第3話
「ハーッハッハッハッハッハ! さて、諸君! そろそろ夏期休業――通称夏休みが近づいているということは理解しているかな?」
アカデミー高等部の一年B組――朝っぱらからうるさいくらいの高笑いが響き渡る。
狂ったような高笑いの発生源は、教卓の前に立つ白髪頭の薄汚れた白衣を着て眼鏡をかけた男――このクラスの担任のヴィクター・オズワルドだった。
担任の狂笑に薄ら寒いものを感じたクラスメイトたちは若干引き気味だが、幸太郎は別に気にしている様子はなく呑気に大きく欠伸をしていた。
「今日まで通常日課で明日からは短縮日課! そして、その後待ち受けるのは君たちが望んで仕方がないであろう夏休み! ハーッハッハッハッハッハッハッハ!」
大袈裟な身振り手振りを加えて説明しているヴィクター。最近では朝のHRがはじまる度に夏休みの話題をしているので、ほとんどの生徒たちはウンザリしていた。
「青い空! 青い海! 真っ赤に燃える太陽! 一夜のアバンチュール! 淡い恋の思い出! 首筋に残った赤い何かの痕跡! クローズドサークル! その他諸々エトセトラ!」
後半よくわからない単語を並べながら、自身の夏のイメージをヴィクターは語る。
「夏休みというものは諸君ら青春真っ盛りの学生にとっては宝物! 学生の本分である勉学や輝石使いとしての修行に明け暮れるのはもちろん結構! だが、諸君のような青春真っ盛りの健康純情恋愛純真無垢ボーイ&ガールズたちには、是非とも楽しんでもらいたいのだ!」
大袈裟な身振り手振りを加えて、さらに教卓の上に派手にジャンプをして乗って、ヴィクターは生徒たちにそう命令する。夏休みを謳歌しろといいことを言っているが、ハイなテンションについていけない生徒はただただ愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
「私が言いたいのは以上! ああ、それと、夏休み中私の研究を手伝ってくれる実験動――ではなく、研究の助手の募集は打ち切らせてもらった! まあ、どこかの赤点を無数に取った残念な――いや、かわいげのある生徒が協力を自ら申し出てくれたのだよ! ハーッハッハッハッハッハッハ!」
そう言って、ヴィクターはアンパンを食べながら話を聞いていた幸太郎に視線を向けた。
すべてを察したクラスメイトたちは幸太郎を憐れむかのような視線で見つめた。
そんな彼らの視線を受けて、幸太郎はアンパンを食べながら数日前の取引を思い出す。
数日前――全教科赤点となってしまった幸太郎にヴィクターは助け舟を出した。
夏休み中、自分の研究と各エリアに点在する秘密研究所の清掃を手伝ってくれれば、自分の力で赤点をもみ消すという取引を持ち掛けられたことを。
全教科赤点という惨憺たる結果に、留年、最悪退学になるかもしれないと脅され、幸太郎はヴィクターの取引に乗ることしかできなかった。
最初はあまり乗り気ではなかったが、今では特に気にしていなかった。
まあいいか……ちゃんと休日を作るって言ってたし……
今はそんな気軽な気持ちで気にしていなかった。
「さて、連絡事項は以上! 出欠を取るので、横隔膜から出した声で――」
いつものようにハイテンションな出欠確認を開始しようとしたその時――勢いよく教室の扉が開かれ、坊主頭の大男と、高等部女子専用の制服を着て赤いマントを羽織った眼鏡をかけた女性が現れた。
突然現れた二人をヴィクターは旺盛な好奇心を宿した目で出迎えた。
「ほほう……
教室に入ってきたのは、
「突然入ってきてすまない。用件はすぐに終わる」
坊主頭の大男・大道共慈は一言ヴィクターと、1年B組の生徒に頭を下げて謝罪する。
しかし、眼鏡をかけた髪を二つ結びにした女子生徒・水月沙菜は険し表情で何も言わずに早歩きで一人の人物の前――セラ・ヴァイスハルトの前まで歩き、彼女の前に立つ。
沙菜は椅子に座ったままのセラを睨むと、セラも彼女を見つめ返した。
