスは「聞きたいことがある」と、高峰を呼び止めた。


「どうした。何か計画に不備があるのか?」


「いや、今回の計画……お前の努力と、『運』、どちらが一番作用しているんだ?」


 クラウスの質問に一瞬答えに詰まったが、すぐに高峰は不敵な笑みを浮かべる。


「そうだな――……五分五分といったところか? 『運』は不確かなものだが、確かに存在している。どんなに練りに練った計画でも、運がなければ達成できない。そう考えれば、今回の計画は五分五分なのではないか?」


 高峰の答えを聞いて、クラウスは納得したように、それでいて安堵したように頷いた。


「もしかしたら、運が良いのも『』のお前がもたらした、説明できない何か不可思議な力のおかげかもしれないな」


 少しの皮肉を込めた一言を呟き、意味深な笑みを残して高峰は教皇庁本部へと向かった。


 高峰の言葉がしっかり耳に入っていたクラウスの整った顔立ちが憎悪で歪む。


 憎悪で歪んだ彼の顔は、聖輝士という誉れ高い称号を授与された人物とは到底思えないほど、邪悪で冷たいものであり、狂気さえも浮かび上がっていた。


「……リクト・フォルトゥス――やはり、貴様を始末しなければ……」


 小さな声で怨嗟の言葉を吐き捨てるようにしてそう言った。




――――――――――――




 セントラルエリアの鳳グループ本社前。


 細い腕にもかかわらず、二つの大きなトランクケースを軽々と持っているティアは、大和に指定された通りの場所へと到着した。


 しばらく待っていると、大和が鳳グループ本社から出てきた。


 大和はティアが待っていることに気づき、小走りで彼女に近寄った。


「ごめんね、待たせちゃったかな?」


「今来たところだ。問題ない」


「いやぁ、ごめんね。あんなところからこんな重いものを運んでもらって」


「問題ない。ちょうどいい鍛錬にもなった」


「……もしかして、あそこから交通機関を使わずにここまで来たの?」


「無論だ」


 涼しげな顔でそう言い放つティアに、大和は苦笑を浮かべることしかできなかった。気を取り直して、大和は話を進める。


「たった今入ってきたニュースなんだけど、刈谷君とドレイクさんがリクト君を捜索していた教皇庁内部の協力者の妨害行為と傷害好意で捕まったみたい。そのせいで、今の鳳グループはかなり慌てているよ。また、信用が落ちてしまうとね。その結果、輝動隊はこの事件から一歩退くようにと命令されてしまったよ。参ったねぇ」


 残念そうに言っているが他人事のように、そして、わざとらしい身振り手振りを加えてそう言っている大和に、ティアは呆れたように小さくため息をつく。


「……お前の予想通りになったな」


 ティアの短い言葉に、大和はニヤリと不敵な笑みを浮かべて「まあね」と言った。


「犯人たちはこれで輝動隊の動きを封じたと思い込んでいると思うからねぇ……これで隙がつけるよ。下準備もしてきたし」


「それならば結構だが、刈谷が捕まったせいで輝士団にはめられたと思って気色ばんでいる隊員がいる。アイツのことを慕っている隊員たちは多いからな。早く命令しなければ暴走して、さらに事態が混沌とする。急いで隊長のお前が指令を出せ」


 急かすようにそう言ったティアに、大和は首を捻って「うーん」と唸り声を上げて考えている素振りを見せる。こんな時の大和はすでに答えを出していると知っているので、ティアは苛立っていた。


「それじゃあ、こういう建前にしよう『公共物破壊をした風紀委員からセントラルエリアを防衛するために輝動隊をセントラルエリアの各地に配置して、捕獲をするのは輝士団に任せる』って」


「……そんなことをすれば、輝動隊と輝士団との小競り合いが生まれるぞ」


 そんな命令を隊員たちに出せば、同じ輝動隊である刈谷が輝士団に捕まったという一件で、苛立ちを募らせている隊員たちは、輝士団に因縁をつけて無用な争いが生まれてしまい、ただでさえ混沌とした状況が、さらに悪化すると思い、納得していない様子のティア。


 ティアの言葉を受けて、大和はただ何も言わずに含みのある笑みを見せた。


 まるで、「それが何?」と言っているような笑みだった。


 そんな大和から一瞬、得体の知れない黒いものをティアは感じ取った。


「まあ、取り敢えず僕を信じてよ。この命令を出せば確実だからさ」


 いつものような緊張感のなさそうな軽薄な笑みを見せる大和。


 大和と出会って時間がそんなに経っていない人間ならば、大和から時折感じられる何か得体の知れないものを感じて信用するのに躊躇うだろうが、長い付き合いのティアだからこそ大和を不承不承ながらにも信じることにした。


「仕方がない……事件を解決するためにお前の指示に従おう」


「ありがとう、ティアさん。大丈夫、今考えている計画ならきっと事件は解決、万々歳さ。」


「それなら、さっさと命令を出せ」


「はいはいっと――それじゃあ、さっさと命令を出して、ティアさんが持ってきたそれの設置をはじめるとしようか」


 ティアと大和は次なる行動に移すために、行動をはじめる。




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