第4話

「一体全体どうなっていますの!」


 放課後の風紀委員本部に麗華のヒステリックな怒声が響き渡る。


 風紀委員本部には本革のソファの上で機嫌が悪そうにふんぞり返って座っている麗華、そんな彼女の対面にあるソファに座るのはスナック菓子を食べている幸太郎、その隣には輝士団と並ぶ治安維持部隊・輝動隊きどうたいの隊長であり麗華の幼馴染である美少年・伊波大和いなみ やまとがいた。


 大和はニタニタとした笑みを浮かべながら、対面にいる幼馴染の様子を眺めていた。


「少しは落ち着こうよ、麗華。こんな状況、楽しまなきゃ損だって」


「シャーラップ! 呑気に楽しんでいる暇なんてありませんわ!」


 苛立つ麗華を落ち着かせようとするが、明らかに自分を小馬鹿にしている大和の態度と言葉にさらに麗華はヒートアップする。


 周囲に八つ当たり気味に怒りをぶつけている麗華の機嫌が悪い理由は二つあった。


 一つは輝士団本部に連行されたセラが結局放課後になっても戻ってこなかったこと。


「この私を差し置いて勝手にセラさんを連行する輝士団もそうですが、それに大人しく従うセラさんもセラさんですわ! 大和! 一体全体どうなっているのか説明しなさい!」


「説明したら今よりも絶対麗華怒るよ」


「気遣い無用ですわ! とにかく、今はさっさと噂の真偽について話しなさい!」


「それならわざわざ僕を呼ばなくてもよかったんじゃない? 鳳グループに聞いても――」

「それならとっくにしましたわ! ですが、状況を問い詰めても返事は調査中のみで何も教えてもらいませんでしたわ! 輝動隊隊長のあなたならば何か知っているでしょう!」


「鳳グループも不用意に君に動かれたら後々面倒になるから説明しなかったのかな?」


「いいからさっさとあの噂について説明なさい!」


 もう一つ、麗華が怒っている理由――それは、セラが輝士団に連行されてから流れはじめた噂だった。


 幸太郎はふいにスナック菓子を取っていた手をティッシュで拭いて、携帯を操作して学内電子掲示板にアクセスすると――掲示板は軽い騒ぎになっていた。


 輝動隊№2でありアカデミーでもトップクラスの実力を持つティアリナ・フリューゲル、そして、輝士団団長でありアカデミー最高戦力と称される久住優輝――そんな二人が昨夜、戦ったという噂が流れていた。


 戦いになった原因はティアが優輝を呼び出して突然優輝に襲いかかったことで、結果はティアが優輝に返り討ちにされたとのことだった。


 ティアと優輝、二人ともアカデミー内でもカリスマ性が高く、多くの人望があり、掲示板内では大きくティアを慕う人と、優輝を慕う人で二つに分かれて対立していた。


 ティアを慕う人は卑怯にも優輝を襲いかかるなどありえないと思い、ティアよりも優輝を慕う人は今回のティアの行動が許せないと感じ、掲示板内で激論を繰り広げていた。


「それじゃあ、そろそろ話さないと麗華の機嫌が斜めになるし、今の状況を話そうかな」


 ようやく話す気になった大和に麗華は当然だというようにふんぞり返り、幸太郎は携帯を眺めるのとスナック菓子を食べるのを中断して話を聞くのに集中する。


「どこの誰が流したのかはわかってないけど、噂は紛れのない事実。ティアさんが久住君を襲ったかまではわからないが、ティアさんが敗北したのは事実だ」


「まさか……まさか、あのティアさんが……」


 認めたくない事実に麗華は激しいショックを受けていたが、すぐに我に返って怒気が含んだ自身のツリ目を大和に向けた。


「ティアさんは……ティアさんは今どこにいますの! 無事ですの?」


「現在、ティアさんは意識不明の状態で輝士団本部内にある医療施設で治療を受けているってさ。でも、輝士団や教皇庁きょうこうちょうの関係者以外ティアさんと接触することは禁止。参ったね、ホント」


「他人事ではありませんわ! こんな時、輝動隊隊長であるあなたがどうにかするべきでしょう! 鳳グループも何をしていますの? このままでは大変なことになりますわ!」


 軽薄そうな笑みを薄らと浮かべ、他人事のように状況を話す大和に激昂する麗華。


 麗華の怒声に大和は耳を塞ぎながら「ごめんごめん」と適当に謝った。


「麗華の言う通り、確かにこのままだと大変なことが起きる。輝士団たちはティアさんを厳しく罰しようとしてるし、詳しい説明がないままティアさんを治療という名目で監禁して裁こうとしている輝士団たちに輝動隊のみんなは不満がたまってる」


 大変なことが起きると言っているが、他人事のように状況説明をする大和のせいで緊張感がないものになってしまっていた。


「今回の一件、一番良いタイミングで表に出て鳳グループを糾弾するつもりだから、教皇庁はギリギリまで静観をするね。それに、鳳グループ側も久住君に襲いかかったティアさんを見放そうとするから、今回の一件にあまり関わらないようにしている。まあ、お互い、権力を得るのと保身をするために必死というわけ――」


