第5話
「予定以上の時間がかかってしまったが、これで事情聴取は終了だ。ご苦労だった」
輝士団本部内にある窓一つない薄暗い取調べ室。
取調べ室にはセラと沙菜と大道の三人がいて、セラは机を挟んで大道と沙菜と向かい合うように座り、輝士団本部に到着してから長時間取調べを受けていた。
取調べではティアとの関係、最近のティアの様子、昨日ティアと会った時に何を話したのか、どんな様子だったのかを事細かに聞かれ、それらすべてを丁寧にセラは説明した。
親友同士が戦い、一方が敗北して、敗北した方が意識不明であると知っても、セラは自分でも驚くほど冷静に質問を答えることができた。
取調べ自体はセラが冷静でいられたため滞りなくスムーズに進んだが、事件が事件だったので数多くの質問を事細かに説明したので長時間かかってしまった。
休憩を挟んで長時間まで及んだセラへの取調べの終了を大道は告げるが、俯きがちなセラの表情は険しいまま安堵することはなかった。
「どうした、もう帰ってもいいんだ。もし疲れているのなら、送ろ――……」
終了を告げても椅子に座ったままのセラを大道は心配そうに声をかける。
一拍子遅れてセラは反応して、俯きがちだった顔をゆっくりと上げて大道を見つめた。
セラに見つめられた大道は思わず息を呑んだ。
今のセラの目は光を宿していない虚ろな瞳をしていたが、その瞳の奥には確かな憎悪と激情の暗い炎が静かに揺らめき、有無を言わさぬ威圧感を放っていたからだ。
「お願いです……ティアの容態を教えてください」
激情を抱きながらも、セラは輝士団本部内で治療を受けている親友の状態を教えてくれるよう大道に懇願した。
どす黒い感情の炎を瞳の奥に宿しながら、親友を心配するほどの理性を持っているセラに、大道は安堵するとともに、親友を心配する強い想いを痛いほど感じた。
「ああ、それなら――」
「ふざけないでください」
大道はそんなセラに優しく微笑んで質問に答えようとする――だが、静かな威圧感と確かな殺気が込められたある沙菜の声がそれを無理矢理遮った。
沙菜はセラをジッと睨む。
取調べ中、沙菜は一言もセラに話しかけることはなかった。
取調べは主に大道主導で行われ、沙菜はその様子を彼の隣でずっと見つめていた。
しかし、最後の最後で沙菜は憎悪を宿した目でセラを睨みながらの一言を吐き捨てた。
「あなたのお友達――ティアリナさんがしたことの大きさを理解していますか? 不仲であっても一線を超えなかった二つの組織が、あなたのお友達のせいで衝突寸前になった」
冷淡な口調で沙菜はセラを責め、今の状況すべてがティアのせいであると強調する。
「あなたのお友達のせいで、大きな争いがアカデミー内で起きるかもしれない」
「いい加減にしろ、沙菜」
「これだけは言わせてもらいます」
大道の制止を振り切って、沙菜は座ったままのセラの胸倉を掴んで無理矢理椅子から立ち上がらせた。セラは抵抗することなく、ただ沙菜のなすがままにされていた。
「あなたのお友達のせいで、そして、そのお友達を止められなかったあなたのせいで、関係ない人たちが傷つくかもしれない……あなたたちのせいで!」
憎悪が込められた目で睨まれ、容赦のない言葉を投げかけられてもセラは抵抗しない。
「二度と団長――優輝さんに近づくないでください……あなたのことですから、きっと、何か行動を起こすつもりだと思いますが――その場合私は全力であなたを排除します」
「いい加減にしろと言っているだろう、沙菜!」
沙菜はドスの利いた口調でセラを脅し、そんな彼女を大道の怒声が制止させる。
大道の怒声に沙菜はバツが悪そうな顔になって、掴んでいたセラの胸倉を乱雑に放した。
胸倉を掴んだ手から解放されたセラは派手に尻餅をついて倒れ、そんな彼女を冷酷な目で水月は見下ろした。
「……大丈夫か?」
「……すみません、ありがとうございます」
尻餅をついて俯いたまま動かないセラに大道は手を差し伸べると、セラは消え入りそうな声でお礼を言って彼の手を掴んで立ち上がった。
立ち上がったセラは俯いたまま大道と視線を合わせることはなかった。
「君が気にしているティアリナ・フリューゲルの容態だが……現在意識不明のままだが、目立った怪我はなく順調に治療は進んでいる。近いうちに必ず意識は戻る」
「そうですか……教えていただいてありがとうございます、大道さん」
ティアのことを想うセラを憐れんで、大道はティアの容態を教える。
俯いたままだったが、友の容態を知ってお礼を言うセラの声は安堵に包まれていた。
「……優輝はどこにいますか?」
しかし、その安堵感はすぐに消え去り、優輝の居場所を聞くセラの声は静かな怒りに満ち溢れた。声だけでも背筋に冷たいものが走る大道だが、すぐに首を横に振ってその質問には答えられないという意志を見せる。
一方の沙菜は優輝の居場所を聞いてきたセラに向かって口元に薄らと嘲笑を浮かべる。
「無駄です。優輝さんは今あなたでも簡単には手を――」
「悪いがそれは答えられない」
感情のままに発している沙菜の言葉を大道は無理矢理遮った。
沙菜の言葉を無理矢理遮った大道が一瞬だけ動揺しているのがセラは感じ取った。