二人の間から放たれる不穏な空気に教室内の空気が緊張感で張り詰め、クラスメイトたちは息を呑んだ。
「……何でしょうか」
「取調べを受けてもらうため、あなたを輝士団本部に連行します」
短い言葉ながらも沙菜の言葉には揺るがない意思と怒りが込められていた。
突然の一言にセラは怪訝に思いながらも沙菜を見つめたまま視線を外さない。
「どうして私が――」
「質問は後にしてください。今は大人しく従ってください」
「問答無用ですか」
「大人しく従わないつもりなら、武力であなたを制します」
「……本気のようですね」
セラの輝石と似た、チェーンにつながれた輝石を取り出す沙菜。
沙菜が手に持っている輝石が一瞬だけ煌めく。
目の前の相手が本気であることを察したセラは席から立ち上がり、沙菜を睨む。
張り詰めていた教室内の空気が一気に爆発しそうになる――しかし、「沙菜、落ち着け」という大道の静かな一言によって、不承不承ながら沙菜が一歩引いた。
「何の説明もないまま大人しく従うことに不満があることは十分に理解できる。だが、セラさん、今は我々に素直に従ってくれないだろうか」
申し訳なさそうに深々と頭を下げて大道に幾分セラの毒気が削がれた。
「わかりまし――」
「ちょおっとお待ちなさい!」
平静を取り戻したセラは、大人しく大道に従おうとした瞬間――
「この私を差し置いて勝手に話を進めるとは言語道断、失礼千万ですわ!」
一人、納得していない人物が割って入ってきた。
「セラさんは風紀委員! 風紀委員であるセラさんをこの私に無断で連行しようとするなど、セラさんが許しても、この私・鳳麗華が許しませんわ! オーッホッホッホッホッ!」
大見得を切り、高笑いをして割って入ってくる鳳麗華。
突然の麗華の登場に大道は戸惑い、沙菜は苦々しい顔で自分の胸を両手で隠した。
麗華の登場に教室内の雰囲気は険悪なものから一気に混沌と化す。一変した雰囲気に一人ヴィクターは腹を抱えて心底楽しそうに笑っていた。
「セラさんを連行する前にまずはこの私に話を通すのが筋というものですわ!」
「あ、ああ、そうだったな、すまない……だが、今は――」
「輝士団、それも、大道共慈ともあろうお方が言い訳をするなど見苦しいですわ!」
これ以上混乱する前に話をさっさと切り上げようとする大道だが、それを容易に見破られてしまった。麗華に小言を言われながらも大道は沙菜に目配せする。
大道に目配せされた沙菜は小さく頷き、セラに耳打ちする。
しばらくすると、セラの表情が驚愕に染まる。だが、すぐに無表情になった。
そんなセラの表情の変化に沙菜は薄らと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
セラの表情は無表情で冷静そのものだったが静かに怒っているようだった。
「つまり、セラさんを連行するのならば――」
「――わかりました」
大道を責める麗華の言葉を遮るようにして、凛としたセラの声が響き渡った。
「あなたたちに従います……早く行きましょう」
「はじめからそうしてください」
従うことに決めたセラに沙菜は嫌味の一言を呟いた。
そんな嫌味を気に留めることなくセラは自分から教室を出ようとする。
「ちょ、ちょっとセラさん! せっかくの私の気遣いを無駄にするつもりですの?」
大道と沙菜とともに大人しく教室を出ようとするセラを慌てて麗華は引き止める。
引き止められてセラは無言のまま何も答えなかった。
しかし、言葉の代わりにセラは謝罪をするかのような視線を麗華に向け、その次に今までクリームパンを食べながら事態を呑気に眺めていた幸太郎に視線を向けた。
幸太郎に向けたセラの視線は麗華のことを頼むと言っているようだった。
風紀委員の二人に視線を向けた後、すぐにセラは沙菜と大道に連れられて教室を出た。
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