第3話
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 諸君、順調かね?」
窓一つなく、僅かな明かりにしか照らされていない薄暗く、大小様々な機械が転がっているせいで狭苦しい室内に、狂気を滲ませた大音量の笑い声が響いた。
白髪交じりのボサボサ頭の、薄汚れた白衣を着た長身痩躯の黒縁眼鏡をかけた男――ヴィクター・オズワルドは、散らかった自身の研究所内をせっせと片付けている三人の少年少女の様子を満足そうに眺めていた。
「先生、笑ってないで手伝ってください。終わりませんから」
「残念ながら、私には重要な作業があるので手伝えないのだ! だが、問題はない。時間はまだたっぷりあるのだ! 焦らないでゆっくりやってくれたまえ!」
「時間は確かにありますが……先生が手伝ってくれた方が早いんですけど」
片付けの手伝いをせずに高笑いを上げるヴィクターを、アカデミー高等部の男子専用の制服である白基調としたブレザーを着ながらも少女と見紛うほどの可憐な容姿の、癖がありながらも羽毛のように柔らかそうな栗毛色の髪の少年――リクト・フォルトゥスは不満気に見つめたが、ヴィクターに何を言っても無駄だと思ったので片付けを再開させた。
「サラサちゃん見て、これ、カッコいい」
「中々お目が高いな、モルモット君。それはガードロボットに装備させようとしていたが、危険だという理由でアカデミーの上層部が廃棄するように命じられながらも、ほったらかしにしていた超振動ブレードだ! それがあれば何でも切断できるぞ!」
「ダメ、です。そんなものを振り回したら危ない、ですよ」
「安心したまえ。通常時では警棒として使えるようにしてあるのだ。軽いので、非力なモルモット君でも扱えるだろう」
床に転がる用途不明のガラクタから危険兵器を見つけた、ヴィクターにモルモットと呼ばれた、旺盛な好奇心を瞳に宿した平々凡々で、ボーっとした顔つきの折れそうなくらい細い体躯の少年――
片付けることを忘れて危険物で遊んでいる幸太郎を、アカデミー中等部の女子専用の制服を着た、赤茶色のセミロングヘアーの、鋭すぎる目つきを持つ強面の褐色肌の少女――サラサ・デュールは粗相をする子供を諭すような母親のように注意をした。
「これ、カッコいいけど捨てますか?」
「改良の余地がある代物なのだ! 処分は保留にしておいてくれたまえ」
「……今日中に終わらなさそう」
幸太郎が超振動ブレードを捨てるのに待ったをかけるヴィクターを見て、片付け終える未来が見えなくなったサラサは小さく嘆息した。
放課後、三人はヴィクターがアカデミー都市中に許可なく勝手に作った秘密研究所の一つである、セントラルエリアの小さな公園付近にある秘密研究所の清掃の手伝いに呼び出された。
アカデミーの治安を維持する風紀委員に所属している幸太郎とサラサは、いつもなら放課後は風紀委員の活動としてアカデミー都市中の巡回に向かうのだが、風紀委員の設立にヴィクターが関わり、恩があるために、二人はヴィクターの手伝いを優先させるようにと、風紀委員をまとめている人物である
リクトもヴィクターに色々と借りがあるようなので、文句一つ言うことなく散らかり放題のヴィクターの研究所を片付けていた。
かれこれ一時間も片付けをしているが、三人がガラクタに思えても、ヴィクターにとってはガラクタではないため、片付けは一向に進まなかった。
「博士、この人数じゃ少しきついです」
「本来ならば、我が娘・アリスも手伝いに来るはずだったのだが、連絡が返ってこないのだ!」
「博士、アリスちゃんに嫌われてますからね」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 相変わらずモルモット君は手厳しい!」
何気なく正直に思ったことを口にする幸太郎に、ヴィクターは参ったと言わんばかりに笑う。
「人が足らないなら、誰か呼びますか?」
「気遣いは結構だよ、モルモット君――この面子でこそ意味があるのだ」
幸太郎の提案をヴィクターは意味深な笑みを浮かべてやんわりと断った。
「さてと、君たちが片付けに精を出している間に、私も自分の作業をしようじゃないか!」
踊るような足取りで部屋の隅に置かれた、研究所内の面積の大部分を占めている、数体ある半円形の頭と円柱型の寸胴ボディのガードロボットに近づき、弄りはじめる。