「……どうしても、ですか?」
「今、君が後先考えない行動をすれば事態はさらに収拾がつかなくなる。君ならそれがわかるはずだ……だから頼む、わかってくれ」
諭すような、そして、懇願するような大道の言葉に、セラは諦めて取調べ室を出た。
そんなの……そんなの、わかってる……
取調べ室を出たセラは俯きながら、爆発しそうになる感情を必死に抑えていた。
取調べ室を出てすぐにセラを輝士団本部のエントランスまで送るために、数人の輝士団がセラを囲んだ。全員、ティアの友人であるセラに対して警戒心と敵対心を高めていて、少しでも彼女がおかしな動きをしたら飛びかかりそうな雰囲気だった。
自身を囲う輝士団たちとセラは言葉を交わさなかったが、彼らはセラに何度か話しかけた。
ほとんどはおかしな真似をすれば輝士団がセラを排除する等、脅すようなものばかりだったが、今のセラの耳にはまったく入らなかった――だが――
「まったく、ティアリナ・フリューゲルも愚かな奴だ……アカデミー最高戦力である我らが団長に敵うわけがないというのに」
その言葉だけはハッキリと聞き取れた。
その言葉に同意を示すように周囲が下卑た笑い声を上げるのもハッキリと。
感情が一気に爆発しそうになるが、今、自分がいる場所が多くの輝士団団員たちが行き交う輝士団本部のエントランスにいることに気がつき、一気に頭に理性が戻る。
ここで暴れたら分が悪い……
……今、私には輝石がないんだ。
ここで感情に任せて不用意に暴れられない……
まだ、捕まるわけにはいかない。
だから、冷静になるんだ。
今自分がいる場所、そして、取調べ前に輝石を一旦預けたことを思い出し、セラは冷静になるように自分に何度も言い聞かせて、爆発しそうになる感情を必死に抑える。
本部を出る寸前にようやくチェーンにつながれた自分の輝石が戻ってくる。
自分の輝石が戻ってきて、セラはチェーンにつながれた自身の輝石を見つめた。
何が……何が友情の証だ……
自身の輝石を激情のまま投げ捨てたい衝動に駆られたが、それを必死に堪えた。
今、自分は武器を失うことはできない――そう言い聞かせて。
西洋風の白い建物の輝士団本部をセラは出ると、数人の輝士団団員たちが入口をすぐに封鎖した。まるで、セラに戻ってくるなと言っているように。
セラは振り返ることなく、輝士団本部からすぐに離れた。
これからのことを考えるために――考えなくとも、もうセラの中では答えは出ているが。
夕日が沈んですっかり薄暗くなった空を険しくも切なそうな表情のセラは仰いだ。
……迷いはない……そうだ、迷いはない。
そう自分に言い聞かして、セラは歩きはじめようとするが――
「お勤めご苦労様」
誰一人として寄せつけない刺々しい雰囲気を放っているセラだが――そんな彼女に一人の人物が呑気に声をかけてきた。
「……七瀬君」
声をかけてきたのは七瀬幸太郎だった。
幸太郎は人の気も知らないで能天気な笑みを浮かべてセラを出迎えた。
「ずっと、待っていてくれたんですか?」
「大和君と鳳さんからまだセラさんが輝士団本部にいるって聞いたから」
「そうですか……わざわざすみません」
「本当は空調が効いた本部の中で待ちたかったけど、風紀委員の腕章を輝士団の人たちが見たら、立ち入り禁止って言われちゃって」
「こんな暑い中待たせてしまってすみません」
「アイスを食べながら待ってたから大丈夫。夏の外で食べるアイスは最高だね」
俯いて、申し訳なさそうに謝るセラだが、幸太郎は言葉通り特に気にしている様子ない。
「コンビニでアイス買って帰ろうよ、セラさん」
そう言って、取調べで何があったのかと深く聞くことも、人の気持ちなど気にすることも、気遣う様子もなく、ただいつもと同じ呑気な態度を見せる幸太郎。
いつもと変わらぬ幸太郎にセラは安堵して感謝を覚えるが、それと同時に八つ当たり気味の苛立ちと罪悪感とのようなものが生まれて自己嫌悪に陥った。
「……鳳さんの命令ですか?」
「素直じゃないけど鳳さん、セラさんを心配してたよ」
セラの質問に隠すことなく幸太郎は素直に頷いてそれを認めた。
自分を心配している友人たちにセラは罪悪感に押し潰されそうになる。
私は最低だ……
私のことを心配してくれる友達を私は裏切ろうとしている。
身勝手な行動で振り回し、巻き込もうとしているんだ……でも、私は――……
罪悪感が芽生えるセラだが、ティア――そして、優輝の顔を頭の中に思い浮かべた。
優輝のことを想い浮かべた瞬間、一気に噴き出した劇場でセラは自分の中から罪悪感と、生まれそうになった迷いも無理矢理消し去った。
「……すみません」
聞こえるか聞こえないかの消え入りそうな声でセラは謝罪の言葉を幸太郎に向けて言うと、彼の前から逃げるように立ち去った。
立ち去る自分を制止する幸太郎の声が背後から聞こえるが、セラは振り返らない。
振り返ってしまえば必ず迷いが生じると思ったからだ。
だからこそ、セラは幸太郎の前から逃げた。
友人を裏切ることによって生まれる罪悪感から。
優輝への憎悪と怒りを胸にしながら、セラは逃げた。
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