 ケラケラと笑いながら状況を話している大和の言葉を遮るように、テーブルを割らんとする勢いで拳を叩きつけた麗華に、「もう、びっくりしたよ」と大和はおどけた。


「笑っている場合ではありませんわ! このままでは、アカデミー創立以来の大事件……治安維持部隊が全面衝突する恐れがありますわ!」


「だろうね。お互いの組織でもっとも人望がある人物が戦い、その結果どちらか一方が倒れた――膨れ上がった不平や不満を爆発させるのには良い機会だ」


「悠長に構えている場合ではありませんわ! どうにかしてそれを止めなければなりません! 大和、輝動隊隊長、そして鳳グループとして私に協力しなさい!」


「えー? ……まあ、麗華がそうしたいなら僕は別にいいけどさぁ」


「自分の立場を考えて少しはやる気を出しなさい!」


 治安維持部隊同士の争いを止めると麗華は宣言して、協力を求められても面倒そうな態度を隠すことをしない大和に、力強い怒声で麗華に喝を入れられて、大和は渋々「はいはい、わかったよ」と協力することを了承した。


「まあ、麗華ならそう言うと思ったから、あらかじめいくつか手は打っておいたよ」


「フン! 相変わらず準備が良いことですわね!」


「……この事態を予見できなかったわけじゃないから」


 呟くようにそう言って意味深な笑みを浮かべる大和に麗華は不審な視線を向けるが、深く追求することはしなかった。


「取り敢えず、今日は僕たちに何もやることはないから。いきなりあそこに向かっても、麗華の鳳グループ御令嬢としての権力をフルに活用すればどうにかなると思うけど、今の状況で無理をして、後々になって教皇庁が批判材料に使うと考えたら安易に鳳グループの権力を無理矢理使えないし。今日は準備だね、準備」


「何の準備をしているかはわかりませんが! 今は悠長に準備している暇はありませんわ! とにかく今は治安維持部隊同士の争いを止めることが先決! そのために今すぐにでもティアさんに襲われた優輝さんに当時の詳しい話を聞くべきですわ!」


 悠長に今日は何もしないと言っている大和に激昂する麗華だが、大和は心底今の状況を楽しんでいるような表情でニヤリと笑った。


「残念だけど、教皇庁に匿われている久住君に会うのは難しいって」


「そ、それならば、鳳グループが事情聴取をするという名目で話を聞くべきですわ!」


「効果的だとは思うけど、教皇庁にとって今回の騒動の真偽はどうでもいいんだ。ただ、鳳グループの信用を失墜させるため、アカデミーの権力を握ることだけを第一に考えてるから、真実を知る久住君の存在は騒ぎが収まるまで表には出さないよ。それに、鳳グループだって、今の状況で教皇庁に借りを作りたくないから積極的に動かないよ」


 ああ言えば、ぐうの音が出ないほど言い返す大和に、麗華は悔しそうな表情を浮かべながらもこれ以上反論することはなかった。そんな彼女に大和は意地が悪そうに笑った。


 仏頂面を浮かべながら、麗華は話を進めることにした。


「……それで、あなたは一体何をするつもりですの?」


特区とっくに向かう」


 特区――アカデミー都市の外れにある輝石使いの犯罪者たちを留置する場所。


 そこに向かうと言って意味深な笑みを浮かべる大和を怪訝な顔で見つめる麗華だが、すぐに諦めたようにため息をついて「……わかりましたわ」と不承不承ながらに従った。


「面倒だけど今は鳳グループの権力を下手なことで使えないから、特区に向かうための手続きをこれからして、僕と麗華は明日から本格的に行動を開始しよう」


「わかりましたわ……悠長なことをしていられませんが、今はあなたに従いますわ! これで無駄な時間を過ごしたら、許しませんわよ!」


「はいはい、わかったわかった――……あ、そうそう」


 思い出したかのように大和はボーっとしながら話を整理していた幸太郎に視線を移す。


「幸太郎君はどうしよう」


「どうしよう」


「どうしようか」


「だっー! もう考える時間だけ無駄ですわ!」


 どうしようかと大和に聞かれてどうしようと返す幸太郎、そんな幸太郎に再びどうしようかと尋ねる大和――無駄な会話に痺れを切らした麗華が割って入った。


「取り敢えず、役立たずのあなたはセラさんのことをお願いしますわ。いいですわね?」


「何だか気合入ってきた。ドンと任せて」


「本当にわかっていますの? 今回の一件、セラさんを制することが重要ですのよ!」


 淡々とした口調で一人気合が入っている幸太郎に一抹の不安を覚える麗華だが、そんな麗華の不安を察した大和はニヤニヤとした笑みを浮かべながら「頼もしいじゃないか」と皮肉たっぷり込めた言葉を投げかけた。


「心配しなくとも、幸太郎君ならきっと僕たちの想像以上の仕事ぶりを発揮してくれるさ」


「そう言われると何だか照る。頑張っちゃおうかな」


「おー、頼り甲斐があるなぁ」


 不安そうな麗華を見て、幸太郎のために大和はフォローを入れた。しかし、大和はまったく幸太郎に対して期待を抱いていない様子だった。


「幸太郎君もやる気満々だし、セラさんは幸太郎君に任せて大丈夫。だから、麗華はセラさんの――友達の心配をしなくてもいいんだよ?」


「よ、余計なお世話ですわ! というか、私は別に心配していませんわ! 私はただ、アカデミーのために行動するだけですわ!」


 ニタニタとした笑みを浮かべた大和の一言に、ムキになって否定する麗華。


 そんな麗華の様子を見て幸太郎と大和は向き合い、そして小さく笑って頷く。


「素直じゃないなぁ、麗華は」

「素直じゃないね、鳳さん」


「シャーッラップ!」


 大和と幸太郎の無駄に息が揃った異口同音の一言に麗華は激昂する。


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