「また新型ガードロボットを作るんですか?」
「そうしたいのだが、迫る卒業式に向けての仕込みをしなければならないのだ! 今回は花火を利用した一大スペクタクルなショーになるぞ! ハーッハッハッハッハッハッ!」
幸太郎の純粋な質問に意味深で、得意気に無駄にうるさい高笑いを上げるヴィクター。
「連日教皇庁に出向いて教皇エレナとじっくり、じっとり、ねっとりと相談した上でガードロボットに花火を積み、装備されているショックガンで花火を天高く上げて、派手な演出にするつもりなのだ! 涙すること間違いない感動の演出になることは間違いないだろう!」
「あの……母さんと相談しているなら大丈夫だとは思いますが……程々にお願いしますね」
「何を言う、リクト君! 君の母上である教皇エレナも私の意見にだいぶノリノリでいるぞ! 期待しているのだ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
卒業式の演出を考えている人間がヴィクターだけなら不安しかないが、教皇庁のトップであり、自身の母であるエレナも考えているということで安堵感を得られるリクトだが――ヴィクターの意見に乗り気であるということを聞いて、不安はさらに強くなった。
そんな不安げなリクトとは対照的に、幸太郎は「楽しみ」と期待していた。
「あ、リクト君見て、これ――マッサージ器みたい」
「本当ですね……わっ、すごい振動です」
先端に柔らかいボールがついている小型の棒を床に落ちているのを見つけた幸太郎は、興味津々と言った様子で拾い上げて、リクトに見せた。
警戒することなく幸太郎が電源スイッチを入れると、ブルブルと激しく震えるマッサージ器のようなものを興味深そうにリクトは眺めていた。
「モルモット君のご明察通りだ。電源の他に多くのスイッチがついているが、それらを押すと自在に伸縮させることが可能で、先端のボールの形状が自由に変化させることができるのだ。先程君が見つけた超振動ブレードの開発過程で、暇潰しに特に何かの機能をつけることなく作ってみたのだが、中々効き目が良くてね。特許を出して売り出そうと思っているのだよ!」
自分の発明品であるマッサージ器を自慢げにヴィクターが紹介しているのを聞きながら、マッサージ器が激しく振動している様子をジッと興味深そうに眺めた幸太郎は、おもむろに近くにいるリクトの腰に向けてそっと押し当てた。
「んひゃん! こ、幸太郎さん、突然やめてください!」
「リクト君、かわいい」
突然の感触に素っ頓狂で艶めかしい声を上げ、腰から伝わる気持ちよさと、思ったことを口にする幸太郎に頬を染めるリクト――乙女な反応を示すリクトだが、彼は漢である。
「んっ……――幸太郎さん、遊んじゃダメ、です」
標的をサラサに変え、いたずらっぽい笑みを浮かべた幸太郎は黙々と片付けをしている彼女の首筋にマッサージ器を押し当てると、僅かに反応を示し、遊んでいる幸太郎を注意する。
母親のように注意をするサラサに、幸太郎は「ごめんなさい」と素直に謝って片付けを再開させる。サラサの注意を受けて、幸太郎はもちろん、リクトも片付けを再開させる。
しかし、だいぶ片付いてきたが、それでも終わりが見えない状況にウンザリしている様子で、最初の時よりも三人の動きが若干鈍くなり、集中も途切れていた。
自分の作業に集中していたヴィクターだったが、そんな三人の様子に気づいてやれやれと言わんばかりに大きく嘆息する。
「どうやら、君たちの集中が切れてしまっているようだな。続きは明日にして、今日はこれまでにしようじゃないか! ご苦労だった! また明日も来てくれたまえ!」
尊大な声で三人を労う、自分の作業をしていただけで片付けを手伝わなかったヴィクター。
「このペースでは明日には終わるだろう! 片付けが終わったらタップリと君たちに褒美を与えようじゃないか! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
明日も終わりが見えない片付けの手伝いをしなければならないことに、サラサとリクトは僅かに辟易していたが、褒美があると聞いて幸太郎はやる気を出していた。
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